48話「ありのまま、戦え』
──『死』の気配がわかるようになった。
気のせいなんかじゃない。
身近に死を感じられるようになったのは、きっとこの異世界が、簡単に死ねる世界だったからだ。
何度も窮地に立たされてきたせいで、自ずとわかる。
魔法や契術、剣に拳。
契術を使わない曇雨晴は、それらの前では凡人も同然。
人並みの致命傷を負えば、人並みに死ぬんだ。
戦う時はオーバーキャスターに頼りきり。
アイツが指名手配されていたとしても、ひとたび危機が訪れてしまえば、諦めて偽装に逃げる。
アイツになることは勝利そのもの、チートと同じだ。
GKOで育てた最強のセーブデータを持ってきて、ロードするというつまらない過程。
それをするだけでほとんどが片付くのだから、使わないという選択肢すら除外していた。
信用していた。絶対に負けることはないと。
偽装さえすれば、簡単に解決するのだと。
そのせいだ。
慣れという名の慢心。
能力を把握しきれていない怠惰。
危機感というものを──疎かにしてしまったんだ。
「……ぁ」
土色の石礫が迫ってきている。
ぶつかれば、簡単に頭を貫かれてしまうだろうな。
死ぬ。
最悪の未来を想像した。
もう二度と味わいたくない、絶望の瞬間。
おもわず目をつぶって、
「ぐっ!?」
身構えたが、すぐに痛みはやってこなかった。
数秒経ち、まだ訪れない。
──代わりに、稲妻の奔るような音が聞こえた。
「あ、あれ……?」
続いて、何かが砕けるような音が鳴る。
耐えきれず、両目のまぶたを開いた。
なんだ──このバリアーは?
「これは……?」
エメラルドグリーンに輝く謎のバリアーが、目の前に展開されていた。
バチバチと電気が散ると、その輝きは失われていく。
飛んできていた石礫が消えた?
いや、このバリアーに防がれたのか?
「よくわかんないけど、助か──」
安心した、その刹那。
嫌な気配を感じた。
見ると、ベルマンが急接近してきている。
どこからか剣を持ち出して、振りかざしていた。
絶対に避けるべきだ。
でも、体が動かない。
動け。そのままだと死ぬんだぞ。
はっきりとわかる死の予感。
完全に理解しても、反応できないなんて。
あぁ──俺ってこんなに弱かったんだ。
「ボケっとすんなッ!」
「……っ!」
その声は鋭く、果てしない刹那から俺を乱暴に叩き起こしてきた。
「走れ! 戦えないなら逃げろッ!」
フラメアは駆け出し、割り込んでくる。
炎剣を手に、奴の剣を間一髪で受け止めた。
ひのこが舞い、ふたりは互いの剣を押し合う。
「逃すとでも?」
「黙れッ!」
フラメアは空いている方の手を動かした。
すると、宙に待機させていた炎剣たちが、彼女の手に合わせたかのように滑空していく。
ベルマンを中心とした周囲に、多段的な爆発が巻き起こった。
「今のうちに、早く!」
「わ、悪いフラメア。俺は」
ひとまず退かなければ。
オーバーキャスターの偽装が解かれた俺は無能だ。
機能停止していた体を、無理やりにでも動かそうとした。
「ごふっ」
──鉄の味が、口の中に広がった。
「どうした!?」
口元を手で押さえると、ぬらりとした感触が。
足に力が入らない。
その場でへたり込み、立ち上がれなくなった。
喉が、刺すように痛い。
なんてまずい味。ひどい感触だ。
腹の底から込み上げる吐き気も相まって、最悪。
「知恵土喚──地裂連牙」
はっきりと、奴の魔法詠唱を聞き取った。
爆発で発生した煙を、土の槍が切り裂く。
次々と地面から飛び出し、地響きは鳴り止まない。
波が押し寄せるような勢いで、伝播していった。
「なにしてんだッ、来るぞ!」
土槍の波が迫る。
跪いてしまった俺は、眺めることしか──
「火葬方陣ッ」
髪が焦げ散るような熱さを、頭上で感じた。
「一斉掃射!」
フラメアの契術によって作られた、炎剣の軍隊。
綺麗な横並びから、真っ直ぐに突き進む。
炎剣たちは神風のごとく飛来し、土槍の波を食い止めるため大爆発を引き起こした。
「……っ!」
頭が揺れ、視界がブレる。
かろうじて確認できたのは、苦悶の表情を浮かべるフラメアの顔だった。
……冷たい。背中がひんやりとして、気づく。
俺は、地下に並んでいた支柱へ運ばれたようだ。
「やばい……本格的に死ぬかも……」
この絶不調は、契術の反動?
使い続けた代償が今になって返ってきたのか?
問題はそれだけじゃない。
どうして偽装が解除された?
魔力切れの兆候はなかったはず。
微かな頭の回転を、原因の追求に費やせ。
どれがトリガーになった? 偽装が暴かれた原因は?
直前に何か──
『偽物如きが偉そうに』
ふと、ベルマンの発言を思い出した。
まさか……でもあり得る話かもしれない。
これまで危惧していなかったのが馬鹿みたいだ。
契術を単なる万能技だと誤認するなんて。
「俺の偽装を、看破された……?」
偽装を敵に見破られる。
血で濡れる口を拭いながら、その可能性に行き着いた。
偽装という特性上、結局はすべて偽物ということ。
コピーではなく、『偽装』なんだ。
「こんな土壇場で、契術の弱点を知るなんてな……」
直接俺の正体を指摘されると、偽装が解けるのか?
そのせいで、たちまち契術は効力を失ってしまったと。
最悪だ。
援軍に来たつもりが、足手まといの何者でもない。
フラメアに助けられて……カッコ悪いな。
肝心な時はいつも失敗する。
GKO、現実、異世界でさえ例外じゃない。
何者でもないから何者にもなれる。
聞こえはいいが、それだけだ。
真っ白いキャンバスに白の絵の具を垂らし続けたところで、結果は何も変わりやしない。
俺の能力は偽装だけ。
アイツになれなきゃ意味がないんだ。
あぁ、思考が奈落に落ちていく。
この感覚は健在のようで、懐かしさと同時にドス黒い負の感情が溢れてきた。
何のために魔神を殺すのか。
誰のために世界を救うのか。
……わかるわけねぇよ。
俺は俺のために、契約を果たしたいだけなんだから。
「おい」
「っ!?」
耳元で破裂するような音がした。
数秒経って。
俺はやっと、自分がビンタされたことに気がついた。
前振りもなく、いきなりビンタされた。
なんで? 痛いんだけど。
他のどの痛みよりも、頬の痛みが優先されたような錯覚まで起こす始末だ。
「……え、なんでビンタしたの?」
「顔がムカついたから」
「えぇ……?」
フラメアは真顔でそう答えた。
ビンタをしたことに詫び入れるつもりはないらしい。
「怪しい奴のくせにあたしを助けて。よそ者のくせに命張って。臆病なくせに、傲慢で」
「……」
「ずっとムカついてたけど、その顔はもっとムカつくんだよ」
だからって、ビンタしていいわけない。
人の顔を見てムカついたとか、ちょっと失礼じゃないか?
……俺って今、どんな顔してんだろ。
「選んでくれ。あたしと一緒に奴と戦うか。あたしに任せて、地下から逃げるか」
フラメアは目を逸らしてくれない。
選べる行動はひとつに限られる。
戦うべきなのはわかっている。だがそれ以上に逃げたかった。
死ぬかもしれないという恐怖を、改めて意識してしまった。
「逃げても文句は言わないし、責めないから」
彼女はなぜか、微笑んだ。
俺にはその姿が、とても可憐に見えた。
いつも怒ったような、鋭い顔つきだったのに。
ありのままの表情を、今初めて垣間見たようだった。
荒々しい口調と態度は、おそらく途中で培ったものなのかもしれない。
勝手な妄想だが、軍人としての道を行かなければ、可愛らしい少女として生きていたことだろう。
「アメハルがきてくれて助かった。……ありがとう」
お礼を言うな。感謝をしないでくれ。
悲しそうで、それでいて苦しそうな顔を向けないでほしい。
きっとフラメアは抗っているんだ。
誰かの思惑に振り回されてもなお、帝国の兵士として戦い続けることを覚悟していた。
彼女の覚悟を、目の当たりにして、
「──戦うよ」
心を揺らされてしまった。
ベルマンはフラメアの覚悟を弄ぼうとしている。
どうしても我慢ならない。
制御魔道具は壊させないし、魔神の企みは潰してやる。
そのために……戦おう。
俺は、葛藤することを放棄した。
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