15.部屋
白く濁ったとろみのある液体がなみなみと注がれている木製のそれを見て、香りから入っているものがシチューであると確信する。
バスケットには丸く黒いパンが2つと、皿と同じ木製のスプーンが入っていた。
ガドルは姿見の前にあった椅子にバスケットを置き、ベッドに座る俺の前に椅子ごと持ってきた。
俺は改めてシチューの入った皿を見る。乳製品の甘い香りが鼻腔をくすぐり、自分がどうしようもなく空腹である事を自覚した。
中には見覚えのあるようで無い野菜が入っていたが、それを【鑑定】で確認する気分にはなれなかった。見て食欲が失せても嫌だし、出された物に警戒しても失礼だろう。
ガドルはバスケットのスプーンを取り、壁に寄りかかりながらシチューを食べ始めた。俺もそれに倣って食べ始める。
スプーンの端に口を付けて静かに啜ると、野菜の甘みが口いっぱいに広がる。
野菜のみのシチューだが、空腹の俺には丁度良い。
美味しい。そう感じるのは、雰囲気のおかげもあるのだろう。静寂の中、鉄格子の窓から見える空は暗くなり始めていた。
ガドルはバスケットからパンを1つ手に取り、シチューにつけて齧りつく。
1口1口噛み締めるようにシチューを嚥下していた俺は、それを見てバスケットに残っているパンを千切りシチューにつける。
そのままでも食べられるが、ふやけて柔らかくなったパンの甘みが野菜の旨味が溶け出したシチューによく合う。
俺は夢中になって食べ進めた。
「ツクモ、これからどうするのか決まってんのか?」
暫くして、書き物机へ皿を置いて質問してくるガドル。見ると、手に持っていたパンも無くなっている。
「ん……龍の雫で仕事を探そうかと」
「冒険者志望だったか、なら心配ねえな」
「何かあったんですか?」
壁にかけてある石に手をかざすガドル。すると、石が光を発し始める。
ランタンみたいな物だろうと勝手に推測していると、ガドルが続けて口を開く。
「いや、確認しただけだ」
そう言うとガドルは腕を組み、壁に寄りかかった。
訪れる静寂に少し居心地の悪さを感じた俺は補足する。
「……元々食べるに困らなければ良かったというか……水商売は勘弁だったというか」
俺の言葉を聞いた瞬間、ガドルは一瞬呆気に取られたような顔をして……笑い始める。
「くっ……ははは!お前、あれ本気にしたのか?」
「え……」
「お前みたいな子供が娼館なんかに行ったら門前払いに決まってるだろうが。あいつみたいな、ガキ見て興奮する奴はただの犯罪者だ」
……いや、言ってて若干思ってたけど。やっぱり娼婦とかやっていい年齢じゃないよな、俺。異世界にもそういうモラルというか、まともな感性はあるようだ。
……というか、セフィーも犯罪者にカテゴライズしてないか。
「ま、そんなスキルあって冒険者以外目指すのも阿呆らしいよな」
「……そうですね」
あまり認めたくないが、俺の特殊スキルは戦闘向きだ。そういう仕事を目指す方がまともではあるだろう。
心なしかさっきより表情が柔らかく見えるガドルは、俺がシチューを食べ終わったのを見て、皿を回収し書き物机の皿と重ねる。
「食べたばっかだからすぐ寝ろとは言わねえが、早めに寝とけよ」
彼はそう言うと食器とバスケットを持って部屋を出ようとするので、焦って俺は呼び止めるように声をかけた。
「何処で寝ればいいですか」
「あ?ベッドで寝ればいいだろ」
「えと、ガドルさんは……」
流石に部屋の持ち主を差し置いてベッドで寝るのは気が引ける。気を遣って貰い過ぎても眠れなくなりそうだ。
「ああ、俺は龍の雫で寝る」
「……ここ、ガドルさんの部屋では?」
「一応は俺の部屋だが。別に、普段からギルドで寝てるぞ」
こちらが気にしそうなのを察されたのだろうか。ガドルはそう付け加えた。試験官を務めていたガドルだ、ギルド関係の仕事なのは嘘でもないだろう。
だが、だとすれば疑問がある。
「じゃあ、相部屋って……?」
「……ああ。まあ、居候みたいなのがいるだけだ。今日は帰ってきてないからな、自由に使わせて貰え」
若干違和感があったが、やはりガドルが使ってた訳じゃないようだ。こうして見るとガドルにあの姿見は小さすぎる。
色々疑問が解消し、納得した俺の様子を見てガドルは「寝とけよ」とだけ言って今度こそ部屋を出た。
「……はあ」
俺はベッドに腰掛けたまま、鉄格子から見える星空を見る。何だかんだ今日は大変だった。
シュトフと別れメジスへと到着し、そしてそこで冒険者試験を受け、今に至る。
……一段落したとはいえ、金を稼げるようになるのが1番の目標。いつまでもここにおいて貰う訳にもいかないだろう。
そうなれば、まず宿探しだが。……その前にこの世界の通貨ってなんだ。物価も知らないし、モンスターがお金をドロップしてくれるような便利な世界でもない。素材とかが売れる、というのはシュトフとの会話で察せるが――。
「……知識が足りない」
この異世界における常識なんて持ち合わせていない。ギルドでは孤児だなんて言われたが、この世界に生きる孤児の方が余程生き抜く術を知っている筈だ。
……深く考えるのはやめよう。漠然とした不安を抱えて寝られる程図太くはない。
俺は尻尾が邪魔にならないようにベッドに寝転がると、逃げるように目を閉じた。




