file.8-No.1
いつにもまして訳分からない展開になってしまいました。申し訳ありません。
外は枯葉がころころ転がり、北風が身に染みる。だがそんな冷たい風も室内にいればなんら問題は無い。
そしてそんな寒さしのげるとあるマンションの一室、枢木はある女性と向かい合って座っていた。ただどちらも緊張した面持ちではなく、リラックスしているようだ。
枢木は小さなリングタイプのメモ帳を片手に女性の言葉を聞いていた。時に談笑も交えつつ、女性の話を紙に書き出していく。
「じゃあ、今のところは身の回りに危険なことは起こってないですか?」
「はい、裁判も終わりましたし……。出所後しばらくは被害者たちに警備をつける話にもなっています」
マンションと言ったとおり、ここは事務所ではない。一人暮らしには少し広めな部屋。少ない調度品には少し女の子らしさが残っている。
女性は小さく微笑む。栗色の髪がふわりと揺れた。
「本当にあなた方に助けてもらいました」
「そんな、俺たちは別に特別なことは何もしてない、です」
「無理に敬語使わなくても」
「一応仕事なんで……」
いくら依頼人からの申し出であっても。そう、依頼人相手にさすがにタメ口全開はよろしくないのだ。
実はこの女性、以前ストーカー被害に悩み「bird servant」の依頼を申し込んできた女性である。(詳しくはファイル2を参照のこと)
犯人はその後すぐに捕まり、起訴された。黒鴎の読み通り他にも被害者がおり、余罪も多く出てきたらしい。当分刑務所生活をしなければならないのは目に見えている。女性は出所後の話をしているが、それは随分先の話のことであろう。
「でも驚きました。今の何でも屋さんはこんなことまでしてくださるんですね」
「こんなこと?」
枢木は首を傾げた。
「なかなか請け負った仕事のその後なんてあまり気に掛けないと思ったもので……。当事者にとってはそんなことはないけど、あなた方にとっては既に終わったことでしょう?だからなおさらそう思ったもので」
「あー……言われてみれば」
そう、枢木はその後の確認ために女性宅に訪問している。こういう書き方では少々いかがわしく思われるが、もちろんの如くそんなことは無い。
「でも俺もこんな風に依頼人の家に来てまでその後の様子を聞きに行くなんてめったにないですよ」
「そうなんですか?」
「終わった仕事のその後を聞いてこいなんて言われたことないし、さすがに結構大きな仕事の時とかは仕事が完了したかどうか確認ぐらいはするみたいですけど」
ぽんと黒鴎が言っていたこと思い出す。
「きっと丁寧なのは、オーナーの信条が『礼儀正しい人にはそれなりの対応』だからじゃないですかね」
「あら……では私は礼儀正しいと思って下さったんですね。嬉しいです」
にこりと女性は可愛らしく笑った。
枢木はメモ帳をポケットに入れる。仕事は現在の彼女の状況を確認することだ。もうそれは終わった。あまり長居すると黒鴎に少し寒々しい目で見られてしまう。
「今日はありがとうございました。また何かあったらいつでも店に来て下さい」
「いえ、こちらこそ。……あ」
「どうしました?」
女性は思いついたように台所に駆けていく。そして戻ってきたころには紙袋を持っていた。それを枢木に手渡す。軽く首を傾げた枢木だが、袋の中身をちらと覗く。すると急に瞳が輝きだした。
「これ……!」
「今度はチョコタルトにしました。今日のおやつにでも食べて下さい」
「やっぱり!!前回貰ったチーズケーキめっちゃおいしかったです!!うわあああ……!」
「ふふふ」
尻尾があれば限界まで振っていそうな勢いの枢木を、にこにこ見つめる女性であった。
***
どんよりした雲が広がる空から、ひょっこりと日が差し込んだ。天気予報では晴れのち曇りだったのが逆になってしまっている。人々は上を向くこともなく、空の変化には気がつかないようで北風を蹴散らし自らの目的のために歩みを進める。
「ケーキ♪ケーキ♪」
枢木もその一人。あの後女性宅を出た枢木は何処にもよることなく電車に乗り、鼻歌交じり上機嫌で枢木は事務所に向かっていた。
もちろんのこと、ケーキが入り紙袋は中身が崩れないよう大事に抱えている。
「良い感じに仕事片付いて早く帰れそうだし、ケーキ食べれるし。今日はいい日だ!」
一人ごごちにそう呟き、少々早足気味に歩道を歩く。
ようやく遠くに事務所が入っているビルが目に入った。もう少しでケーキにありつける。そんな気持ちで歩いていた枢木だが。
ふと、ある車に目が止まり、足も止まった。
ひたすら危険な香りがする右翼系の車などではなく、アニメイラストのシールがたくさん貼られている痛車などではなく。ただ単に路肩に止められている普通の白の乗用車。
だが、どこか引っ掛かった。何が変なんだろうか。
「……ま、いっか」
考えても分からないことは考えない。だってひらめかないし、そんなスペック持ってない。こういう謎解き、というか変なことに気がつくのは黒鴎の役目のようなもんだ、慣れないことするもんじゃない。
正直、早くケーキ食べたいし。
疑問より食欲を取った枢木は何事もなかったかのように、そのまま事務所へと向かう。寒いせいか、階段を上る音がいつもより大きく響く気がする。階段を上がればすぐに事務所の扉だ、そのままノブに手をかけて回す。
「黒鴎戻ったぜー!!聞いてくれよ、あの人またケーキ焼いてくれたんだぜ!!」
勢いよく中に飛び込むと、いつもの指定席である事務机に座っている黒鴎が視界に入った。
ただし、そこに浮かぶのは完全に迷惑そうな表情。
「あれ?」
「……枢木君。来客者の前ですよ」
「あ、あはははは……」
当然である。黒鴎の前には2人。男性が立っていた。
一人は髪に少し白髪が混じっている中年の男性。もう一人は大分若そうだ、まだ20代半ばくらいだろうか。2人ともスーツを着、外で来ていたであろう腕にコートをかけていた。
中年の男性の方が明らかに枢木の方を見て不機嫌そうに眉をひそめた。そして黒鴎に視線を移す。
「……おい。従業員いるじゃねぇか、さっき雇ってないって言わなかったか」
「今はいないと言っただけです」
「いけしゃあしゃあと嘘をつくなっス!そういうの屁理屈って言うっあだ!何で殴るんスか!」
「お前は黙っとけ」
どうやら男性二人はどちらも別の意味で口が悪いようだ。おまけに中年男性の方は手もよく出る方らしい。殴られた男性は不満げに口をつぐんだ。
とてもタイミングが悪かったことを後悔した。だが、それもすぐに終わる。
とてもあからさまに黒鴎が頭を抱え、ため息をついた。その行動でより一層中年男性の眉間の皺が深くなる。
「……仕方ありません。枢木君にも話してもらいたいことがあります、荷物を片づけて下さい」
「話してもらいたいこと?」
「おいおい、仕方ないたぁいい性格してんな」
「えーっと、じゃあちょっと待っ……あれ?」
枢木はケーキ片手に首を傾げた。その視線の先は口の悪い中年男性。そしてじっと観察する。
「……もしかして陣内のおっちゃん?」
「は?……あ!まさかお前あんときの中坊か!?」
「やっぱり陣内のおっちゃんか!どうりで見たことある顔だと思った」
「陣内さん。知り合いっスか?」
「あ?ちょいと前に一回あっただけだけどな」
和気あいあいと中年男性……陣内と枢木が喋りはじめる。蚊帳の外となってしまった若者と黒鴎。流れで若者は2人の間に挟まれ話の聞き役となった。
またため息が一つこぼれた。重そうな腰をあげて黒鴎は立ちあがり水場へと移動をする。そしてティーセットを4人分取り出し、やかんに水を入れてコンロに火を点す。
インスタントコーヒーの袋を取り出す。まだ淹れてもいないのにコーヒーの香りが舞った。そして一度動きを止め、今度は皿を4枚とティースプーンを4つ引き出しから出す。
水場に、話し声が漏れて響いた。
「何で陣内のおっちゃんここに来たんだよ?警察だろ、もしかして依頼?」
「依頼だぁ?んなもん捜査に何があるんだよ」
寒空の下、アスファルトの上を枯葉が軽やかに滑っていった。
昔のくせで会話劇で話を進めてしまいますが……そろそろアクションぽいのを書きたくなってきました。ジレンマです。
というより最初に決めたコンセプト、「法ギリギリの便利屋さん」はどこに行ったんでしょうか。完全に行方不明です。
苦し紛れに続きます。




