第9話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
宗麟殿の地を這うような一喝が、雨の降る耳川の岸辺に響き渡った。
しかし、背後からは無情にも、島津の軍が地鳴りを立てて迫ってきている。既に大友軍の兵たちは散り散りになり、ここに残っているのは私と宗茂殿、三郎殿、宗麟殿と僅かな手勢のみだった。
「宗茂様! 早くここから離脱するぞ! 敵の包囲が完全に閉じる前に!!」
血まみれの三郎殿が声を荒らげる。
だが、宗茂殿は動かない。
迫り来る島津の兵から道雪殿の亡骸を護るように、その身で覆い被さった。
無情にも、追撃の矢が宗茂殿の背に突き刺さる。
「がっ……!」
「宗茂殿!」
苦悶の呻きが漏れる。
それでも彼は崩れ落ちる体を必死に支え、道雪殿の亡骸を強く抱きしめた。
「父上を……ここに置いていくわけには、いかない……ッ!」
宗茂殿は道雪殿の大きな身体を背負おうと、必死に腕を回す。
だが、泥濘んだ戦場を逃げ切ることなど、どう考えても不可能だった。少し持ち上げようとするだけで、宗茂殿自身がバランスを崩して泥の中に倒れ込んでしまう。
「……宗茂、様……」
「嫌だ……! 家族を、父上をこんな冷たい場所に置いて逃げるだなんて……そんなこと、僕には……っ!」
普段は冷静で完璧な武将である彼が、今はまるで迷子になった子供のように大粒の涙を流して泣きじゃくっていた。
「……宗茂」
宗麟殿が歩み寄る。
太い腕が宗茂殿の背に伸び、突き刺さった矢を無造作に引き抜いた。
「ぐあぁっ!」
噴き出す血。
宗麟殿は己の南蛮マントを引きちぎり、傷口へ乱暴に、だが確実に押し当てて止血する。
「大将たる者、時には己の血の涙よりも、生者の未来を優先せねばならん時がある」
「宗麟、様……っ」
「道雪は、お前たちを大空へ羽ばたかせるために命を懸けたのだ。その羽を、こんな所で折るような真似は許さん」
宗麟殿の言葉に、宗茂殿は唇を噛み締め、血が滲むほど強く両拳を握りしめた。
そして、震える手で道雪殿の腰から形見である愛刀『雷切』を抜き取ると、亡骸の胸に深く、深く頭を下げた。
「ごめんなさい、父上……一緒に、家に連れて帰ってあげられなくて……っ」
愛する親の遺体を置き去りにし、生きて帰る決断。
私が彼から奪ってしまったものの重さに、私は息をすることすら忘れ、ただ激しい罪悪感に苛まれていた。
「お前たち! あのガキ共を連れて、一刻も早く立花山城へ落ち延びよ!」
「「「ははっ!!」」」
宗麟殿の命を受け、残った近習たちが私と宗茂殿の腕を引いて無理やり立たせる。
「宗麟様! あんたはどうする気なんだ!?」
三郎殿が叫ぶと、宗麟殿は巨大な戦斧を肩に担ぎ、迫り来る島津へと一人で向き直った。
「言ったはずだ、大将の意地を見せると! 九州の王たるこの大友宗麟が自ら殿を務め、あの野蛮人どもの歩みを止めてやるわ!!」
「そんな無茶だ!一人で勝てるわけがない!!」
私は悲痛の叫びをあげた。
どう考えても蹂躙されて終わりだ。
しかし……
「勝負など、最初から度外視よ!!」
宗麟殿はいつものように、太陽のような笑みを私に向けた。
「嬢ちゃん、三郎、そして宗茂! 貴様らは我が大友の、いや、この世界の『未来』じゃ! お前たちという希望の翼がある限り、大友の魂は決して潰えん!! 行けぇぇぇぇッ!!」
「宗麟様ぁぁっ!!」
宗茂殿が血の滲むような声を上げ、三郎殿が私と宗茂殿の手を強く引いた。
私たちは泥を蹴り、後ろ髪を引かれる思いで、背後から迫る死地をあとにした。
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逃げゆく若き背中を見送りながら、大友宗麟はゆっくりと息を吐いた。
(……不思議なものだな)
一人残された彼の脳裏に、かつて自身がいた『別の世界』の記憶が蘇る。
それは、見渡す限りの絶望的な水平線。
飢えと病に苦しみ、反乱寸前まで追い詰められた船員たちの怒号。
それでも彼は、決して舵を手放さなかった。誰も信じなかった海の向こうに、必ず黄金の『新大陸』があると信じ、自らの情熱だけで未知の海を切り拓いたのだ。
(かつてわしは、己の野心のために海を渡った、ただの愚かな船乗りじゃった)
しかし今、この世界で「大友宗麟」として生きた時間は、彼に大将としての誇りと、かけがえのない宝物を与えてくれた。
『おい、ゼーレ! お前、そろそろ嫁を取れ!』
『異界人の私が嫁だと?』
『大丈夫だ! わしの親戚に腕の立つ娘がいてな。全く喋らなんだが、あれはわしと同じ匂いがするぞ』
『え、お前と同じ匂いの娘とか嫌だぞ?』
『そっちじゃないわ!』
この不条理で、弱き者は淘汰されていく残酷な時代。心根の優しい少年には余りにも惨い世だ。
『見てくれ、"クリス"! 私とお理の子だ! 可愛いなぁ……私にも、家族が、この世界にも居場所ができた……』
『男が簡単に泣くな! ……でも、可愛いなぁ。名前は決めたのか?』
『あぁ……"リヒト"だ。希望を意味する』
『……良き名だが……ちと浮かんか?』
『……お前と同じで家族の間でだけだ』
だが、あの若者たちならば。あの"双翼"ならば、いつか必ず誰も見たことのない『未来』へと宗茂を導くに違いない。
『道雪! 素性も知らん娘を宗茂に預けて良いのか!?』
『この世界の成り立ちなら素性が分からない子が居てもおかしくないだろう?』
『だがなぁ……』
『宗麟、お前だって私を受け入れてくれたろう? お前が私を家族にしてくれたのがどれだけ嬉しかったか。あの子だって、私たちの家族さ。きっと大友の未来を、リヒトの未来を切り開いてくれる』
島津の鉄の壁が迫る。無数の長槍が、彼一人の巨体を串刺しにしようと突き出されていた。
(そうだな、ゼーレ。あいつらこそがわしらの新大陸よ!)
「ガハハハハハ!! さあ来い、薩摩の野蛮人ども!!」
大友宗麟は巨大な戦斧を両手で構え、己の命の炎を限界まで燃やし尽くすかのように、地鳴りのような咆哮を上げた。
「この大友宗麟が!! 貴様らの果てなき死出の海の、案内人となってやろうぞぉぉぉぉッ!!!」
耳川の戦い。
後に大友家の衰退を決定づけたとされるこの歴史的大敗において。
大友家当主・大友宗麟は、次代の希望を逃がすための盾となり、その豪快にして誇り高き生涯の幕を閉じたのである。
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