第9話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
筑後国柳川。
隙間風の鳴る、酷く立て付けの悪い小屋に籠る3人の影。
囲炉裏の火が爆ぜ、その上に吊るされた鉄鍋から、味噌と獣肉の煮える匂いが漂っていた。
「う、美味しかぁ……っ!」
特徴的な訛りの少年十吉が、不格好な木の椀に顔を突っ込むようにして汁を啜り、熱々の大根を頬張る。
「……おいお前ら、もっと食うか?」
「うんっ! 直茂様、おかわり!」
鍋島直茂は無言で十吉の椀を受け取ると、鍋の底から一番大きな肉と芋をすくい上げ、無造作に放り込んで手渡した。
「ありがとうばい!」
無心に食べる十吉とは対照的に、誾千代は手元の椀を見つめたまま、ほとんど箸を進めていなかった。
うつむき、時折でるため息と共にふと言葉がこぼれ落ちる。
「お兄様たち……無事に逃げ切れたのかしら。今頃、冷たい雨の中で……」
「食わんのか」
直茂の低く静かな声が、誾千代の呟きを遮った。
直茂は自分の椀に入っていた大きめの肉を箸でつまむと、ぽいっと誾千代の椀の中へ落とした。
「戦場で腹の虫が鳴いては、逃げ足も鈍る。食え」
「……でも」
「姫様、食わんば」
十吉が口の周りを汚したまま、真剣な顔で誾千代を見た。
「僕はずっと、明日死ぬかもしれんって思って生きてきたとよ。村が焼かれてからは、特にね。だけん、食える時に腹いっぱい食う。生きていくためばい。姉ちゃも、絶対そう言うはずやし、絶対に生きとる!」
「十吉……」
誾千代は少しだけ目を見開くと、ゆっくりと頷き、口いっぱいに肉を頬張った。
咀嚼を繰り返す度に自然と涙がこぼれ落ちる。
「美味しい……ですわ」
「……そうか」
その様子を横目で見ながら、直茂は静かに息を吐く。
(成り行きとは言え、2人も子供の面倒を見なければならないとは……さて、どうしたものか)
「……直茂様、少し伺ってもよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「その……直茂様は龍造寺家の重臣。当主の龍造寺隆信とも義兄弟であると聴きますわ。それが、なぜこのような?」
誾千代は薄暗い小屋を見回した。
筑後守護であり、龍造寺の筆頭家老であるはずの男が、なぜこんな城下町外れの猟師小屋に住んでいるのか。
「……信賞必罰だな。蟄居を命じられ、用意されたのがこの場所だっただけの事」
「それにしたってこんな扱い……!」
「不満はない。己が負けたのは事実だ」
直茂は自らの空の椀に汁を注ぐ。
「夜風を防げれば十分よ。それに領民との距離も近い。見た目以外に悪いことなどあるまい?」
「……不思議ですわね」
「ふん。納得できんか?」
「いえ……貴方のような気高い武将が、何故噂に名高い暴君に仕えているのか分かりませんの」
直茂は静かに汁を啜る。少し逡巡した後、静かに答えた。
「昔は良き主であった。野心はあったが豪胆で気っ風は良く、我々の声も聴いてくれた。だが、突如として今の醜い豚へと変わっていった。あの時、戦場で小娘に『奴が董卓だ』と言われて合点がいったわ」
「董卓……? 確か、後漢末期の暴君ですわね」
「董卓を知っているのか?」
「勿論ですわ。教養を高めるのも私の務め。『三国志』の逸話は有名で--」
誾千代の言葉を遮るように床へ椀が落ち、直茂が眼を見開いた。
「その書物に……己の、張遼の名はあるか?」
「張遼? 魏の武将ですわよね? あるに決まっていますわ。三国志を読んだことありませんの?」
「そうか……そうか!」
――その時だった。
「直茂様! 隆信公より、陣触れにございます!」
小屋の外から、慌ただしい足音と共に使者の声が響いた。
「島津軍が肥前へと侵攻! 隆信公は自ら大軍を率いて出陣なされます! 直茂様にも、即刻の参陣をとのこと!」
「肥前だと?ちっ……」
忌々しそうに囲炉裏の火を見つめた。
(こちらを無視して本丸へ向かうか……身の程を知らぬ豚が、要らぬ功名心に駆られて虎の尾を踏むからこうなる)
「……直茂、様?」
「お前たちも来い」
直茂は壁に立てかけてあった巨大な剛戟を手に取った。
「こんな所に置いていけば、機嫌を損ねた隆信の兵に理不尽に殺されるやもしれんからな」
それは、最前線の戦場へ赴くという死の宣告でありながら、この九州において最も安全な庇護の約束でもあった。
「その三国志の話。道中で聴かせてもらおうか」
~~~~~~~~~~~~~~~~
「皆さんは、こうして魔物を狩りながら旅をしているのですか? すごいのです!」
「あぁ。危ないことも多いが、こうして誰かの役に立てるのは嬉しいよ」
安芸国への道中は穏やかな日差しに包まれていた。
私たちが助けた少年――『輝』と名乗ったその子は、宗茂殿の話に目を輝かせながら頷いている。
旅の一座だという本人の主張を、宗茂殿はあえて追求せずに受け入れていたが、見れば見るほど怪しい。
旅の一座が、あんな上等な絹の着物を着るはずがないだろう。それに、あの品の良さと手の白さ……どこか高貴な身分の人間の可能性は相当高い。
それならばこれは好機だ。
万が一でも毛利家の重臣に関係ある家柄だとすれば、上手く取り入って貰えるかも知れない(……と三郎殿が言っていた)
不審な点は多々あれど、私は黙って魔物狩りの剣士という設定を演じ切ることにしている。
「おい坊主、水だ。ほれ」
「あ、ありがとう、なのです」
三郎殿が竹筒を渡すと、輝は両手でそれを受け取り、大事そうに飲んだ。
その所作の美しさに、三郎殿も呆れたように息を吐く。
「……まぁ、悪い奴じゃなさそうだな」
「でしょ? 意外と素直で可愛いじゃないか」
宗茂殿が微笑みながら、先頭を歩く私の横に並んだ。
「雪夏。この山を越えれば、目的地はすぐそこだ」
「あぁ。」
私は空を見上げた。
九州の皆を救うための、一縷の望み。
どうか、誾千代殿たちも無事でいてくれと、遠い西の空へ向かって祈ることしか、今の私にはできなかった。
ご覧いただきありがとうございます!




