↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

最終章第15話 無能者の反抗

 一方――アミュレットの邸宅で敵と戦っていた歩花たち。歩花は廊下を逃げ回る王子について走りつつ、邸宅の周りに退魔の札を貼りに行かせたガートルードを待っていた。


 敵を視認してすぐに、邸宅の周囲に退魔の結界の札と夢魔の幻覚の札を貼っておいて正解だった。がしかしそれは、まだ隣の家や通りかかった人間を巻き込まない程度の簡易的な結界だ。後ろから追いかけてくる敵相手を本格的に閉じ込めるなら、まだ沢山の札を貼る必要がある。外にアミュレットやミリー達を逃がした後、敵が結界を壊して彼らを追いかけられないようにだ。

 敵が執着しているのは、あの王子のみ。間に自分とガートルードがなんとか割って入らなければ相手にもされないし囮の作戦も通用しない。それなら物理的に決して破れぬ壁を作ってやればいい。だからヴァンパイアのハーフであり、身体が丈夫な歩花のみが一時的に護衛に付き、ガートルードに札を貼りに行かせたのだが。

 歩花は舌打ちし、踵を返して驚異的な速さでアミュレットに突っ込んできた黒い靄(もや)を迎え討った。黒い禍々しい刀が死角から歩花に向かって切り上げられ、反射神経だけで咄嗟に身体を逸らした辰弥の姿の黒髪が数本宙に舞う。

 次の瞬間常人よりも強固な身体を持った歩花にも受け止めきれない凄まじい力の負荷が衝撃となり、歩花の身体を吹っ飛ばした。廊下の壁に強かに背中を叩きつけられ、肺の中の空気がほぼすべて口から強制的に排出され息ができなくなる。咳き込みへたり込んだが、アミュレットの動揺ゆえ裏返った怒鳴り声に慌てて自分の緩みかけた緊張感を張りなおした。



「何故人の雌どもがおらんのだ!! これは!? オイ!! 役立たずが!!」



 瞳を少し持ち上げると、開け放たれたドア。嗚呼確か、真優たちが軟禁されていた部屋だったと思い出す。おそらく怒鳴っている先は執事かメイドか……あの場に置いてきた妾どもか。



(男のヒスか。聞くに堪えん――)



 黒い靄もいつの間にかどこかに消え去り、歩花は塵化し「ひいいっ」とひきつった彼の声と派手な物音のもとへ。生への執着でなんとか刀から逃れたらしいアミュレットは意識を手放している妾の一人を盾にとり、死の恐怖に震え怯えていた。なんとか生きていることに安堵しつつ、塵化から人型に変化するなり妾ごと彼を突き刺そうとした刀を大蟻の大槌で横から弾いた。

 気合いの声を挙げ、魔力を大槌に込め歩花は一発、また振りかぶって二発、靄に重い打撃を食らわせて、窓をぶち破り一度そいつを邸宅から落とすことに成功した。


集中力の酷使から歩花は膝から崩れ落ち、暫し荒い息を整える。魔力が尽きる――しかしまだ、魔力の回復薬を使うには早い。ガートルードの分と合わせて一つずつ。間違いなく延長戦になるため、できるだけ時間をかけてから使うべきだ。歩花はちらりと床に伏せているもう一人の妾とメイドに夢魔の触手を伸ばし、彼らから魔力を頂き補給した。



「あ、あれは、なんだ……!」



 なけなしのプライドから言葉遣いは相変わらず上からだが、アミュレットの声の中身は最早芯などない、軸のぶれきった不安定で聞き苦しい。危機的状況であるが故に、一瞬現実逃避で正気が180度回って触れ、頭のネジを飛ばし笑いだしそうになるのをギリギリで歩花は堪える。一拍呼吸を取り、彼女は



「霊です」



 とハッキリ返答した。



「……は……?」

「死んだ人間の魂。僕にわかるのはそれだけです。貴方に執着しているのは、貴方に何らかの強い恨みでもを持っているのでしょう。……あの刀は、おそらくあの霊が生前愛用していたものかなにか」



 しかし、刀を愛用していたというところから、おそらくつい最近死んだ人間ではないだろう。侍などがいた大昔の人間の霊としか思えない。なのに今生きているアミュレットにこれほどまで盲目的な怒りを燃やしているのはなんなのだろう。



「誰かの墓でも壊したか……曰く付きの場所で粗相でもしたか。まあ、今はその原因はさておき――僕達には、あれを倒すことは不可能です」

「はあっ……!?」

「徐霊、霊を鎮めるのは僕達では専門外なので。至急今動ける専門の者に引き継ぎを依頼しています。無論僕たちは引き継ぐまで貴方の護衛の仕事を全うするつもりですし、報酬は僕達に対して必要ありません」



 歩花やガートルードたちが専門とするのは、人の世界で悪さをする人外の種族たちや妖怪を倒すこと。霊相手もできなくはないが、これは明らかに、単純に『倒す』だけでは不可能な案件だ。霊の案件ならまず最初に霊の正体を見破る必要があるが、本格的な霊媒の修行を積んだ者――たとえば、ヴァンパイア戦で共闘したリンドウや、ガールズバンド雹天火(ひょうてんか)の右京、鶯(オウ)、萌(ホウ)たちのような、古い家で代々業を受け継いできた正統な霊能力者たち――でなければ、霊を明らかにすることすら不可能だ。修行を積んでいなくとも霊に通用するのは、知っている限りは万能の力を持つ聖書の使い手である陽人くらいか。


 王子が命を狙われているというから、おそらく単純に暗殺の対象になっているだとかそういうことかと思っていた。退魔師に仕事を配る協会のお偉方もきっとそれを予想していたのだろう。

 この邸宅に来て間もなかった昼の歩花は、どうもアミュレットの執事の話はなんとも情報が少なく、要領をえないと思っていた。敵の情報をはっきり伝えてこないのは、アミュレットの性格から察し、後ろめたいことをして何者かの恨みを買ってしまったから狙われているのだろう、だから妙な隠し事をしているのだろうと、その時の歩花はそう決めつけていた。結局はアミュレットを含めた夢魔たち全員、霊に狙われるなど夢魔の世界では決してありえない今の状況をどう受け止め、どう説明すればいいのかわからなかったのだろう……おそらくは。



「お、お前たちのような役立たずどもに守られて、俺は無事なのか――!?」

「! しッ!!」



 頭の中に入ってきた声に、歩花はアミュレットに人差し指を立てて黙るように命じた。ガートルードから結界を貼り終えた知らせに、一度身を折って喚くアミュレットを肩に担ぎ上げた。











『お前。家族構成を言ってみろ。両親と、兄弟は何人だ。――なるほど。お前、いざという大事な局面で、親兄弟に逆らったことないだろう』



 かつて元恋人の従兄に指摘されたことが頭に不意に蘇る。一年前の彼の声が、サルビアの声に重なっていく。



「四人の王子と一人の王女の中で一番何の取り柄もないから、卑屈で弱くて伯母様が嫌がるサキュバスの歩花さんを恋人にして、ちょっと家に反抗したかったんだよねえ? そのくせ自分のペースを相手に乱されたらすぐに弱気になるような超保守的、自分一人で相手の女性の人生を背負う覚悟なんてないんだろーな。って気はしてたよ?」

「――」

「八方美人こじらせて流されて色んな人に良い顔して格好つけで。歩花さんとは本気で結婚したくない、だけどこのまま流されるのも嫌なんだよね、叔父様は? だって婚約相手として一番可能性のあるカーヤ・メイトランド嬢と婚約しちゃえば、長年の女家系に頭を抱えているメイトランド家に婿入りさせられるかもしれない線も濃くなるし? たとえ領地を貰えたとしても、無能だから周りに流されて生きるしかない。アゼリア伯父様におぶさってくっついてなきゃ先が見えなくて、不安で仕方ない」



 リーフェルトの足下が大きく揺らぐ。目の前でソファに腰かけ、饒舌に叔父様である自分の性格をスラスラ語る少女は、幼い顔をしていつも兄に甘えているサルビアとはまるで別人だ。一言口を開くたび、言葉は胸にざくざくと優しげながら容赦なく突き立ててくる。



「無能の自覚があるなら、アゼリア伯父様たちの提案通り婿にでも行けばいいのよ。それが叔父様のためなんだって、これは愛情からの提案だって、叔父様は気付いてる?」

「サ……ルビア」



 最初は意表を衝かれ黙っていることしかできなかったリーフェルトの腹の底に、ふつふつと怒りがわいてくる。

 何故ここまで言われなければならないのかと、彼はつい、衝動的に声を張り上げた。



「僕……だって……」

「なに」

「王族に生まれてなかったら、本気で誰かを大切にするくらい……!!」

「そ。アゼリア伯父様と伯母様に伝えておきます。

 ……なんで婿入り提案して王族から叔父様を遠ざけようとしてるかって、叔父様がそういう性格だからでしょ。いい加減気付いたら? 王族を言い訳にするような人って、いらないんだよね。ただでさえ叔父様の代わりなんていくらでもいるのに」



 サルビアは同人誌雑誌を店の袋にしまいこみ、呆れ返ったような溜め息と共にソファから立ち上がると、



「今のうちに、メイトランド家に愛想を振り撒いておくことをお勧めしますわ、叔父上。カーヤ嬢の姉であるフィア嬢の誕生日パーティーにもし参加したいなら、冬休み前に学校を休んでもいいから帰ってこいとのことです。私がわざわざ来たのはこれを伝えるためですので。婿入りのために媚は売っておいたほうがよろしいかと!」



 と、リーフェルトのマンションの窓を開けて背中の羽を広げる。彼女は烏の姿になり、雑誌の入った袋を鉤爪に引っかけ深い夜の空を目指した。





「……歩花さんのところには戻れないよ、私の命令で護衛固めてるから。これで歩花さんとの貸し借りは、今後一切なし。――叔父様も火遊びを十分楽しんだんだから、もうそろそろ腹を決めて」




 一人立ち尽くすだけの、若い叔父を残して。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=76243443&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。