第三話【下校ハプニング】
昼食を終え、長くてダルい午後の授業を終えて、現在終礼。
「もうすぐ期末試験だからなー勉強はするように……」
なにやら担任が勉強の話をしているが、俺はそんなのお構いなしに机に突っ伏す。
今日はなぜか一日が長く感じた。
「帰ったら絶対寝る……」
心の声が声に出てしまったらしい。俺はそれほど今日が疲れたのだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか担任の話が終わっており、委員長が号令をかけていた。
「気を付け、礼」
礼が終わると同時、クラスが騒がしくなった。部活の話、遊ぶ話、勉強の話。そのどれかだろう。
あいにく俺は、そのどれかにも当てはまっていない。いまの俺の頭は睡眠一筋のみ。
教室の扉に手を掛けようとした瞬間、先に扉が開いた。そして目の前に立っていたのは、妹の真美だった。
「お兄ちゃんいる……って、目の前にいた」
「いたよ。 で、どうした?」
「一緒に帰ろうよ!」
「あのなぁ、家真反対……」
「送って」
「やだ」
「送って」
「やだ」
「送って」
「はぁ、わかったよ……」
「やった〜!」
こうなった真美はイエスと答えるまで絶対に変わらないので、俺が根負けするしかない。真反対と言っても五百メートルちょっと、それぐらいなら別にいいだろう。
それに……。
(クラスの目線が痛い……)
真美は少し叫び気味に話したからだろう、クラスの半数以上がこちらに注目している。一刻も早くここから離れたい。
俺はすぐさま真美を連れ、下駄箱まで向かう。
「はぁ、ここならいいか……」
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃんって、ぼっち?」
「やかましい」
「あ、図星?」
「そうだよ、悪かったな」
生意気な妹に文句を言いつつ、靴を履いた俺は校門を出た。 ホント、体は弱えくせに態度はデケェ。
そして俺が校門を出ると同時、真美は腕を組んできた。
「カップルじゃねぇぞ、俺たちは」
「いいじゃん、兄妹だし」
「兄妹だからって言ってもな……」
これ以上言ってもどうせ状況は変わらないことを俺は知っているので、それ以上は何も言わなかった。
そのまま何事も起きず、真美を家まで届け……られればよかった。
「ねぇお兄ちゃん、ジュース買って!」
「金欠。だめだ」
「むぅ〜」
「可愛くしても、だめだ」
さっきまで心配していたのが馬鹿らしくなってきた。真美はジュースが欲しいと俺にたかる。無論、年中金欠な俺はそれを断る。
すると、可愛らしく頬を膨らませる真美。
そのとき、俺はある考えが思いついた。
(たまには俺が反撃しても、いいよな?)
これまでずっと攻撃され続けてるんだ、一回ぐらい……いや、五回ぐらいはしてもバチは当たらないだろう。
そう思った俺は人差し指で真美が膨らませている頬を指で突いた。
「ひゃ!?」
「意外と新鮮な反応……」
「な、なな、何してんのお兄ちゃん!?」
「たまには反撃を」
「セクハラだよ!」
「そうなのか?」
「そうなの!」
この程度でセクハラ……世の男性は大変だな。いや、女性に触ってるんだからそりゃあセクハラか。
俺は自分の行動に反省しつつ、真美の歩幅に合わせながら歩く。
(はぁ、仕方ない。ジュース買ってやるか)
俺は真美に振り向き、公園にでもジュースを買おうかと話す。
「やった〜お兄ちゃん太っ腹!」
まさかコイツ、ワザとあの反応を……。 やれやれ、本当に構わないな。
その後、ジュースを買ってベンチに座った俺たち。真美は体が弱いので、炭酸はNGで普通のオレンジジュース。俺は炭酸のオレンジジュース。
こうやって一緒に飲むのも久しぶりかもな。
半分ほど飲み終わった真美は、「ぷは……」と口から離し、そのままこちらを向き、口を開く。
「お兄ちゃん、今週は帰ってくるのどっち?」
「今週は土曜日だな」
「やった〜! 準備しておくね!」
「準備ってなんだよ」
「こっちにも色々とあるの」
「そういうものか?」
「そういうもの!」
俺が土曜日に帰ると言うと、なにやら準備があると言った真美。俺が帰るだけで、何の準備があるんだろうか。
ただ、それを問いただしても、どうせはぐらかせるのがわかりきってるので、聞こうとは思わない。
その瞬間、真美が残りのジュースをすべて一気に飲み干した。
「おいおい、そんなに一気に大丈夫か?」
「ぅ……ゲホ、ゲホゲホ……」
「ほら、そうなるだろ。自分の体を忘れるな」
「うぅ……」
案の定、真美はむせた。俺はそんな真美の背中を優しくさする。
俺より頭は良いはずなんだが……こういうところは馬鹿のままだ。
そのあと、真美を無事に家まで届けた俺は真反対である自分の家に帰っていた。
真美は実家。俺は別の家で暮らしている。
なぜかと言うと、真美の世話に手が掛かると言われて俺は家を出た。だが、それだと真美が騒ぐので、週に一回は実家に帰ることを義務付けされた。
お金などは正直、困らないレベルに送ってくれる。俺としては何も問題はない。
それから先ほどの公園まで差しはかった頃、通り過ぎようとしたとき――学校から帰宅途中と思わしき花菜を見つけた。
「えっと、何してるの?」
「しゅ、秋夜くん!? い、いやこれはなんでも……」
ベンチ座っているところを俺が声を掛けると、花菜は驚き、瞳孔が開いた。
明らかになんでもという様子には見えない。
「なんでもという顔には見えないけど?」
「……これは……その……」
困り果てたような表情を見せる花菜だが、断固としてその理由を話さない。その様子を見ると、さらに気にかかる。
もしかしたら話せない内容なのかもしれない。
とも思ったが、花菜に至ってそういうことがあるのだろうか。
「……右足、靴履かないのか?」
「いや、これは……」
「あぁ、そういうことね……」
右足だけ靴を履かない花菜に理解した俺は、その場に屈み、花菜に背を向ける。
「え?」
動かないのではなく、動けないのが正しいのだろう。足首を見ると、やや腫れているのが見える。なら、すぐさま家まで送り、患部を冷やすのが一番の対応だ。
「いいから、乗って。嫌なら何か被せてもいいし」
「えっと、なんで……」
「右足、挫いてるだろ」
「!?」
まさか言い当てられるとは思わなかったのだろう、花菜は目を開いていた。分かりやすい……。
「そ、そんな悪いよ……」
「いいからいいから。流石に女の子を見捨てるほど俺は腐ってない」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
花菜の少し照れるような声が聞こえたあと、花菜は俺の背中に体を預ける。
そして首に回した手が落ちないよう、少し絞め捕まえたのを確認でき、俺はゆっくりと立ち上がる。
軽……。
食事をしているのかと一瞬心配したが、思い返せば昼は食堂でラーメンを食べていた。別に女子としては小柄というわけでもないが、こんなにも軽いものなのか。
ほんのりとシャンプーの甘い香りがする。この状況はやはり、色々と来るものがあるが、送れば終わることだ。
「で、どっちだ?」
公園の入り口のところで俺は立ち止まり、背負っている花菜に問う。
すると、目線に指が現れた。その指は左を現している。
無論、その指は花菜のだ。話さないのはおそらく恥ずかしいのだからだろう。
それからしばらくして学校を通り過ぎ、角に差しはかったとき、花菜の声が聞こえた。
「あ、そこ左」
「ん……」
俺はその指示に従い、角を曲がる。
それから数分くらい立った頃、花菜が「ここ」だと呼び止められ、花菜が指差す方に視線を向けて俺は固まった。
「ここの、マンション?」
「そうだよ、昨日引っ越してきたんだ」
「へ、へぇ……」
(嘘だろ……ここ?)
俺がなぜ、こんなにも驚いてるのかと言うと……。
(俺と同じじゃねぇか!?)
そう、ここのマンションは俺も住んでいるマンションだったのだ。それに昨日引っ越してきたという花菜。
ますます嫌な予感がしてきた……。
マンションのエレベーターに乗ると……。
「五階お願い……」
「う、うん……」
俺の嫌な予感は的中し、俺と同じ階だった。もうこれ以上嫌なことは起きないでほしい。
そんな俺の虚しい思いは通じなかった。
「ありがとう、私ここだから」
「…………」
花菜の部屋。その隣が俺の部屋……。
おい、神様。天国だけど、地獄だよ。なんで隣なんだよ、せめて二部屋ぐらい離させろ!
(ま、まぁけど? これなら花菜の足の様子見れるし……って、イカンイカン)
俺なんかが花菜の部屋に入れるわけないだろ、ちょっと仲良くなったわけとはいえ。勘違いも甚だしい。
「なぁ、大丈夫なのか? 足」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「それならいいけど……」
そう言い、花菜は部屋の扉を開けて閉まった。花菜を見送った俺は自分も部屋に帰ろうとしたとき――。
花菜の部屋からなにやら、何かが盛大に転ぶ音がした。その音を聞いた俺は、すぐさま部屋の扉を開けた。
「だ、大丈夫!?」
「いたた……」
おそらく一歩を踏んだとき、痛みでコケてしまったのだろう。やはり、まだ安全にするべきだ。
「ちょっと待ってて」
「え?」
俺は花菜の部屋を出て、自分の部屋に行った。そして氷を袋の中に入れ、湿布を手にして花菜の部屋に戻ってきた。
「はやい……」
「俺となりだから」
「え?」
呆然としている花菜を置き、俺は腫れている患部を氷で冷やす。
「花菜」
「は、はい……」
「これで数分冷やしたあと、この湿布貼ってね」
「う、うん……」
「じゃ、俺、帰るから」
「ま、待って……」
「お礼とかはいらないから」
俺はそれだけを言い残し、花菜の部屋を後にした。そして部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。
「はぁ……もう疲れた」
今日はもう本当に疲れた。色々と起きすぎだ。少し寝よう。
俺はそう思い、目を閉じた。




