第4話いきなり指揮官
第4話 いきなり指揮官
(えーと、えーと、転生も何度か繰り返せば慣れるんだけど、だからと言って切り抜けられるかは別問題なのよね)
(多分、どこかの部隊の司令室。二十人は座って議論出来るような広いテーブルと、草が剥き出しになった地面、壁はなくテントの布そのもの)
(演習場、かしら)
(レオンハルト王子、何でいるのかしら。それに、あ、ロザリア。彼女がいると言う事は国境近くの防衛隊ね)
(どうせ王子が見たい見たいと我儘を言ったんでしょ。悪い子!あ、見たいと言ったのは多分私か)
「それで、チェス、君ならどうすると言うのかね?」
(フランチェスカだからチェス、ね。レオンハルト王子、あんたも偉そうね。小娘と抱き合ってたくせに)
フランチェスカはゆっくりと席に着いた兵士達を見回した。長い戦いが続いているのか、焦燥感が滲み出ている。
「それでは、各隊、現状を報告して下さい」
「それは先程済ませただろう?」
「いいえ、皆、私への報告はまだです」
「まあいい、では1人ずつ報告しろ」
「第1小隊は国境1番東側、湖に面した部分を南北に展開し警備しています。魔物の数は500程度、我が隊の人数は400、損傷は100」
「第2小隊は第2小隊の南側、川沿いに展開中。敵数約450。我が隊は400、損傷は50」
「第3小隊は第2小隊の南東、敵数300.我が隊は250,損傷はゼロですが押されています」
「第4小隊は第3小隊の南側、敵数600。我が隊は550。損傷50」
(まーったく分からないわ。土地勘すらないし)
フランチェスカはじっと思案した。もちろん、当てずっぽうにしても良いことは何もないどころかヘタをすれば国が危うい。
(この人たちを束ねる隊長は誰なのかしら。ロザリアは副隊長だけど、まさか…)
「レオンハルト殿下は今の報告を聞いて、どうお考えですか?」
話を振られて王子は面倒くさそうに顔をあげた。
「我が方と敵とでは数において敵が勝っている上にこちらには損耗もある。救援をよびつつ防衛に徹するのが上策ではないか?」
(なるほど、納得出来る気がする。周りの兵士を見る。落胆の表情が浮いている。これは、兵達の判断は違うのかも知れない。それはもちろんそうだろう。国境警備の兵が助けてくれ、などと言えるはずがない)
「では、貴女はどう考えますか?ロザリア」
皆がはっとしてフランチェスカを見る。一介の辺境のしかも副隊長の名前など知っているはずがないのに、と驚いた表情をする。
「おい、今は王子たるレオンハルトが部隊を率いる隊長だ。他の意見など求めん」
「レオンハルト殿下、では何故私に口を挟む事をお許しなさったのです?」
「それは…」
お前がうろたえる様を見たかったからだ、とは口に出さない。
「では続けましょう。ロザリア、貴女の意見をここで述べなさい」
「はっ!」
直立不動で敬礼をする。たっぷり時間を掛けて敬礼をしてからゆっくりと話を始める。
「まず、敵の戦力ですが、総数1800」
「一方こちらは第1小隊から第4小隊まで合わせて1650」
「損耗もありますが敵も同じだけ損耗しております」
「また、我が遊撃隊が250あり、それを含めると1900。数の上では勝っております」
「それだと助けを呼ぶのは恥さらしね」
フランチェスカが口を挟むと、テーブルを囲む兵がうんうんと相づちを打つ。
「続けます。我が方前線を前に展開していた所を狙い撃ちされ損耗しましたが防衛ラインに隊を下げてからの損耗はほとんどなく拮抗しております」
「この防衛ラインは巧みに多角の敵を撃てるように設計されておりますので、遊撃隊で敵の薄い所を狙えば敵をせん滅可能です」
人対人であれば、ある程度兵が減れば負けとなるらしいが、魔物の場合、せん滅が戦いの終了となる。敵も味方も屍が積み重なる悲惨な光景。
「いい作戦ね。遊撃隊が敵の薄い所を突けば一方的に攻撃出来るものね。では、私の作戦を発表します」
皆が改めてフランチェスカに注目する。ロザリアの報告と作戦を聞いても無策か無謀か。不安に緊張感が走る。
「各隊は現状の通り、配置を継続し、敵を迎え撃つ。遊撃隊は状況を的確に判断し敵の薄い所、味方の押されてる隊を援護する」
「この戦いにおいて総大将はロザリア、各隊は伝令を3人は用意し、ロザリアへの状況伝達の空白期間を減らす」
「何を勝手に!」
(いやいや、この場ではロザリアが一番正しいってば)
仕方ないわね、と両手を広げて首をすくめてみせる。
「では、皆に問う。遊撃隊としてロザリアが加勢に来た時に味方が鼓舞されると思う者は立ち上がりロザリアに敬礼。王子が来た時こそ、と思う者はロザリアに背を向けなさい」
即座に皆が立ち上がり、ロザリアに敬礼をする。
「王子、この者達にも帰るべき家があり、家族があります。だからこそ国を守るために必死に戦っているのです。国境警備隊が助けを呼ぶなど、石を投げつけられるような事は到底受け入れられません」
「…」
「それに、王子も私も戦いにおいてはこの中の誰よりも劣るのです。だから、実質ナンバー1のロザリアに任せるのが正しいのです。任せる、と言う事をお互いに学びましょう」
レオンハルトに向かって諭すように言ってから、兵たちの方を向き直す。
「では、皆、帰るために戦いましょう!」
各自持ち場に戻る中、フランチェスカはロザリアに挨拶した。
「私も王子もここにいては迷惑。帰りますので存分に力を発揮して下さい。もし、戦況が悪化した際には遠慮なく助けを求めて下さい。数が互角であれば滅する事を厭わない魔物に歩があります。勇猛と無謀は紙一重です。それを心に命じて下さい」
「フランチェスカ様、ありがとうございます」
ロザリアに見守られ、数人の護衛を連れて馬車で王都へと向かった。
道中、隣国との国境の砦に兵が多く駐留しているのが見える。
「レオンハルト様、念のためここは私に任せて先にお帰り下さい。万が一私が戻らぬ場合、魔物の襲撃に乗じて隣国が攻めて来たとお伝え下さい」
「分かった」
レオンハルトは短く言うと馬車を降り馬を走らせた。
その姿が見えなくなってから、砦の塀に向かい見張りの男に声を掛けた。
「私はフランチェスカ・グランツ。この砦の長にお目通しをお願いします」
見張りの男は他国の令嬢と分かったようで、すぐに分厚い木の扉が開く。
中から文官のような男と護衛が2人出て来る。
「これはこれは、オルナウトのご令嬢。こんな所になんのご用件ですか?」
「それは私も同じ思いです。国境の砦に兵を集めて、なんのつもりでしょう」
遅れて見知った顔が現れる。
(あ、助かった)
「ラリー様」
「あれ?どこかでお会いしましたか?」
(そっか、まだ会ってなかったか)
「いいえ。初めてお会い致します」
「では何故私の名前を?」
「運命がそう告げたからですわ」
「なんだか良く分からないけれど、面白い方だ。敵国の砦に一人で乗り込み、私の名前を知ってらっしゃる。中でお茶でも飲みながら話をしませんか?」
ラリー・マーズの笑みが浮かんだ顔を見れば、もう危機は脱しているのは明らかだ。フランチェスカも笑みを返す。
「喜んで」
護衛の兵は一瞬不安げな表情を見せたが、ロザリアの力をすぐさま見抜き兵をまとめ士気を高めたあの手腕を思えば、名前を知っていると言う事も何かカラクリがあるのではとすら思えて来る。
フランチェスカは砦の塀の内側のテントに招かれ、戦場ではどこも同じなんだなと感心しながら目の前に置かれたお茶を見つめた。
焙煎された香ばしい湯気が立ちのぼり、最高級のもてなしである事が分かる。カップを手に取り一口含む。口の中に広がり、舌にほんの僅かな甘みを感じる。それが渋みをより際立たせ、喉をするりと落ちるように飲み込んだ。
「それで、フランチェスカ嬢、どうされましたか?」
「なんでもございません。私の早とちりでございました」
「あっはっは、全く意味が分かりませんな」
「このお礼はまた今度させていただきます」
「お礼?お茶の?」
「ラリー様もお人が悪い。魔物の出現に気付き、後方から我が国をそっと支援するなど」
「ああ、やはりそう思われますか。それは互いの国の発展を思っての事。国同士の争いの前に魔物にやられては元もこもですからね。ですが何故気付かれましたか?」
「魔物の出現に合わせて我が国を襲うのであれば、砦に明かりは灯しません。それに、私と別れて馬で帰った殿下を追い掛けるでしょう。そして、こんなおもてなしなどしません」
「それは単に人質にしたいからかも知れないけれどね」
「護衛の帯刀を許し、そもそも護衛と一緒に話をさせるなど、あり得ません」
「オルナウトのご令嬢は全く頭が切れる」
ラリー・マーズは感服したのか心からそう口にした。フランチェスカもそれに笑みで応える。
「ありがとうございます」
「後方からの支援、それにこんなステキなおもてなしのお礼、改めてさせてください」
「それはそれは、どんなお礼ですか?」
「各国からも自由に参加出来る夜会が開催されます。そこにお越しくだされば、ラリー様に人を紹介出来ます」
「全く、どうしてそんな事を?」
「ラリー様は自分の運命が分かったとしたら、どうなされますか?」
「うーん、喜ぶか、悲観するか、分からないね」
「私は未来の自分のために行動します。未来の自分を助けるため、ラリー様を助けます」
「なるほど、我が家門についても知っている、と言うわけですね。このままではいずれ我が家門も立ち行かなくなる。私もそうならないために動きましょう。是非、夜会で」
立ち上がったところで洗面台に向かって歯ブラシを動かしていた。まだ泡立ち始めたところだ。
(ほんと、あそこにいたのがラリー公爵でよかった。心広いしイケメンだし!)




