第二話【極上のあ〜ん】
物理の授業が終わり、時が流れ、気付いたら昼休みになっていた。
俺は弁当がないため、賑やかで騒がしい食堂に来ている。
もちろん、一人で。
流石に毎日同じメニューを食べていると飽きるので、俺は毎日ラインナップを変えている。
「今日はどうしようか……って、新作?」
今日がいつにも増して食堂が騒がしいのは、新しいメニューが出たかららしい。新メニューに目を移すと、ラーメンだった。
そりゃあ、騒がしいわけだ。
「でも、大体こういうのは一瞬でなくなるからな。ちょっと時間を置いて食べるのが一番だよな」
ラーメンごときで争いには巻き込まれたくないので、俺は王道の唐揚げ定食にする。ここの唐揚げは実に美味しい。マヨネーズもあり、ケチャップもある。
お願いもすれば、醤油唐揚げにだってできる。
俺はそのまま食券を買って、醤油唐揚げにして食堂のおばさんに渡した。
ここは提供スピードもすごい、ものの数分で出てくる。正直、高校の食堂ではなくて、もっと日本に進出するべきではないだろうか。
そんなことを考えていると、唐揚げ定食が出てきた。俺はトレイを取り、席を探す。これは決して、蛙化現象なのではない。
一番落ち着き、一番最適な場所……そこは『角席』しかない。角席はクラスの陽キャ共も来ないし、人気がない。
俺が角席に向かうと、予想通り人は誰も座っていない。トレイを置き、席に着く。
「おお、今日も美味そ――」
「隣いいかな?」
「え――」
突然声を掛けられ、反射的にそちらの方を向くと、そこには――クラスの人気者である山岸花菜が立っていた。トレイを持って。
「えっと、いいかな?」
「あっ、うん……」
「やった、ありがとう」
「全然……」
俺が答えると、花菜は無邪気な子供のようにウキウキしながら俺の隣に座った。ハッキリ言って、傍から見ればとんでも光景だろう。なにせ、俺のような陰キャと高校のカーストトップが並んで食事をしている。
だが幸い、ほかの者は中央に集まっているため、こちらに目を向けている者がいない。
「なんで、ここに?」
「実は今日、ちょっと寝坊しちゃって、お弁当作れなかったんだよね」
「あ、ああ、なるほど……」
そういうことじゃない。俺が聞きたいのはなんで俺の隣なのかだ。食堂に来た理由じゃない。
だが、それを聞く勇気は俺には当然ない。気を紛らわせようと、俺は花菜の料理を見る。
(ラーメン……)
すげぇよ、流石カーストトップだ。今日の新作を争いなくゲットしている。おそらく、みんなが譲ったのだろう。
本当に花菜の弱点や欠点はなんだ?
俺は気付いたら、そんなことを考え始めていた。完全無欠という言葉が最も似合う人間に。
恋愛関係はどうかと一瞬思い浮かんだが、花菜に彼氏がいないのは周知の事実。告白もすべて平然と断り、全員に同じ顔をすると聞いたことがある。
考えても無駄。俺はそう結論づけ、唐揚げに手をつける。
とてもサクサクで味付けだって最高だ。ここにマヨネーズをかけたら最高だろうが、隣に花菜がいるので、俺はそれをやめる。
もう一度言うが、やはり日本に進出するべきだ。
そして隣からはズルズルと耳に良い、美味しそうな音が耳に弾む。花菜がラーメンを啜る音だ。
「それ、美味しい?」
俺は思わず質問してしまった。
「うん。美味しいよ」
そんな俺の突然な質問にも花菜は優しい笑みで答える。本当に隙がない。こういう奴は普通、ヤバい裏があるんじゃないのか?
そして、俺は花菜の次の言葉に思考が硬直した。
「一口、食べる?」
「……は?」
何を言っているんだろうか。正直、理解に苦しむ。一口……食べる?
誰の? いや、わかってる。わかってるんだけど……。
(アーユー?)
俺が食べるの? 花菜のラーメンを?
俺の思考が困惑していると、いつの間にか花菜がレンゲに麺、ネギ、メンマ、スープを入れていた。それはいわゆる……ミニラーメン。
一体、どこでそれを作る知識を手に入れたのかは知らないが、それは一口でラーメンを堪能できる素晴らしい技もの。
「ほら、あ〜ん」
「ッ!?」
あ、あ〜んだと!? それをするのはカップル……リア充だけじゃないのか!?
おい、山岸花菜よ。お前はガードが緩いのか、ガードが硬いのかどっちかにしてくれ!
ってか、俺まだいると言ってないし……。
だが、このまま彼女を持たせるわけにもいかない。俺は心の中で覚悟を決める。
「あ、あ〜ん……」
「はい……いい食べっぷりだね」
「そ、そうか……」
なぜ俺は女子カーストトップから『あ〜ん』をされないといけないんだ。めちゃくちゃ恥ずい……。
誰にも見られてないよね、大丈夫だよね?
俺は周りを見渡すが、そこに人は居ない。ひとまず安心だ。
もし、こんなところを見られていたら、俺みたいな奴は放課後に体育館裏に呼び出され、ボコされるのがオチだ。
そのとき、食堂の扉が開く音が聞こえた。
ここは扉から近い、聞こえるのは俺と花菜だけ。音に釣られてそちらに目を向けると、俺は目を見開いた。
俺は、食べかけである唐揚げ定食を放置して扉を開けた人物へと駆け寄る。
「だ、大丈夫なのか? 真美」
「うん、大丈夫だよ。お兄ちゃん」
その扉を開けた人物とは……。
身長は百六十前後。髪色は黒、瞳も黒。どこか俺に似ているが、ハッキリ言って俺とは明らかに違う顔立ちをしている。
そう、俺の妹――『黒川真美』だ。
俺がなぜ、こんなにも妹に対して心配をしているかと言うと……。
「体調は大丈夫か?」
「大丈夫だよ。 薬もちゃんと飲んだし、今日は良い方だから」
「体が弱いんだから、無理するなよ?」
「大丈夫だって」
真美は生まれつき体が弱く、子供の頃は入退院を繰り返していたから。
医者からは早生まれなのも関係しているかもしれないと言われた。
まともに小学校生活もできず、中学校は三年生から登校し始めた。
そして、高校は俺と同じところに入学してきた。
そんな妹に対して、兄はハッキリ言って心配でしかない。こうして登校してくるのも珍しいのだから。
そしてこれは余談なのだが、俺の妹はみんなには知られざる裏の性格というものがある。それは――。
思考を巡らせている途中、真美は俺に少し屈むよう言い、俺はそれに従う。
すると、真美は俺の耳に近づき、こう呟いた。
「……お兄ちゃん、今日は帰ってくる?」
「帰るのは週末って、いつも言ってるだろ」
「むぅ〜こんな可愛い妹がいるのに……」
「自分で言うな、自分で」
俺の妹は、ブラコンなのである。みんなには隠してると言うのだが、本当に隠せれているのだろうか。
甚だ疑問だ。
「ってか、真美。なんで食堂に?」
真美は体が弱い。当然、普通の人より圧倒的に少食なのである。なのに食堂にわざわざ来る必要はない。
なにせ、食堂は部活動生を優先して、すべてのメニューが大盛りだからだ。
「実は弁当忘れちゃって、お兄ちゃんの食べかけでも食べようかと……」
「言い方に気を付けろ」
「その感じだと、いいってこと?」
「まぁ、いいけどさ……」
「やった〜!」
無邪気の子供のように俺が座っていた席に小走りで近付く……って、やばい!? 隣には花菜が……。
俺が真美を呼び止めようとしたときには、もう遅かった。
「唐揚げ定食だぁ〜」
「あれ、貴女は……」
「…………えっ、えぇ!? や、山岸さん!?」
「秋夜くんに似てる……」
「え、ええっと……私は黒川真美、です」
「あ、やっぱり、秋夜くんの妹さんなんだね」
「は、はいそうです。いつも兄がお世話に……」
「ううん。私もお世話になってるから」
(いや、俺がいつ、貴女をお世話したって言うんだ)
もちろん、そんなことに覚えはない。真美も花菜の言葉に瞬きを二回した。あり得ないという顔をして。
その様子を見ている花菜は、面白い物を見たかのように一瞬笑い、言葉を続ける。
「今日も教科書を見せてくれたしね」
「それ、お兄ちゃんが忘れたとかではなく……?」
「うん、そうだよ。私が忘れて見せてくれたの」
「…………」
今日の一限目の物理。
俺が教科書を忘れていたのを自分が忘れてた程にして、自分の教科書を見せてくれた。その事実を妹に言わずに自分が忘れていたと言う。どこまで妖精なのだろうか。
それに、俺の妹だからなのか、対応や口調が俺と同じになっている。おそらくだが、接しやすいようにしているのもあるのだろう。
その後。最初は戸惑っていた真美も、優しく接してくれる花菜にすぐに打ち解け、普通に話していた。
遠くから見れば二美。
その様子を俺は、温かく見守ると同時に、ある恐怖心が湧いた。




