41話「透明の明瞭化」
超高速移動、ってわけじゃない。
単に奴は見えなくなったんだ。
すぐに攻撃が来ないこと、それが証拠だ。
透明化する契術……そんな風にガイゼフは言っていた。
とすると、まだこの場にいる。
どこだ。
どこにいる、探せ。
暗闇の夜じゃない。
周りがよく見える朝だ。
感覚を研ぎ澄ませ。今の俺ならそれができる。
「──いや、探さなくとも」
風がなびいた。
かすかな音がした。
わずかに地面の土が舞ったのを、見逃さなかった。
あとは直感だ。
俺は自分の手を、首筋より前へ持っていく。
手のひらに──激痛が走る。
「ビンゴ……!」
見えない何かが貫いてきた。
血は流れ、透明なそれに滴る。
ガイゼフの剣だ。
その勢いを殺し、逃がさないように掴む。
「ば、バカな!?」
「いってぇ……小賢しい契術、使いやがって」
目の前から声が聞こえた。
姿は見えないが、確実にそこにいる。
驚いているようだな。俺がお前の剣を防いだことに。
「完全に気配を消したはずだ! 察知できるわけが……」
「半分は勘さ。前に俺の首筋を狙ったろ、それに賭けた」
ルシアンとの模擬戦で、最初に狙われた箇所がそこだった。
オーバーキャスターの鎧部分を省き、息の根を止められる急所。
あとは右か左かの問題。
だから、運に頼った。
「バカな……ふざけるなッ!」
ガイゼフは激昂した声をあげる。
不意打ち前提な契術。
それを初見で破られて、かなりご立腹みたいだ。
「この俺ならできるんだよ。そもそもステージが、違うってことだ」
「き、貴様は、一体……!?」
この痛み、オーバーキャスターじゃなかったら多分耐えられなかった。
偽装を解いたら元通りに直るのが救いだな。
剣は離さない。
必死に俺の手から引き抜こうとしてくるが、させるかよ。
筋肉を固定し、ガイゼフを逃がさない。
「──覚悟はいいな」
俺は全身で地面を踏み込んだ。
持っている剣を外へ向かせ、薙ぐ準備をする。
「クソ、離せッ! こんな小僧にやられるわけには……!」
お前こそ、その剣を離すなよ?
剣士としての矜持。
それがまだ残っているのなら、避けずに食らってくれ。
罪の重荷がちゃんと乗っているか、確かめよう。
「やめろ止せ、太陽を受け入れるのだ──」
なにかを言いかけたところで。
ガイゼフの剣がふっと軽くなった。
刹那の時。
奴の剣が刺さった左手を引き、右手を前方に払う。
虚空を斬った。
「がはぇ…………ッ!」
見えない何かを薙いだ手ごたえ。
目の前の地面が大きく振動した。
「じゅ、純粋な力……魔力も、使わずに、魔力で強化したわた、しを……」
すると空間が歪み、ガイゼフが現れた。
腹を斬られ、戦闘不能のようだ。
空を仰ぎながら倒れている。
「負けた、な……だが……いずれにせよ、太陽は……昇る」
「さっきから太陽太陽って、なんだよそれ」
俺は手に刺さった剣を取り除いた。
相手は人でなしだ。
同族を意味もなく殺してきたクソ野郎。
だがこの手順を毎回踏むというのは……気分が沈むな。
とはいえ、これで魔神と眷属のつながりを断つことができたのか?
お騒がせの剣士斬りを倒したんだ。
手柄も手柄、英雄的行為だろう。
黒い炎を使わなかったし、案外楽に──。
「……待て。おかしいぞ、お前」
ふと疑問がよぎった。
まったく違う契術を、2つ同時に持てるものなのか?
コイツは透明化の契術だった。
あの黒い炎の契術を、使う素振りすら見せなかった。
それに、剣士斬りとは初対面じゃない。
あの夜に、一度戦って逃げられたんだ。
オーバーキャスターの姿も見られている。
だとしたら、さっきのガイゼフの反応はなんだ?
まるで初めて俺と対峙したみたいに……。
振り返ってみると、色々おかしい。
「は、はは! はははははは! 今さら、気づいたか!」
ガイゼフは血を流しながら笑っていた。
両目を見開き、空に向かって口を開けている。
「……お前」
「すでに剣士斬りは継承された! 最も新しく少々荒い弟子だったが、他の弟子の誰よりもその素質があった! やはり真剣で人を斬らせるに限るッ!」
急に元気を取り戻したみたいに、ぺらぺらと。
継承された? 素質のある弟子だって?
つまり──。
「ああ、ガラティーン様。あなたの眷属になれず本当に残念ですが、どうか! この帝国に、黒き太陽を──!」
ガイゼフは事切れた。
気味の悪い笑みを浮かべたまま、動かなくなった。
最後まで気分の悪い奴だ。
ガラティーン、それが魔神の名前か?
いやそれよりも。
「剣士斬りがコイツ以外にもいて、コイツは眷属じゃない……?」
じゃあ、その剣士斬りは今どこにいる?
胸のざわつきが加速した。
落ち着け、心を冷静に保て。
ルシアンの読みが当たったんだ。
だからこそ、レイネたちは待機している。
「クソ……無駄な時間過ごしたな。無視してよかったのかよ」
剣をしまいながら、損した気分を味わった。
俺たちが予想していた剣士斬りの正体。
最有力候補はガイゼフ。
その他に、もう一人疑わしい奴がいる。
「レイネたち、大丈夫だろうな? 正解なら、そっちに行ってるとおもうけど」
ルシアンを狙った理由も納得というか。
俺のせいであってほしくないという気持ちもある。
うーん、まあその辺もアイツらに任せよう。
「……いくか」
次の目的地へ急ぐとする。
オーバーキャスターのまま、道場を去った。
師範は死に、最後まで弟子は誰も出てこなかった。
静かな朝。
そして小鳥がささやく無人の道場。
俺は手のひらを押さえながら、学園へと向かった。




