37話「意思表明」
放課後、俺は偽装を解いた。
ディオナをなんとか振り切り、無事に学園から逃走。
そして、今はハルトライン商会へ足を運んでいる。
ルシアン邸の、少し南に位置する市場。
ハルトライン商会の建物はその中心部を陣取っている。
煌びやかな外装で、周囲の露店とは明らかに一線を画していた。
実に入りづらい。
「ようこそ! ハルトライン商会帝国支部へ!」
店に入ると、店員が笑顔で出迎えてくれる。
「えっと、これを……」
「あら、招待状? 今確認いたしますね」
俺はルシアンから渡された紙を、店員に渡した。
丁寧な対応だな。
この綺麗な内装を見ても、この商会は業界の中でも相当な上澄みなのかもしれない。
店員は一度裏に引っ込んだ。
だが、すぐに俺のところへ戻ってきた。
「アメハル様でお間違いないですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
店員は一礼すると、踵を返した。
右手を軽く差し出して、奥の通路に歩いていく。
俺はその後をついていった。
階段を上がって細い通路へ。
案内されたのは、ひとつの部屋の前だ。
「では、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
店員は部屋の扉を開けてくれた。
商会の建物に設けられた客室か。
小部屋だけど、高級そうなソファーチェアや豪華な装飾のテーブルが用意されていた。
そこに座っていたのは──。
「アメハル」
先に来ていたらしいレイネだ。
コップで茶をいただいて、優雅にくつろいでいた。
「ん? おぉ、アメハルじゃないか」
「……いやだれだよ」
レイネの向かい側に……赤い全身鎧がいた。
手を挙げて歓迎されるが、ガシャンと重い音が鳴る。
「おっとわからんか。ほれ」
全身鎧は頭の兜を取った。
汗をかいたルシアンだった。
「お前、一日中その格好でいたのか?」
「この方が安全だ。なにより見つかりにくい」
鎧はどこから引っ張り出してきたんだ。
どんな攻撃でも、防げそうなのは間違いないが……。
「その色は目立つだろ」
「カラーバリエーションが少なくてな」
「ちょっと、そんなことどうでもいいでしょ」
そうだ。雑談をしに来たわけじゃない。
俺はレイネの隣の席に座った。
こうして集まったのは、作戦会議のため。
ルシアンが仕入れた情報を交えつつ、状況を整理する。
そしていち早く魔神を仕留めて、帝国を平和にするんだ。
「魔神、か。昔話ではすでに死んだと聞いたが?」
「信じないの? なら席を外れてくれるかしら」
「……信じよう。思いのほか、相手が強大で驚いただけだ」
すでにルシアンには、レイネから説明があったらしい。
ルシアンは眉をへの字にしている。
魔神の存在、世間にはあまり広まっていないのか?
「まず、剣士斬りだがな。正体は十中八九──」
ルシアンは剣士斬りが誰なのか、その考察を話した。
「……まあ、思い当たる点はいくつかあるな」
「軍もある程度の目星はついているだろう。剣士斬りも、それにおそらく気づいている。もうなりふり構わず行動するに違いない」
合点がいく。
ルシアンを標的に襲ったのも偶然じゃない。
ちゃんとした、馬鹿みたいな理由あってこそだったわけか。
「帝国兵が話しているところを盗み聞きしたわ。明日から大規模な作戦を決行するみたい」
「あー、俺もそんな感じの話きいたぞ。フラメアから」
「ぶふぉッ──!?」
ルシアンが飲んでいたものを吹き出した。
どうした、そんなに俺を睨んで。
「あ、姉上と会ったのか?」
「お前を軍に入れたいとかで訪ねてきたんだよ。もちろん断っといたけど」
「……そうか、ならいい」
ルシアンは俺の独断に文句を言わなかった。
ならこの話は隅に置いておくとする。
本題は別にある。
「なあ、学園の地下にあるっていう制御魔道具? ってなにか知ってるか?」
フラメアはそれが大事なもので、警備していると言っていた。
きっと魔神関係者の狙いはそれだ。
ルシアンに聞くと、すぐに答えは返ってくる。
「制御魔道具──範囲内の邪な魔力を、強制的に制限させるものだ」
「よこしまな魔力?」
「明確な敵意とか、悪意が含まれた魔力ね。魔物や犯罪者、そういう類の輩を半無力化させるのよ」
それはすごい。
制御魔道具が起動してさえいれば、魔法などによる悪事が行えないわけだ。
「じゃあ、それを破壊すれば?」
「学園を中心とした範囲の効果は掻き消える、つまり帝国全土は無法地帯となる」
それを聞いて確信した。
間違いなく、奴らの目的はそれだ。
制御魔道具の機能停止──!
「……やばいな」
ひょっとして、結構まずい状況なんじゃないか?
今のところ騒ぎは起きていなかったから、大丈夫だとおもいたいが。
「学園の魔神関係者は見つかった?」
「それがさ、ぜんっぜんわからないんだよなぁ」
俺と接してきた中で、一番それっぽい奴はいる。
それがディオナなんだが、なぜか俺を見逃してくれた。
余計に、誰が魔神関係者なのか絞れない。
「はあ? 怪しくておかしくて強い人物よ、ちゃんと探したの?」
「無茶言うなよ。候補は何人かいるけど……」
断定はできない。
でも探すよりも、簡単に会う方法があるんだ。
「──待て、その前に聞いておくべきことがある」
と、ルシアンが突然、そんなことを切り出した。
真剣な表情で、俺とレイネを見てくる。
「お前たちはこの国と何の関りもない、言ってしまえばただのよそ者だ。そのよそ者があろうことか、帝国のために戦い、俺のような民たちを救おうとしている」
まあ、それもそうか。
帝国に来てから、まだ1週間程度だからな。
「教えろ……どうしてそのような危険を冒す」
「私は復讐のため。それ以外に理由はないわ」
レイネは即答した。
彼女は初めから変わらないみたいだ。
「俺も似たような感じだよ。なんとなく魔神は放っておけないし、強いて言うなら──ムカつくから?」
レイネとの付き合いは正直浅い。
一度、死線を潜り抜けただけ。
動機が同じだから、共に行動しているんだ。
魔神どもに一杯食わす。
俺たちを舐めたことを絶対に後悔させてやる。
不純なようで、真っ当な動機だろう。
「……想像していたより、単純な理由なのだな」
力が抜けたような、呆れたような。
ルシアンは俺たちの返答を、静かに受け止めた。
「これはいかに魔神を出し抜くかの勝負よ。軍に魔神関係者がいる以上、競争は避けられない」
「順に攻略するための策だろ? それについては考えがある──」
俺たちは日が沈むまで話し合った。
各々の案を出し合い、そして作戦の形はおおむね完成する。
あとは決行するだけだ。
明日にでも、敵は必ず強硬手段に出る。
その読みの下で動かなければならない。
あとはその時を、待つだけとなった。
──ピンポンパンポーン。
「な、なんだ!?」
耳に入ってきたのは、機械音に似た音だ。
何かをお知らせするかのような、そんなメロディ。
「これは……帝国政府の報せか?」
ルシアンはそう言うが、要は公共放送みたいな?
レイネも困惑顔で、音のする天井を見上げていた。
その様子から、この世界で一般的なものには思えない。
『我はシリウス・レオニス・カルヴェルム──カルヴェルム帝国を統べる皇帝なり』
「こ、皇帝!?」
確かに今、そう名乗ったよな?
威厳ある態度の、力強い男の声が響いている。
『全帝国臣民に告ぐ。ここに皇帝勅令を発す。三日三夜、全土において外出を禁ずる。
これは帝国の秩序と、安寧を守るための断である』
淡々と告げられる、皇帝勅令なるもの。
帝国全体に、この声が流れているのか?
3日間の強制自粛だって?
『そして──我が帝国を蹂躙せし不届き者どもよ。
三度太陽が沈むその刻、己が身が灰燼と帰す定めを思い知るがよい』
低く、重みのある声が響き渡る。
必ず炙り出して、捕まえる。
それは帝国に潜む魔神への──宣戦布告だった。




