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偽装された異世界召喚  作者: 石畑サン輔
第二章 炎と剣
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40話「静かなる朝、剣戟は舞う」


 朝の運動は、案外気持ちがいい。


 階段を上がっているだけで、意識がスッキリする。

 空気はとても澄んでいる。吸うごとに脳がクリアになるんだ。


 でも、少し体調が悪い。

 最近は契術を使いすぎた。

 たまに、反動でなにも考えられなくなる瞬間がある。


 二徹しているから、という理由だけかもしれないが。


「ふぅ──」


 俺は満身創痍ながらも、長い階段をなんとか登りきった。

 顔を上げて、目の前を見据える。

 

 帝国の西地区高所にそびえ立つ、立派な道場。

 日本の武道場を彷彿とさせる建物だ。

 ここに来るのは2度目だな。つい先日のことだけど。

 

 さて、剣術師範どのはいるかな?


「ピートッ!」


 道場に入ると、さっそく出てきた。

 

 ガイゼフ──この剣術道場の師範だ。

 白い道着の彼は、俺を見るなり怒ったような形相で歩いてきた。


 あぁ……このお兄さんはピートっていうのか。


「今までどこで何をしていた。今度こそルシアンを始末できたのだろうな!?」


「始末、ですか」


 確かにそう言ったな。

 もう言い逃れはできない。

 この目と耳が、お前がどういう存在なのかを証明させたぞ。


「しっかりと失敗させましたよ」

 

「そうか、しっかりと……失敗だと?」


 俺は嘘をつかずに、ありのままを伝えた。

 

 それだけでガイゼフの顔色は変わった。

 ガイゼフは後退り、目を見開く。


「待て、誰だお前は!?」


「偽装解除」


 この一言で、黒い霧は体から離れていく。

 俺はピートの偽装を解き、元の姿に戻った。

 ルシアンの赤い学生服をまとい、ガイゼフと対峙する。

 

「おはようございます。ガイゼフ──いや、剣士斬りどの?」


 清々しい朝に挨拶はつきものだ。

 俺とガイゼフは、一定の距離感を保ったまま向き合う。


「この姿は快適だったよ。ここらの兵士たちは、みんな揃って通してくれるんだから」


「……」


 正直、こんな簡単にいくとは思わなかった。


 俺はピートの容姿を思い浮かべ、偽装した。

 ピートという名前は知らなかったが、名前を呼ばなくとも契術は機能したのだ。

『アルタの剣』とわざわざ呼称しなくてもいいように、ある程度の融通が効くらしい。


「それなりに体力使ったけど、おかげであんたに会えた」


 ここに来る途中で、徘徊中の帝国軍に遭遇した。

 特にお咎めはなかった。

 自粛中の行動を黙認し、許容してくれた。


 ピートには感謝しないとな。


「それで、目的はなんだ」

 

「あんた魔神の眷属なんだろ? 観念してもらおうか」


「……なるほど、そこまで知っているのか」


 ガイゼフは腰の剣に手をかけた。

 木刀ではなく、鞘に収まった真剣だ。


「はじめまして、名も知らぬ学生。君の言う通り、私は剣士斬りだった」


 潔く自分の正体を認めた。


 朝の空気が、ひんやりと体にまとわりつく。

 いつ戦いが始まってもおかしくない。

 その前に、少し聞いておくか。


「どうして剣士斬りなんか……」


 そもそも、剣士斬りという存在そのものが謎だ。

 なぜ剣士だけを狙うのか。

 バレやすい状況の中で、なぜ実行に移したのか。

 

「私は以前から、帝国で幾度となく人を斬ってきた。軍の捜査に追われ、5年ほどは鳴りを潜めようと努めたよ」


 ガイゼフは剣の柄を撫でる。

 空を見上げ、目を細めた。


「──そんな時だった。あの方と出会ったのは」


「あの方?」


「完膚なきまでに叩き潰されたよ。極め続けた自分の剣がどうでもよくなってしまうほどの、すさまじい剣に魅せられた」


 ガイゼフは拳を握った。

 いつの日を思い返しているのか、顔には笑みがあった。


「だから私はあの方についたのだ」


「……なんだよ、結局はただの人斬り?」


 真剣に聞いて損した。

 魔神との接触よりも前から狂っていたようだ。

 操られてやった、という感じでもないらしい。

 

 コイツは……とんだ人でなしだな。

 

「もうじき太陽は呼ばれる。今さら私をどうしたところで無駄だとおもうがね」


「太陽? いいや、こっちは散々迷惑かけられてるんだ」


 俺はしっかりと地面を踏み締めた。

 相手を目線から離さない。

 

「お前たちの目的がなんだろうと、止める!」


「君に何ができる? 見たところ学生じゃないか、妙な力を持っているようだが──」


 ガイゼフの体勢が変わった。

 

 奴の剣は鞘から抜かれる。

 銀刃が露わになり、朝日の光が反射する。


「すぐに斬り伏せて……おわりだ」


 体を傾け、まっすぐにこっちへ飛び込んできた。

 

 速い。

 殺人鬼とはいえ剣術師範か。


 俺はというと、口を動かすだけで精一杯。

 体調は絶不調。あの動きに対応するのは無理だ。


「偽装──オーバーキャスターッ!」


 ガイゼフが剣を振るよりも先に、叫んだ。

 

 まさに万能。

 これで勝ちを確信したとも言っていい。

 たった今、俺は万能を身にまとったのだから。


「言っておくが……今度は逃がさねぇぞ?」


 明確な身体能力の変化。

 湧き上がる魔力と、もはや恒例と化した黒の濃霧。

 

 俺は腰に現れた剣を抜き放つ。

 

 金属の甲高い音が鳴り響く。


 お互いの刃がぶつかり、ガイゼフと至近距離で競り合った。


「また違う姿に──!」


「初見じゃないだろ。なに驚いてんだ?」


 俺は踏み込み、さらに体重を剣に乗せた。


 剣を滑らせるように横へ払う。

 

 力の均衡は崩れた。


 相手の刃は弾かれ、体勢を崩す。


 がら空きになった胴体。


 そこにめがけて、思い切り拳をぶち込んだ。


「がぁッ──!?」


 ガイゼフは苦悶の声をあげる。


 低い放物線を描いて、道場の建物へ吹き飛んだ。


 オーバーキャスターの能力は、この世界基準でもおそらく高い。

 ルシアン状態のパンチは怯みもしなかったのに。

 まさか、これでノックアウトじゃないよな?


「ぐ……なんだ今のは。ただの殴りで、この私を……!」


「お、生きてる」


 ガイゼフは道場からゆっくり出てきた。


 流石にタフだな。

 ガイゼフに帯びているあの紫色のオーラは……魔力?

 ほう、魔法を使わずとも身体強化ができるのか。

 

「なあガイゼフ。ルシアンとの模擬戦、覚えてるか?」


 俺は剣を肩に乗せて、何気なく聞いた。


「それが、なんだね」


「あれ、実は俺」


「……なに?」


 ガイゼフは訝しげに顔をしかめる。


「俺がルシアンに偽装してたんだ。俺はけっこう根に持つタイプでな、その時の雪辱を晴らしにこうしてやってきたわけだけど……」


 これまでの経緯を語った。

 ガイゼフと対峙した感想を、正直に述べる。


「所詮は人斬り。ただの弱者狩りだったか」


 つい半笑いが出てしまった。


 ガイゼフの眼光が鋭くなる。


「ならば! 貴様も剣の錆にしてくれる──ッ!」


 奴の魔力が目に見えて隆起した。


 風が吹き、ガイゼフが弾丸のように突っ込んでくる。


「……してみろよ」


 間合いを急激に詰められた。


 俺は飛び込んできた刃を、すれ違いざまに受け流す。


 ガイゼフは俺の背後へ回った。


 次々と斬撃が舞う。


 縦横無尽に攻めてきて、俺を殺そうとしてくる。


 だが俺は、その場から動かない。


 作業のように、淡々と猛攻を防ぐだけ。


「ぐ、おおおおおッ──!」


「……」


 あの黒い炎は使わないのか?


 この程度はお遊びだ。

 これじゃあ、実力の半分も出せやしない。


 ガイゼフは真正面から、連続剣技を叩きこんでくる。

 

 その全てに剣を合わせる。


 すばやく、力強く、正確に。


「はあ……はあ……!」


 ガイゼフの手が止まった。


 奴は一旦後ろに退いて、距離を取った。

 肩で息をするほど疲弊しているように見えるな。


「もういいのか? これで、俺の剣術より下だな」


「そ、そんなものは剣術ではない! ただの力技、素人の猿真似だ!」


「あぁ? んじゃあ、お前はそれ以下ってわけだ」


 ガイゼフは深く呼吸をしている。

 相当頭にきてるらしい。

 

「今まで積み上げた罪の研鑽を、俺が清算してやる」


「……フッフッフ、それは不可能だ」


 それはどういう意味だ?

 さっきので、俺とガイゼフの力量差は理解したろうに。


「疑問におもわなかったのか? 私が今まで、どうやって痕跡を残さず人を斬ってきたのかを」


「それは──」


 確かにそうだ。

 いくら道場の弟子たちが共犯だったとはいえ、軍の追跡を完全に振り切ることはできないはずだ。

 

 ……そういえば。

 レイネもあの日、こんなことを言っていた。

 魔神の反応が突然消えた、と。

 

「神の祝福などいらん。私には、これだけあれば十分なのだよ」


 ガイゼフは剣を手に提げた。

 不敵な笑みを浮かべ、目は俺を睨んでいる。

 

 なにかしてくる。

 そんな予感で、少し身構えた。


「──〈無霊虚影〉」


 すると。


 奴は消えた。


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