第11話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
「さあ、こちらへ」
隆元殿に案内された城の奥、一際大きな広間。
そこに足を踏み入れた瞬間、肌が粟立つような威圧感を感じた。この感覚には覚えがある。
鍋島殿や島津義弘と対峙した時だ。
「よくぞ参った、流浪の客人たちよ」
上座に腰を下ろしていたのは、はだけた豪奢な着物の上に、滴る血のような真紅のマントを羽織った一人の女性。
透き通るような白い肌に、美しい顔立ち。しかし、その顔には、一切の感情を読み取らせない完璧な「微笑み」が張り付いていた。
「我はこの”狭き庭”の皇帝、毛利元就である。苦しゅうない、跪け」
◆◆◆
【毛利元就】
中国地方の覇者。知謀策謀に優れ、戦国一の知将として名高い。知略だけでなく政治にも優れ、最盛期では中国二百万石を支配していたと言われる。
◆◆◆
鈴を転がすように甘く、しかし有無を言わさぬ絶対的な響き。その圧倒的な覇気に当てられ、私たちは静かに平伏した。
この者の機嫌を損ねてはならない。宗茂殿が意を決したように顔を上げ、口を開く。
「……毛利家の象徴たる御前である以上、偽りは申せません。我々は魔物狩りではなく、大友の残党。僕は立花……」
「よい。承知している。立花宗茂とその家臣。小野鎮幸と一ノ瀬…いや、由布雪下と名乗っているのだったな」
「「「なっ!?」」」
堪えきれずに、揃って顔を上げてしまう 。
何一つ変わらぬ完璧な微笑みに、ただただ困惑するしかなかった。元就殿があっさりと真実を告げると、案内をした隆元殿が「大友の!?」と横で息を呑んだ。
しかし、元就殿は表情を一切変えることなく、ただ微笑みを深める。
どうなっているんだ?
宗茂殿や三郎殿程の者ならば、遠く安芸にまで既に名が知れていても不思議はない。いくらか戦働きした私の名を知っている可能性も多少はあるだろう。
しかし、『由布雪下』と名乗ったのは、ほんの数日前の野盗との戦いが初めてのはずだ。
「なに。我の庭に足を踏み入れたその時から、お前たちの動向はよく見えていたよ」
「情報の速度と精度が……」
宗茂殿の額から一筋の汗が流れる。
謀神の名は伊達ではないか。
「よい。素性が何であれ、輝元の命を救ってくれたことには変わりない。感謝する」
恭しく頭を下げる元就殿だが、依然として宗茂殿の顔色は優れない。
そんな事はつゆ知らず、元就殿は視線を隆元殿や護衛の者たちへと向けた。
「輝元に大事はなかったのか? ……そうか。息災なら何よりだ。もし、我が可愛い孫に何かあれば、どうしてくれようと思っていたよ」
穏やかに紡がれたその言葉に、隆元殿たちがビクッと肩を震わせ、滝のような冷や汗を流した。
まさに微笑みの鉄仮面を被っているようだ。 怒気を孕まないその笑顔の方が、怒り狂われるよりもずっと恐ろしい。
この人が、毛利元就……!
「さて。立花の若駒よ。可愛い孫を救ってくれた礼だ。何か望みがあれば言うが良い」
息の詰まるような空気の中、好機が訪れた。 私たちは顔を見合わせ頷き合う。
「でしたらお願いしたいことが一つ。所領奪還のため、龍造寺や島津と戦う我々の後ろ楯になって頂きたい」
「よかろう」
「ほ、本当ですか!?」
あまりにもあっさりとした承諾に、宗茂殿が驚きの声を上げる。
「母上! こ、これは大事です! 確かに輝元の命の礼と考えれば安いこと! しかし、今は"尼子家"との因縁に決着を付けるのが先決! 島津や龍造寺にかまける暇など……」
「よい。隆元。承知している。お前の言うことは正しい」
「なれば……」
「立花の若駒。隆元の言う通り、我らは先に尼子へ引導を渡さねばならない。理解してくれるな?」
「はい……仕方がないことです」
宗茂殿が深く頭を下げる。
だが、元就殿は微笑みを崩さぬまま、言葉を続けた。
「ただ。この戦、一筋縄ではいかなくてな。可愛い我が子たちを前線に送れば早い決着も可能だろう。しかし、尼子の抵抗は必至。そのような死地へと、我が子を送りたくはないのだ」
その言葉に、宗茂殿と三郎殿の空気がピリッと張り詰めた。
「……と仰いますと?」
「我が軍の力を貸すとして、お前たちが九州に戻るために一年以上。あるいはもう少し掛かるだろうな」
「そんな長い時、待ってられるわけ……!」 「三郎!」
「くっ……すまん」
声を荒らげそうになった三郎殿を、宗茂殿が鋭く制する。
気持ちは痛いほど分かるが、我らの立場は弱い。むしろ、時期が遅くても手を貸してくれると言うのだから、かなりの温情だろう。
「よい。承知している。その様な刻が無いのは確か。残してきた民草や将兵の安否が心配だろう。小野が吠えるのも無理はない」
「寛大なお心遣い、感謝します」
「うむ。だが、一ヶ月も掛けずにこの戦を終わらせ、九州へ向かう策がある。極めて危険ではあるが、聴くか?」
「母上! その策は、隆景が元春に任せようとしていた策! 危険すぎると母上が棄却したではないですか!」
「うむ。だから代わりにやって貰うつもりだ。立花の武勇は九州でも随一だろう。元春の代用として適任ではないか?」
「……俺たちを捨て石にするつもりか?」
三郎殿が低く唸る。
「三郎。やめないか。元より無理な願いをしているのは僕たちだ」
「一つ聞いてもよいかな、元就殿」
「よい。一つと言わずいくらでも答えよう」 「感謝する。お言葉に甘えていくつか、まずはその策はどの程度危険なのだ?」
「うむ。八割、といったところか。無事に戻れる確証はない」
「八割か、なるほど。しかし、その策を用いれば確実に尼子を打倒できるのだよね?」
「うむ。それは確実だ。隆景が提言し、我も確認した。これ以上はない」
「ならばやらない手はないな、宗茂殿」
「な……! 雪夏! 確かにその通りだが、安請け合いして君たちに危険が及ぶような真似はしたくない!」
「そうだよ、宗茂殿。元就殿も同じ気持ちさ」
「「「「「?????」」」」」
私の言葉に、元就殿を除くその場に居合わせた一同は間の抜けた顔をする。何故だ。
「宗茂殿や三郎殿は兎も角、隆元殿や毛利家の皆まで何故その様な不思議そうな顔を?」
「おい、雪下……言ってる意味が分からねぇぞ」
「えぇと、由布殿でしたか? 母上も同じ気持ちと言うのは??」
揃って首を傾げる彼ら。
うむ……どう伝えれば良いのだ?
「?? 本当に分からないのか? 元就殿が『子供を危険な死地へ曝したくない』と先程から仰ってるではないか」
「い、いや、それは言葉のあやと言うか……私が言うのも何だが、九州が気掛かりな君たちを利用しようとしていると言うか……」
「ふむ。子の為に我らを使うのは悪いことではあるまい? 私たちに危険が及ぶのが心配と言う宗茂殿と、我が子を危険に晒したくないと願う元就殿。だから思っている根源は同じだろ?」
「お前、あの毛利元就が本気でそう思ってると思ってるのか?」
三郎殿が呆れたようにツッコミを入れるが、私は堂々と頷いた。当然のことだ。
「あぁ。お孫様やご子息を心配するのは親として当然だろう? それに、本来一年以上掛かるところを一ヶ月で済ませられると提案までしてくれているのだ。裏でどんな思惑があろうと、とても素晴らしい申し出ではないか!」
「だからと言って……」
「ふふ。何故だかな。失礼かもしれないが、最初は表情に引っ張られて何を考えておられるか分からなかった。だが、言葉だけを真に受け取ってみれば、ただただ家族を愛する優しい方なのだとよく分かったよ。……私の、母親のようだ」
「は、母親?」
「あぁ。不器用で、周りからは恐れられるかもしれない。でも、それは紛れもなく、子を護りたいという海よりも深い愛情だ」
「我の……愛情……?」
広間が、水を打ったように静まり返った。 隆元殿に至っては、恐れ多すぎると私の発言に白目を剥きかけている。
元就殿は、口を少し開けたまま、私の顔をまじまじと見つめていた。そんなに不思議なことを言ったか?
完璧に張り付いていた『微笑みの鉄仮面』が、完全に剥がれ落ちていた。
やがて、彼女の肩が微かに震え始め――。
「……っ、ふふっ。あーっはっはっはっは!!」
広間が揺れるほどの大爆笑が、元就殿の口から弾け飛んだ。
「は、母上が、大声で笑った……!?」
「大殿様の、あ、あの鉄仮面が崩れたぞ!?」
隆元殿や家臣たちが、信じられないものを見るようにパニックに陥る。
「あー、おかしい! 愉快だ、実に愉快だ!!」
元就殿は涙目になりながら腹を抱え、やがて上座から立ち上がると私の前にスッと歩み寄り、その美しい顔を近づけた。心底楽しそうな、人間らしい笑みを浮かべて。
「よい。気に入ったぞ、由布! 何を言っても誰も信じてくれなくてなぁ!こうもあっさりとふふっ。純真ではないか、本当に気に入った」
破顔した表情は、自然と元の微笑みに戻る。しかし、今度の微笑みは先程までの無機質な鉄仮面ではなかった。
「輝元を任せても……いや、何なら我の子として毛利家に迎え入れたいな」
「もったいないお言葉だが、遠慮しておこう。既に尊敬すべき親が4人もいるんだ。これ以上は手一杯過ぎるよ」
私の即答に、三郎殿が「お前、どんだけ親がいんだよ……」と横で頭を抱えている。
「そうか、残念だ」
元就殿ははだけた着物の胸元を正し、真紅のマントを翻して上座へと戻り、力強く告げた。
「よい。約束を違えるつもりはないが、死んだらそれまでとも思っていたのは事実だ。しかし、それは惜しい。尼子を平らげた後は九州だ。生き残れよ、由布」
「あぁ!期待に応えてみせよう!」
元就殿は満足そうに頷き、視線を宗茂殿に移す。
「そうだ、立花の若駒。先程龍造寺や島津と戦うと言っていたな?」
「はい。島津に敗れ、龍造寺に城を……」
「龍造寺隆信は死んだぞ。島津に敗れてな」
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