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第5話

★戦国武将×偉人★

混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!

 圧倒的だった。

 白銀の光を纏い、俺たちの主君を護るように舞い降りたそいつは、たった一人で数十人の野盗を次々と泥濘(ぬかるみ)に沈めていく。


「由布、雪下……」


 俺は膝をついたまま、荒い息を吐きながらその光景を見つめていた。

 かつて己の剣技に酔ったふりをして、一人で戦おうとしていた刺々しく痛々しい戦い方ではない。今のあいつの剣は宗茂様をあらゆる脅威から防ごうとする、本物の『護るための剣』だった。

 強くて、美しい。

 その姿に見惚れるのと同時に、俺の心の奥底で、出会ったあの日からずっと燻っていた黒い感情が首をもたげる。


(……やっぱ、ムカつくぜ)


 俺の全身はすでに限界を超えていた。耳川の撤退戦からまともな休息も取れず、全身に負った無数の刀傷が焼け付くように痛み、視界は端から白く明滅している。


「おい、あの白いのを狙うな! 後ろの隙だらけの怪我人をやっちまえ!」


 野盗の一人が叫び、数人の男たちが雪夏を迂回して、へたり込んでいる俺へ向かって殺到してきた。


「舐めやがって……やらせるかよ……っ!」


 俺は痛む体に鞭を打って立ち上がり、刀を構えようとした。 しかし。


——ガクンッ。


 極度の疲労が、ほんのわずかな瞬間に俺の足の感覚を奪った。


「もらったぁッ!!」


 下卑た笑いと共に、野盗の振るう無骨な鉈が俺の脳天めがけて振り下ろされる。


「しまっ……」


 躱せない。そう悟った瞬間だった。

 目の前で火花が散り、俺の頭上に迫っていた凶刃が横から激しく弾き飛ばされた。


「……っ!」


 俺を庇うように立っていたのは、白銀の籠手を輝かせた雪夏だった。こいつは目にも留まらぬ速さで野盗を蹴り飛ばすと、そのまま俺の前に立ち塞がった。


「三郎殿。君は下がれ。……ここは私が護る」


 振り返りもせず、ただ前を見据えたまま放たれたその言葉。

 それは、純粋な気遣いだったのだろう。今の俺が足手まといだと、正しく戦況を判断しただけの言葉。


「……ふざけ、んなよ」


 だが、その言葉は、俺の中に激しくぶっ刺さる。

 俺は決して強くはない。 道雪様や紹運様のような異界の力もなければ、宗茂様のような天性の武の才能もない。ただ、近くにいただけだ。


『三郎、痛くないかい? ごめんね、僕がもっと強ければ……』


 ガキの頃は、俺がリヒト(宗茂)を護っていた。 大人の暗殺者や刺客から、身を挺して小さな彼を庇った。俺の背中と腹には、その時に負った無数の醜い傷跡が刻まれている。

 それは俺にとって、愛する主君を護り抜いたという、何にも代えがたい唯一の『誇り』だった。

 しかし、リヒトが成長し、俺を遥かに凌ぐ力を手に入れていくにつれ、俺の誇りは少しずつ形を変えていった。 俺が彼を庇って傷を増やすたび、リヒトはひどく悲しげな目で俺の傷を見つめるようになったのだ。

 俺はその目を見ないふりをしてきた。

 いつか自分が『護る側』から『護られる側』になってしまうのが怖くて。あいつのお荷物になるのが恐ろしくて、必死に強がって、背中を盾にし続けてきた。

 だからこそ。 俺を庇って立ち塞がる雪夏の背中が、どうしようもなく羨ましかった。

 "宗茂様"と同じ高みに立ち、強く、美しく、あいつと肩を並べて戦うことができるあの女の才能が、眩しくて、憎たらしくて、羨ましかった。


(……下がれ、だと?)


 冗談じゃねぇ。

 ここで下がったら、俺は本当にただの足手まといだ。 あの日、あのガキ共を囮にしてまで生き延びたのに、ここでただ護られて生き恥を晒すなんて、絶対に御免だ。

 俺だって。俺だって、宗茂様と肩を並べて戦いたい。 この命を燃やし尽くしてでも、あの人の背中を護る盾でありたい!!


「絶対に、負けねぇ……!!」


 俺は泥にまみれた刀を杖代わりにし、全身の骨が軋むのも構わず、力強く立ち上がった。


「……三郎殿? 駄目だ、君の体はもう……!」


 驚いて振り返る雪夏の言葉を遮り、俺は迫り来る野盗の群れへ向かって、喉が裂けるほどの声で怒号を叩きつけた。


「舐めんじゃねぇ!!」


 俺はどこまで行っても凡人だ。覚醒だのなんだの分からねぇ。道雪様たちや龍造寺の鍋島みたいな戦いなんて一生賭けても出来る気がしない。

 ただ、俺がこれまで宗茂様を護り、生き抜いてきた頑丈な身体と"闘気"だけ。

 それだけが俺の武器だ!

 絶対に負けねぇ!

 誰にも!お前にも!!


「俺は立花家家臣、小野次郎三郎鎮幸(おの じろうさぶろう しげゆき)だ!! 賊ごときに遅れを取るわけないだろ!!」


 俺は刀を大上段に構え、雪夏の背中の『死角』を完璧に塞ぐように並び立った。


「おの……えっ?」


 俺の名乗りを聞いた瞬間、雪夏がポカンと口を開けた。


「小野……そうか……。君が……君が、そうだったのか……!」


 次の瞬間、雪夏の顔に、この上なく幸せそうな、花が咲いたような満面の笑みが広がったのだ。


「……あぁ? なんだよその顔、気持ちわりぃな!」


 俺は照れ隠しで忌々しそうに吐き捨てた。 俺の名前に心当たりがあるのかどうかは知らねぇが、死地に立っているくせに、嬉しくてたまらないといったその顔が、やっぱり底抜けにムカつく。

 だが、そんな俺の悪態にも、"雪夏"はふっと悪戯っぽく笑い返した。


「なら! ここは乗りきらないとな! ……二人で!」


 雪夏が刀を構え直し、俺にその背中を完全に預けてきた。

 異界の剣士と、ただの傷だらけの武将。 決して交わることのなかったはずの二つの軌跡が、極限の死地において、主君を護るための『二つの翼』として重なり合った瞬間だった。


「……おぉ!!」


 俺は口角を限界まで吊り上げ、柄を握る手にありったけの力を込めた。


◆◆◆

【由布惟信(雪下)】【小野鎮幸】

立花家四天王。数多くの合戦に参加し、そのほとんどで武功を挙げた立花家の重臣。

立花道雪からは奇と正の両翼として立花双翼と称えられた

◆◆◆

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