39話「大掃討」
この回は主人公視点ではありません
早朝といえど、軍事司令館は可動している。
時間は関係ない。
どんな事態にも対応するため、当然の体制だ。
特にこの3日間は、緊張感が増していた。
皇帝勅令が発されてから、2日。
残る1日で、帝国を脅かす存在を排除しなければならない。
「……あとは東と西、か」
「予想はしていた。やはりといったところだな」
総司令官のクロイツと、元帥のバルドル。
ふたりは武装した状態のまま、地図内の帝国を見下ろしていた。
数人の部下を背後に従わせ、指令室で現在の状況を話し合う。
「剣士斬りは結局なにがしたかったんだ?」
「目的がなんであれ、帝国の敵は排除せねばならん」
軍はこの数日で、帝国に在する者たちの身分証明を片っ端から行っていた。
北と南地区はすでに終え、本命は残る地区に絞られている。
「最も黒に近い容疑者は──ガイゼフ。以前から疑ってはいたが、証拠がなかった。弟子たちのアリバイも完璧で、捜査は保留となった」
「疑いはあるのに綺麗すぎる。……それが怪しいってもんだ」
バルドルは鼻を鳴らし、足を造作に組んだ。
椅子に頬杖を立て、地図を睨む。
「だが最近になって、剣士斬りは再び頻繁に現れた。隠す気がなくなったかのように。今までの被害者の傷跡は、ガイゼフの剣筋と酷似している」
クロイツは資料をめくる。
そこに載せられた被害者の絵は、どれも剣撃による殺傷として描かれていた。
「そして最後の決定打が──」
「ルシアン・フォン・シュタインですね?」
指令室の扉が開き、遅れて姿を現したのは軍隊長のレオンだった。
涼しい顔でクロイツの話に口を挟む。
「レオン、また遅刻か……」
「道場の模擬戦で、ガイゼフは彼を執拗に打ち据えました。その夜、シュタインは剣士斬りに襲われている」
レオンは遅刻に詫び入れる様子もなく、話を続ける。
「あ? おいレオン、そんな報告知らないぞ。シュタインって、フラメアの弟が標的にされたのか?」
バルドルは驚いた表情で姿勢を前に起こした。
反対に、レオンは穏やかに微笑んで答える。
「おや、上手く伝達されていないようですね。残念です」
「それはどういう……」
「あとにしておけ。そもそもが妙だ、剣士でもないあの次男がなぜ標的に?」
バルドルを無視して、クロイツは冷静にレオンへ問う。
レオンはすぐにその結論を出した。
「単に気に入らなかったんでしょう」
「……は?」
剣士斬りがルシアンを狙った理由。
そんな単純なものだと聞かされて、バルドルは理解を拒んだ。
「逆恨みです。模擬戦で、シュタインはガイゼフの左頬を殴っています」
「ちょ、ちょっと待て……それだけで標的ってのは」
バルドルはあまりに急ぎすぎた話だと否定しようとする。
剣士斬りの今までの標的は、まず剣士であること。
それをただの癇癪で、方針をいきなり変えるものなのかと疑っていた。
「彼らの間には並ならぬ確執があるようでしたから。そうでしょう? クロイツ総司令官。よくご存知ですよね」
レオンに名を呼ばれたクロイツの眉が、わずかに動く。
「……」
クロイツは何も答えず、黙る。
その沈黙を破るように、扉が乱暴に開かれた。
「ほ、報告しますッ!」
血相を変えた伝令兵が、息も絶え絶えに叫ぶ。
「帝国全周囲に、魔物の大型コロニーが大量に出現! 警戒レベルは4を突破、緊急の大掃討要請ですッ!」
「な、なんだと!?」
バルドルは椅子から立ち上がる。
ありえないとばかりに焦りを露わにした。
「まだ周期はきていないはずだ! こんな大事な作戦の最中に、レベル4だと!?」
「総司令官」
そんな中で、レオンは静かに呼びかける。
クロイツは一瞬だけ目を閉じ、すぐに決断を下す。
「あぁ。ただちに第1から第8までの兵士隊を帝国外郭壁へ招集する。警護専門を除いて、大掃討を開始せよ」
「なっ!? 待てクロイツ!」
バルドルはその決断に異議を唱えた。
クロイツの近くに歩いていき、声を張り上げる。
「そんな数の兵士を割いたら、壁内の剣士斬り対策が手薄になっちまう!」
剣士斬りだけではない。
未だに行方の知れない、白い凶悪指名手配犯。
予定していた東西地区の仕事を先送りにしてしまう。
また被害が出るのを避けるため、人員の振り分けを考え直せ。
バルドルはそう訴えようとした。
クロイツは彼に、憐みの目を向けていた。
「バルドル元帥。これはガラティーン様の指示だ、逆らうことなどできまい」
「なにを──」
次の瞬間。
突如として、銀閃が走った。
バルドルの胸から、赤い血が吹き上がる。
完全なる不意打ち。
安全圏内での、容赦ない奇襲。
「が、あ……レ、オン……!?」
剣を握っていたのは、つい先ほどまで涼しげに笑っていた男だった。
「心置きなく死ぬといい。貴様も炎の薪となれ」
声色が変わる。低く、指令室に響く。
レオンという男の面影はない。
バルドルへ冷酷に言葉を吐き捨て、剣を引き抜いた。
「すでに軍は我のものとなった。指揮権は我の手にあり、下す命令は──帝国の虐殺だ」
「おま、え……は、だれだ……ッ!」
血を流し、床に倒れたバルドル。
最後の力を振り絞って声を出す。
部屋の壁際に並んでいた兵士たちは全員、呆気にとられていた。
その間にも、レオンだった男の姿が変容していく。
炎の渦が巻き起こる。
それに包まれた男の髪や目の色、顔つきは次々と違うものへ。
赤黒さが混じった金髪。
漆黒の鎧に覆われた、戦士のような体躯。
その手に持つ剣は、意思を持つように禍々しい光を放つ。
赤、金、黒。
3つが入り混じった狂暴な気配は、その場にいた者の動きを停止させた。
「剣の神にして太陽の化身。名を──ガラティーン」
炎が静まり、顕現する。
堂々たる名乗りによって、兵士たちはようやく正気を取り戻した。
「この国に太陽を呼ぶ。帝国の全区域に通じる通路、および壁門を封鎖しろ」
「御意」
クロイツは彼に跪いた。
周囲の兵士たちは武器を取り出す。
魔法を使うさえ、ためらわない。
目の前のふたりを……帝国の敵だと認識した。
「──大掃討、開始だ」
兵士たちは意を決して、戦いに身を投じた。
自分の命を顧みず、声にならない咆哮を上げる。
彼らのその行動は、この国と皇帝への忠誠心そのものだった。
たとえ、無慈悲に蹂躙される運命であったとしても。




