第10話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
「もうすぐなのです! あの山を越えれば、目的地が見えてくるのです!」
私たちは、輝くん一向を護衛しながら安芸国へと足を踏み入れていた。
道中、魔物に襲われて腰を抜かしていた気弱な少年だったが、旅を続けるうちに少しずつ本来の持ち合わせていたであろう利発さを見せ始めていた。
休憩時の的確な地形の把握や、連れの者への細やかな気配り。ただの旅の一座にしては教養が深すぎる。
彼がどこか名家の出であることは我々の中でほぼ確信へと変わっていた。
「しかし、随分と遠くまで来たものだぜ。なぁ、新……雪下」
隣を歩く三郎殿が、ふと呼び方を直して私を見た。
「なんだい、三郎殿?」
「お前、安芸の地理には詳しいか? この先にある大きな町っていうと……」
「そうだな。この方角に真っ直ぐ進んでいるということは、おそらく毛利家の本拠地……」
私が言いかけた、その時だった。
「見えたのです! あそこが僕たちの”家”なのです!」
少年が指差した先。
木々が開けたその向こうにそびえ立っていたのは、ただの町などではなかった。
山全体を要塞化したかのような、巨大で堅牢な山城。
至る所に、毛利家の家紋である『一文字三星』の旗印が風にはためいている。
「あれは……まさか、吉田郡山城!?」
私が驚きの声を上げると、宗茂殿と三郎殿も呆然と足を止めた。
安芸国の国人領主から中国地方の覇者へと上り詰めた毛利家の、正真正銘の本城である。
「まさか……君たちの目的地というのは、あのお城なのかい?」
宗茂殿が信じられないというように少年に問いかけると、少年は少しだけ気まずそうに目を伏せ、やがて意を決したように真っ直ぐに私たちを見上げた。
「……今まで身分を隠していて、ごめんなさいなのです。僕の名は、毛利輝元。毛利家の……現当主なのです!」
「「「毛利輝元!?」」」
私たち三人の声が見事に重なった。
無理もない。大国・毛利家の当主が、こんな護衛の少なさで出歩いていたなど、誰が想像できただろうか。
名家は名家だが、それどころではない!
「当主になって日が浅い故、民の暮らしをこの目で見て回りたかったのです」
「申し訳ございませぬ!我々一同、危険と分かりつつも殿の民を思うお心遣いに感銘を受け!」
連れの者たちも、私たちの前で土下座せんばかりに平伏した。やはり護衛の武士だったか。
「な、なんてもん拾っちまったんだ……」
三郎殿が頭を抱え、宗茂殿も苦笑いするしかない。毛利家当主への橋渡しを企んではいたが、まさか当主本人を拾うとは。
しかし、毛利輝元か。
史実において輝元が家督を継いだのは十一の時。今の姿形とは一致するが、史実では『立花宗茂』よりもずっと年上のはずだ。それがここでは宗茂殿の方が明らかに年上に見える。
なまじ歴史を知っているが故に、認識のバグに頭が痛くなる。一々気にするのはやめよう。
それよりもこれは好機だ。毛利家の当主を救った恩人として城に迎えられれば、再起のための交渉の余地が十分に生まれる。
「どうか、城まで来てほしいのです。命を救っていただいた御恩、必ず報いるのです」
輝元殿の真っ直ぐな言葉に、私たちは頷き、共に吉田郡山城の門をくぐることとなった。
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「殿! よくぞご無事で!」
「輝元様が戻られたぞ!!」
城内へ入るや否や、家臣たちが血相を変えて次々と集まってきた。
その騒ぎを割って、一人の男が転がるように駆け寄ってきた。
「輝元ぉっ!!」
上等な着物を乱し、目の下に酷い隈を作った、痩せ細った優男だ。彼は輝元殿の無事な姿を見るなり、その場にへたり込んで泣き始めてしまう。
「あぁ、良かった……本当に良かった……っ! お前にもしものことがあったら、私は心労で死ぬか、あの『母上』に八つ裂きにされるかで、間違いなく命を落とすところだったよ……っ」
「ち、父上! みっともないのです! 泣かないでほしいのです!お客様の前なのです!!」
輝くんが慌ててその男を慰めている。
そのやり取りを見て、私は頭の中に雷が落ちたような衝撃を受けていた。
ち、父上……!? 今、父と言ったか!?
「あっ、申し遅れました……ゴホッ。私は輝元の父、毛利隆元と申します。愚息の命を救っていただき、本当に、本当にありがとうございます……っ」
深々と頭を下げる優男――毛利隆元。
私は、眩暈がするのを必死に堪えながら、己の持つ歴史知識を総動員していた。
あり得ない……! 毛利隆元だと!?さっき輝くんは当主と名乗ったではないか!ならばとうの昔に亡くなっている人物だ! なぜ生きている!?
「さ、さぁ、皆様。どうぞ中へ。お疲れでしょう」
一人困惑する私を他所に城の奥へと案内された
「ありがとうございます。ですが、こんな若くして家督をお譲りになっているとは驚きました……」
宗茂殿の言葉を、隆元殿は自嘲気味に笑う。
「い、いやぁ、お恥ずかしい。勿論、輝元が優秀なこともありますが、殆どが先代の御意向です。消去法?と仰っていましたね」
「か、変わってらっしゃるのですね」
「はは。浅学非才な我が身ではあの”母上”の考えを読み解くには叶いません。」
え?今なんと……?
「た、隆元殿。間に入ってすまない。聞き間違えたのか、まるで先代が母上と……」
私はついに聞き直してしまった。
毛利隆元が存命ならばあるいはとも思っていたが、それ以上の衝撃を受けることになる。
勿論、紹運殿のこともあるし、今さらではあるのだが……
「え、ええ、そうですが?母上の名は『毛利元就』今は一応は隠居の身です。ご案内する場所で皆様をお待ちしています」
毛利元就が……女性!?
隆元の生存だけでなく、希代の謀将・毛利元就までもが健在で、あろうことか女性。
耳川の戦いが行われた年、すでに毛利元就はこの世を去っているはずだ。異世界の魂が顕現する世界だとは分かっていた。だが、ここまで明白に『歴史のバグ』が狂っている事態に直面したのは初めてだった。
死んでいるはずの二人が、当たり前のように生きている毛利の本城。
私たちが足を踏み入れた安芸国は、想像を絶する歴史の魔境だったのだ。
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