第一話【貸し一】
私立風清陵学園。
黒川秋夜は今日も教室の隅でライトノベル――通称ラノベを読んでいた。
今日も特におかしなことはない。
窓からは校舎に向かって彼女やら友人などとおしゃべりをしながら歩く者たちが大勢。
その者たちを見ると、美男美女の集まり。中身は頭脳明晰。コミュ力、運動神経、すべてにおいて完全無欠。
過去、政治家や大企業の社長などを数多く生み出した高校。世間からの評価は『名門校』。
そんな評価は正しく、日本トップクラスの偏差値であり、よく帰国子女なども転校してくるほど。
2-B組。
賑やかで、クラス中は昨日あったドラマやアニメなどの話題で持ちきり。そんな中、彼女がクラスに入室した瞬間――みな、その姿を目で追った。
「おはよ、花菜ちゃん!」
「ええ、おはようございます」
「……キレー」
その姿は一言で言えば絢爛。
同じ日本人とは思えない白い肌に、よく手入れをしているであろうサラサラの薄茶髪。
それに加え、朝日の光を受けてキラキラと輝く、髪色と同じ茶目。
身長は165前後。身体はスラッとしており、出ているところは出て、出ないところは出ない。まさに世の女性が望むスタイルと言っていいだろう。
噂では、この高校に入学してから期末試験はずっと学年一位。おまけにスポーツも女子の中では学年一位という、とんでもスペックを持ち合わせている。
「あ、妖精だ。今日は良いことあるかも」
「マジで? ラッキー」
「あとで話そ」
「勇気ないのに?」
「うっせ」
男子からはまるで存在しない生物のような扱いをされ、苦笑いを浮かべた彼女にまたクラスが沸く。
そんな盛り上がっているクラスの中、ある一人の男子生徒が花菜に歩み近付く。
「おはよう。山岸さん」
確か、委員長だったか? そんな者が花菜に挨拶をした。それだけでクラスがどよめく。
この高校で、彼女に話しかけることができる男子生徒は少ないからだ。
「おはようございます、委員長」
そんな委員長に花菜はまさに妖精のような笑みを浮かべながら挨拶を返す。
そんな彼女の表情を見た委員長は少しだけ頬を赤らめたが、すぐにもとに戻り、席に戻った。
(おいおい、勘違いするなよ?アイツにとってはただ挨拶しただけだ、お前に惚れたわけではない)
――山岸花菜。それがこの高校の女子カーストトップ。
そんな彼女の噂は小耳に挟むというレベルではない。むしろ、毎日噂がどんどん広がっていく。
そんな、みなが羨む彼女の隣の席は――この俺である。
「おはよう。秋夜くん」
「うん、おはよう」
軽く会話を終わらせ、朝礼が始まった。
このクラスの担任は基本的に席替えはしない。そのため、このポジションは永久に俺のモノ。背徳感がすげぇぜ。
(皆の衆、この位置が羨ましいだろう。恨むのなら己の運を恨むんだな)
誰にでも敬語な彼女だが、ここ最近は俺に対してだけ少しずつ敬語が崩れている。やはり隣の席というのは強い役職なのだろう。
朝礼が終わり、俺はすぐさま寝たふりを決行。なぜなら――。
「花菜ちゃん、ここわからないんだけど……」
「そこは横の数字を移行するんですよ」
「花菜ちゃん、私はここが……」
「これは単純な問題ですよ。ここと、ここを計算すれば答えが出ますよ」
「うわ、ほんとだ。ありがとう!」
「いえいえ、わからない問題があればいつでも言ってください」
こうやって、必ず彼女の席に人が群がるから。聞いてるだけで頭が痛くなるような内容ばかり、俺は大の勉強嫌いだからだ。
(ホント、なんでここに受かったんだろう)
そんな俺とは違い、花菜は入学試験は学年トップ。入学式は新入生代表としてあいさつをしていた。そして先ほども言った通り、期末試験はずっと学年トップ。
しかし、彼女が勉強している姿を誰も見たことがない。自習の時間でも彼女は勉強もせず、基本的に読書ばかりしている。俺と一緒だ。(ライトノベル)
俺は放課後に図書室にでも勉強をしているのかと踏んでいたのだが、花菜は放課後になれば、すぐに帰宅する。つまり、自宅のみで勉強をしている、ということになる。
こんな高校で、自宅のみの勉強だけで学年トップというのは、ハッキリ言って異常だ。 だって、この高校は天才しかいないのだから。
それから時間が流れ、授業となった。
今日の一限目は物理。正直、単語を聞くだけで眠くなる。
(さっ、教科書教科書……)
俺は机の中にある物理の道具を取り出そうと机を漁り始めて、硬直した。
ない、ないのだ。あるはずの物が……。
(わす、れた?)
いや、そんなわけない。昨日、教科書などは持って帰っては……あっ。そういえば昨日、物理の宿題で持って帰ったんだった。
「やべぇな……」
俺はそう小さく呟いた。思わず心の中の声が出てしまった。それほどまでに俺は焦っているのだ。
なにせ、この物理の先生は一つの忘れ物で大きく成績を落とす人だからだ。万年赤点ギリギリの俺は、テスト以外での成績低下は許されない。留年なんて冗談じゃねぇ。
「すみません、先生」
そのとき、ある声が教室に響いた。その声はやたらと通り、聞き覚えがある。そしてそちらに視線を向けると、真っ直ぐ手を挙げているのが見えた。
「どうした、山岸?」
そう、山岸花菜だ。
「教科書を忘れてしまったので、隣の黒川さんに見せてもらってもいいですか?」
「珍しいな……あぁ、いいぞ」
先生からの承諾を貰った花菜は一度、先生に向かって頷いてあと、机を俺の方へと動かし始める。だが、そんな彼女の上には物理の教科書が堂々と置かれている。
(まさか……。)
彼女の行動の意味を知ったときには、すでに机同士がくっついていた。
「これが『貸し一』ってやつなのかな?」
「そう、だね……」
「じゃあ、いつか返してもらおうかな」
「は、はい」
「ふふふ、楽しみにしてるよ」
俺は改めて、彼女が学校中で人気なのかを知った気がする。こういうところが、彼女の人気がどんどんと上がる理由なのだろう。
少しだけ、本当に少しだけ、俺は頬が熱くなるのを自覚した。




