第3話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
絡繰兵の残骸を陣に持ち帰り、冷血眼鏡な隆景殿の鼻を明かしてやった直後。
私たちは日の上る前に、難攻不落と名高い月山富田城の敷地内へと潜入していた。
毛利の主力部隊が正面から朝夕問わず派手な大立ち回りを演じてくれているおかげで、敵の警備の目は完全に外に向いている。
私たちは息を殺し、本丸へと続く廊下を進む。しかし、これは常夜灯というやつかか……?古い型には見えるが戦国時代には不釣り合いな代物だ。
考察する暇もないまま前方の角から、あの聞き慣れた無機質な駆動音が近づいてくる。
「出たな。三郎殿、準備を」
「おう。いつでもいけるぜ」
私たちは素早く腰を落とし、先程の試験と同じように抜刀せず、鞘ごと鈍器として振るう構えをとった。
だが、私たちの前にスッと片腕が出される。
「待って。ここは僕がやろう」
宗茂殿だった。彼は音もなく一歩前に出ると、腰の愛刀に静かに手を添えた。
角を曲がり、二体の絡繰兵が姿を現す。
丸太のような金属の腕が宗茂殿に向かって振り下ろされた、その瞬間だった。
――閃刃。
銀の軌跡が、文字通り空気を裂いた。
金属が弾かれる甲高い音など鳴らない。まるで絹糸を撫で斬るかのような、滑らかで静かな一閃。
次の瞬間、振り下ろされた絡繰兵の右腕が、そして分厚い胸部の装甲が、斜めにズレて滑り落ちた。
二体の絡繰兵が真っ二つに両断され、床に崩れ落ちる。
「は……?」
「なっ……!?」
私と三郎殿の口から、間抜けな声が漏れた。
斬ったのだ。私たちが渾身の力を込めても弾かれ、刃こぼれを起こすだけだったあの異常な装甲を、まるで豆腐でも切るかのように。
「ふむ……」
当の宗茂殿は、刃こぼれ一つない刀身を光にかざしてまじまじと見つめると、そのまま鞘に納めて微笑んだ。
「うん。確かに少し固いね。2人が苦戦するのも頷ける」
少し固い、だと?
次元が違いすぎる。力任せに斬ったのではない。金属の継ぎ目、装甲の僅かな隙間、あるいは物質そのものの強度すら凌駕する、神速と完璧な太刀筋。
魔法のような奇術でも、腕力でもない。ただ極め抜かれた純粋な『剣の理』。
「はは。遠いな……」
悔しい。
確かに宗茂殿は才覚溢れ文武に優れた自慢の主だ。しかし、ここまでの差があるとは思わなかった。あの美しい一閃を私が描くことはできるのか?
「出来るよ」
私の心へと呼応するかのように宗茂殿は囁く。
「君なら出来る。君の剣は人との立ち会いや乱戦を想定して鍛え抜かれたのでしょ?」
「そ、そうだが……」
「それなら、心持ちの問題だよ。相手は人ではない。斬釘截鉄だよ」
「斬釘截鉄……」
釘を斬り、鉄を断つ。迷いを断ち切れと言うことか。あの絡繰兵の異形な姿と一度刃が通らなくて雑念が生じてしまったのは事実ある。
勝手に斬れないものだと思い込んでしまったかも知れないな。
「ありがとう。宗茂殿。何か掴めた気がするよ」
「うん。それなら良かった」
「いや、鉄は普通斬れねぇぞ……?」
「確かに……三郎にはまだ早いかもね」
「おい。それはそれで腹立つな」
「……待ってくれ」
歩みを進めようとする宗茂殿と三郎殿を制止し、私は宗茂殿が切り落とした絡繰兵の腕を拾い上げる。
「そんなもんどうする気だ?」
「あれを見てくれ」
私は指差す代わりに絡繰兵の腕で床を指し示す。前方の床が僅かに、本当に数ミリだけ不自然に浮いているのが見えたからだ。
「あれはまさか……」
「恐らく、ね」
床へ向けて手にした腕を軽く放り投げる。
それが落ちた瞬間。重い機械音と共に、前方の床が大きく口を開けた。底が見えないほどの深い落とし穴だ。
それだけではない。床が抜けた音に連動するように、通路の左右の壁から無数の鋭い槍が飛び出し、空中の空間を完全に塞いだ。
落ちれば串刺し、跳躍して避けようとしても左右からの槍衾の餌食になる、凶悪な二段構えの罠。古典的ではあるが理には適う。
「……なるほど。隆景殿が危惧していたのはこれだね」
宗茂殿が冷静に呟くと、三郎殿も呆れたように肩をすくめた。
「あぁ。あの脳筋女じゃあ、罠ごとぶっ壊そうと真正面から突っ込んで、針鼠になってわけだ。まぁ、そのまま突っ走りそうだけどな」
出会って数日で誰もが思う元春殿の姿。しかし、この程度で仕留められそうに感じないのも彼女の凄みだろう。
しかし、絡繰兵という戦国時代を逸脱した兵器と、城そのものに仕掛けられた物理罠。
これを両方とも突破して大将の首を獲るなど、確かに少数の精鋭――観察眼と身体能力に長けた者にしか不可能な任務だ。
「よし、壁の槍の隙間を縫って跳ぶぞ。足を滑らせるなよ」
私たちは無残に飛び出した槍の柄を足場にし、軽業師のように深い落とし穴を飛び越えていった。
「まだ、罠はあるだろうから、気を付けて進もうね」
「おう。俺が先頭を歩くぜ。雪下は殿だ」
「分かった……ふむ。槍、か」
私は不意に立ち止まり槍衾を見つめる。
「どうした?まだ、何かあんのか?」
三郎殿が訝しげに振り返る。
「いや、ちょっと待ってほしい。……ふん!」
私は槍衾に使われている槍を1本引き抜く。少々小振りではあるが十分だろう。そのまま三郎殿へと差し出した。
「あぁ?何だ、つつき棒にでもすんのか?」
「?小野鎮幸と言えば槍だろう?」
「はぁ?またおかしなこと言ってやがる。第一俺は槍なんか扱ったことねぇぞ」
「そうなのか?私のいた世界では小野鎮幸は日本七槍の1人として数多くの武功を立花宗茂の下で立てている。君と同じようにね、三郎殿」
確かにこの世界は私の知る史実からかけ離れている事も多い。しかし、その武将や国を彩る根っこの部分で異なることは少なかった。
三郎殿は不思議そうに私から槍を受け取る。
「良く分からねぇが……悪くはねぇな」
「素直じゃないね、三郎」
「うるせぇ。……だが、あの硬ぇ鉄屑どもを相手にするなら、刀よりこっちの方が戦いやすいな」
三郎殿はその重みを確かめるように槍を振るった。やはり筋が良い。宗茂殿も少し驚いているように見える。
ふふ。史実の『日本七槍』が、この異世界で誕生した瞬間かもしれないな。そう思うと、少しだけ胸が熱くなる。
「よし、新しい得物も手に入ったことだし、先を急ごうか。この奥に、すべてを操る元凶がいるはずだ」
宗茂殿の静かな声に、私と三郎殿は力強く頷いた。
――月山富田城の最も深い闇の奥へと、私たちは歩みを進めた。
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