第12話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
肥前国、島原半島『沖田畷』。
そこは狭い道が続く湿地帯だった。
大軍を展開できないこの死地において、数で劣る島津軍の得意戦術『釣り野伏せ』は、恐ろしいほどの完成度をもって龍造寺軍をすり潰していた。
「退け! 退けぇぇっ!」
「ダメだ、足が抜けん! ぎゃあっ!!」
「なっはっは!龍造寺の兵は弱か。ちぃとも歯応えがなかど!」
四方から降り注ぐ銃弾と矢の雨。泥に足を取られた龍造寺の兵たちは、迫り来る島津家久の部隊を前に次々と肉塊へと変わっていく。
兵力で圧倒していたはずの龍造寺軍は壊滅的な被害を受けていた。
「……間に合わなかったか」
「あ、あんなに人が……」
直茂の軍が戦場へと駆け付けた頃には誰の眼からも勝敗は明らかであった。
初めて訪れる戦場の空気に誾千代と十吉は胃から込み上げそうになるのを必死に我慢する。
「小童共!己から離れるな!!」
不意に押し寄せる島津の軍勢を前に直茂は剛戟を振るい、群がる敵をなぎ払う。
誾千代と十吉の二人は、直茂の背中にしがみつくようにして震えることしかできなかった。
(これが龍造寺家筆頭の強さ……)
道中、直茂があの"泣く子も黙る"張遼であると聞いた。
異界から渡ってきた父とは似て非なる、母のように前世の魂を持つ『覚醒』した転生者。
過去の『英傑』を宿しているその無双の強さは、精強で知られる島津の兵を雑兵と等しく簡単に屠っていった。
(雪夏は本当にこの男に勝てたと言うの?)
確かに策を弄したと本人は言っていた。決して実力ではないと。
しかし、この人外の強さを目の当たりにすれば、小手先の策などでどうにかなる相手ではないことなど、未熟な誾千代にも容易に理解できた。
雪夏もまた、異常な強さの持ち主だ。だが、それでも——。
あの日の狼狽しきった雪夏の姿が脳裏をよぎる。
(違う。雪夏がお父様を見殺しにしたんじゃない。……お父様が、雪夏を護るために命を賭けたんだわ)
(それなら……仕方ない、ですわね)
喪失の悲しみから、心のどこかで雪夏を恨もうとしていた。だが、もう恨めない。
強くならないといけない。自分も誰かを護れるように。
誾千代は誓うように、母から託された父の形見『雷切』を強く握り締めた。
「直茂様!私を下ろしてくださいまし!」
誾千代は涌き出る敵兵を切り捨てる直茂へ向かって叫ぶ。
「小娘が!戦場を舐めるなよ!」
「生き残るためですわ!どう見てもこの戦は負け戦。少しでも味方を引かせないと……でも、我々を乗せながらでは満足に動けないはず!少しだけなら自分の身は守れますわ!」
「ふん。気に入らんな……はぁっ!」
乾坤一擲の一振りを繰り出し、直茂を中心に一時の空白が生まれる。
「少しの間耐えろ」
「はい!……行きますわよ、十吉!」
「え!?あ、も、もちろんたい!」
誾千代と十吉は馬を飛び降り、敵兵の薄い方へと駆け抜ける。
2人を下ろした直茂は烈火の如く敵陣深く斬り込んでいった。
「す、すごい……」
「お馬さんってあんなに早く走れるっちゃね」
「とにかく、私たちも--」
その時だった。
「ほ、本陣が落ちたぞぉぉっ!! 隆信様、討ち死にぃぃっ!!」
泥まみれの伝令が、絶望の叫びを上げた。
龍造寺軍の動きが完全に止まった。大将の死。それは、軍の完全な崩壊を意味する。
「……愚か者が」
直茂が血を吐くように呟く。その瞬間、島津の兵たちが狂喜の咆哮を上げ、一斉に直茂たちへと殺到した。
「直茂様!」
誾千代の頭が真っ白になる。
自分たちが生き残るため、また、家族に再会するためにも、ここで直茂を失うわけにはいかない。
彼女の感情に呼応するように手にした『雷切』が激しく鳴動する
「え……?」
直後、雷切から青白い稲妻が爆発的に弾け飛んだ。
「「「ぎゃあぁぁぁっ!?」」」
泥水を伝い、四方から迫っていた数十人の島津兵が、悲鳴を上げる間もなく黒焦げとなって吹き飛ぶ。
一瞬にして出来上がった、空白の死地。
「……はぁ、はぁ……っ」
誾千代はその場にへたり込んだ。自らの意思で制御したわけではない、完全な暴発。だが、それは自身の力が雷切から伝え出たのを感じた。
「姫様、すげぇ……」
「私にも……雷の力、が……」
糸が切れたかのように誾千代は泥の中へ倒れ込む。十吉が慌てて抱えようとするが湿地に足を取られて泥にまみれてしまう。
「うわっ!」
慌てて立ち上がろうとしたその時だった。
「仲間の敵だ!死ねぇぇぇ!!!」
全身ボロボロの島津兵が血反吐を吐きながら十吉たちの下へ突進してくる。狙いは明らかに誾千代だった。
「ダメ、ダメーー!」
十吉は小太刀を抜き、震える手で構えるが、島津兵の殺意にあてられ視界が真っ暗になる。
せめて誾千代の盾になろうとするも身体が硬直して動かない。
「うわ、うわああああ!!」
十吉はただ叫ぶことしか出来なかった。
「ぐはっ……」
しかし、凶刃は届くことなく島津の兵は手前で倒れる。
「待たせたな」
「な、直茂様ぁ」
「退かぬとは……あの時の小娘を思い出す」
格上の存在に対して一歩も退かずに己を打ち負かした小賢しい娘。直茂は十吉にその面影を見た。
「動けなかった、だけたい」
「ふん……そうか」
「僕も強くなりたいっちゃね……」
十吉は抜き身の小太刀に眼を落とす。
これを手に野盗から自分たちを守ってくれた今は会えない師匠。
城で見た姉と慕う彼女の焦燥とした姿は、きっと今の自分と同じく大切な人を守れなかった悔しさと無念でいっぱいだったのだ。
「直茂様……僕に戦い方を教えてくれん?」
「……己は小娘と違い優しくはないぞ」
この後、龍造寺家を直茂が率いて島津家に降伏。これにより、北九州のほぼ全てが島津軍の手に落ちるのだった。
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