第10話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
命からがら、私たちは立花家の居城である立花山城へと逃げ延びた。
立花の将兵達は散々に逃げ、宗茂殿の供廻り程度の手勢しかここへと戻ることが出来ていない。
「若様!」
ボロボロになり、泥と血に塗れた私たちを見て、留守を預かっていた城の兵たちが血相を変えて駆け寄ってくる。
「怪我人の手当てを急げ!」
「リヒトお兄様! 雪夏!三郎!」
奥から誾千代殿と十吉くんも飛び出してくる。しかし、私たちの有様と、本来そこにいるはずの道雪殿たちの姿がないことに気づき、二人の顔から血の気が引いていくのが見えた。
「……お兄様。お父様は……?」
誾千代殿の震える声に、宗茂殿は答えることができなかった。
ただ、泥まみれの手で抱きしめていた一本の刀――道雪殿の形見である『雷切』を、静かに差し出す。
「っ……あ、ああぁっ……」
誾千代殿が泣き崩れ、十吉くんも顔を覆う。
そこへ、一つの黒い影が舞い降りた。留守居を任されていた紹運殿だった。
「……」
「母上……っ、父上が、宗麟様が……っ、僕たちを逃がすために……!」
宗茂殿が血を吐くような声で絞り出し、雷切を差し出す。
紹運殿は静かに歩み寄り、その雷切を受け取った。そして、愛する夫の魂が宿るその刀を胸に抱く。
取り乱すこともなく、ただ目を伏せるその姿が、私の胸を鋭く抉った。
私の、私のせいで……!
額を擦り付けて謝罪しようとした、その時だった。
「申し上げます!!」
物見の兵が広間へ飛び込んできた。
「龍造寺の軍勢、数千! 凄まじい速度で我が領地へ進軍中!! 高屋城へと迫っております!!」
「なんだと……!?」
三郎殿が忌々しそうに舌打ちをする。
「あの豚野郎、耳川の敗戦と宗麟様たちの戦死を嗅ぎつけやがったな……! この手負いの隙を狙って、大友の領地を根こそぎ奪う気だ!」
ハイエナのような行軍だ……弱った者には容赦なく牙を剥く。
「……迎え撃つ」
宗茂殿が立ち上がろうとする。しかし、限界を迎えた脚は力なく崩れ、腰を抱き支えていた私自身の力も入らず、共に膝を折ってしまう。
「宗茂殿! 駄目だ、あなたはもう……っ!」
「僕がやらなきゃ……大友は、立花は終わってしまう……!」
刀の柄を握りしめる。だが、身体中の骨が軋み、まともに立つことすらできない。
私の驕りが招いた結果だ。どうすればいい……!
広間が重い沈黙に沈みかけた、その時。
「――もう、よい」
静かな広間に、凛とした声が響いた。
「え……?」
顔を上げた。
声の主は、私たちの前に立ち塞がるように背を向けた紹運殿だった。
彼女はゆっくりと振り返り、静かに微笑む。
そこにあったのは、宗茂殿と誾千代殿によく似た、慈愛に満ちた『母』の顔だった。
「は、ははうえ……? 今、喋り……?」
「紹運様……?」
その声に驚く宗茂殿と三郎殿。二人ですら聴いたことがなかったのか。
紹運殿は静かに歩み寄り、へたり込む私たちを強く抱きしめた。
「リヒト。雪夏。三郎も……よく、生きて帰ってきたね」
それは、今まで聞いたどんな言葉よりも温かく、耳から心へと直接語りかけられたように、スッと胸の奥へと入っていった。
「あの方も、クリス(宗麟)も……立派な最期だったのでしょう。なら、残された私がなすべきことは一つ」
紹運殿は私たちを離すと、立ち上がり、城外を見据えた。
「私はこれより手前の岩屋城に入り、龍造寺の豚どもを食い止める。……一人残らず、ね」
「母上! なりません、そんな数千の軍勢を相手に玉砕する気ですか!?」
宗茂殿が叫ぶ。その声はかすれ、いつもの気高さはどこにもなかった。当然だ。
道雪殿や宗麟殿を失い、あまつさえ紹運殿まで……そんなことは耐えられない!
「私が残る! 私が残って龍造寺を……!必ず--」
紹運殿は、私の言葉を遮るようにそっと頬に触れた。骨が軋むほどの強さではない。ひどく温かい、母の手だった。
「馬鹿な娘……。責任を感じているの? それは必要ない。親が子を護るのに、理由など要らないのよ?」
『責任を取る必要はない。子が過ちを犯したのなら、親が責任を取る。それは当然のことだ!』
「紹運殿……っ」
「誾千代。2人を連れてあなたも逃げなさい。大友の、立花の未来を絶やしてはならない。」
「お母様……」
「あなたは誰よりも強い娘です。リヒトと雪夏を……兄と姉を護りなさい。三郎も、頼んだわ」
「……命に変えてでも……」
「……わかりました。お母様」
「良い子……これはあなたに預けるわ。あの人もきっと護ってくれる」
紹運殿は誾千代殿の頭を優しく撫で、『雷切』を手渡した。
「生きなさい。どんなに無様でも、誇りを失っても。……お前たちの未来に、あの馬鹿な父親たちと、私たちの命を懸ける」
そして、振り返ることなく告げた。
「泥を啜ってでも、生き延びなさい」
それが、風神と呼ばれた美しき母の、最期の言葉だった。
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【高橋紹運】
岩屋城の戦いで2万の軍勢に対し僅か763名で半月に及ぶ戦いの末玉砕。その死は『乱世の華』と称えられる程壮絶なものであり、約3000を越す敵兵を道連れにしたと言う。
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