第2話いきなり濡れ衣
第2話 いきなり濡れ衣
「不在と言う事がレオンハルト殿下を裏切ったって事でしょ」
「何をそんな勝手な。久しぶりの夜会で気分が優れない事もあるだろうし」
「ふん、気分が優れないのぉ、って誰かに介抱させてるんじゃないの?」
(ん?あれ?この感覚、覚えがある。もしかして、転生した!?)
「そう言えば、会が始まってすぐに某国の侯爵様にご挨拶にいらしたわね」
(もぐもぐ、あ、これおいしい。そして私、なんか王子を裏切って…あー、自由奔放な愛ってやつ!?)
(2回目ともなると、心にゆとりがあるわ)
辺りを見回す余裕すらあった。広い会場に貴族の方々が列席し、思い思いに談笑している。
奥にはお披露目用の一段高い場所があり、階段で登れるようになっている。
(多分、フランチェスカも一度くらいは登った事があるんじゃないかしら。レオンハルト王子もいないし王様もいないし、きっといわゆる夜会ね)
自身のいるテーブルに目をやると中央には幾種類もの花が生けてあり、周りには皿に盛られた料理が並んでいる。
異国の(正確には異世界の)料理だから何かは分からないが美味しいに決まっている。
ふと、隣で同じようにラスクのようなものを口に入れた貴族が口を開いた。
「フランチェスカ嬢、何かあそこで騒いでいる輩、もしかしてご同輩では?」
(あ、そうですよねー。そんな気もします。でも誰か分からないし。そもそもあなたは誰?)
「折角お父上主催の夜会で騒ぐとは無礼なやつらですね。私が注意してきましょうか?」
「お心遣いありがとうございます、各国からお客様がいらっしゃる夜会だと言う事を忘れ、学園祭か何かだと勘違いしているのだと思います。お手を煩わせるわけにはいきません。私が少し注意して参ります」
「例の交易相手の、クライド子爵との顔合わせ、よろしくお願いします」
「もちろんでございます」
(あ、ニルス・クライドね。それは知ってるわ。)
「皆さま、どうなさったの?今夜は諸外国の皆さまもいらっしゃる公の夜会ですから失礼のないように隅で大人しくヒソヒソとお話ください」
皆、周りを見渡して小さくなって恥じ入り会場の隅へと移動した。
夜会を盛り上げる演奏が少し控えめになり、ダンス相手を探す男女がグラスを置き準備をしている。
若い男女が次々に会場の中央へと集まりゆっくりとダンスが始まる。さっきは見かけないと思ったのに、いつの間にかレオンハルト王子がリリアと二人で踊りながら中央へ移動すると皆の注目が集まる。
(本来なら出て行くところだけど、ま、私踊れないしね。それより、断罪したのに二人が仲良いって事はもしかして断罪より前に転生したのかな?)
改めて周りを見回す。
「フランチェスカ様が上位学年になられた記念の夜会なのに、何故あの女が殿下と?」
ほんの小さな囁く声が聞こえた。
(あー、これ、夜会で王子とダンスしようとしたら失敗して大恥かくやつね。ちょっとどうにかしないと。だって私踊れないし。あ、そうか、踊れないなら踊らなきゃいいじゃない!さっきのイケメンにニルス・クライドも紹介しないといけないし。決めた!)
王子がリリアと踊る様を悔しそうに見る集団、フランチェスカ応援団(と勝手に付けた)に近付く。
皆がぺこりと会釈をする。そして何かを言いたげにするが、フランチェスカの言葉を待っている。
「紹介したい人がいるの」
ニルス・クライドに向かっていう。
「それに折角だから皆にも紹介するわ、部屋で待っててちょうだい」
「フラン様は?」
(あ、愛称フランね)
「さすがに夜会でダンスを踊らないわけにいかないでしょう?」
「わかりました」
口々にいう中、一人の令嬢だけは違う言葉を口にした。
「それでは私が残っています」
(この子、何なのかしら?)
ダンスが佳境に入る頃、フランチェスカはテーブルに生けられた花瓶からバラの花を一輪抜き取り、まるで花とダンスを踊るようにくるくると回り、そしてゆっくり会場の中央に向かった。
夜会の主役が一人で踊っているのだ。誰一人としてダンスを続けられず、フランチェスカの踊りから目が離せない。
音楽が控えめに、ゆっくりとしたテンポになり、それに合わせて階段を一段ずつ登る。
パートナーがいないはずなのに、たった一人でバラと踊り、そして注目を浴びる。まさにこの夜会の主役だった。
「皆さま、今夜はとても勉強になる夜会でした。これからもどうぞよろしくお願いいたします。それから、皆さまは引き続きダンスをお楽しみください」
言ってバラを階下に投げた。
まるで示し合わせたように階下で令嬢が受け取り、フランチェスカの真似をしてバラとダンスを踊る。
フランチェスカがバラと戯れる盆踊りなら、階下の令嬢はバラと情熱的に踊るタンゴのようだ。ハイヒールのかかとを鳴らし、バラを口に咥え、手を鳴らし、スカートの裾を持って花びらが風に舞うように動かす。
(なんて素敵な令嬢でしょう、助かりました。感謝)
拍手が沸き起こり、その間にひっそりと会場を後にした。
フランチェスカが会場を出ると多分、例の某国の公爵が待ち構えていた。
「部屋で待つよう言ってありますの。それから、一つお願いがあります」
「なんですか?」
「先程の会場での噂話、あれを本当だったと思わせるようなイタズラをしたくて」
「あはは、それはいい」
「では、エスコートしてくださる?」
言って男の腕に腕を添えた。
「もちろんです」
数合わせの客人達はまとめて部屋を用意されているはずだ。だが転生したばかりの自分にはその場所さえ分からない。
唯一知っているのはニルス・クライドのみ。だから身分を隠している公爵に案内を頼んだ。
会場からそれほど離れていない部屋にたどり着くと公爵がドアを開けエスコートしてくれる。
部屋の中で待っていたフランチェスカ応援団の皆の視線が集中し、公爵の顔を見て驚きに満ちた顔に変わる。
「フラン様」
「フラン様」
(言いたい事は分かる。やっぱり噂は本当だったのか、でしょ?それこそ作戦通りよ)
「まずは座らせてちょうだい」
皆がフランチェスカと公爵を座らせるべくソファの一角を空ける。フランチェスカは当たり前のように公爵と並んで座る。
「改めて、こちらがクライド子爵家のニルスでございます」
(皆への言い訳は不要。まず公爵にニルス・クライドを紹介する事が大事)
ニルス・クライドが胸に手を当てペコリと会釈をする。
「それから、こちらが、私の噂のお相手の…」
最後まで言わず公爵に手のひらを向ける。
「隣国ルナジアのラリー・マーズ公爵だ」
「お名前は存じております」
応援団の一人が身を乗り出してそう口にした。
どうやら有名なお方らしい。
「ええー、マーズ公爵家の方がどうして?」
「し、一応内密に行動しているので」
「すみません」
「折角ですから、皆さまにも名乗る許可をお与え下さい」
「もちろんです。フランチェスカ様の計らいでこの場を得られたのですから」
ラリー公爵は快く許可をくれた。応援団の皆が一人一人名前と家名、家門を口にする。皆フランチェスカよりも下の身分だが、何かあった時に助けてもらえるかも知れないと必死で顔と名前を覚えた。
「皆、よろしくお願いします。それでは早速本題なのですが、わが国で不足している銅を融通して欲しいとこの国に来たのですよ」
「それなら、国対国で動けば良いのでは?」
応援団の1人が素朴な疑問を口にする。
「もちろん、最終的にはそうなるでしょう」
ラリー公爵はまるで出来の悪い生徒に優しく教える先生のように目を見ながら話す。
「ただ、最初から巨大な象同士で動けば色々と面倒な事も起きる。最初はアリ同士でやりとりした方が都合の良い事もある」
「それでクライド家をフランチェスカ様がご紹介くださったんですね?」
合点したように応援団が応えたので、フランチェスカが続きを茶化す。
「私は何もしてませんわ、ただラリー様にエスコートされてここに来ただけ」
「本当にラリー様が開けたドアを入って来た時はびっくり致しました」
わはは、と皆が笑う。
(ああ、何の心配もなく笑っていられるなど、なんと幸せなひとときでしょう)
「冗談はさておき、その他色々と欲しいものもあるので、念のため各家の得意なものを教えていただけると助かる」
一人ずつ家業を紹介する。最後の一人が紹介した所でドアが開きフランチェスカのバラを受け取った令嬢が入って来た。
「あ、バラの令嬢!」
名を知らぬ相手だが、何も口にしないわけにはいかない。フランチェスカは令嬢をそう呼んだ。
「チェス様」
令嬢が応える。
(あ、こっちは更に親密な仲の相手に呼ばれる愛称かな?)
名を呼ばれずとも、フランチェスカの役に立てた事で満足しているように見える。そのあとをラリー公爵が引き継ぐ。
「フランチェスカ様からバラを受け取り、ダンスの続きを引き受け皆の耳目を集めた振る舞い、さすがだと感服していたところです」
「申し遅れました、ロザリア・グレイと申します。フランチェスカ様の一ファンでございます」
スカートの端を持ち上げ腰を落としてラリーに挨拶をする。それから、しゃがむとバラを両手で持ってフランチェスカに差し出した。
それを受け取るべく手を差し伸ばした所でふいと目の前が暗くなったかと思うと、ワンルームの部屋で座ってカップラーメンをすすっていた。
まだ熱く湯気がたゆたっている。蓋を開けてから数秒しか経っていない。
(それにしても、ロザリア、なんて格好いいの!)




