第3話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
翌々日。
夜明けの空の下、麓の村から立ち上る黒煙と絶望的な悲鳴が、雨上がりの冷たい空気を引き裂いた。 山の中腹にいた私は、ハッと息を呑んで眼下の村を見下ろした。
龍造寺の兵……いや、野盗か……!
村の広場では、たいまつを持った野盗の群れが、逃げ惑う村人たちを容赦なく追い回していた。
「……あれは」
私は、自分の額にある鈍く痛む傷跡に触れた。我々を「疫病神」と罵り、容赦なく石礫を投げつけて追い出した村人たちだ。
私は刀の柄に手を伸ばそうとした。 しかし、その手はガタガタと激しく震え、柄を握り込むことを強烈に拒絶した。
『自分を責めるな、雪夏。……リヒトの背中を、お前に託す』
私が刀を抜けば。私が自分の力を過信して戦えば、また誰かが死ぬ。道雪殿の腹を貫いた無慈悲な長槍と、決死の覚悟で死出に立つ宗麟殿の背中が脳裏に焼き付いて離れない。私の体は泥のように重く強張っていた。
「……雪夏?」
振り向けば宗茂殿がそこにいた。
「宗茂殿! 駄目だ、動いては……!」
まともな食事や寝床もない中で回復なんてする筈がない。今、立っているのが不思議なくらいだ。
しかし、宗茂殿は私の腕を優しく押し除ける。
「……行か、ないと」
「しょ、正気か!? そんな怪我で行って何になる!?殺されるだけではないか!ここは見捨てるしか--」
「それは……君の本音かい?」
宗茂殿は顔を上げ、静かに私を見つめた。 その蒼い瞳には、どれだけ絶望的な状況に追い込まれても、決して翳ることのない光が宿っていた。
「彼らは、民だ。……僕たちが、命を懸けて護るべき……大事な人たちなんだ」
「宗茂、殿……」
宗茂殿は血塗れの足を引きずりながら、たった一人で、野盗が蹂躙する死地である村へと歩みを進めていく。
「……ったく。あのバカが」
背後から、重傷を押して追いついてきた三郎殿が忌々しそうに舌打ちをした。 彼もまた、傷だらけの体を引きずり、一切の迷いなく主君の後を追って村へと降りていく。
「ボサッとしてると……置いてくぞ?」
「待って……待ってくれ! 行かないでくれ!!」
私は動かない体を抱えながら、悲痛な声を上げた。しかし、二人の背中は止まらなかった。
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「ひぃぃっ! 許してくれ! 飯なら全部持って行っていいから!」
村の広場。村長が泥の中に這いつくばって命乞いをしていた。 そのすぐ脇で、五、六歳ほどの幼い少女が逃げ遅れ、野盗の振り上げた凶刃の下で恐怖に泣き叫んでいる。
「うるせぇ! 目障りなガキから殺してやる!」
無慈悲な刃が、幼い少女へと振り下ろされた。
「やめろぉぉぉッ!!」
その瞬間、絶叫と共に一つの白銀の影が間に割って入った。
鉄がぶつかり合う甲高い音が広場に響く。
「なっ……!?」
野盗の刃を真っ向から受け止めたのは、息も絶え絶えの若武者――立花宗茂だった。
「逃げろ! 早く!!」
宗茂は背後の少女と村の長に向かって叫ぶ。 村の長は驚愕に目を見開いた。自分たちが迫害し、石を投げて追い出した若き将が、今まさに自分たちを護るために文字通り『盾』となっているのだ。
「ぐはっ……!」
宗茂は返す刀で野盗を一人斬り伏せるが、休む間もなくまた一人と刃を向けてくる。
重傷の宗茂殿の腕力が保つはずもなく、野盗の力に押し込まれて片膝が泥に沈む。
「こいつ、ノコノコ出てきやがった割には大したことねぇぞ!!」
「立派な鎧だ! 殺して奪え!!」
周囲で略奪をしていた数十人の野盗たちが、色めき立って一斉に宗茂殿を取り囲む。 駆けつけた三郎殿も抜刀して隣に並び立つが、多勢に無勢。
雪夏はその光景を丘の入り口から見下ろしながら、激しい衝撃に打たれていた。
(どうして……どうしてそこまでできるんだ)
全てを奪われ、絶望のどん底に落とされても。 宗茂は決して、誰かを恨んだり、見捨てたりしなかった。『護る』という己の信念だけを、ただ純粋に貫き通そうとしているのだ。
(「それは君の本音かい?」)
違うに決まってる!
私だって、私だってすぐにでも駆けつけたい!宗茂殿をみんなを護りたいんだ!
そう叫びたい気持ちを心が、身体が蓋をする。
「あぁ……っ」
雪夏の震えていた手に、力がこもりはじめる。 宗茂の後ろ姿が、酷く遠く、そして途方もなく大きく見える。
『いつか、我が息子を……大空へ羽ばたかせて、やってくれ』
道雪殿の最期の言葉が、今度こそ明確な『使命』として私の胸に蘇った。
(彼を、死なせはしない。……あんな高潔な人を、こんな場所で終わらせてなるものか……!!)
体の強張りが、熱い血と気持ちの奔流と共に砕け散っていく。
雪夏は一歩、また一歩と動かない足を引き摺るように前と踏み出す。あの気高き主君の背中を護るために、自ら再び修羅の道へと--
『いい加減に気付け。若き武士よ』
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