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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第三章 軍学校と吸血鬼・後期
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悲劇、そして別れ

 翌夜。

 ラヴが目覚めて歯を磨いているとき、彼女に火急の伝令が入る。


「ラヴ様! ここですか!?」

「どうかしました?」


 ラヴを探していたのは領主の屋敷に務める侍女の一人。

 これから食事をしようと思ったラヴは肩透かしを食らった気分だった。


「ラヴっち。また何かしでかしたのー?」

「自首するなら早い方が良いですわよ」

「んもー。一緒に弁明してあげるから」

「大丈夫。昨日はアリバイある」


 酷い言われようだ。

 誰もラヴが罪を犯したことに疑いを持たない。


 いやいや。

 この街ではまだ殺人はしていないはずだ。


 いや、したはしたがそれはお咎め無しとなったはず。

 貴族を守るという名目では如何なる殺人も許容されるなんて素晴らしい世界だ。

 誘われたときは軽くあしらったが、あのお転婆娘を放しては守り、放しては守りを繰り返せば一生合法的に人を殺めることができる。


 そんなことを考えていただけだというのに。

 まさか考えるだけで罪だというのか。企ててすらいないのに。そんなの理不尽すぎる。


「それで、一体どのような件でしょう」

「先日……お屋敷で何をされていたのですか……?」

「え、本当にそういう感じなの?」


 ケイトがドン引きする。

 次第にマリーもカティも焦りだし、ローラに至っては目尻に涙を浮かべている。


「ら、ラヴはナル入ってるし魔性の女だし選民思想だし常識ないところもあるけど犯罪をする人じゃないよ!」

「それ庇って言ってるの?」


 とにかく話をしなければ始まらない。


「昨日の屋敷の出来事ね」


 とは言え大して話すこともない。

 ラヴとケイト、ローラはマーガレットと一緒に屋敷に入り、厨房に行き、お菓子を作り、カテリーナの部屋に行き、少ししたら二人と別れ、別のメイドさんから依頼の報酬を貰い、その後屋敷から出て行った。

 必ず二、三人はお付きの人が同行していたのでそこら辺を調査してくれたらしっかり裏は取れるはずだ。


「そもそも何か起きたのです?」

「……実は――」


 メイドから告げられた真実に、ラヴたちは目を見開いた。


 ◆


 時を遡ること日の入り前。

 夜勤のメイドたちが起き始める頃であり、とあるメイドが赤く照らされた廊下を渡りカテリーナの部屋に食事を届けに行ったとき。


「カテリーナさん。お身体は如何ですか」

「――」


 普段ならば彼女は既に起きている時間だ。

 しかし今夕の部屋はやけに静まりかえり、また、空気はひどく淀んでいた。


「カーテン開けますよー」

「――」


 大きな布を動かしたせいか、風に乗ってメイドの嗅覚に異臭が刺さる。

 メイドは訝しんだが明かりがないことには始まらないと、カーテンを広げて両脇を止める。


「カテリーナさ――」

「――」


 異変に気付いたときにはもう遅かった。


 ソレは古いシャンデリアに括り付けられた紐で垂らされていた。

 ソレの先からはポタポタと異臭を放つ黄色い水が滴り落ちていた。

 ソレは寝間着の姿で力なく項垂れ、まるで備品の一つかのように静かにそこに吊されていた。


「キャアァーッ!!」

「どうした!?」


 異変を察知した警備部隊たちが次々に押し寄せてくる。

 そして部屋に入りその惨劇を目の当たりにすると、誰しもが息をのんでその場に佇む。


「何をしている! さっさと降ろせ!」

「は、はい!」


 あまりの出来事にリーダー格が到着するまで誰も動けなかった。

 宙に吊られたカテリーナを床に降ろし、リーダーが一切躊躇わずに蘇生法を繰り返す。


「クソッ! クソッ!」


 呼吸もない。心臓も動いていない。

 しかしそれでもリーダーは諦めず、胸骨圧迫を繰り返し、人工呼吸をし、何度も何度もカテリーナを蘇生しようとしていた。


「……みんな、どうしたの?」

「お、お嬢様……?」


 屋敷の三階は使用人のスペースとなっていて普段貴族たちは近付かない。


 きっと騒ぎを聞きつけて寄ってきたのだろう。

 しかし最悪なことに、彼女の蘇生に集中していて部屋に入るまで誰も少女の存在に気付けなかった。


「……そこに寝てるの、だれ?」

「見てはなりません!」


 見間違えるはずもない。

 どんなに遠くからだって彼女がいたら一目で分かる。


「どいて!」

「あっ!」


 物心ついたときからずっと一緒にいる従者。

 母の居ないマーガレットの母となり、姉となり、色々なことを教えてくれた人。


「カテリーナ! カテリーナ!! ねぇ、どうして!?」


 身体はひどく冷え、既に関節は硬く硬直している。

 首には縄が食い込んだ痕と爪でひっかいたような痛々しい傷跡が。

 死ぬ間際、彼女が如何に苦しんでいたのかを物語る決定的な証拠だった。


「早く! 早く誰かお医者様を!」

「お嬢様、もう……」

「嫌よ! イヤ! 何で! ずっと一緒だって! 約束するって!」


 寝間着が汚れることも厭わずに、マーガレットは固くなった彼女の身体を抱きしめる。


 昨日までは確かに生きていた。

 美味しいと言って初めて作った料理を褒めてくれた。


「お願い……一生良い子にするから……もうワガママ言わないから……」


 昔一度だけ、彼女の家族のことを聞かされた。

 彼女は南部にある小さな村の出身で、口減らしで奴隷商に売られたらしい。


 そうしなければ村が保たなかった。

 その事実を幼いながらも理解していた彼女は大人しく引き渡され、その後違法奴隷を取り締まった領主――アンドレアに保護された。

 当時は村へ返すことも検討されていたそうだが、賢いカテリーナは村に帰っても村の負担が増えるだけだと悟り、アンドレアに屋敷で働けないか相談しに行った。


 そうして数年が経ち、アンドレアと夫人の間に娘が生まれ、夫人は他界。

 それからずっとマーガレットの世話役として仕えてきた。


 彼女がいつも貧しい生活をしているのもそのせいだ。

 稼ぎはほぼ全て実家に送り、私欲を禁じ、生の全てを主人と領主に捧げてきた。


 その結果がこれだ。

 何の前触れもなく賊に襲われ、事実を隠され、その最後は首を吊って死ぬだなんて。

 あまりにもあんまりな人生だ。


「どうして……どうじてカテリーナがこんな目に……」


 一体何がいけなかったんだ。

 一体彼女が何をしたって言うんだ。

 罪があると言うのなら教えて欲しい。彼女はたったの一度でも罪を犯しただろうか。


「ごめんなさい……ごめんなさいカテリーナ……」


 今日は昨日よりもっともっと美味しい物を食べさせてあげる予定だった。

 一日中一緒にいて、いっぱい遊んで、そして最後にちょっぴり叱られるのだ。


 甘いものばかり食べないでバランスよく食べなさい。遊んでばかりいないでお勉強もしなさい。

 寝転がってはみっともない。ちゃんと姿勢を正して背筋を伸ばして。

 挨拶ははっきりと。相手の目を見て喋りなさい。


「良い子になるからぁ……だからぁ……っ!」


 彼女は願う。

 彼女は呪う。


 少女の叫びは天まで届き、やがて空は光を失った。



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― 新着の感想 ―
[一言] “人ってここまで冷たくなれるんだ”って、 冷たくなった人の手を握ったことあるなら、だいたいみんな思うんじゃないかな〜? 血が通って初めてヒトって認識できるんだって、後から思ったね〜 RIP…
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