第5話いきなり1人ぼっち
第5話 いきなり1人ぼっち
自分のいる場所は分かる。オルナウト王国。
石畳、レンガ造りの家、遠くに王城の尖塔も見える。馬車が行き交い、軒下で野菜を売ったり、服を繕ったり商売が盛んで活気がある。
道路の交差する真ん中に噴水があり、水路が城内に巡らされ豊かさが感じられる。
何度も転生して来た。
自分の名前も分かる。フランチェスカ・グランツ。公爵家の令嬢で、レオンハルト・オルナウトの婚約者。
赤い髪をくるくると巻き、瞳は母親譲りの茶色で、多分仕立てられたばかりのドレスはこの城下町の市民からすると手の届かない高価なもので、或いは悪政を強いる憎き貴族に見えるかも知れない。
噴水のすぐそばでぽつんと突っ立っている所に転生して来た。
(なによ!いつもはピンチのとこに転生するのに、今回は観光でもしろって言う事?)
ふと、自分の身体がいつもより小さい事に気付いた。手足も短く指もムチムチしてる気がする。
(子供の骨は幼い頃は完成しておらずムチムチになりがち。大人になれば綺麗な令嬢になるから大丈夫。)
(って、そうではなく、こんな場面だと、そうね、王子と城下町にデートに来て、巻かれたって感じかしら。)
辺りを見回す。誰も目を合わせない。関わりたくないのだろう。
軒下に野菜を並べている女性に近付いた。
「あの…」
「さあ、今朝採れたての野菜だよ。うちのは甘くておいしいよ」
「あの…私と同じくらいの男の子と女の子がいませんでした?」
女性はフランチェスカを見下し、軽蔑するような目で見てから、ふん、と鼻を鳴らした。
多分転生する前の愚行を見ていたのだろう。自分の事なのに自分でない。自分ならそんな事をするはずがないのに、そんな歯痒さと悔しさで何も言い返せない。
「すみません…」
かろうじてそれだけ言うと女性の前から離れた。
その隣も対応は同じようなものだった。幼いフランチェスカに真正面から向き合わず、蔑んだ目で見るだけ。更に隣の家の軒下に商品を並べている女性がフランチェスカに向けてなのか独り言なのか、侮蔑の言葉を口にした。
「あーあ、貴族様はいいねえ。子供の頃から苦労もせず遊び呆けて、綺麗な服着て、不用心に護衛も付けず街に出てくりゃ宝石が歩いてるようなもんだよ」
(ビンゴ!)
「あの、もう少し詳しく教えてくださる?」
(もう下手に出るのはなしだ。一刻も早く2人の痕跡を追わなければ。)
「あ、なんだい。わたしゃ知らない」
「そうですか、ではたった今あなたが口にした言葉、私が王宮に帰り口にしてもいいですか?公爵の子息が誘拐されそうになっているのを放置し、助けを求める事も報告する事もしなかったって」
「あわわ、あっち、あっちに連れて行かれた!」
女性は路地を指さした。
「ありがとうございます」
フランチェスカは丁寧に女性に礼をいい、スカートを摘んで走り始めた。
(令嬢は走らない。知ってる。けど、かつてないピンチ、そんな気がする。急がないと)
路地に曲がる直前、思い直し振り返った。
「人を呼んでちょうだい。私はフランチェスカ・グランツ。未然に子息の危機を救った勇敢な街の住民に感謝とお礼を弾むよう言っておく!」
女たちが顔を見合わせる。グランツ公爵家の令嬢だったとは。非礼に血の気が引きながらも、フランチェスカの言った感謝と謝礼の言葉に身を奮い立たせ人を呼びに向かった。
スカートを摘んで走りながら考えた。
フランチェスカは置いて行かれた。それは何故か?
可能性1、気付かれなかった。2人に巻かれて自分だけ噴水でぼーっとしてた。
可能性2、男が2人しかいなかった。レオンハルトとリリア、1人ずつが抱えて行くなら1人余る。3人並んだ所で誘拐するならリリア、と決定したのだろう。
誰から見てもお似合いはあの2人だ。苦笑した。
路地を細かく曲がり、だいぶん匂いがきつくなってきた。家を無計画に立てたから路地が入り組んでいて風の通りが悪いし、水はけが悪くいつまでも溜まるからだろう。
どこも扉を閉ざし、窓さえ閉ざしている。
奥へと進むと酒瓶を持った男がほろ酔いな感じでゆらゆらと揺れながら壁にもたれている。
「あの…」
「なんだ?」
「マッチはいかが?」
「マッチ?あいにく間に合ってるぞ」
「では野菜はいかが?甘くておいしいですよ?」
「野菜もいらん、お前は誰なんだ」
「誰だと思いますか?」
「知らん」
「あなたがここにいると言う事は、アジトは近い、と言う事ね」
「んあっ!?」
男はびっくりした顔を隠さず素っ頓狂な声をあげた。
「おおかた、大人しくなった所で2人を馬車に連れ込んで街から出る算段だったんでしょ?」
「ななな、何を言ってるんだ」
「酒瓶持って酔ってる風の男から、お酒の匂いがしないなら、それは飲んでないと言う事よ。酔ってないのに酔ってる風なら、それは見張り」
「全く、何を言ってるのか分からないぜ、お嬢ちゃん」
何もかも見透かされ強がってはいるが男はフランチェスカに視線を合わせられない。これ以上嘘を見抜かれるわけにいかないからだろう。
「いいの。人を呼んであるからもうすぐ駆け付けるわ。あなた一人くらい逃げてもいいわよ」
「本当に人を呼んだなら、一緒にくればいい。だが慌てて一人で来たと言う事は、嘘だろう?」
フランチェスカの真似をして相手の嘘を見抜いたつもりで強気で応えたがフランチェスカは鼻で笑った。
「言い争いをした所で状況は変わらないわ。それに、もう来たみたい。さすがに大人の足だとすぐね」
息を大きく吸い込む。
「こっちよー!」
大きな声で叫ぶ。男が慌ててフランチェスカを掴んで口を塞いだが時既に遅し。十人は居るだろう黒い制服を着た男達が現れた。
(兵士とは制服が違うから街を守る憲兵とかそう言う類いの人たちかしら)
呑気にそんな事を考えていると男はあっという間に制圧されてしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。それよりもご子息が」
相手が誰か分からない以上、レオンハルト殿下の名を口にするわけにはいかない。
「おい、アジトはどこだ?」
捕らえた男は既に諦め顎で入り口を指す。
「何人だ?」
「二人、です」
「よし、行くぞ」
憲兵がなだれ込む。二人であれば人質を取られていようが勢いで制圧出来る。男達の叫ぶ声が聞こえ、一分もしないうちに確保、と声がした。
レオンハルトが抱えられて出て来る。
「私たちが来たからにはもう大丈夫です」
レオンハルトは男たちに見覚えがあるのかほっと安心した顔を見せた。だがフランチェスカの顔を見た時には年相応の少年の顔に見えた。今にも泣きだしそうな、そんな顔だった。
「あの、もう一人、ご令嬢がいたと思うんですが」
レオンハルトを連れ出した憲兵に言う。憲兵は無言で首を左右に振る。
(まさか…)
フランチェスカは慌ててドアの内側に滑り込んだ。入り口から下へ降りる階段が続き、半地下になっている。かび臭い匂いが充満し、木のテーブルと花瓶、枯れた花が残ってる。ベッドには布切れが置かれているが使われた形跡はない。
嫌な予感を抱きながら、次の部屋に入る。
男達が何かを囲み喋っているが音が入って来ない。あんなにかび臭かったのに、今はそれ以上に鉄くさい。
(どうして…?)
よろよろと近付き、リリアだったものの目の前にへたり込んだ。金髪を後ろで一つに縛り、淡い色のドレスはキラキラと光る細かい刺繍があしらってある。レオンハルトの気を引くために新調したのだろう。
スカートに乱れはないものの、投げ出された足は片足だけ膝を曲げた格好で壁にもたれている。
ドレスの胸元がドス黒く変色しているのは、首を切られ溢れ出た血液が広がったのだろう。
必死に助けを求めた。見開かれた目がそう物語っている。求めたが故に邪魔になって殺された。人質は一人いれば事足りるからだ。
王子のために助けを求めた。そんな彼女の強い思いが、私を転生させた。
(間に合わなくて、ごめんね。)
フランチェスカはゆっくりリリアの顔に手を当て、瞼を閉じさせた。
(ん?んん?)
(この子、私の知ってるリリアじゃない!?目の色が違う!)
気付けば、スマホの通知が来て開いている瞬間だった。
(今まで全然気にしてなかったけど、リリア、何者!?)




