46話「アッパーまでの道のり」
俺は剣術道場での戦いを終えて、学園にきた。
どこもかしこも帝国兵だらけだった。
正門は封鎖されていたから、オーバーキャスターのまま学園の壁を乗り越えて侵入する。
今の壁走り、誰にも見られていませんように。
「偽装解除。さて……」
庭の陰に身を隠し、辺りをそっと見渡した。
ざっと数人の兵士が巡回しているな。
この庭から校舎に行くには、少し距離がある。
ここからは慎重に行動するんだ。
誰にも違和感を持たせてはいけない。
そのために、俺も軍の一員になろう。
そうだな。あの兵士に偽装するか。
20代前後の男。比較的目立たない兵士だ。
「偽装、アイツ」
こんな雑な対象指定でもいけるのか?
そうおもったのも束の間、黒い霧が現れる。
さっきの一般帝国兵へと変身できた。
「い、いけるのかよ」
目線が少し高くなったか?
多少の不便は我慢するしかない。
「もはや名前を知らなくても使えるんだな」
ガイゼフの弟子に偽装したときもそうだった。
名前は単なる部品なのか?
あれば助かるが、なくても起動するような部品。
レイネに偽装しようとして不発だったのは、まだ知らない発動条件があるからかもしれない。
それに、契術を使い続けた後が怖いな。
いつも通りであれば、偽装していない状態で時間が経過すると、偽装した分の反動がくる。
今日は頻繁に偽装をした。
となると? あの気分の悪さが倍増して襲ってくる?
そうおもうと──いや、今は考えないほうがいいか。
「……地下室はどこにあるんだ?」
偽装対象にした兵士は去った。
今がチャンスだ。自然体で庭を歩いていく。
周りの兵士もこっちに目を留めない。
よしよし。疑われることなく校舎に入れたな。
壁際に寄って、中の様子を窺う。
廊下には誰もいなかった。
意外と手薄なのか? 警備が異常に少ない気がする。
こっちとしては助かるけど。
目先の問題は、制御魔道具がある場所だ。
「──おい。そこで何してる」
「っ!」
後ろから声をかけられた。いきなり怪しまれた!?
帝国兵のふりだ。絶対にバレちゃダメだっ!
「なーんてね」
「は?」
振り向くと、そこにいたのは見知った顔だった。
強引に手を引っ張られる。
近くの教室へ、飛び込むように入室してしまった。
「ディオナ!? なんで──」
「その反応はやっぱり、偽ルシアンくんだよね?」
現れたのはディオナだった。
意味がわからない。なんで彼女がここに?
というか、俺だってことバレてる?
「何を言うか、俺は帝国の見回り兵士だぞ。こんなことをして許されるとでも」
「ふふっ、いいね。でも、今さら遅いとおもうよ?」
ディオナはからかうように笑う。
パッと手を離し、扉の前に腰を下ろした。上目遣いで俺を覗き込んでくる。俺はその視線に少し身を引いてしまった。
「ずっと見てたからね。白い君が、黒髪の君になって、今の君になるところ」
「え? 見てた?」
彼女は顔を少し傾けた。
俺の後ろ、教室の窓の方を見ている。
「校舎の入り口前。あそこに茂みがあったよね? もう2時間も待機してたんだから」
その茂みから俺の様子を?
最初から見られていたなんて、全然気づかなかった。
気配を殺し、息を潜めて観察とは恐れ入る。
「……待ってくれ。そもそもなんでここにいるんだ」
「うん。それはね、君を待ってたんだよ」
「俺を?」
ディオナは自分の隣をポンポンと叩く。
座れ、のジェスチャーに見える。
「ほーら。時間がないんでしょ?」
彼女の意図をまるで読み取れない。
俺と会いたくて、帝国兵のいる学園の中に忍び込むか?
リスクが高いだろう。それを跳ね除けて、ディオナはここにいるということだ。
今すぐにでも教室を出たいが、仕方ない。俺は渋々ディオナの隣に座った。
「それで、何の用が?」
「改めて聞かせてほしいんだ。君の目的を」
本題を切り出された。俺の目的?
ディオナの蒼い瞳は真っ直ぐに俺を捉えていた。真剣な眼差しで、教室の静けさを突き破る。
「君、言ったよね。「世界を救う」って。──魔神と戦うって意味なんでしょ?」
彼女の口からそんな言葉が出た。
魔神は一般的に知られていない、もしくは昔話上の存在だというのが俺の認識だ。ルシアンは、魔神が生きていることを疑うほどだった。
「魔神のこと、知ってるんだな」
「うん。僕も被害者だからね」
俺から目を離し、ディオナは下を向いた。
被害者というのはレイネと同じような? どういう立場なのかはわからないが、彼女の顔は曇っている。
「魔神と戦うこと自体を止めはしないよ。ただ、彼らと相対して良いことなんてない」
元気だった声は、萎むように小さくなっていた。
その言い草から浮かんだ可能性はふたつ。過去に魔神と敵対したか。それとも、魔神と味方関係にあるか。
どちらにせよ、俺はディオナが何者なのか未だに測れなかった。
「覚悟があるのかを聞きたい。これから先、目の前の命を奪う選択はできる?」
「いのちを、奪う……?」
なんだそれは。当然──。
「あれ?」
どう答えればいいんだっけ?
命を奪う。それは生き物を殺すということだ。
でもそれは、もう実行してしまっている。正確には俺じゃなくて、オーバーキャスターが剣を振るった。
村の吸血鬼と、操られていたゾンビ。ガイゼフはさっき殺した。
彼らは人の形をしていたが、人でなしだった。やらなければやられていた状況でもあった。俺は偽装状態で昂っていて、オーバーキャスターが勝手にやったことであるといっても過言じゃない。俺が殺したわけじゃない。
できる。今後もオーバーキャスターに任せれば。
俺がやらずとも、自動で罪悪感を消してくれるんだ。偽装でなにもかも覆って、誰かに罪をおっかぶせれば無敵と等しい精神でいられるのは間違いない。
レイネと約束したことを忘れるものか。
魔神を殺す。そのためにここへやってきたのだから。
「大丈夫?」
「……あ」
のどが詰まった。
すぐそこまで言葉はきている。なのに、何がつっかえた?
「僕は君の中身に聞いてるんだよ。本当の君、クモリ・アメハルくんにね」
ドクンと心臓が跳ねた。
黒い霧が立ち込め、なぜか全身を包まれる。
自分を見下ろすと、帝国兵士の偽装が解けてしまっていた。時間制限? 魔力切れ? 名前を知らないと偽装の精度が落ちるのか?
そんな疑問は置いておけ。
ディオナに、曇雨晴としての俺を見られた。
「おっと。こんにちは、本当の君」
「……こんにちは」
変な気分だ。初めて会った感じがする。
彼女の笑みは、とても柔らかだった。
「返答、聞かせてもらえるかな」
おもわず息が止まる。
異世界に召喚されて、何をするのか。ずっと流されるまま行動していた。レイネが頼れる存在だったから。
「……俺は、俺を助けてくれたレイネを助けたくて──」
「レイネって誰? 君の気持ちは関係ないよね?」
眉を寄せ、ディオナは鋭く遮ってきた。
感情のまま行動に移す。魔神に舐められた借りを返す。たったそれだけの理由を盾にしてきた。
レイネを助けたいのは本心のはず。魔神討伐を成し遂げるには俺も手伝わなければ。それはどうして? 命を張るほど、日本での俺はこんなお人好しじゃなかった。
思い出せない。
きっかけは覚えている。アルタに殺されかけて、それから偽装という名の契術を手に入れた。オーバーキャスターに変身し、俺は助かった。
確かあの時、謎の声が響いたんだ。
何を言っていた? その内容をなぜか思い出せない。魔神を倒す。それ以外にも何か言われたような? ダメだ、曖昧な記憶しか掘り起こせない。どうしても霧がかかる。
「何のために魔神を殺して、誰のために世界を救うの?」
ディオナは答えを待っている。
聞いたとして、どうするんだ。君が解決してくれるのか? この気色の悪い感覚を。
「俺は……」
行き詰まり、本心が迷い出した──その時。
教室の床が小刻みに揺れた。地震とは違う振動だ。破裂するような音? 連続で鳴っている気がする。
「始まったみたい。お喋りはここまでかな」
ゆっくりと立ち上がって、ディオナは体を伸ばした。
座る俺を尻目に、話を切り上げようとしている。始まったって、何が始まったんだよ。
「1階図書室の奥に隠し扉があるんだ。そこから地下に行ける」
「……どうしてそんなこと知ってるんだ」
「ふふん、そういう秘密探すの得意なのです。ここ数日で見つけたんだ。すごいでしょ?」
自慢するように鼻を鳴らし、胸を張るディオナ。
わざわざそれを伝えるために俺を待っていたのか?
「あぁそれから……はいこれ」
そう言ってディオナは何かを差し出してきた。
円盤型の、石?
「なんだよ」
「持ってると良いことあるかも。もし覚悟が聞けなかったら、あげることにしてたんだ」
「はあ?」
手を掴まれて、強制的にその石を持たされた。
「争いは、最終的に命の取り合いへ行き着く。結局は善も悪も関係ない。世界を救うと豪語するなら、死ぬ心構えはしておいた方がいいってだけ」
「……全然、意味わかんねぇよ……」
微塵も納得できない言い分だ。
死ぬ心構えができてたまるか。俺は死にたくないし、死なないために立ち回っているだけだ。
「わからなくてもいい。僕も教えられた側だし、いまいちピンときてない箇所もあるから」
誰かの受け売りなのか?
彼女と俺の歳はそんなに変わらないはず。住む世界が異なれば、取り込む価値観も変化するだろう。だがその教えはあまりに異常だ。
ディオナの目的は?
彼女が前に言っていた、俺を助けるという発言。まさか、本当に善意だけで動いているなんてわけが。
「さあいっておいで。敵を目の前にしたとき、君はどんな行動を最初に取るのか。あとで教えてね」
それを聞き出す暇はなかった。
ディオナは歩き出し、手を振りながら教室を出ていこうとする。
「待ってくれ! まだ話は──」
「続きはまた今度。それまでは絶対……死んじゃダメだよ?」
慌てて立って呼び止めるが、遅かった。
彼女は視界から消え、教室に静けさが戻る。
「……覚悟って、なんだよ」
最後まで受け身のまま流れを持っていかれた。
世界を救うと言ったのはその場凌ぎの言い訳にすぎない。魔神を倒せば結果としてそうなるという意味だ。
「魔神は俺を呼んで……コケにした。その借りを返して、レイネの復讐も達成させる」
そうだ。
これでいい、これの何が悪い。
ディオナのおかげで再認識できた気がする。
もう日本にいた頃の俺じゃない。
契術という才能がある。曇雨晴として、本当の俺を一貫して保てる希望がある。
立ち尽くすのは時間の無駄だ。早く地下にいかないと。
「魔神を殺す。最初から目的は変わらない。──俺は俺の復讐を完遂させる」
踏み出す一歩は軽かった。
得体の知れない感情が胸に渦巻く。
地下にいるであろう魔神の眷属を、今すぐ殴り飛ばしたい衝動に駆られた。




