38話「復讐欲」
作戦会議から、はや2日。
俺は目を開けた。
暗い中で、うっすらとだが天井が見える。
屋敷は静かだ。
雑音はなく、ただ静寂が流れている。
窓の外から、風の音が微かに聞こえるだけ。
いつものは違う寝心地に、眠気は一切なかった。
ベッドの上であろうと寝落ちは許されない。
適度に膝をつねって、意識を覚醒させる。
「……眠い」
はやく、来てくれないだろうか。
事が起きればすぐに動ける。
そのために俺がいる。
奴は、ルシアンを始末したがっていた。
剣士という限定条件を無視しても、だ。
明日には軍も動く。今夜を見逃すのは──ない。
「──っ!」
風以外の音が流れた。
屋敷の外を見ると──侵入者の姿があった。
次の瞬間、耳をつんざくような衝撃音が炸裂する。
窓は枠ごと破られ、ガラス破片が舞う。
乱暴かつ鮮やかな手段で、侵入者はこの屋敷に降り立った。
「な、なんだ!?」
顔に例の白仮面、右手には剣……間違いない。
俺は慌てたようにベッドから体を起こす。
「──死ね」
侵入者は躊躇なく接近してくる。
迷いのない殺意だ。
剣は俺の胸に、しっかりと狙いを定めていた。
「偽装、剣ッ!」
「!?」
俺は即座に契術を発動させた。
握りしめていた羽ペンが、アルタの剣に早変わり。
すかさず、この剣を滑り込ませるように振り上げた。
相手の剣はそれに阻まれて、甲高い音と共に跳ね上がる。
「だあッ!」
「ぐはっ……!」
続けて、侵入者の腹を蹴り飛ばした。
侵入者は床に転がる。
「出番だぞ、ルシアン!」
声で合図を送る。
すると、部屋にあったクローゼットが勢いよく開いた。
その中には、鎧で武装したルシアンがいる。
「うおおおおおおっ!」
「う、うわああああああ!?」
ドンガラガッシャンが似合う音だったな。
重量級のルシアンは侵入者にのしかかった。
侵入者は完全に身動きが取れなくなり、小さくうめき声をあげた。
捕縛、成功。
すると、屋敷から雷のような轟音が鳴った。
「あっちは大丈夫か? まぁ、大丈夫か」
レイネの方にも来たようだ。
彼女なら、上手く対処できるだろう。
「騙されるよな、俺でも騙される。偽装解除」
黒い霧が漂って、ルシアンと剣の偽装が解けた。
俺は元の姿に戻る。
床に押しつぶされた侵入者へ近づき、しゃがんだ。
「さーて……あんた、剣士斬りの分身じゃないよね?」
「る、ルシアンじゃない!? 誰だお前──」
俺は侵入者の仮面に手をかける。
「こっちのセリフだよっと! あれ?」
思いっきり、悪趣味な仮面を顔から引っぺがした。
やっぱり分身じゃない。ちゃんとした人だ。
そして、コイツの顔には見覚えがある。
「剣術道場のお兄さんじゃん、奇遇だな」
「……ッ!」
確か──ガイゼフの弟子。
俺が道場で気絶した際に、ガイゼフから伝言を頼まれていた青年だ。
「共犯ってこと? じゃあ、確定?」
「だからそう言っただろう」
ルシアンは横になりながら答えた。
「剣士斬りの正体は、ガイゼフだ」
当然、その結論に辿り着く。
あの剣術師範が、剣士斬り……!
「わざわざ弟子をよこしたのか?」
「きっと知っていたのだ。おそらくあの道場の者、全員が」
剣士斬りを黙認していたのか。
とんでもない悪党集団だ。
おまけに、ルシアンを堂々と暗殺しに来るとは。
「待ち伏せして正解だったな」
皇帝の勅令があってから2日もかかった。
俺がルシアンとして寝床に入り、返り討ち作戦。
念のため構えておいたら、この通りだ。
辛抱強く待機した甲斐があるというもの。
「魔力、温存できたかしら」
部屋の扉が開いて、レイネが入ってくる。
彼女の両手には、黒焦げの侵入者が引きずられていた。
「そっちは余裕だったか」
「当然。二人がかりで私を止めようなんて甘いのよ」
流石、勇者の末裔さんだ。
……そいつら、ちゃんと生きてるよな?
「はやく縛って」
「まったく、夜明直前で襲撃とかタチが悪いぞ」
「ぐ……」
侵入者3人を束ねて、きつく縄で縛った。
ぐったりしているから、抜け出すことはできないだろう。
「よし、俺は剣術道場にいってくる」
彼らへの尋問はレイネたちがやってくれる。
俺は俺として、自分のやるべきことをやらないと。
「……ひとりでか?」
ルシアンが心配そうな顔で聞いてきた。
コイツって、本当に優しいな。
「何回も言ってるだろ。問題ないよ」
別に犠牲になりたいわけじゃないんだ。
俺には偽装がある。上手く切り抜けてやるとも。
「その代わり、そっちは頼んだぞ。間違ってもしぬな」
「俺は落ちこぼれだが、善処しよう」
「……あのな」
自分を卑下したルシアンに、少し腹が立った。
俺も似たような性格だからだろうか。
なので、あえて伝えておく。
「俺もこの間まで、ただの一般人だったんだぞ」
日本の住宅の一室に半引きこもり。
ゲームに入り浸って楽な生活を送る。
曇雨晴はそんな人間だった。
でも、ゲーマーにおいて譲れないものがひとつある。
「ルシアンと比べても天と地の差だ。そんな俺が、命かけてまでやる理由はなんだとおもう?」
「……ムカつくからというやつか」
「正解」
やられっぱなしは性に合わない。
たとえ他人の事情でも、俺は実際にボコボコにされた。
剣士斬りがどうとか、正義感からじゃなく──。
「ルシアンも感情のまま動いてみろ。そうすれば、俺みたいに延命できる」
せめて自分だけは、自分の本性を見捨てたくない。
やられたらやり返す。その因果を生み出すんだ。
って、俺もつい最近気づいた感情なんだけど。
「レイネ、あとはよろしくな」
「……ずいぶんと張り切ってるのね」
「そうか? なんでだろ」
レイネに指摘されて、改めて疑問が浮かんだ。
夜になると元気というか、気分が高ぶる。
深夜テンションだから?
「私たちにしぬなと言ったけれど、一番危険なのはあなたよ?」
「何度も死にかけてきたけど、なんだかんだで助かってきた。その悪運を信じるさ」
これが1番、成功する可能性がある作戦だ。
今さら変えるのも違う。
「なら止めないわ。上手く魔神の力を削いできて」
「じゃあ、いってくる」
俺は2人に見送られながら、部屋を出た。
もうすぐ日が昇る頃だ。
それまでに西の剣術道場へ向かう。
こんな時間でも軍の警備はいるはず。
偽装を使って、その包囲網を抜けよう。
あぁ……どうしてだ?
前の俺なら、自分の命をかけた行動なんて絶対にしなかった。
知り合ったばかりの異世界人たちに、無条件で手を貸すのはおかしなことだ。
この生まれ変わったような、清々しい気持ちはなんだ。
黒幕を倒して、帝国を救う。
そんなのはついでにすぎない。
足を動かすたび、高揚感が増す。
そうだ。さっき自分でルシアンに言ったじゃないか。
自分の心までは偽れない。
俺たちを舐めた奴らに、復讐するという欲だった。




