43話「燃え上がる憎悪」
ルシアンは息をのんで見届けていた。
赤髪の旅人と、剣士斬りの殺し合いを──。
両者は口を動かす。
体の重力に抗って武器を振るう。
レイネは魔法陣から、赤雷を呼び出した。
ルドは手から、溢れ出す黒炎を放った。
雷と炎は衝突し、小規模の爆発が起こった。
手入れされた庭は、雷と炎で焼き焦げる。
「なんだ──この戦いは」
ルシアンは目を見開き、額に汗が浮き出ていた。
常人が行う戦闘ではない。
巻き込まれてしまえば一瞬にして灰になる。
そんな見たことのない死闘に、体が震えてしまう。
「アルマ・サンダーッ──!」
赤い稲妻が龍のように暴れた。
ルドは黒炎を展開して防ぐが、顔には焦りが見られる。
「貴様、その魔法は……!」
レイネの猛攻は続く。
大量の魔力を含んだ雷撃の直後、ルドに急接近。
2振りの短剣を逆手に持ち、振るう。
電光石火が如き剣撃。
ルドはその勢いに押されつつも、黒炎をまとった剣で凌ぎ続けた。
「さては女──我らの天敵だな?」
魔神に連なる者たちは、本能で危険を感じ取る。
魔物や吸血鬼と同様だ。
3神に限りなく近い神聖なる力を、特別嫌悪する。
ルドは目の前の少女を──自らの命を脅かす存在であると判断した。
剣で周囲を薙ぎ払い、黒炎を拡張させた。
熱風が吹き荒れる。
ドロドロとした、溶岩のような泥状の炎。
レイネは攻撃を止め、たまらず後退した。
「おもわぬ収穫だ! 貴様を排除すれば、ガラティーン様も大層お喜びになるだろう!」
ルドは剣を掲げた。
「──黒炎ッ!」
湧き出るドス黒い炎は、空中に分散した。
庭に落ちた火の粉が、意思を持つように蠢く。
「分身……?」
黒炎は固まり、人の形になった。
その数10体。
全員が剣士斬りの白仮面を被っていた。
全く同じ背格好、そして手には血染めの剣。
「なるほど、だから何人もいるなんて噂があったのね」
「──斬り刻め」
ルドが指示すると、分身たちは一斉に動き出した。
レイネに向かって走り出す。
「この上なく……めんどう!」
レイネはそう言いながらも、冷静に対処した。
鮮やかな手腕だ。
最初に接近してきた分身3体の攻撃を躱し、反撃。
双短剣は黒炎を裂きながら舞う。
「「「「知恵炎喚、爆裂」」」」
4体同時に魔法陣を展開。
レイネへめがけて、炎弾を放つ。
4つの炎弾の軌道は重なる。
それらはレイネの目の前で衝突した。
まばゆい閃光とけたたましい音。
すさまじい爆風が生まれる。
「──契術使いなのに、魔法はずるいんじゃない?」
ルドは空を見上げた。
爆発から出てきた赤い物体に、目を細める。
レイネだ。
赤雷をまとい、上空へ跳んでいる。
爆発に巻き込まれてもなお、決定打にはならなかった。
「堕ちろ──!」
ルドは間髪入れずに彼女を追撃しようとする。
レイネのいる上空へ、大玉の黒炎を連続して放つ。
彼女はそれを、華麗な身のこなしで弾き返した。
魔力による身体強化と、魔法の重ねがけだ。
落下中にも関わらず、冷静に黒炎をかき消す。
レイネはそのまま、ルシアン邸の屋根に降り立った。
「……っ! くるなっ!」
魔法を唱え終えた4体の分身たちは、ルシアンへと狙いを定めて駆け出している。
刹那。
疾風迅雷が現れた。
隕石と紛うほどの衝撃が地面に走る。
次の瞬間には、4体の分身は斬られていた。
「分裂すると弱くなるのかしら」
レイネは地上に降り立ち、つぶやいた。
それは、一方的な処理作業だった。
続けて残る3体の分身も狩る。
抵抗なんて許さない。例外なく、元の黒炎へ帰した。
「おのれ……!」
最後は本体だけだ。
あっという間に倒された事実に、ルドは歯ぎしりする。
「あなたの主人、ガラティーンと言ったわね。死ぬ前に答えて」
ふたりは向き合う。
殺し合いの最中だというのに、静けさが訪れた。
「──プテルヘインという国を滅ぼしたことはある?」
レイネはルドへ、その問いを投げた。
彼女の表情は冷たかった。
瞳は鋭く、短剣を握る力が強くなる。
「それを答える道理はない。貴様を殺して、偉大なる太陽へその血を献上するのみッ!」
ルドは魔力を流す。
魔神に対する信仰と忠誠心は、すでに後戻りできないところまで侵食してしまっていた。
「そう……なら、あなたに価値はないわ」
レイネはそう吐き捨てた。
両者は武器を構え直した。
殺し合いは再開する。
命を奪うという行為を、彼らはもうためらわない。
「──エルダサンダー、ペネトレート」
レイネは唱える。
自分が出せる最大威力の貫通魔法を。
片方の短剣のみ、螺旋状の雷が現れる。
「黒……炎ッ!」
ルドの全身は炎に包まれた。
鎧のように形を成し、彼は咆哮する。
この世に呪いをもたらさんと、剣を払う。
正面突破の真剣勝負。
どちらかの一手が上回った時点で、勝敗は決まる。
「がああああああ!!」
先に動いたのはルドだった。
剣を振り上げ、地面に叩きつける。
すると黒の業火が立ち上った。
火柱はたちまち庭全体に広がり、レイネを飲み込んだ。
草木は燃え尽き、地面は焦土へと成り果てる。
ルシアンはその様子を、屋敷から呆然と眺めていた。
「──私は」
ルドの視界に映ったのは。
「な、に……!?」
復讐に駆られる、少女の姿だった。
その身を焼かれようとも突き進む、紅の雷獣。
ルドは迎撃するため、剣を振りかざす。
「あなたたちをゆるさない」
レイネは短剣を前へ放った。
短剣に宿る雷は、迎撃してくるルドの剣を粉砕する。
勝敗は決した。
レイネはルドの心臓に、短剣を突き立てようと──。
「──残念、だったなぁ……!」
ルドはニヤリと口角を上げた。
突如、地面から鎖状の黒炎が無数に湧き出た。
レイネの両手両足に絡みつき、縛り付ける。
「ぐぅ!?」
レイネは身動きが取れなくなった。
短剣は寸で届かず、ルドの胸の前で止まってしまった。
拘束を解こうと魔力を込めるも、びくともしない。
「黒炎には、触れたものの生命力を奪う力がある。お前は確かに格上だったが……逆転は可能なんだよ」
レイネの手足は後ろに引かれる。
肌を灼かれながら、戻されていく。
そんなレイネの首を、ルドは容赦なく掴んだ。
「が、あ……っ!」
「ク、クク、そうだ、このまま苦しんで逝け」
レイネは暴れることもできず、声をあげるだけだった。
灼かれる痛みと、絞首による苦しみ。
生命力を吸われ、徐々に抗う力が失われていく。
ルドは、笑いながら彼女を殺そうとした。
「──ま、待て」
「……あァ?」
ルドの意識外から、声が聞こえてきた。
そんなはずがない。聞き間違いだ。
ルドはそう考えつつも、目線を声の方へ向ける。
ルドの顔から、笑みが消えた。
そこにいたのは──ルシアンだった。
彼が決死の表情で、この戦場に立っていた。




