第五話【妖精はやはり可愛い】
まだ少し眠い朝、教室で俺はいつも通りラノベを読んでいた。
妖精……もとい、花菜とは昨日少しあったが、隣に座っている花菜は普段通り。変わったことはない。
ただ、昨日足を挫いたことで、今日は右足だけスリッパで登校していた。最初こそはみんなに心配されていた花菜だが、今ではもう、普段通りにみんなから、あれこれ宿題の問題を聞かれたりしていた。
おそらく、明日にはスリッパは消えているだろう。
昨日の出来事で、花菜と少し関係が深まった……とは思っていない。確かにドキドキ要素もたくさんあったが、こういうのはすぐに熱が冷めてしまう。
なぜ俺がこんなにも冷静かって?
(こうでもしねぇと、昨日のことが忘れねぇだろうが!!)
ハッキリ言って、昨日のことを忘れるなんて不可能だ! 花菜の方はもう切り替えてるかもしれないが、俺は無理だ!
学校一可愛くて、完全無欠の女子をおぶって?心配とはいえ、勝手に部屋入って?
なんか一昨日引っ越してきたはずなのにいい匂いしたし、部屋は……焦ってて見えなかったが、ほとんど荷解きが終わって部屋が完成していた。
行動が早い……というより、効率よく動いてるのかもしれない。
そんなことを俺が考えていると、担任がやって来た。時計を見ると、もう朝礼の時間だった。
朝礼を終え、一限目の準備をし始めるクラスメイト。その様子を見て俺も準備をしようとしたとき、横にいる花菜に「ねえ、秋夜くん」と声を掛けられた。
「……どうした?」
「繰り返しだけど、昨日はその……ありがとう」
「いや、お礼はホントいいって。困ったことがあったらお互い様だから」
「で、でも……」
……頑固。そんな言葉がいまの花菜に似合うだろう。
だが、本当にどうしようか。この様子だとお礼をするまでは止まらないそうだ。
(どうしようか、困った……)
俺が悩んでいると、昨日の、あることを思い出した。これなら花菜も文句は言えまい。
「じゃあ、昨日の貸し一をこれで消費ってことで」
「……え?」
ポカンとしている花菜を見ながら、俺は言葉を続ける。
「昨日は花菜が教科書を見せてくれた。その放課後に俺は花菜を助けた……それで貸し一を消費」
「ほ、本当にそれでいいの?」
「俺はそれでいいよ」
「秋夜くんがそう言うのなら……」
俺は花菜の性格を知っている。元からあった約束などを出せば、引いてくれると。まぁ、盗み聞きでわかったんだけどな。
お礼の件も終わり、俺には日常が戻ってきた……そう思いたい。
それから時が流れ、放課後となった。今日も授業がまったくわからなかった。俺の留年は近いかもしれない。
まぁ実際は、提出物などはしっかり出し、テストも赤点ギリギリなので、留年はすることはないだろうが。
先ほど俺が教室を出る時、花菜はまだ友達と話していた。ということは、この下校で花菜と出会うことはない。
つまり、俺に平和が戻ってきた。
(今日は……コンビニ弁当でいいか)
俺はあまり家事は得意ではない。
洗濯や掃除。それなどは上手くこなすようになってきたが、炊事が全くできない。たまに練習などもするが、焦がしたり、作っても不味いということが多い。
そのため、外食やコンビニ弁当がほとんどだ。
金はだって? そんなの毎月カツカツだ。両親からの仕送りがあっても外食やコンビニ弁当が高くて、すぐに消える。
誰かに作ってほしいものだが、その方が外食やコンビニ弁当よりも出費が酷いだろう。
そんな俺の不器用な部分を考えていたら、いつの間にかマンションまで着いていた。
「はぁ……ただいま」
とりあえずコンビニ弁当でも頼もう。
(対面するのが嫌だから、置き配っと……)
やはり、置き配は陰キャやコミュ症には非常にありがたいシステムだ。
スマホで確認すると、三十分ほど掛かると書かれている。
俺の腹の具合は……丁度いいくらいだろう。
それから十分ほどが経った頃、インターホンが部屋に鳴り響いた。
少し早い。が、早いに越したことはない。俺は椅子から立ち上がり、玄関を開けて対応を……できたらよかった。
「は〜い、どう……も?」
「ご、ごめんね。 秋夜くん」
「え、えっと……なんで花菜が?」
「じ、実は、やっぱりお礼がしたくて……」
「その件はさっき終わったでしょ……?」
「うん、そうなんだけど。 やっぱりそれはほれ、これはこれって感じで、別のお礼がしたいんだ」
「な、なるほど……」
頑固すぎる……。 そう思ったが、ここまで来れば逆に断るのは失礼だと思い、俺はお礼を受けることとする。
そのとき俺は気付いた。花菜の手にタッパーのような物があるのに。
そして花菜は、それを俺に差し出す。
「これを……」
「これは?」
「野菜炒め」
「野菜炒め?」
俺がタッパーを受け取ると、その上にもう一つのタッパーを置かれた。
「もう一つのこれは?」
「ハンバーグ……お口に合えばいいんだけど……」
二つのタッパーを渡し終えた花菜はそっぽを向き、恥ずかしいのか少しモジモジしている。その仕草はまるで妖精のよう。
そんな花菜の様子を見た俺は思わずドキッとしてしまった。
俺はひとまず二つのタッパーを受け取り、玄関の下駄箱の上に置く。
「あ、ありがとう。食べて感想伝えるね」
「う、うん……」
「じゃ、じゃあ――」
「ま、待って!」
「!?」
「あっ、ごめん。急に大声出しちゃって」
「あ、いや、大丈夫」
俺が扉を閉めようとすると、花菜はそれを手で止めた。その行動もそうだが、花菜が声を張るというのは初めて見る光景ということで俺は一瞬、戸惑った。
そんな俺の驚いた表情を見た花菜は、ハッとした顔をして、すぐさま頭を下げてくれた。俺は心配をかけまいと、「大丈夫」だと返す。
俺がそう返すと、花菜の表情が少し明るくなり、再び口を開く。
「その……見るつもりはなかったんだけど、部屋が気になっちゃって……」
「部屋?……あ」
俺は花菜の目線の先を追っていくと、俺の部屋の惨状があった。
先ほど、掃除は上手くこなすようになってきたと言ったが、実際のところは週に一度するかしないかの程度。
今日で二週間は掃除をしていない。そんな部屋を見られた……。
「マジか……」
自然と口に出してしまった。
(最悪だ。花菜だけには見られたくなかった)
頭の中だけではなく、現実でも頭を抱えていると、そんな様子の俺に花菜が話しかけた。
「秋夜くん。私、家事しよっか?」
「は?」
「その方が秋夜くんにとってもいいでしょ?」
「ごめん、ちょっと考える時間が欲しい……」
本当に何を言ってるのかわからない。家事を花菜がするって? それっていわゆる……通い妻みたいなってこと?
ヤバい、考えてもわからない。昨日から色んなことが起きすぎだ、これ以上は頭がパンクする……。
俺は考えがまとまらないまま、花菜に向き直る。
「えっと、お礼は野菜炒めとハンバーグだよね? それなのに家事をする意味は?」
「こ、これに関してはその……心配というか、お節介というか……」
「じゃ、じゃあ俺はいいよ。ありがとう」
「だめ。やらせて、私に家事を」
「な、なんでそこまで……」
花菜の目の奥には固い信念のようなものが燃えているように、俺は見えた。ここまで来ると、貸し一のような回避技がない。
花菜が諦めるか、俺が諦めるか。
「よし、やっていくよ」
「……はい」
結局、俺が折れた。
理由としては正直、花菜が粘り過ぎることはわかっていたことと、あと少しでコンビニ弁当が届くからだ。
そして花菜は髪を一つに結びながら、やる気満々の目をして、掃除道具を自分の部屋から持参している。
新婚夫婦というのはこういう気分なのかと思いつつ、初めて見る花菜の髪型には思うことが色々とある。
もし……もし、将来花菜が俺の奥さんなら……。
そんなイケない妄想繰り広げる俺は、必死に頭を振って、否定した。




