42話「くだらない憎しみ」
剣士斬り。
帝国の闇世に現れる、殺人鬼の通り名だ。
軍はその存在を長らく調査していた。
だが結果は振るわず、目撃情報だけが広まっている。
大胆な殺人を繰り返しているのにも関わらず、必ずその消息が絶たれるからだった。
幾度となく剣士を狙った犯行。
限定されていた標的は、最近では見境がない。
一般帝国民さえ、巻き込まれる事態となった。
容疑者はいるものの、手がかりや証拠は見つからない。
アリバイもあった。そのため確保まで至らない。
不思議な力が働いているかのように、逃げられる。
不気味に笑う白い仮面。
それは瞬く間に、帝国全土へ恐怖を伝播させた。
「──止まれ、剣士斬り」
早朝。
帝国東地区の、中央通り。
軍の兵隊たちは待機していた。
不審な者がいれば、すぐに対処する。
それが彼らの務めだ。
偉大なる皇帝と無力な民を守るため、陣形を組む。
「どいてもらおうか。帝国兵諸君」
不審者ひとり。
中央通りを、堂々と歩く白仮面がいた。
紺色の道着のような装いと、手には真剣。
誰が見ても、その者が剣士斬りと断定するだろう。
「お前が剣士斬りだな。どこへいくつもりだ?」
この区域を担当された隊長。
勇敢で正義感のある男だ。
彼は一歩前に出る。
「おやおや、私のためにご苦労。無駄な労働だがね」
剣士斬りは歩みを止めない。
隊長は指揮を執る。
兵士たちを整列し、片手を剣士斬りへ突き出した。
いつでも魔法を放てるよう、臨戦体勢になる。
「優秀な上司どののおかげだ。この時間帯に、お前が現れることを予測できた」
「ほう?」
「それ以上動くな。即座に殺す」
隊長の言葉に、剣士斬りはその足を止めた。
仮面は笑っている。
奥にある顔の表情は、誰にもわからない。
「動かなくとも殺すがな、楽に死ねるかの違いだ」
穏やかな風が吹いた。
今にも戦闘は行われようとしている。
兵士たちは隊長の号令を待つ。
一方で、剣士斬りは剣をぶらりと提げたままだった。
異常なまでの落ち着き。
道の真ん中で、動かない。
「撃てぇい──ッ!」
「「「知恵炎喚爆裂」」」
火蓋が切られた。
合図とほぼ同時に、兵士たちは詠唱した。
多数の魔法陣が現れ、特定の形に収束する。
燃え上がる無数の炎弾。
それは宙を舞い、剣士斬りに放出。
「──な──に──?」
されることはなかった。
隊長の背後で、複数の爆発が起きる。
破裂する真っ赤な閃光。
高速射出された炎弾が、隊長に直撃した。
兵士たちも同様だった。
死角から放たれた、剣士斬りに向かうはずの炎弾。
予想外の奇襲を防ぐことができず、悲鳴をあげる。
……彼らの半数を除いて。
「そんな──なぜ、私に……っ!」
「優秀な上司、ね。それはもしかして同一人物では?」
隊長は地面に倒れ、重傷を負った。
意識外からの魔法攻撃は致命傷足り得るからだ。
かろうじて魔力を展開するも、完全には防げなかった。
「まさか……裏切り、者が……!?」
兵士たちの半数は無傷だった。
なぜなら、酷い惨状を作り出した元凶だからだ。
一瞬にして陣形は崩れ去る。
兵士たちの肉が焦げ、それを裏切り者たちは見下ろす。
「鉄壁と謳われた帝国が、ひどいものだな。こうも簡単に瓦解するようでは意味がない」
剣士斬りは、倒れ込んだ隊長に近づいた。
「あまりに……無力だ」
その背中へ容赦なく、剣を突き立てた。
血が溢れ、焼けた軍服が屈辱色に染まる。
隊長は小さく憎しみを口にしたあと、動かなくなった。
「さて。帝国軍の主戦力がいないのを見るに、太陽を呼ぶ準備は開始されたと判断しよう」
剣士斬りは剣を引き抜く。
封鎖していた障壁は取り除かれた。
燃える亡骸の横を通り、また歩み始める。
「その前に奴を殺さなくては。せっかくガラティーン様の許可も得たのだから、早く済ませるとしよう」
中央通りを抜け、邸宅街に出た。
異様な光景だった。
白い仮面の殺人鬼が、軍の兵士を引き連れている。
帝国勅令で通行人もいない。
彼らは陽の下を進む。
「ようやく……奴を殺せる」
やがて剣士斬りは、ある屋敷の前で止まった。
屋敷の門は開放されている。
警備はおらず、侵入者を拒む者もいない。
「お前たちは持ち場に戻れ。軍の情報を、可能な限り撹乱するのだ」
兵士たちは何も言わず、各々散っていった。
剣士斬りは足を踏み入れる。
辺りを見渡して、敷地内に入っていく。
「──何の用かしら」
否、門番はいた。
赤髪の居候少女、レイネだ。
ルシアン邸。玄関へ続く通路の直線状。
門の外ではなく内だったが、彼女はそこに立っていた。
「女、死にたくなければそこをどけ」
「あら、それはこっちのセリフよ? 死にたくないのなら回れ右をオススメするわ」
手入れされた草木を土台に、牽制が飛び交う。
「でもそうね──オススメするだけで逃がさないけれど」
レイネは腰に携えた双短剣を引き抜く。
剣士斬りは、肩で笑っていた。
彼女への侮りと、自分に立ち向かう愚かさへ向けて。
未だに剣も構えず、レイネの方に歩いていく。
そこへ。
「──お前の兄弟子たちはここにいるぞ」
「っ! シュ、タイン……!」
ルシアンが、レイネの後ろに現れた。
全身を鎧で固め、剣士斬りを見据える。
剣士斬りの声は震えていた。
まるで積年の恨みを抱いているような、そんな憎悪の声。
「どうしてあの夜、俺が襲われたのか。剣士の枠組みから逸れた、シュタイン家の落ちこぼれが狙われたのか」
ルシアンはレイネの横に並び立つ。
怯える様子はなく、剣士斬りを睨んだ。
「簡単な話、くだらない逆上といったところだろう? 教室でアイツにくだらない挑発をされ、くだらない憎しみに駆られた」
「貴様ァ……!」
図星だったのか、剣士斬りの体が力んだ。
剣を握る手が強くなる。
「お前は学園に謹慎を命じられてからすぐに姿をくらました。友人はおろか、街の住民さえも見かけないという。軍もそれらしい捜査の動きはなく、実家もだんまりときた」
ルシアンがこれまでに得た情報。
彼はそれを絶え間なく、剣士斬りに浴びせる。
「商会の情報網さまさまだな。おかげでお前しかありえないとおもったよ」
剣士斬りは反論しなかった。
体の力は緩まり、ゆっくり呼吸をしている。
下を向き、諦めたかのようだった。
そんな剣士斬りに、ルシアンは指を突き付けた。
「さあ、正体はもう割れているぞ。──ルド・フォン・クロイツ!」
ルド・フォン・クロイツ。
その名が朝の空気に響き渡る。
上級貴族にして、帝国軍総司令官を父に持つ子。
クロイツ家の長男である者の名だった。
剣士斬りは、仮面に手をかける。
ゆっくりと外して、奥に隠れた顔を露わにした。
「少し見ない間に、饒舌になったなぁ……ルシアン」
紛れもない。
剣士斬りの正体は──ルドだった。
彼は歪んだ笑みを浮かべていた。
仮面を捨て、ルシアンだけに顔を向ける。
「ああ、そうさ。俺が2代目剣士斬りだ」
剣士斬りの口調は崩れた。
乾き切った目に、以前より変色した髪色。
学園にいた頃とは異なる姿だった。
ルドはルシアンに叫ぶ。
「父上と軍は俺の罪を黙認してくれた。好きに人を斬ってもいいってなァ」
「……やはり、軍も腐ってしまっているのか」
「気持ちがよかったぞぉ? あれが必要な作業だというのだから、仕事ができて優越感もあった」
ルドは背を反り曲げて、嬉しそうだった。
その口は、もはや剣士斬りの仮面と遜色ない。
だがすぐに姿勢を戻し、ルシアンをギョロリと見た。
「そんな時──お前はなんといった? 『茶番』だと? 『小物』だと!?」
ルドは一方的に叫び続ける。
激情し、ルシアンへ剣を向けた。
「そこで俺は決意したんだ。父上の提案、新たなガラティーン様の眷属となることを! フラメアのついでだ、お前もぶっ殺して──」
「ながい」
次の瞬間、レイネは振りかぶっていた。
彼女の手から放たれる短剣。
短剣は、弓矢のように発射される。
「ちっ!」
ルドは咄嗟に反応した。
その短剣を空中へ弾き、なんとか防いだ。
「──ヴェルトサンダー」
身体強化の魔法を唱えるレイネ。
勢いよく前へ飛び出して、ルドに強烈な蹴りを入れた。
彼女はローブを翻す。
空から落ちてくる短剣を、華麗にキャッチしてみせた。
「き、貴様……っ!」
ルドは強制的に後方へ退けられる。
眼中になかったレイネを、再認識したようだ。
「私にとって、あなたたちのいざこざなんてどうでもいいの」
「……なに?」
レイネは冷たい目をしていた。
ようやく獲物を見つけて、待ちきれないと言わんばかりの表情でルドと対峙する。
「あなたが魔神の眷属である事実。それだけでいい」
彼女は言い放つ。
剣士斬りを止める? 違う。
帝国を守るため? 違う。
「剣士斬り──あなたを燃やすわ」
魔神とその眷属を葬り去る。
その最終目的だけが、レイネを突き動かしていた。




