第6話
★戦国武将×偉人★
混沌極める乱世で、少女が運命に抗うIf戦記。予測不能な異世界戦国時代の幕開け!
鬱蒼と茂る森の中を、私は駆け抜けていた。
この先の起伏に、必ず鉄砲隊か弓兵が伏せているはずだ。足音を殺し、木々の間を縫うようにして進む。
前回の高城川原の戦いと同じであれば、大友軍を包囲するための別動隊が、配置についている頃合いだ。
それを私が背後から急襲し、指揮系統を引き裂く。そうすれば……
「……ん?」
しかし、森の奥へ進むにつれ、奇妙な違和感を覚え始めた。
静かすぎる。
伏兵が潜んでいるはずなのに、人の息遣いや甲冑が擦れる音、鉄砲の火縄の匂いが全くしない。
配置が違うのか? いや、退却の経路からしてこの森以外に身を隠す場所は……
思考を巡らせながら、木々が途切れ、すり鉢状に開けた窪地へと飛び出した。
「なっ……!?」
そこにあった光景を目にした瞬間、足が泥に縫い止められたように止まった。
伏兵などいなかった。
いや、『隠れている兵』など一人もいなかったのだ。
すり鉢状の窪地の底。
そこには、戦国の軍隊としてあり得ない『異形の塊』が鎮座していた。
「なんだ、あれは……?」
戸惑いの声が漏れる。
数百からなる兵士の群れ。
しかし、彼らは島津家の家紋である『丸十』を誂えた巨大な円盾を、隣の兵と隙間なく重ね合わせ、一つの巨大な壁を形成していた。
そして、その盾の隙間からは、通常の倍以上はある長大な槍が、森の木々のようにびっしりと突き出されている。
巨大な鉄の鱗を持った怪物。
あるいは、近づく者を串刺しにする巨大な針鼠。この陣形はまさか……
「……ファランクス」
無意識のうちに、口がその言葉を紡いでいた。
古代ギリシャにおいて、スパルタなどの都市国家が用いた密集陣形。
なぜ、そんなものが島津軍に? いや、この世界なら十分にあり得る。あの異常な陣形をこうも見事に操れるものがいてもおかしくはない。
焦るな。必ず勝機はある。これまでもそうだったのだ。
「……奇を衒った陣形だが、密集して動かない的など、好都合ではないか。知ってさえいれば、な!」
自らを鼓舞するように口角を上げ、刀を構え直した。
恐れることはない。いかに強固な壁を作ろうと、人が動かしている以上、必ず『隙』は存在する。その隙を突いて内部に潜り込めば、長槍は同士討ちを恐れて使い物にならなくなるはずだ。
「一ノ瀬流剣術・一刀ノ終《桜花爛漫》!!」
地を強く蹴り、針鼠の正面へと単騎で躍り込んだ。
突き出された長槍の軌道を読み切り、刃を紙一重で躱しながら盾の壁へと肉薄する。
「そこだッ!」
隣り合う盾の僅かな継ぎ目。そこへ向かって、全体重を乗せた刺突を放とうとした。
——しかし。
『盾、構え』
陣の奥から響いた低い号令と共に、目の前の盾の壁が、まるで一つの生き物の筋肉のように『連動』した。
激しい金属音が森に響き渡る。
「なっ……!?」
私の刀は瞬時に角度を変えられ、何枚も重なり合った巨大な盾の表面を滑るようにして弾き返された。
「くっ……なら、足元――」
体勢を立て直し、下段へ潜り込もうとした瞬間。
全身の毛が逆立った。
私の死角を完璧に塞ぐように、横からもう一本の長槍が突き出されていたのだ。
さらに、回避する先を予測したかのように、三本目、四本目の槍が、精密な機械のように同時に退路を断つ。
軌道が、読めない……!?
龍造寺四天王の連携は、あくまで「個」と「個」の阿吽の呼吸だった。強者ゆえの誇りや、思考の癖があった。
しかし、目の前のこれは違う。
自我を捨て、ただ陣形の一部として機能する『歯車』たちの殺戮運動。誰かが突出することも、誰かが遅れることもない。そこに感情の揺らぎや個人の武の誇りなど微塵も存在しない。
「ぐっ、あぁっ!」
回避しきれなかった槍の穂先が、宗麟殿から下賜された白銀の籠手を掠め、鮮血が舞う。
「個の力に溺れた羽虫が一匹」
巨大な盾の奥から、低く冷酷な声が響いた。
盾の壁が僅かに開き、中から全身に無数の傷跡を刻んだ一人の巨漢が進み出た。
鍋島殿と同等以上の気迫。私の知る限りではこの九州にはもう一人しかいない。
「島津……義弘殿、か……?」
「如何にも」
短く応えたその男の佇まいは、通常の武将のそれとは明らかに異質だった。
この世界において、転生者は前世の魂の性質を色濃く引き継ぐ。目の前の異常な陣形、ファランクス。それを指揮し、自我を捨てた兵たちを歯車のように統率できる存在。
点と点が繋がり、私の中で一つの恐ろしい仮説が形を成した。
間違いない。この男の魂は……!
◆◆◆
【レオニダス一世】
古代ギリシャの都市国家スパルタの王。テルモピュライの戦いにおいて、わずか三百の精鋭のみで三十万のペルシャ大軍と戦い抜いた歴史に名高い戦鬼。
◆◆◆
鬼×鬼の組み合わせとは何かの冗談か……?
島津義弘という、退き口(捨てがまり)で知られる戦国屈指の猛将に、徹底抗戦と集団戦術の極致である古代スパルタ王の魂が宿っているというのか。
戦国最強と古代最強の『集団戦術』。これほど噛み合い、かつ絶望的な組み合わせがあるだろうか。
「我が島津の『鉄の群れ』の前に、貴様の如き小手先の剣など児戯にも等しい。……蹂躙せよ」
義弘が腕を振り下ろすと同時に、数百の兵士たちが一斉に叫んだ。
「「「チェストォォォォォッ!!!」」」
直後、島津の兵たちが一斉に盾を前へと押し出し、巨大な鉄の壁による強烈な打撃を放った。
「が、はっ……!?」
凄まじい質量が全身を真正面から撥ね飛ばした。
「かはっ……、ごほっ……!」
空気を強制的に押し出され、宙を舞い、泥まみれの地面へと無様に叩きつけられる。全身の骨が軋み、口から血の塊が溢れ出す。
ここまで……ここまで差があるのか……?
護るための剣。歴史を覆せると思い上がっていた自信。
それらが全て、圧倒的な暴力の壁を前に音を立てて崩れ去っていく。
見上げれば、巨大な盾の壁が頭上まで迫っていた。
無数の長槍が、泥に這いつくばる虫けらを貫こうと、冷たく高く掲げられている。
「……あ、あぁ……」
視界は、冷たい鋼の刃と、自らの驕りが招いた逃れられない死の影で完全に覆い尽くされていた。
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