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第4話

★戦国武将×偉人★

混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!

  耳の奥に直接響いたその低く渋い声を聞いた瞬間。 私の視界から絶望的な戦場の喧騒がフッと掻き消えた。


「……ここは?」


 気がつけば、私は波紋一つない、まるで巨大な鏡のような一面の水面の上に立っていた。

 空と境界が溶け合ったような、果てしなく広がる静謐な空間。


「なっ……」


 自身の体を見下ろして、私は思わず息を呑んだ。 泥と血にまみれ、疲労とトラウマで震えていたはずの体が、全く震えていない。それどころか、あちこちに負っていた生々しい傷は完全に塞がっている。

 そして、左腕のひしゃげていた『白銀の籠手』が、かつて宗麟殿から下賜された時以上の眩い光を取り戻していたのだ。


「不思議か? 小娘」


 不意に背後から声がした。 振り返ると、そこには一人の翁(おきな)が立っていた。

 白髪混じりの無精髭に、筋骨隆々の巨躯。そして何より目を引くのは、彼の顔や剥き出しの腕に刻まれた、六十や七十では利かないであろう無数の刀傷や矢傷の痕だった。

 その眼光は、老いてなお猛禽類のように鋭く、圧倒的な武威を放っている。


「貴方は……?」

「儂は由布惟信(ゆふ これのぶ)。……かつて雷神(道雪)様の背中を護り、共に数多の戦場を駆け抜けた立花の武将よ」

「由布、惟信……!」


 立花家随一の猛将にして、立花家二代に仕えた最高の腹心のはずだ。

 この世界には確か居なかった。


「儂は、お前をずっと見ておったぞ」


 惟信と名乗る翁は、静かな水面を歩いて私に近づいてきた。


「お前は己の剣技に驕り、若君の背中を護る『盾』ではなく、自らが敵を打ち破る『矛』であろうとした。……その結果が、この惨状よ」

「っ……あぁ」


 図星を突かれ、私は苦しげに顔を歪めた。


「だがな」


 翁の分厚い手が、私の頭にポンと置かれた。


「泥を啜り、全てを失い、それでもなお、あの大馬鹿で高潔な若君の背中を護るために再び立ち上がった。……その心意気は確かに見上げるものがある。だが、それだけではあるまい?」

「……由布殿?」

「お前がこの異界に呼ばれた意味。そして、儂の魂がこうしてお前の『器』に同調した意味。……それは単に、己の力を誇示して無双の剣を振るうためではない」


 翁の目が、優しく細められた。


「お前は、彼を地に縛る剣(おもり)になるな。……あの大空を知らぬ若君を、どこまでも高く飛翔させるための『翼』となるのだ」


『いつか、我が息子を……大空へ羽ばたかせて、やってくれ』


 道雪殿の今際の言葉が、翁の言葉と重なって私の胸の奥深くに響き渡った。


「……あぁ、そうか」


 私の中で、何かが完全に繋がった。 私がこの手で刀を握る意味。この世界で生きる理由。


「私は……彼を羽ばたかせるための、翼」

「左様。この世界での由布惟信としての役割を見事果たせ。若き武士よ」


 翁が豪快に笑った瞬間、足元の水面が弾け、眩い白銀の光が私の視界を真っ白に染め上げた。 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「死ねぇぇっ!! !」


 現実世界へと意識が引き戻された瞬間、私の鼓膜を野盗の下卑た怒号が打った。

 片膝をついた宗茂殿の頭上へ、無慈悲な大剣が振り下ろされようとしている。

 間に合うか。いや、間に合わせる。


「一ノ瀬流剣術・一刀ノ壱《桜吹雪》!」


 私は地を蹴った。

 先程までの鉛のような疲労はない。翁の魂の熱が全身の痛みを塗り潰し、私の体を羽のように軽くしていた。


「ぐわぁぁっ!?」

「な、なんだ!?」


 瞬きする間に二人の間へ割り込み、振り下ろされた大剣の軌道を、下からの斬り上げで逸らす。

そのまま流れるような連撃で周囲の野盗の急所を的確に斬り裂き、陣形を崩した。  

 だが、極限まで酷使していた私の刀は、先程の大剣との衝突でついに限界を迎え、半ばから砕け散ってしまう。  

 ……ここまでありがとう。


「ゆ、きか……? 君、体が……」

「一ノ瀬流剣術・無刀ノ壱《散水》」


 再び大剣を振り被る巨漢の野盗。

 私は踏み込み、振り下ろされる刃の側面――最も脆い『腹』の部分を、眩い光を放つ『白銀の籠手』で正確に打ち据えた。

 甲高い破砕音。

 巨大な刃が飴細工のように砕け散り、驚愕に目を見開く野盗の顎を、掌底で完全に刈り取る。


「……待たせたな、我が主」


 折れた刀の代わりに拾い上げた無骨な刀を血振るいし、静かに前を見据える。

 あの日。

 私が初めて人を斬り、絶望と恐怖に打ち震えていたあの夜。 彼は私の前に立ち塞がり、その背中で私を護ってくれた。 

 今度こそ、私が貴方の背を護ろう。

 

「て、てめぇ! 何しやがる!!」

「女だ! 囲め! 殺して身ぐるみ剥いでやる!!」


 体勢を立て直した野盗の群れが、怒号を上げて一斉に私へ襲いかかってくる。

 しかし、私の心はどこまでも静かだった。

 白銀の籠手を握り締め、戦場全体を震わせるほどの凛とした声で、私は堂々と名乗りを上げた。


「私の名は一ノ瀬雪夏……いや」


 己の中に宿った『魂』の熱を感じながら、群がる敵に向かって言い放つ。


「私は立花家を支える銀翼! ——『由布 雪下』!! 我が主の行く手を阻む者は、この白銀の翼が全て斬り伏せる!!」

ご覧いただきありがとうございます!

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