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いきなりクライマックス  作者: 海のくらげ


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最終話いきなりお別れ


最終話 いきなりお別れ


グランツ公爵家のダーリアの私室では今まさに新しい生命が誕生しようとしていた。

難産で身体の弱いダーリアは医師からも子供を取るか、ご自身の命を取るかと選択を迫られた事も何度もある。

その度に私の命に変えてもこの子を産みたい、と言った。夫のマシュー公爵もダーリアの命を優先するよう進言したが頑として聞き入れられず、フランチェスカ、と言う名前だけが決まっていた。

そして、長いお産が始まり、最後のいきみが新たな命を産み落とした。

「ほぎゃー」

「あなた、私のかわいいフランチェスカよ」

それ以上の言葉が続けられる事はなかった。

ダーリアは我が娘と引き換えに命を失った。

『ああ、私のかわいいフランチェスカ。あなたの成長を見届けられない事が無念でなりません。女神様、どうかフランチェスカが大人になるまでお守りください。』

ー ダーリアよ。あなたはよくこの国の発展に寄与したました。また、その娘には更に広い地域の発展を担う事になるでしょう。ささやかなその願い聞き入れましょう。

「ほぎゃー」

「ほぎゃー」

「ほぎゃー」

(ついに赤ん坊なのね)

『フランチェスカ、私のかわいいフランチェスカ』

(はい!フランチェスカです!って言っても転生して来ましたのでフランチェスカじゃないですけど)

『私は既に女神様に召された身、我が娘の行く末すら知らぬ身です。あなたにお願い出来る立場ではないのですが、私の娘が危機に瀕した時、どうか助けてはいただけないでしょうか。』

(なるほど、全部理解しました!任せて!)


時は流れ、フランチェスカ5歳。

「お母さま、行ってまいります。」

朝晩の日課である枕元のぬいぐるみに挨拶をし、今日は更に出掛ける挨拶まで済ませた。

オルナウト王国の王家にして王位継承権第1位のレオンハルト殿下との顔合わせの日。以後婚約者として扱われ、そのように振る舞う事が求められる。

母がフランチェスカを身ごもっている最中に作られたそのぬいぐるみは、目の代わりにボタンが付けてあり、糸をクロスにすると縁起が悪いので縦棒になるように縫い付けてある。

感情を表さぬはずなのに、時折笑ってくれたり、怒られたりするように見えるから不思議だ。いつしかフランチェスカは1人きりの時にはぬいぐるみを母親代わりに悩みを打ち明けたり、嬉しかった事を報告した。


王城への道は舗装されており、馬車で揺られても馬の蹄の音がリズムよく気持ちいい。外を眺めると木々が続き、遥か彼方に山々が連なる。

あの山の麓には湖があり、夏は避暑に行ったらしいのだが、幼いフランチェスカには記憶がない。

途中教会や街並みを見ながら、いつしか後ろに倒れる感覚。坂を登り始めた。

見下ろすとさっきまで見上げていた教会も、レンガ造りの混み入った家々も、広場の噴水さえも下に見下ろすようになった。

王城へ着くとグランツ家で働くよりも多くの人が並んで出迎えてくれた。

そして、唯一自分と同じ年頃の男の子を見つけニコリと微笑んだ。それがレオンハルト殿下との初顔合わせだった。


公爵、侯爵家が並ぶホールで顔合わせはつつがなく進み、貴婦人達の口からはあの赤い髪は王子様の御髪にぴったりですわ、と感嘆の声も漏れた。

式は思った以上にあっさりと終わり、その後は場所を移してのパーティとなった。

皿に盛られた赤い野菜は薄く花びらを重ねるように飾られ、緑の棒と葉っぱ、いずれも野菜を加工したもの、でバラが作られている。

その他にも意趣を凝らした料理が並び、泡の沸き起こる飲み物をグラスに注いで皆持っている。

父のマシュー公爵がグラスを高々と掲げ、乾杯の挨拶をすると皆同様にグラスを掲げ、それから拍手が起きた。

大人達に混じって何人か子供もいた。皆騒ぐ事など出来ず、大人しく、所在なげに足元を見ている。

2人掛けのソファに並んで座らされたフランチェスカとレオンハルトも同じ気持ちだったが、俯く事も許されず、声を掛けられれば笑みを浮かべ相対しなければならない。

そのうち我慢が出来なくなったのか、レオンハルトがイスを飛び降りると、一段高いひな壇からも降り、所在なげに俯く子供達を引き連れ出て行ってしまった。

残されたフランチェスカは1人愛想笑いを浮かべ、貴婦人達のおべっかに付き合った。


別の部屋に集まった子供達は全員、レオンハルトが大人になった時に補佐する、いわば将来の家来だった。信頼出来る相手となるためには多くの月日と、一緒に過ごす時間が必要だ。

1人1人、名前を名乗る。レオンハルトは頷き、握手で応えた。その中に、リリア・キースが居た。


長い長いパーティが終わり、家にたどり着いた時はヘトヘトだった。

いつもなら自分1人で入りたいと思う風呂も今日だけは侍女がいて良かったと思った。

1人きりになると、今日は報告する事がたくさんあった。

「お母さま、私、すごく頑張りましたよ。」

「レオン殿下が勝手にどこかへ行ってしまったので私1人で御婦人方のお相手をしました。」

ぬいぐるみは優しく微笑んでくれた。

「あ、それと、レオンさまは金の御髪で瞳も金色、なんとまつ毛も金色でした。2人で並んで座らされた時に見たのです。」

「皆さまからもお似合い、とお褒めいただきました。レオンさまには既に同じ年頃の家来がおいでで、大きくなられたらその方達と共にこの国を治められるんですって。」


2年の時が流れ、フランチェスカ7歳

レオンさまとは毎月1回お会いする事が出来る。お城に行ったり、お屋敷に来ていただいたりとても楽しい。レオンさまは面白い所もあって庭園でお茶をしている時にはバラの花を食べようとしたり、ピクニックに行った時に私がシロツメクサで作った冠で初代王の真似をしたりする。

私が笑うとそれを嬉しそうに見てくださるのがとても嬉しい。

あと何年かすれば王立の貴族院で皆と学ぶ事が出来るそう。そうしたらレオンさまと毎日お会い出来る!

今は家庭教師から色々な事を教わっている。昨日は王の務め、王妃の務めについて教わった。

王は国を守り、民を守り、繁栄させる責務がある。そして王妃はそれを支える役目がある。外国へ行く時も一緒に行き、笑顔で過ごし、この国は強い団結力で纏まっている、笑顔が溢れている事を見せる事。

例え、間違って王に足を踏まれても決して責めてはいけないそうだ。

それはいい。誰にだって間違いはある。私だって躓いて転びそうになった時レオンさまに助けられた事がある。レオンさまのために痛いのを我慢する。

そして、最も悲しかったのは、王の責務の一つとして、世継ぎを作る事、だった。もちろん、お父様もお母さまと愛し合って、お兄様と私が出来た。私もレオンさまと…愛し合って子供をたくさん欲しい。

私が愛するのはレオンさまただ一人、けれどレオンさまは多くの女性を愛する、らしい。顔合わせの後のパーティでいた女の子、リリア・キースもその候補の一人。お友達になりたかったけれど、ちょっとそんな気にはなれないかもしれない。


フランチェスカ8歳

今日はレオンさまとデートなの。遠くに出かけるのはやめて、街の中を散策する、との事だった。街では色々なお店があり、野菜も、椅子も机も、服も売っているらしい。それにカフェって言うお茶を飲ませてくれるお店もあるのだとか。クレープという食べ物もあって、チェスは気に入るだろうから絶対に食べさせたいとレオンさまからの手紙には書いてあった。


侍女に丁寧に髪を結ってもらい、一度ドレスを纏ってから、そう言えばレオンさまはどんな格好をしていらっしゃるのかしらと考えた。街の中を歩くなら派手なものよりも大人しめで歩きやすいものの方がいい。

レオンさまの馬車が来た。ドアが開くとレオンさまが降りて来る。私は嬉しくなり駆け寄った。でも、なんて事でしょう。馬車の奥にはリリアが乗っていた。急に胸が苦しくなって、うまく笑顔が作れているか自信がなくなった。

お誘いいただいた事の礼を言いレオンさまに手を添えられ馬車に乗り込んむとキース家令嬢にも挨拶をした。悲しいのはレオンさまの隣にリリアが座っている事だった。目と目が合う正面にいても、すぐ手を繋げる横にいても、つまりここにリリアがいる事が悲しいのだ。


ほんの20分ほど揺られると賑やかな街の中心に着いた。噴水が綺麗だ。積極的なリリアはレオンさまを引っ張り色々な所へ連れて行く。かろうじてレオンさまは私の手を握り三人連なって色んなものを見る。

屋敷で見るものと変わりないはずなのに、こうして人の活気があるとなんだか輝いて見えるから不思議だ。レオンさまもそれは同じで、色んなものを見ては驚き、私に見せては笑顔になる。

例えリリアがいたとしてもレオンさまが喜んでくれるのなら我慢しよう、そう思った。

リンゴ水を売る女性が荷車を引いてやって来た。レオンさまが買ってくれた。なんておいしいのだろう。お屋敷で食べるりんごはどれも甘いが、このリンゴ水は少し酸味がある。でもそれが甘さに慣れた舌には新鮮で気に入ってしまった。

この日差しの中冷たいのもいい。

レオンさまと冷たくておいしいですねと微笑み合い、しばしリリアがいた事を忘れられた。

所がリリアは今がチャンスとばかりにレオンさまが飲み終わったのを見るや、手を引いて移動しようとした。

「レオンさま、まだ飲み終わってません。」

出されたものを残すのは行儀が悪いと躾けられているため、残っている事をアピールするが、既に二人から離れてしまった。

「チェス、ゆっくり飲んでていいぞ。ちょっとだけ見てくる。後でクレープを食べよう。」

ああ、覚えてくれてた。私は嬉しくなりその言葉を信じる事にした。

ゆっくりリンゴ水を堪能すると女性に木のカップを返し、二人が消えた方を見たが曲がり角を曲がったのか姿は見えなかった。

その時、御者が慌ててやって来た。

「馬車を置いて参りました。フランチェスカ様、二人はどうされました?」

「リリアがレオンさまを連れてちょっと先の方を見てくるって。」

「分かりました。少し探して参ります。噴水のところに護衛の者がおりますので、そちらでお待ちください。」

無言で頷き歩きだす。そうだ、大人が心配して動き出した。もうこうなっては今日のデートは終わりだろう。残念だが仕方ない。

噴水まで戻るとすぐに御者も走って戻ってきた。その顔には焦りが浮き出ている。護衛に向かって首を振る。思ったよりも深刻な状況に向かいつつある。

ほんの少し前まで一緒にいたのに、何故かいなくなってしまった。まだ飲んでいるから待っていて、と言えばよかった。

リリアの事を疎ましく思った罰だろうか。ああ、女神様。お願いです。どうか二人とも無事でいてくれますように。

別の場所から護衛がもう一人戻って来た。いつの間にか探しに行っていたらしい。

「いない。これはマズいな。全員で探そう。」

ああ、やっぱり女神様が私に罰をお与えになったのですね。お母さま、ごめんなさい。フランチェスカは女神様の怒りを買ってしまいました。


ふと目の前が真っ暗になった。一瞬ののちに視界が開けるとまだ噴水の前に立っていた。だが身体が自由に動かない。誰かが自分の中に入っている。

(誰?)

返事はない。だが、何を考えているか分かる。

(あー、身体がまだ子供だわ。フランチェスカ、うん、ちゃんとご飯食べてるみたいね。)

(お母さま?)

(えーとえーと、王子とデートってとこかしら?)

(そう、そうなの!レオンさまと二人でデートのはずだったんだけど何故かリリアまでいて、二人でいなくなっちゃったの。)

(そしてリリアがレオンハルトを連れていなくなっちゃった。ってとこかしら?)

(どうして分かるの?)

(まずは聞き込みでもしようかしら。ちょうどいい所に物売りの女性がいるわ。)

自分の身体なのに、入って来た誰かが操り野菜を売っている女性の元へ行く。

(まずは下手に出る。するとそのうち正体を現す。)

「あの…。……あの…私と同じくらいの男の子と女の子がいませんでした?」

ふん、女性は見下した目で鼻を鳴らした。

「すみません…。」

(まずはこうして言い返す事が出来ない、か弱い子供を演じる。)

(次行こう。)

隣の女性も相変わらず見下した風で態度は変わらない。

(いいのいいの、相手が言い返せないと分かったら口を開くから。)

フランチェスカの心配を解消するように、もう1人の自分は状況を説明してくれる。いや、説明とは少し異なる。元は1人だからか、頭で考えている事が理解出来る。

その横の女性が聞かれてもいないのに口を聞いた。

「あーあ、貴族様はいいねえ。子供の頃から苦労もせず遊び呆けて、綺麗な服着て、不用心に護衛も付けず街に出てくりゃ宝石が歩いてるようなもんだよ。」

(ビンゴ!)

「もう少し詳しく教えてくださる?」

私の中の誰かは今までの弱気な態度が嘘のように、急に胸を張って威厳を見せ、女性を正面から見てそう口にした。


それからの私、いいえ、私の中に入って来た誰か、きっとお母さまだと思うけれど、は大人の女性と対等に張り合い、むしろ貴族の威厳を見せつけるように二人の行先を知り走り始めた。

その心の内は私と共有されているので分かる。

お母さまは二人に何かあるのを心配している。それは私が思っているよりも遥かに緊張と心配の度合いが強かった。私が呑気にリンゴ水を飲んでるのを見かねて助けに来てくれたのかもしれない。

思えば家庭教師にも貴族と平民は違うと教わった。ましてや貴族の子供はさらって身代金を要求するような事件もある、と。


(令嬢は走らない。知ってる。けど、かつてないピンチ、そんな気がする。急がないと。)

(お母さま、大丈夫です、私しか見ていません。)


酔って酒瓶を持った男が見えた。

お母さまの警戒心が強くなる。でもそれは相手を敵とみなしての警戒ではなく、二人が近い事を示している。

(酔ってる、みたいね。でも匂いがしない。多分、ここ。)

(お酒の匂いがしないので、男は酔ったふりをしながら見張りをしている、という事ですねお母さま。)


「あの…。」

「なんだ?」

「マッチはいかが?」

「マッチ?あいにく間に合ってるぞ。」

口調も全くのシラフ。顔には出さないけど、見られないけれど、お母さまが内心にやりと悪い笑みを浮かべたのが分かる。この男はお母さまの推測通り見張りだと思う。

お母さまはなんでもお見通しだ。もう少しすれば人が来る事もその中には護衛がいる事も。だから無理はせず助けを待つ。自分に出来る事、出来ない事をちゃんと理解して行動するようにと教えてくれているみたいだ。


助けが来て、護衛が踏み込み、レオンさまを抱えて出て来る。お母さまはそれでも安堵しない。リリアも助け出されて初めて安心できる。

でも、男が連れられて出てきてもリリアは出て来なかった。お母さまは我慢仕切れず中に入った。

鼓動が早まる。お母さまの心配が伝わる。

最悪の結末が待っていた。

リリアは男たちによって命を絶たれていた。

お母さまによると、人質はたくさんいると邪魔になるので少ない方がいい、そしてうるさい子供より大人しい子供の方がいい。レオンさまはこんな状況になっても騒がず大人しくしていたので助かったのかもしれない。

(ああー、未来が変わっちゃう。)

(お母さま、どういう事ですか?)

(ん?んん?)

(この子、私の知ってるリリアじゃない!?目の色が違う!)


どうやらお母さまは未来から来て、リリアの事を知っているらしい。でも、知ってるリリアじゃないので凄く驚いたみたい。

それがショックだったのか、急にお母さまは消えてしまい私が元に戻った。力を入れるのを忘れていたのでその場にへたりこんでしまった。

後ろから護衛に抱え上げられ狂気の現場から出る。

馬車に戻るとレオンさまは気を失うように倒れて寝ていた。


お父様に事の一部始終を話した。お母さまが私の代わりに二人を探してくれた事や機転を利かせて人を呼んだ事は私がした事として、お母さまの事は黙っていた。とても信じてもらえそうになかったから。

それと、領民に感謝の意と謝礼をするように強く言った。お母さまが口にした事を都合のよい嘘にしたくなかったからだ。



フランチェスカ10歳

レオンさまはあの事がなかったかのように元気になって、毎月私の元へ会いに来てくださる。結局クレープは食べられなかったけれど、その事でレオンさまが嫌な事を思い出されてしまうのは悲しいので口には出さない。

立派な王妃になるための教育はとても大変で、もう少ししたらコルセットで腰を締め付けるのだそうです。腰は細ければ細いほどよく、そのせいで亡くなられた人もいるのだそう。美しくなりたいけれど、命を削ってまで得た命はどうなのかしら。

でも、分かる気がした。お母さまは私を産んでくれた。その代わり命を落としてしまった。でもお母さまは命を賭してわが子を産んだ事を決して後悔はしていないと思う。それほど私を愛してくれている。

コルセットを身に着けて亡くなられた方達も、きっと愛する誰かのために少しでも美しくなろうと努力をした結果なのだ。そこに愛があるのなら尊敬出来る。私もそうありたい。

お父様から、レオンさまのお相手の方が一人増えた事を聞いた。あくまで正妻はお前だ、そんな事を言われたけれどやはり悲しいものは悲しい。

今度はどんな方なのだろう。


フランチェスカ15歳

ようやく王立の貴族院に入る事が出来る。つまり、レオンさまと毎日一緒に過ごす事が出来るようになった。それはとても素晴らしい事。どれだけ待ちわびたか。

そして、18で卒業と共にレオンさまと結婚。なんて、幸せなの。


「お母さま、今日は貴族院への初めての登校になります。行ってきます。」

(帰ったらどんな事を報告出来るかしら)

期待に胸を膨らませ、馬車に揺られた。

学院へは歩いて登校する下級貴族も多く、馬車は裏門から入る事になっている。

レオンさまがまだ来ていないのなら、馬車の中で待って一緒に行こうかと考えていたが、レオンさまの馬車は既にそこに止まっていて、御者によると準備の為、既に入院式の会場へ向かったとの事。少しがっかりしながら会場へと向かう。

そこは広いホールで壇上には既に式の次第を確認している教師らしき男性がいた。会場の左右上部には上級貴族の関係者が座って見られる席も用意されている。

レオンさまが入院される記念の年なので多くの貴族の方がいらっしゃり、一方でレオンさまはご挨拶があるので別室で控えられているようだ。

つつがなく式は終わり、それぞれが教室へと戻る。私は今度こそレオンさまと一緒に教室へ行きたくてレオンさまを探すと、そこに見てはいけないものを見た。

リリア

鼓動が早くなる。息が苦しい。子供の頃体験したあの陰惨な光景が目の前に映るように思い出される。

血の気が引くのが分かった。それと同時に目の前が暗くなり、その場で倒れていた。

保険室と呼ばれる、学院内での怪我や体調不良の場合の診察をする部屋の硬いベッドの上で目が覚めた。

年上の女性が優しく気遣ってくれる。リリアの事を説明するのはさすがに憚られどう言ったものか悩んでいると何も言わなくても大丈夫よ、と察してくれた。

「今日は授業もないはずだからもう少しゆっくりしてから帰宅してもよいですよ、教師には伝えておきますから」

ああ、年上の女性に優しく接してもらえるのはなんと心地の良い事か。お母さまがいらっしゃったのならこんな感じなのかしらと思う。

私は嬉しくなってもう少し保健室に居たくなり、硬いベッドを我慢してずっとその女性の事を見ていた。


お屋敷に帰ってからお父さまにリリアにとても似た人物がいた事を話した。私の顔を見て、黙っているわけにはいかないだろうと話してくれた。

「フランチェスカ、レオンハルト殿下はあの時の事を覚えておられない。あまりにも強烈な出来事だったのでご自分の精神を守るため、あの時の事をお忘れになったらしい。ずっとリリアに会いたいとおっしゃっていた。」

「はい、私もあの時の事を思い出すと苦しくなります」

(あの時はお母さまがいらっしゃったから心強かったけれど)

「リリアはレオンハルト殿下が世継ぎを絶やさないため、フランチェスカの控えとして用意された。」

「はい、存じ上げております。」

「リリアには二つ下の妹がいた事は知らないだろう」

「はい、存じ上げておりません。」

「本来、リリアの代わりは別の侯爵か伯爵から出すべきと議論されたが、レオンハルト殿下の安定のため、妹がリリアの代わりとなった。」

「そういう事でしたか。横顔しか見ていませんでしたが、とても似ていて、でも少し幼い感じがしたので違和感を感じていました。」

「そうだ、皆より少し幼いが、リリアとして接するように」

「分かりました」


学院での生活は思ったよりもつまらなかった。レオンさまは将来の部下が常に周りにいた。幼い頃お披露目で見た、つまらなそうにしていた子供達。

休み時間には次から次へと挨拶に来る上級、下級問わずの貴族の相手をしていらっしゃる。

リリアが王子にまとわり付く姿を想像して怖くなったけれど、そんな事にはならなくて済んでほっとした。

一方で私はと言えば、公爵令嬢、侯爵令嬢が挨拶をしに来て以後周りを固め、次から次へと挨拶に来る上級、下級問わずの貴族の相手をさせられている。これがレオンさまの婚約者の立場なんだと諦めている。

授業の時にそっとレオンさまを眺めるのが楽しみだけど、結局、会話らしい会話はほとんど出来ていない。

学校は規律を育てる意味もあるらしく、ドレスではなく一様に制服を着た。一箇所に人が集まるのでトイレを手早く済ませられるように、という課題を解決する為、もあるらしい。

でも私は気に入っている。髪を真っ直ぐに伸ばすと背中で広がって鏡で見ても綺麗だから。

午前は9時から1時間半の授業があり、30分の休憩、そしてもう1時間半の授業のあとようやくお昼ご飯。

かつて戦いが日常だった頃の貧しさを忘れないよう、お昼ご飯は皆同じものを食べる。私はお屋敷では食べられないものが食べられて嬉しいけれど、下級貴族の方達には不人気だ。

そしてこの時間だけがレオンさまとお話出来るのでとても嬉しい。長いテーブルの真ん中にレオンさまが座り、左右に部下の方達が並ぶ。レオンさまの正面には私が座り、左右に公爵令嬢、侯爵令嬢が並ぶ。

それから、私の控え、つまりお世継ぎを絶やさない為の令嬢達が数人。リリアも端の末席にいた。

午後は30分だけの授業があり、その後レオンさまは学院内の執務室へ移動され、王の補佐として仕事をする。

そのお別れの時だけ、レオンさまの手を握り頑張って下さいと伝える事が出来た。唯一レオンさまに触れられる瞬間。その為だけに学院に来てると言ってもいい。


私も将来レオンさまの横に立つ身として、何も分からないのではお助けする事が出来ないので、午後はお屋敷でお兄様の手伝いをする事にした。

お父さまもお兄さまも最初はただのお遊びくらいにしか思っていないようだったが、レオンさまの助けになるようにとの意思が伝わると少しずつ色んな事を任せて頂けるようになった。


学院への登校のない安息日には各家の令嬢がお茶に呼んでくれるようになり淋しくはないがレオンさまとは会えていない。

月に1度レオンさまがお越しになり、また別の月には王宮のレオンさまの御屋敷に招かれる。

夏がもうそろそろという時、レオンさまから湖へ避暑に行こうとお誘いいただいた。

レオンさまは学院への入学と同時に隣国との国境警備隊の隊長の職も兼任される事となり、時々視察に出掛けるのだとか。

湖という地形を生かして防衛に適した場所なので、お互いの国が形だけ派兵する駐屯地らしい。

「お母さま、レオンさまが湖に連れて言ってくださる事になったの。」

「表向きは視察、との事だけど、レオンさまも形だけの隊長で、本当は何もしないんですって」

お母さまに内幕を暴露すると何だかおかしくてくすくすと笑いながら、何を着て行こうか、湖ならボートに乗ったりも出来るだろうかと思案した。

どこかに一緒に出掛ける。それも楽しいが、何をしようか、何を着て行こうか考えるのも楽しい。


当日の朝、レオンさまがお迎えにいらした。ふと、幼い頃の記憶が戻り不安になる。

ドアを開けてレオンさまが降りて来る。当たり前だが中には誰もいない。ほっとした。今日は久しぶりに2人だけだ。

馬車に乗り込むとレオンさまと並んで座った。向かい合わせでもいいが馬車の進む方向を向いた方が酔いにくいからとレオンさまが手招いてくださった。

馬車に揺られ、遠い山々を眺めたり、街並みを眺めたり、学院での事、公務の事、安息日なのに色々な来訪がある事など、手紙に書き切れない他愛ない話もして、私の知らないレオンさまが益々身近に感じられるようになった。

湖のほとりに着くと馬車を降りてボートに乗ったり、馬に一緒に乗ってレオンさまにしがみついたり、持って来たバスケットを広げ簡単なサンドイッチを食べたり、夢のような時間が流れた。

リスが木から降りて来て、レオンさまの手からサラダのクルミを食べたのが可愛い。いつの間にか子リスもやって来て家族揃っているようだった。

いつか私もレオンさまとこんな家族が出来たらいいな、と思う。

日が傾く前に帰る事になり、途中駐屯地の砦に顔を見せて帰る事になった。レオンさまと一緒に行動する時はこうして私の顔見せの意味もあるらしく、来る前から心づもりもあった。

レオンさまは何度も来ているのか挨拶もそこそこに女性のグレイ副隊長を私に紹介してくれた。

砦の中を色々と見せてもらったが思った以上に広く今自分がどこにいるのかすら分からない。

そろそろ帰るか、とレオンさまがおっしゃるのでグレイ副隊長がそれではお見送りに、と言った所で兵が慌てて掛けて来て敬礼をした。

「失礼します!」

「なんだ」

グレイ副隊長は落ち着いた雰囲気のまま応える。

「湖から魔物出現、数は不明。展開していた隊に負傷者多数」

「司令室に戻る、全員集めろ」

状況が分かるまではここにとどまった方が良いとの事でレオンさまと2人司令室に移動した。

もちろん私たちは何もする事なく兵達の邪魔にならないように隅で座っているだけのはずなのに、レオンさまは隊長である事を意識されているらしく、皆が集まった時に立ち上がり指示を出した。

皆面食らって困惑している。それはそうだと思う。レオンさまは隊長だけど、単に役職だけの話で、ここではグレイ副隊長が実質ナンバーワンなのだから。

レオンさまはそんな事を意に介さず、王宮に助けを求める、と言い始めた。

「レオンさま、ここにいる兵はレオンさまの配下の者達ですが、指揮命令系統は普段と同じ、グレイ副隊長からにした方が良いと思います」

「我が国の兵が私の言う事を聞けないのか?」

「そうは申しておりません。ただ、普段ここにいらっしゃらないレオンさまがこの状況を的確に判断出来ているか分かりません」

「ではフランチェスカ、お前の意見を聞こうじゃないか。それで兵に判断してもらおう」

レオンさまは私の事を普段チェスと呼ぶ。フランチェスカと呼ぶ時、それは内心不満に思っていて冷静でない時だ。

レオンさまは全てを自分で抱え込もうとしてらっしゃるのだ。

有能な部下がいればその部下に任せる事を考えていただきたい。折角普段部下に囲まれてるのに、これも同じと気付いてらっしゃらないのね。

言葉を口にしようとした時、あの幼い頃と同じ感覚に陥った。自分の身体なのに自由にならない。視界も聴覚も触覚さえきちんとあるのに、別の誰かが入っている。

(お母さま)

「それで、フランチェスカ、君ならどうすると言うのかね?」

(レオンハルト王子、あんたも偉そうね。小娘と抱き合ってたくせに。)

お母さまは私がピンチになるとこうして来てくださる。幼い頃の一件以来ずっと考えているのだが、やはり未来から来てくださるらしいのだ。だからこうして私の知らない事実が頭の中で伝わる。

お母さまはレオンさまを説得し、グレイ副隊長に指揮するように指示した。

私も同じ考えだったので、それ自体には異論はないが、今の状況はお母さまに助けていただかなくてもどうにかなりそうだった。

それにも関わらずお母さまがいらっしゃったという事は、何かもっと大切な事があるのかも知れない。

いえ、皆の目を見れば分かる。グレイ副隊長を立てた事で兵が皆お母さまをただの令嬢ではなく、将来自分達が仕える王の妃と認識した目だ。

そういえば、お母さまはグレイ副隊長ではなく、ロザリア、とおっしゃっていた。形式ばった呼び方ではなく、親愛の情を込めて、頼りにしている風に思える。それに皆に向けておっしゃった、帰るために戦うと言う言葉も身分の上下関係なく仲間としての連帯感を感じられる。

上に立つ者は下の者に任せ、士気を高め実力以上の力を発揮させる事が役割なのだ。そう教えられた気がする。

(お母さま、分かりました)

お母さまは私の中にいるけれど、残念だけど意思は疎通出来ない。でも、お母さまがこうして私に教えてくれるだけでとても嬉しい。


この場をロザリア副隊長に任せ、レオンさまと私、いえお母さまは急ぎ城へ帰る事となった。

辺りは既に日も落ち隣国の砦の炎を見て魔物の襲撃に乗じて攻めて来るかも、とお母さまは考えてるようだった。

そんな時、どうするのかを知った。

お母さまは自分を犠牲にする覚悟で、レオンさまと別れた。

お母さまが見せたかったのはこれなのね、と納得した。国にとって今一番大事なのはレオンさま。決して私ではない。ならば、国の危機を回避するため、レオンさまを生かすために少しでも確率の高い方を選ばなくてはならない。幼い頃のリリアのように。


レオンさまと別れて砦に自ら赴き見張りに声を掛ける。中から出て来た文官にも決して臆さない。臆せば見透かされる。お母さまはそんな風に考えていらした。

そして、隣国ルナジアのラリー・マーズ公爵を知っていらした。子供の頃にお会いしているのかもと考えたけれど、それならもう少し久しぶりの懐かしさが感じられるはず。

やはり未来から来てるのは正しいと思う。


「後方からの支援、それにこんなステキなおもてなしのお礼、改めてさせてください。」

「それはそれは、どんなお礼ですか?」

「各国からも自由に参加出来る夜会が開催されます。そこにお越しくだされば、ラリー様に人を紹介出来ます。」

「全く、どうしてそんな事を?」

「ラリー様は自分の運命が分かったとしたら、どうなされますか?」

「うーん、喜ぶか、悲観するか、分からないね」

「私は未来の自分のために行動します。未来の自分を助けるため、ラリー様を助けます。」

「なるほど、我が家門についても知っている、と言うわけですね。このままではいずれ我が家門も立ち行かなくなる。私もそうならないために動きましょう。是非、夜会で。」


ああ、お母さまはやはり未来から来てるのですね。

そして私はお母さまを助けるため、ラリー様が求める者を探さなければならないのですね。

分かりました。

上位学年になったら外国の方もお招き交流も兼ねて夜会をする予定になっているので、その時までにきっと準備しておきます。


それからの日々は積極的に活動した。

まず、隣国との国境警備隊の活躍を称えるための式典を行ってはどうかと進言し、殉職した兵士は階級を上げる、遺族には兵士の階級に則って見舞金を支払う事も進言した。

それからお父さまからラリー・マーズ公爵家に魔物との闘いの後方支援を感謝する、上位学年の記念夜会には是非ご招待しますと手紙に添えてもらった。

今後これを機に両国の発展のために交流を持ちたい、とも。


お父さまはラリー様への手紙に書いた通り、交流のために私が動く事に賛同してくれている。

おかげでラリー様が求めるものはすぐに分かった。

隣国ルナジアでは銅が産出されず輸入に頼っているらしい。隣国ルナジア国内での流通はマーズ公爵家は参入出来ず、他家が一手に担っていて国としては足りているはずなのに価格を釣り上げていて不足気味の状態になっているようなのだ。

一部に偏りがあると、それに倣って他の資源も同様に買い占めや不当な価格の釣り上げが起き、混乱が発生し始めている。

国というものはなんて脆いものなんだろうと思う。ほんの些細な綻びから大きな亀裂となって崩れてしまう様が想像できる。ラリー様はそんな隣国ルナジアを救うべく奔走されている。


フランチェスカ16歳

我がオルナウト国で銅と言えば、クライド子爵家が4強の一角を担っていた。資源の買い占めが起きるとまずいので複数の貴族に利権を分けて管理させてるみたい。

これらはお兄さまのお手伝いをしているおかげですぐに分かった。

クライド子爵家にはニルスという私と同じ学院に通う子息がいて、夜会でラリー様に紹介するのには絶好の役柄だと思うのだけど、クライド家は銅を扱う三家に銅の価格の釣り上げを持ち掛けた罪で家門の危機に瀕している。

きっとお母さまは未来で私の危機を救ってくれている。その時、絶対に必要な人がいるはず。それは私に関係する人たち、レオンさま、リリア、ラリー様、ニルス、ロザリア。

だから、絶対にクライド子爵家を救わなければならない。


価格の釣り上げの原因は簡単な事だった。銅は無限に沸いて出るわけではなく、取り尽くすと次の鉱脈を探して試掘する。試掘には国から補助金が出るが全額ではなくクライド子爵系の持ち出しがここ数年で増えている。そのせいで家計が厳しく不当な価格の釣り上げを持ち掛けたようだ。

お父さまに、試掘に掛かる費用負担割合について相談し、恒久的とはいかないまでもしばらくの間、国が肩代わりしてもよいのではないかと提案した。


そして、クライド子爵家はいよいよ首が回らなくなったのか、銅に混ぜ物をして純度を下げたものを流通させようと密売人と手を組もうとしているらしかった。

ここまで来ると、説得を聞くとは思えなかった。そこで、ニルス・クライド子爵を捕縛する事とした。捕縛すればこれ以上の悪事を働く事はないし、家門を潰さないように取り計らう代わりに隣国ルナジア家に融通させる事も出来る。


林間学校に合わせニルス・クライドが密売人と取引を行うという情報が入った。

私はロザリアに表向き林間学校の警備を、本当の目的としてニルス・クライド及び密売人を捕らえる手伝いを依頼した。

ロザリアはお母さまに心酔していて、私の依頼も快く引き受けてくれた。それなのにお母さまの事を黙っているのは騙しているようで心苦しく、結局ロザリアだけには全てを打ち明けた。


その日、おあつらえ向きに雨が降り始めた。

私は事前に取引現場の洞窟で待ち伏せしようとした。

そこに、あろう事かレオンさまとリリアがいた。

さすがに目の前で裸同然で身を寄せ合っている姿を見せられ悲しくなったが、今はそれどころではない。

お母さまが来た。今が私の危機というのなら、心が壊れそうという危機だった。

それはお母さまにも伝わったらしく、二人を意地悪く責め立てた。それでちょっぴり気持ちが楽になった。

でも、肝心のニルス・クライドと密売人を捕まえる方が大事だ。

決して意思の疎通が取れているわけでないのに、お母さまは二人をうまく洞窟に引き入れると、ロザリアに助けを呼んで二人を捕まえた。

お母さまの言葉から、ラリー様を助けるべく動いた事が結果お母さまを助ける事に繋がってすべてのパズルのピースが嵌った気がした。



フランチェスカ17歳

あの洞窟でレオンハルト様とリリアの抱き合う場面に遭遇した後から、私の身の回りで私を貶める噂が広がり始めた。自分達の噂が広まる事を恐れ、先んじて私を悪者にしようとしたのだと思う。

レオンハルト様は公務多忙を言い訳にお昼を一緒にいただく事がなくなってしまった。

とても悲しい事だと思う。私は、レオンハルト様がリリアを愛しているのであれば、潔く身を引く覚悟が出来ていた。この国に必要なのはレオンハルト様であって私ではない。レオンハルト様が一番にリリアを愛するのであれば、リリアを王妃にすべく私とリリアの立場を入れ替えればいい。

それなのに、二人は私を貶める事で自分達の立場を保身しようとしている。

今はまだレオンハルト様の婚約者という立場は変わらない。私はそれらの噂を無視し今まで通り過ごした。


とうとうラリー様との約束の夜会が行われる。

私はニルス・クライド子爵以外にもラリー様が必要としている貴族を探し、懇意になっていた。

お母さまは未来からいらっしゃるから、私の危機を一瞬で判断し対応しなければならない。しかも去ってから私が困らないように知らない方でも名前を聞かずに話をされる。

だから、今夜の夜会でお母さまがいらっしゃった時に困らないようにしようと考えた。

ラリー様と紹介する貴族たちは同じ部屋を控室にした。皆は私と共にいるので控室はラリー様一人で過ごせる。

それから洞窟でのお母さまの言葉を思い出した。

「では、私が投げたバラを受け取って下さい。」

ロザリアには警備という名目で夜会への参加を依頼したが、快く引き受けてくれた。

そして、会場をバラで埋め尽くした。テーブルの花瓶、壁の一輪挿し、いつでもバラが投げられるように。


私を貶める噂はこの夜会でもあった。私がラリー様と二人きりでどこかへ行った、という噂だった。ラリー様に夜会の後で貴族を紹介すると言っただけで噂のような事はない。

気付けばリリア派とフランチェスカ派で別れて言い争いが始まっていた。

そこに、お母さまがやって来た。

お母さまは皆を静かにさせ、ニルス・クライドに部屋で待つように言い、バラと一緒に踊り、そしてロザリアにバラを投げた。

ああ、お母さま。今回も私の危機を救っていただきありがとうございます。

私の危機、それはレオンハルト様に執着し自分の意見を持たずに流されそうになる事。

大丈夫です、私は、自分の進むべき道を決めました。



フランチェスカ18歳

レオンハルト様との月に1度の安息日の交流がなくなって久しい。

あれほどお慕いしていたのに、今では会わなくても何も感じない。

「お母さま、本日で貴族院への登校も最後になります。この制服を着るのも最後です」


式にはレオンハルト様が貴族院を卒業されるので、多くの貴族が参列している。

一通りの挨拶が終わり、次はレオンハルト様が婚約者である私を皆に改めて紹介するお披露目の場となった。

リリアを愛していると言えばいいだけのはずなのに、レオンハルト様はその責を私に押し付けようとした。

「聞いているのかフランチェスカ、今までの貴様の横暴、目に余る。」

お母さま、私は大丈夫です。

「恐れながら、このフランチェスカに発言をお許しいただけますでしょうか?」

「私フランチェスカは確かにリリア様を貶めんと如何わしい噂を流しました。事故を装い危害を加えようとしました。」

(お母さま、私はそんな事をしていません。適当に話を作らないでください。でも、ありがとうございます)

お母さまに煽られて、リリアが本性を現す。

「うるさいうるさい、あんたのどこがいいのよ。単に公爵の娘だからってちやほやされて、多少の罪は見逃して貰えて、レオンハルト様とだって親が決めただけでレオンハルト様に相応しくないのよ!」

「リリア様、ようく分かってらっしゃるのね。レオンハルト様はこの国を代表するお方のご子息、つまり将来はこの国を代表される方。子供の頃からそのように学び、ご成長なさっています。そして、私達令嬢もそれは同じです。王妃となった際には同様の目で見られると言うことを認識しなければなりません。」

「例えば国賓として外国を訪問する際に殿下と並んで立った時、殿下に間違えて脚を踏まれたらどうなさいますか?」

「脚を踏んでいる所を誰も見ていないのに、殿下を責めますか?それとも、ニコリと微笑んで仲睦まじく国が1つであると思わせますか?」

「勝負ありじゃな。」

「父上!」

レオンハルト王子が異論あり、と叫んだ。しかし公の場である事を思い出し、言い直す。

「国王陛下!」

言い直したところでもはや何も覆らないのは明白だった。

「レオンハルトよ、これ以上恥を晒すな。わしを無能と高を括るならお前の罪を全て晒さねばならん。折角フランチェスカが胸にしまい込んで去ろうと言うのに」

国王陛下は私の想いを全て見抜かれている。だとするなら、私もこのまま黙って去るわけにはいかなくなった。

「レオンハルト殿下、この国にとって必要なのはレオンハルト殿下です。私ではありません。レオンハルト殿下が一番にリリアを愛しているのなら、何故そうおっしゃらないのです?リリアがレオンハルト殿下を一番にお慕いしているのであれば、リリアを妃としてお選びください。私はレオンハルト殿下とリリアを祝福いたします。」

会場がざわつく。

「国王陛下、この国は現在陛下のおかげで平和を保っています。けれどいつ争いが起きるとも限りません。私はこの国のため、隣国ルナジアのラリー・マーズ公爵の元に嫁ぎ、両国の架け橋としてこの身を捧げたいと思います。」

「分かった。そなたの高い志、きっと我がオルナウトと隣国ルナジアとを繋ぐであろう。許可する。」

「今一つ、国境警備隊のロザリア・グレイを私の近衛兵として連れて行きたく許可をお願いします。」

「ロザリア・グレイか。そなたに心酔しておるからな。仕方あるまい。許可する。」


いきなりクライマックス 終わり


# あとがき



断罪の場はこうして私の結婚報告の場となり拍手喝采のうちに終わった。

その後始末の方がとても大変だった。隣国との関係が欲しい様々な子息令嬢はまだしも、私の周りを囲って守ってくれていたはずの公爵令嬢や侯爵令嬢もラリー公爵への顔合わせを依頼して来る始末。

アリ同士のやり取りにするはずなのに、早々にゾウ同士のやり取りになってしまいそう。この辺りの事はラリー様ともお父さまとも相談しなければならない。


これらの雑多な、けれどラリー様のこれからを決める大事な事を決めるのに二週間ほど掛かり、合わせてロザリアを近衛兵として引き連れていく許可を取り、お母さまのお墓に報告に行った。

もちろんお母さまは微笑んでいらした。


お父さまは遠いルナジアへ嫁ぐ前の晩ぐっと涙を堪えられたが、侍女が泣いてしまうものだからつられて泣いてしまい、私も泣いた。けれど子供が出来たら見せたいし、「両国間の橋渡しとして定期的に行き来する事になると思う」と言ったら「そうだな」と仰り素敵な未来を想像して皆で笑ってひと時を過ごす事が出来た。


翌朝、ロザリアが迎えに来た。馬車には両国の旗がなびき、途中までオルナウトの兵が前後を護衛した。沿道を人々が埋め尽くす街をゆっくりと回った。人々はオルナウトとルナジアの未来に希望を持っているのだ。喜びと責任を噛みしめて手を振り続けた。


国境の橋まで来るとオルナウトの兵は川沿いに並び、ロザリアと馬車だけが橋を渡った。その橋の向こうにはルナジアの兵が並んでいる。オルナウトの兵はずっと敬礼をし、ルナジアの兵が馬車を護衛して馬車は進んだ。兵達はいつまでもいつまでもそこにいた。


マーズ公爵家に到着して馬車を降りるとラリー様が馬車に駆け寄ってドアを開けてくださった。

そして私が降りるのを手伝ってくださる。

入口にはマーズ公爵と公爵夫人、それから屋敷の人間たちがずらりと並んでいる。


「ようこそ、ルナジアへ。ようこそ、マーズ家へ」

二人手を取って歩いて行く。

もちろん、マーズ公爵にも問題は山積みだけれど、二人いれば何とかなる、そんな気持ちだ。



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