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最終章第14話 似た者同士

<インキュバス王子となんでもいいから雑談でもしてくれ。一秒でも長くな。だが駄目だと思ったら即帰れ>



 ……と。簡単に言われたわけだが。

 自分が腰かけている上質なソファの前に紅茶を置かれ、夢魔のメイドに礼を言う。


 申し訳ないと思いながらも歩花の指示通り緊急に呼び出した護衛を隣に、目の前にテーブルを挟んで座る夢魔の王子を見据えて、リーフェルトは心の中で困っていた。一体、何を話せばいいのだろう。と。



「さて。リーフェルト王子」

「はい」

「もしその身分が本当ならば。他種族の顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも、そこまで人間を助けたいと思うのは何故か。そこから問おう」

「……」



 見破られている。否。見破られている可能性は重々覚悟の上ではあったが、早速ストレートに聞いてくるとは思わなかった分、先手を取られた。

 “ぼかすのはOK。だが、嘘は、得意でなければ決してついてはならない――”だったか。

 リリアーヌの情報を聞き出すときに歩花に助言されたことを思いだし、思考を巡らせる。嘘が下手ならば、無理につくと不信が深まるだけ。それならば。



「……彼らには、恩がありますので」

「恩?」

「はい。命を一度、助けられ……そして、この人間の地で暴れ回る同胞たちを共に止めてくれました」



 真実からもっともらしい理由を述べる。これが一番安全だとリーフェルトは踏んだ。一方のアミュレットは小馬鹿にするような冷笑を顔に張り付かせ、「で?」と肩を竦める。



「ヴァンパイア王子がわざわざこちらに来たところで、こちらが『はい、わかりました』と人間を解放するとでも?」

「詳しい事情までは、僕も聞かされておりませんので」

「それならばお帰り願おう。俺は忙しい。足労だったな」

「……」



 椅子から腰を上げ、立ち上がろうとしたアミュレット。リーフェルトは灰色の瞳で彼の動きを静観し、歩花から事情を知らされたときから胸の中に潜んでいた小さな疑問を口に出した。



「貴方は、王族でしょう? アミュレット王子」

「……あ――?」

「生活に支障を与えるほどの危害を人間に与えてはいけない。それが貴方がた夢魔の禁則だと聞いていますが」



 時間稼ぎに丁度良いというよりも、同じ王子として定められている法に背いている今の彼の姿勢を、ただ純粋に問う。

 アミュレットはドアに手をかけようとしたところで振り返る。首をやや傾げ、何故だか心底不思議そうな様子である。



「『俺様が』人間に危害を加えるわけではないが?」

「では。何者かに命を狙われていて、身を守るために人間を盾にとろうとしているのは本当ですか?」

「だからなんだ?」

「夢魔は人間に頼らなければ子孫を残せないはず。だから人間は夢魔にとって大切にするべき存在である。それが危害を加えてはならない理由なのだと、貴方と同じ夢魔から聞いたことがあります」

「ああ、それは種を持たぬ下々(しもじも)どもに限った禁則だ。俺たちは違うからな。それに、雌は人間に限定する必要はない。人間の雌数人消えたところで、民の仕事に大した支障もないだろう」



 人間界は彼の世界ではないというのに、あまりにも勝手なその科白に言葉を失うリーフェルト。確かに種を持ち、夢魔の子を成させる身体があれば、それは人間に限らなくても良い。

 とはいえ王族である者が、下の者が守っているルールさえ守らないとはどういうことなのだろう。しかしミリーやシュガー、エイベルたちが人間世界で過去にやってきたことを思えば、夢魔の貴族たちなどの大半はそういう考えの持ち主なのかもしれない。リーフェルトの知る例外を除けば。



「なんだ。気に入らないという目をしているな? まるで今この屋敷にいる、あの雌のようだ」

「……? 『あの』――?」

「ミリーが連れてきたクソのような女だ。あの女も、俺様が飼っていたハルピュイアを人間界に捨てさせた笑い話の途中くだらん水を差してきたのでな」

「……ハルピュイア……??」

「ヴァンパイアの世界にはいなかったか。まあ俺たちの世界でも希少だからな、だから飼っていたんだが――人型の身体と鳥類が混ざったような魔物とでも表現すべきか。世話に飽きたので数匹人間界に、な? あいつらは普通の肉も食べられるが人間の味を知ればそればかりを食すほど好むというので、勝手な都合で捨てる詫びというやつだな」



 人型の身体と、鳥類が混ざった魔物――その言葉が聴覚から脳へ行き渡り思い出したのは一年前の夏。

 小夜を襲うため近づいてきた不潔で血生臭い奇妙なあの怪物は、まさか。歩花は、本来あれらは日本にいるはずのない者たちだと翌日不思議そうにしていたが。



「貴方は――」



 あまりに想像からかけ離れた自己中心的な目の前の男の性格に最初は呆然としかけたが、すぐに小さな怒りがふつふつと沸き上がる。その異常性を指摘しかけたリーフェルトの科白は、しかしガラスが割れる大きな音に遮られた。しかも、随分近い。



<帰れ>



 怒りを忘れるほどの驚きに顔を上げた自分の頭の中に響いた声。



「……?」

<真優たちは逃げた。早く帰れ>



 緊迫した低い声は、久しぶりに聞く。それと存在が頭に結びつく間もなく、ぞくりとした強い悪寒に前を向けば、影が漆黒の風となり物凄い速さで自分の横を通り過ぎて行った。

 生理的な嫌悪を招く、金属が擦れる音。顔色を変えたアミュレットの眼前でガチガチと震えながらも止まる黒い刀の切っ先は、剣は剣でも、形状は刀に近い。黒い巨大な靄(もや)から生えたすらりとしたそれが、黒い大槌に鍔を引っかけられる形で対象に危害を与えられずにいた。

 血の匂いに目を落とせば、大槌を持った黒髪の少年の身体は傷だらけだった。いつもかけていた伊達眼鏡はない。金属の音の合間に聞こえる荒い息遣いと、身体のどこからなのかわからない体液が不規則に滴り落ちる音が夜の沈黙に嫌でも耳に入ってくる。



「……ヴァンパイア城兵」



 喉から絞りだすような、余裕のない声のかかった先は、リーフェルトでもアミュレットでもなかった。横殴りに黒い巨大な靄(もや)が吹っ飛ばされ、ガートルードが聖属のトンファーで少年姿の歩花の窮地を救う。

 フローリングに窓から降り立ったガートルードも、身体のそこかしらに傷がついて強い血の匂いを纏っていた。彼は歩花の隣に立ち、アミュレットを守る姿勢を共にとった。


 ガートルードの攻撃に怯む様子もなく――といっても、あの物体に“怯む”という生物的なことができるのか疑問ではあるが――シャン、と金が擦れる高い音を立てて、靄(もや)は刀の切っ先をアミュレットに向けジリジリと近づいた。

 歩花は小さく二つ咳き込んでから、リーフェルトの向こうにいる城兵に一瞬目配せする。

 勢いをつけるモーションもなく、靄が驚異的なスピードでアミュレットに切りかかる。羽を広げてもいないのにリーフェルトの身体が浮いて、気づけば邸宅の外だった。


 城兵に抱えられ、そのまま邸宅が遠くなっていくのを頭で確認できるまで、数秒の時間を要した。現実離れしていて、理解しがたい存在と遭遇してしまったが故に様々な反応が遅れてしまっていた。



「二人が――」

「ここから離れます、王子」

「……はっ……?」



 この城兵は、一体何を言っているのかと耳を疑った。リーフェルトの疑問をわかっているのかいないのか、若くハリのある、しかし淡々とした対応でリーフェルトを強い力で肩の上に抱えつつ城兵は応える。



「私の役目は、貴方を守ることです」

「っ……離してください!!」

「そう。城兵としてお守りすること。これは私が幼い頃より自分で選び、覚悟した道です。それは彼らも同じでしょう。

 王子が彼らとの間になにがあったのかはわかりません。が……王子。貴方が助けたいと願うのは、友人だからですか? それとも、罪滅ぼしという貴方の自己満足のためですか?」

「――っ」

「もし王子が助けたいと駄々を捏ねても、城兵として決して来させるなと辰弥様が私に意識をお寄せになってくださったのです。加えて、『その場の感情に振り回され、そこに王子としての大義などない』とも。辰弥様に血を与えられ命を助けてくださった借りも、王子は今回の件でお返ししました。辰弥様も、それを願っておられます」



 後ろ髪を引かれる思いで破壊され、見えなくなっていく邸宅からそれでも目を離さないリーフェルトに続ける城兵。



「……たとえ守るものや種族が違っていても、城兵である私には彼の気持ちがわかります。だからこそ、貴方には留まっていただきたい。リーフェルト王子。貴方は、素晴らしい友を持ちました。肩書きではない。財産ではない。貴方自身を見つめ理解したうえで大切に想う、良き友に。だから辰弥様は、護衛を付けるように仰ったのでしょう?」



 灰色の双眸から涙が溢れ、暗い夜空から夜の街並みに落ちていく。

 掠れた声で自分を解放してほしいと願う声も、請う声も、命令も、すべて城兵に黙殺された。

 長年鍛えられた城兵の腕から、数年戦いかたを教わっているだけのリーフェルトは、逃れられるわけもなかった。











 自分が住むマンションの部屋の前に身体を降ろされ、そのままリーフェルトは中に押し込まれてしまう。頭がついていかず暫し呆然としていたが、ふと自分の部屋の明かりがついたままであることに気づき……



「……?」



 否。と、彼は思った。家を出る時、明かりは消したはずだった。警戒した様子で城兵が先に家の中に入り確認すると、「ああ」と安堵の声を彼は漏らす。

 そして城兵に手を引かれるままリビングに辿り着けば、褐色の肌、黒髪の少女が同人誌を広げ寛いでいた。



「おかえりなさい、叔父様」



 自分の姿を認めるなり、雑誌を置いてから礼儀正しく頭を下げた、兄スターチスの娘、リーフェルトの姪であるサルビア。

 しかし何も応えようとしない叔父にサルビアは子供らしく小首を傾げ、城兵を手招きしてキッチンの端にまで一度移動する。



「あーうん。なるほどね。おっけー」



 幼さの残る、甘ったるさで彼女は「持ち場に戻っていいよ」と城兵に命じる。


 リビングに立ち尽くしたままのリーフェルトの視界の中に戻り、彼の家のソファに腰かける。サルビアの言うとおりに城兵が蝙蝠に姿を変え窓から出ていく。

 城兵が部屋を後にしてから一拍後、リーフェルトのズボンのポケットの中のスマホが震える。彼は慌ててスマホを手に取り着信したLINEを確認したが、自分が暇潰しにやっていたスマホゲームからの通知だったことに肩を落とす。


 それをポケットの中に戻そうとする前に、スマホが手の中から消える。いつの間にか傍らにまで近寄ってきていたサルビアにひったくられていた。暫し持ち主の許可も得ずスマホを眺めていた彼女は、「叔父様さあ」と、廊下とリビングの境界の近くに立つ彼に肩を竦めた。



「本当は自覚があるんだよね? 自分が、五人の兄弟のなかで一番無能だって。だからアゼリア伯父様に点数稼ぎして顔色窺ってるんでしょ。デートの約束まですっぽかして」



 ぴくりとわずかに跳ねるリーフェルトの細い肩。彼の動揺を余所に、サルビアはいつもの楽観的な調子の声で

 


「リーフェルト叔父様に対するLINEの歩花さん。自信なさそうでつまんなそうで卑屈で、アゼリア伯父様とお話ししてるときの叔父様にちょっと似てるよね」



 そう、容赦なく言い放った。








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