第六話【ごはんを作ってくれるようになった】
俺はいま、かつてないほどの恐怖を感じ、住み慣れた自室の床に正座していた。
「……秋夜くん。別にさ、悪いとは思わないよ? けど、なんでこうなるのかな?」
「……は、はい」
「返事はいいの。 私はなんで、こうなるかを聞いてるんだよ?」
「……ご、ごめんなさい」
俺の目の前には現在、般若……もとい、初めて見る表情をしている花菜がいる。
腕を組み、声は穏やかだが……目が完全に据わっている。無茶苦茶怖い。顔は笑顔だが、絶対に笑顔ではない。
事の発端は、先ほど俺が頼んだコンビニ弁当。それ自体はよかった。
俺が置き配を取り、それを見つけた花菜は「やっぱり」と言い、呆れた表情を見せていた。
だが俺は最近、掃除をサボっていた。ゴミも出さずに……。つまり、俺が溜めにも溜めたコンビニ弁当のゴミ袋が……ということだ。
「いい? コンビニ弁当は健康に悪いの。それはわかってるよね?」
「……は、はい。 存じております……」
「確かに美味しいよね。 コンビニ自体は便利だし、たまに食べる分にはいいと思うよ?」
そして花菜は、コンビニ弁当のゴミ袋を指差す。
「これ、何週間分?」
「……た、多分三週間ぐらい」
「…………」
無言が怖い。背中から変な汗が流れ始め、いま俺はまるで、死刑宣告を待たされてる囚人のようだ。
数十秒……いや、実際は数秒かもしれないが、俺にとっては長い静寂の時間を流れた。
「はぁ……」
一つのため息がこの静寂の支配を突き破った。俺は出してはいない。なら当然、目の前にいる花菜だ。
そのため息は、なんというか呆れたようで、どこか優しさが籠もっていた気がする。俺に対して、「仕方のない奴」だと言わんばかりに。
そのため息を聞いた俺が花菜の顔を見上げようとしたと同時、俺の額を指が一本がトンッと軽く突かれた。
「秋夜くん。もしかして料理苦手?」
「あ、ああ……」
「なら私がこれから作るよ」
「え?」
「この先コンビニ弁当を食べ続けてたら、いつか体調崩すのは秋夜くんも目に見えてるでしょ?」
「ま、まぁ……それはそうだけど……」
「なら私が作った方が健康だし、秋夜くんも安心でしょ?」
「い、いや、いいのか?」
「ふふふ。実はね、一人分を作るよりも二人分を作った方が何か効率がいいんだよ?」
「そういうものなのか……」
「一人だと、たまに作り過ぎちゃったりするからね」
それは初耳だ。 ああ、だから一人暮らしとかの動画では作り置きとか冷凍を前提に作ってるのか。
今までの謎が解明し、感心していると、いつの間にか花菜が視界から消えており、どこに行ったのかと周りを見渡していると……。
突然、視界にサラサラの薄茶髪が映った。
「ばっ! ビックリした?」
「ごめん。 ギリ困惑が勝ったかな」
サラサラの薄茶髪の次には花菜の顔が逆さまに映った。
……近い。だからビックリより困惑が勝ったのだ。美少女の顔がこんなにも近いと、逆に冷静になってしまう。
いやいや、そんなことはいい。なんで急に子供じみた行動をしたのかがわからない。
(おでこすげぇ……)
花菜のおでこは綺麗だった。触りたいほどに……って、何を考えているんだ、俺は?
「花菜。 なんでこんなことを?」
「ま、まぁ、私が説教してた空気を変えるため、に……?」
ハテナ顔で話す花菜に俺は思わず、少し吹いてしまった。
それから俺たちは仲良く掃除をした。花菜が本当に効率のいい動きをしてくれたおかげで、一時間程度の掃除で見違えるほどに部屋が変わった。
花菜曰く、雑巾やら色々しようと思っていたが、時間帯が時間帯ということで、花菜は「朝ごはん期待しててね」と言い残して、部屋から立ち去った。
気持ち悪いかもしれないが、まだ少し、花菜のふんわりとしたシャンプーの匂いが香る。
そして今日は、花菜から貰った野菜炒めとハンバーグを食べるとしよう。
目覚めは非常によかった。体が重いということもなく、本当にスムーズに起きれた。これがコンビニ弁当ではなく、手作りということだろうか。
時計を見ると時刻は六時。起きるにしては丁度いい時間帯だった。
(あ、タッパー洗わないとな)
俺は体を起こし、部屋を出て、キッチンに向かう。昨日洗えばと、少し後悔していたが、まだ水に浸けていたのでマシだった。
タッパーを洗い終わった頃、インターホンが部屋に鳴り響いた。
俺がモニターを覗くと、そこには花菜が立っていた。 そういえば昨日、朝食を作るみたいなことを言っていたっけな。
(丁度いい、これも渡そう)
俺はモニターの通話ボタンを押し、口を開く。
『あ、おは――』
「待ってて、鍵開けるから……」
言い終わると同時、花菜は少しだけ驚いた表情を浮かべたのが見えた。まだ俺が寝起きで少し声がおかしいのと、機嫌が悪いからだろう。
タッパーを置き、俺は玄関に向かい、扉を開ける。
「ん……おはよ」
「あ、お、おはよう」
「朝ごはん、作ってくれたんだっけ……?」
「あーえっと、いまから作るというか……秋夜くんのキッチン借りてもいいかな?」
「……あーうん。いいよ」
「じゃ、借りるね」
モニターではわからなかったが、花菜は制服を着ていた。寝癖もない。何時に起きたのだろうか。
そんなことを考えている間に花菜は素早くキッチンに移動し、フライパンで卵を焼き始めていた。
数分後には卵の香ばしい匂いが漂い始める。
「美味しそうな匂い……」
「あとちょっとでできるからね」
「……晩も作ってくれるの?」
「え、うん。そのつもりだけど?」
「じゃあ、食費出すよ」
「ありがとう、秋夜くん。本当にありがたい」
「いや、当然」
そんな会話をしている間も花菜は手を動かしており、綺麗な卵焼きと、いつの間に入れたのかわからないウインナーが皿の上あり、テーブルに置かれた。
そのとき、花菜はキッチン周りを見渡したあと、俺の方に振り向き、口を開く。
「秋夜くんは朝はパン派だよね?」
「え、そうだけど……なんでわかったの?」
「一人暮らししてるのに、わざわざトースターを置くなんて朝がパン派以外いないよ」
「あー確かに……」
これは花菜の観察眼がすごい。
それから数分後。苺ジャムが塗られたパンがテーブルに増えた。
俺はまず、卵焼きに手をつけた。口に入れると、甘味が広がる。
「美味しい」
自然と口に出てしまうほどに美味しかった。
ウインナーとパンにも手をつけつつ、俺はいつの間にか隣に座っていた花菜に問いをかける。
「そういえば足、もう大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ。スリッパも今日からいらないね」
昨日の俺の予測通り、もうスリッパは消えるらしい。まあ、そこまで深刻じゃなくてよかった。
俺は心の中で安堵し、残りの食べ物にも手をつけた。
- 山岸花菜目線 -
花菜は五時に起きた。少しも眠くはなかった。
体を起こし、シャワーを浴び、朝食も済ませ、制服に着替える。
秋夜の部屋に行くまで花菜は勉強で時間を潰していた。
「あ、もうこんな時間……」
花菜が時計を確認したときには六時ほどになっていた。花菜は流石に秋夜も起きていると思い、秋夜の部屋に向かう。
すぐ隣で、近い。花菜は部屋に着き、インターホンを押す。
「あ、おは――」
『待ってて、鍵開ける……』
その時、花菜は胸がドキッとした。普段聞くことのない秋夜の声に。寝起き混じりで、朝だからなのか、少し不機嫌な声に。




