45話「仇敵」
薄暗い地下を歩く男がいた。
名をベルマン。
この東カルヴェルム総合学園の魔法教師だ。
彼は1人で階段を降りていた。
護衛はつけず、無言で通路を進んでいく。
学園の地下は巨大な空洞になっていた。
足音だけが、伝播して空間に響き渡る。
石の柱が何本も立ち、冷えた空気が漂う静寂の間。
そこへ。
「──ただの魔法教師が、何の用だよ」
高い音域に、荒々しい口調だ。
若い女性の声が通路に現れる。
ベルマンは視線を上げた。
行く手を阻むように、ひとりの兵士が鉄扉の前に立つ。
「おや……フラメアさん」
軍服のフラメアだ。
大きな鉄扉を背に、堂々と待ち構えている。
「待ってほしい。私は敵じゃない。軍に制御魔道具の警備を任されてきたんだ」
「……ふざけるな、なら入り口の兵士はどうした」
フラメアは声を低くして問いた。
警戒は一切緩めず、ベルマンを睨む。
この地下に来た軍以外の者すべてを疑っていた。
「事情があってね、私と代わってもらったのさ。それより、制御魔道具はこの奥にあるのかい?」
「それ以上近づくな。地下への来訪者は、他の兵士と同行することが義務付けられている」
ベルマンは鉄扉を一瞥した。
制御魔道具があるのか、否か。
それだけを重要視しているかのように。
「つまりお前は、1人でここにいる時点で殺戮対象なんだよ」
「ふむ。それは損なことをした」
残念、という感情は見られなかった。
彼の視線はフラメアに戻る。
目的地を見据えた瞳に、もはや迷いはない。
「だが、この奥に制御魔道具がある──それがわかれば十分」
ベルマンは敵性を隠すことを辞めた。
それでも、穏やかな笑みを絶やさない。
「私は損をした。ならば、君にも損をしてもらおうじゃないか」
彼に焦りはない。
それどころか、変わらない態度でフラメアに話しかけた。
「君はシュタイン家の長女であり、若くしてその才能を軍に買われた。見習いであるにも関わらず、大掃討で活躍し結果を残している」
コツコツと足音が鳴る。
露骨な余裕を見せていた。
ゆっくりと、ベルマンは彼女との距離を詰めていく。
「だが──君の力じゃない。2年前、シュタイン家当主が殺されたついでに結んだ、契術のおかげだろう?」
「……なんで、お前がそれを知っている」
フラメアは目を細めた。
契術の経緯──それを知る者は、フラメア自身に限られていたからだ。
故に彼女が聞き返すと、ベルマンの足は止まる。
「当然さ。それを授けたのは私とも言っていいのだからね」
静寂が生まれた。
先ほどまでの臨戦態勢が、中和されるように。
「どういう、ことだ」
「もう一度言おうか? 君の父を殺したのは私だ」
ベルマンは躊躇いなくフラメアへ告げた。
天を仰ぎ、手で自分の顔を隠して笑う。
「あの場に居合わせた心麗しき少女。父を目の前で殺され、挙句の果てに自分も魔法でドカン! だが、なんと幸運にも悪魔と契約を交わし、なんとか蘇生することができた。実に悲しいシナリオだよ、涙も出てくるさ」
まるで他人事のように捲し立てるベルマン。
穏やかな笑みは、狂気的に変容していく。
「まさか……」
「父の性格を模倣してまで、成り上がろうとするその心意気には、感心を通り越して笑いが込み上げてくる!」
「……おまえが、あのときの……?」
フラメアは胸を抑えた。
2年前の記憶が彼女の脳裏に蘇る。
家族団欒の夕食時。何者かに襲撃され、死にかけた日のことを。
自身は重症を負い、父は死んだ。
その襲撃者と、ベルマンを重ねる。
「ガラティーン様は立場を必要とされていた。それに成り代わる生贄に、ファザル・フォン・シュタインが選ばれた。それだけのことさ」
ファザル。
その名を聞いた瞬間、フラメアの表情は凍りついた。
自分の父親を、目の前の男に殺された事実を知って。
「君が軍で出世したのは、想定外だったが」
「──火葬方陣」
悲嘆でも、怒号でもない。
彼女が口にした最初の言葉は、殺戮の合図だ。
火葬方陣。
自身の足元に特異の領域を構築し、周囲に炎で形作られた武器を展開する。
魔法を手放した末、フラメアが獲得した異能だった。
「剣士斬りの騒ぎも、お前の仕業なのか」
フラメアは無数の炎剣を宙に展開した。
燃え盛る光が地下空間を照らし出す。
その輝きの中で、鋭く前を見据える彼女の姿が浮かび上がった。
「いいや? それは私の同僚だよ。クロイツ君を知っているかな、実は彼が剣士斬りなんだ」
ベルマンは両手を広げて否定した。
日常会話でもするかのように、落ち着いている。
「──死ね。平和のために」
私情は挟まない。
あくまで兵士として、悪を駆除しなければ。
胸中でそう繰り返し、フラメアは腕を振り抜いた。
解き放たれた炎剣が空中で隊列を組む。
「いいとも、殺し合いは好きだ」
炎剣はバードストライクのように突き進んだ。
だが、ベルマンはその場から動かない。
「知恵地喚、石盾」
ベルマンの足元に、橙色の魔法陣が現れた。
土塊が盛り上がり、太い柱となって固まる。
柱は壁の役割を果たして、炎剣は進行を阻んだ。
「やはり、殲滅力は凄まじいな」
しかし、破壊力は抜群。
一度や二度止めた程度で勢いは止まらない。
ベルマンは次々と魔法陣を展開する。
連鎖反応のように地面は隆起し、炎剣を防ぐ。
放たれた炎剣たちは土塊と共に爆散した。
大きな揺れを何度も起こし、余波で土埃をかき消す。
それでも、侵入者を排除するには至らなかった。
「自然闇喚」
その最中でベルマンは別の魔法を使用した。
暗闇を人工的に作り出す。
大量の魔力を用いれば可能だが、それをするには無謀と言える。
地下を覆い尽くす前に魔力が枯渇してしまうからだ。
だが、ベルマンは実行した。
目の前の少女を、完膚なきまでに潰すために。
「契術は強力だ。特に君のそれは、集団戦ことにおいて無類の力を発揮する」
充満した暗闇の中で声がした。
「クソ、どこだッ!」
フラメアは必死に目を凝らした。
炎剣を乱雑に振り回し、何本か飛翔させる。
闇に紛れたベルマンを見つけられない。
魔法による暗雲も、晴れては埋まるを繰り返してしまう。
「逆に、対人戦は苦手とみた。絡め手は嫌いなんだろう?」
「ぐっ──!?」
突如、フラメアの肩に激痛が走った。
血が流れた。
鋭利なモノで貫かれた。
彼女は瞬時にそれを認識し、手に炎剣を生成して背後を振り払う。
背後にあったのは、魔法で作られた土の槍。
「こんな小細工を……」
「普段よりも動きが大雑把だね。それもそうか、父の仇を討てるチャンスだ。冷静じゃあいられない」
「舐めるなッ!」
どこからか響き渡る声は、フラメアをイラつかせた。
心を見透かされたかのような言動。
今すぐにでも、状況を一変させなければ。
そのために、フラメアは天井全域に炎剣を展開する。
炎剣を地面に向けて総射出し、雨のように爆撃した。
「ベルマン……!」
闇は晴れた。
フラメアの視界に、ベルマンが映る。
彼は正面奥に立っていた。
「絶対に殺──」
フラメアは再度炎剣を無数に展開する。
ベルマンを殺したい。
その一心で地面を踏ん張り、
「足場が!?」
泥に足を取られた。
いつの間にか、周囲は沼に変化している。
わずかにフラメアの体が沈む。動きが鈍い。
「単純だねぇ君は」
「っ!」
ベルマンはその隙を逃さなった。
天井と地面から、黒い闇が射出される。
闇の魔法陣が起動し、フラメアの手足にまとわりつく。
「契術の弱点を挙げるとすれば、やはり手数の少なさだろう」
フラメアは身動きを封じられた。
宙吊りにされ、無防備に胴体を晒される。
なにより──火葬方陣が発動しない。
「一点特化の能力。魔法と比べて臨機応変に動けない。手の内を知られてしまえば、この通りさ」
「クソッ、離せ! 殺してやる!」
「加えて、契術には発動条件がつきものだ。君の場合は……足を地面に着けた状態で静止すること。といった具合かな?」
フラメアに近づき、嘲笑うベルマン。
彼女は睨む。すべての憎しみを込めて。
拘束されてもなお、その意思を最優先させる。
「君の弟はもう死んでいるよ」
「………………ぇ?」
突拍子のない言葉の羅列だった。
この男は今、なんと言った?
「ルシアンは死んだ」という意味を理解できなかった。
フラメアの脳が、今の発言を拒否する。
「剣士斬りがルシアンくんを殺しに行ったんだ。今ごろ、彼は屋敷の中で血を垂れ流しているだろう」
「嘘だ……そんなわけない!」
「いいや。紛れもない、真実さ」
ベルマンは確固たる自信を持っていた。
剣士斬りと戦えば、ルシアンは間違いなく死ぬ。
戦わなくとも、無慈悲に殺されるとだろうと。
「なんで、アイツは関係な──」
「君は厄介な障害だった。ここ最近で、最も活躍していた兵士だからね」
ベルマンは「ふぅ」と息をついた。
腰に手をつき、リラックスしている。
「でも同時に信じていた。いつまで経っても、心はあの時の少女のままだって」
フラメアを見上げながら笑った。
帝国軍は、彼女の力を過信している。
それを取り上げてしまえば、所詮こんなものだ。
「どんな気分なんだい? 2度も家族を殺されて、挙句無力な少女に戻ってしまった気分は」
「そんな……ルシアン……」
フラメアの呼吸が乱れる。
簡単に捕らえられ、敵に主導権を握られた。
現実なのか。夢を見ているのか。
徐々に彼女の目は、力を失っていく。
「精神の揺らぎ──その影響は、契術を弱体化させるまでに至る。もう詰みだよ」
ベルマンの狙いは、意思の剥奪。
フラメアには戦う理由があった。
性格は強気だが、家族想いで常に弟を気にかけている。
周りの生徒、同僚にはそう映っていたのだ。
ベルマンは教師という立場を、利用したに過ぎない。
「信じない……信じてやらない、絶対……」
「はは、ごめんね。さくっと首落として、お父さんと弟くんのところへ送ってあげるからさ」
静かに涙を流すフラメア。
ベルマンはそれを嘲笑った。
彼女の腹部に手をかざす。
殺傷力のある魔法を発動しようとして、
「──待て」
そこに、初老の声が挟まれた。
「うん? おや、ガイゼフ師範?」
ベルマンが振り返ると、背後には見知った顔があった。
剣術道場師範のガイゼフ。
元剣士斬りで、魔神の協力者。
その彼がそこに立っていたのだ。
「どうしてここに? なぜ持ち場から離れて……」
疑問におもい、ベルマンは手を下ろす。
処刑を止めるのはなぜか。
この場にいるのはなぜか。
計画通りに動いていないのは、なぜか。
「ああ、それはな」
それを聞く前に、ガイゼフは口を開く。
「──お前をぶっ飛ばすためだよ」
「ぐぼおえッ!?」
拳が舞った。
ガイゼフの拳が、ベルマンの顔面にめり込む。
鮮やかなフォームの右アッパーだ。
ベルマンは反応できなかった。
勢いよく体が吹っ飛び、盛大に地面へ転がり回る。
「咄嗟に殴ったけど、正解だよな? 偽装解除」
ガイゼフは黒い霧に包まれた。
鍛えられた肉体は、まったく別の生命体に変貌する。
「アメ、ハル……!?」
フラメアの視界に現れたのは。
いつかの不法侵入者──クモリ・アメハルの姿だった。




