第1章(第4話)『何でも屋、器用貧乏』
アストリア冒険者ギルド。
俺は、入り口の上に掲げられた文字を見つめた。
一瞬、何か見たこともない言語で書かれているのかと思った。
文字の形は見慣れない。今まで一度も見たことがないようなものばかりだ。
それなのに、不思議なことに、その意味だけははっきりと理解できた。
アストリア……。
なるほど。ここが王都の名前ってわけか。
……いや、待てよ。
なんで俺、知らない文字を普通に読めてるんだ?
異世界に来たからって、言語まで自動翻訳される仕様なのか?
もしそうなら、かなりありがたいけど……。
いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。
俺が考え込んでいる間に、愛子は何のためらいもなくギルドの中へ駆け込んでいった。
「おい! 待てって!!」
……マジで、この女は自分の行動の結果を考えたことがあるのか!?
俺は慌てて、その後を追った。
ギルドの中は、とんでもなく広かった。
高い木造の天井の下には、様々な冒険者たちで賑わう巨大なホールが広がっていた。
革鎧を身につけ、腰に剣をぶら下げている者もいれば、ファンタジーRPGからそのまま飛び出してきたような、凝ったローブやマントを身につけている者もいる。
おっ、あいつ、魔法使いっぽい帽子をかぶってるな。
……いや、マジでいるんだな、ああいうの。
ゲームじゃ何度も見てきたけど、実際に目の前にいると、なんだか妙な感覚になる。
あの帽子、どう見ても戦闘の邪魔になりそうなんだけど……。
いや、余計なお世話か。
テーブルを囲んで酒を飲み、楽しそうに笑っている冒険者たちもいた。
一方で、賭け事をしている連中は、木製のテーブルに硬貨を叩きつけ、勝者が出るたびに大声を上げている。
……うん。
控えめに言って、騒がしすぎる。
酒場とカジノと職業安定所を無理やり合体させたら、こんな感じになるんだろうか。
冒険者ギルドって、もっとこう……厳かな場所じゃないのか?
受付で登録して、クエストボードから依頼を選んで、受付嬢に「お気をつけて」とか言われて出発する。
そういう、ゲームでよく見る展開を想像してたんだけどな。
……まあ、今のところ受付嬢すら見つけてないんだけど。
そして、もう一つ気になったのが、そこにいる種族の多さだった。
獣人や亜人、それにゲームでしか見たことのないような特徴を持つ連中が、ホールの中を埋め尽くしている。
近くのテーブルでは、獣人や亜人の男たちが、一人の女性の亜人を囲むように集まっていた。周囲の喧騒に負けないくらい大きな声で何かを話している。
何を話しているのかまでは聞き取れなかったが……。
……まあ、日本でも見かけそうな光景ではあるよな。
俺は小さくため息をついた。
人間って、どこの世界に行っても変わらないんだな。
……いや、あいつらが何をしてるのか知らないけどさ。
勝手に決めつけるのはよくない。
うん。俺だって、ついさっきまで異世界の住人を見て大騒ぎしてたんだからな。
そんなことを考えていると、隣から元気な声が飛んできた。
「ねえ、潤也!」
「ん?」
愛子の方を振り向くと、彼女は腰に手を当て、自信満々の笑みを浮かべていた。
……おい。
その顔、絶対ろくなことを考えてねえだろ。
「お金を稼ぐ、もっといい方法を思いついたわ!」
やめろ。
頼むから、その自信満々な顔で余計なことを言わないでくれ。
俺は思わず身構えた。
「ギャンブルよ!!」
「やめろおおお!! このアホ!!」
俺が止めるよりも早く、愛子は賭け事をしている冒険者たちのテーブルへ向かって走り出した。
「おい!! 戻ってこい!!」
「聞こえてんのか、クソビッチ!!」
……ダメだ。
こいつ、俺の言葉を一ミリも聞いてねえ。
ぐっ……! マジで疲れる女だな!!
本気で首輪でもつけておくべきかもしれない。
……いや、待て。
そんなことをしたら、今度は俺が動物虐待で捕まるんじゃねえか?
そもそも、なんで異世界に来てまで、俺がこいつの保護者みたいなことをしなきゃならないんだよ!
俺は深いため息をついた。
……もういい。
あいつがどんな金銭的な大惨事を引き起こそうと、俺は知らん。
そう自分に言い聞かせ、俺はホールの中を見回した。
まずは冒険者として登録しないと、金を稼ぐどころの話じゃない。
俺は受付らしき場所を探し、壁際に掲げられた看板に目を留めた。
受付。
……よし。
たぶん、あそこだ。
少なくとも、今までプレイしてきたゲームでは、こういう場所で登録するのが定番だった。
頼むから、登録手続きくらいは面倒じゃありませんように……。
俺は受付へと向かった。
「こんにちは! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
カウンターの向こうにいた若い女性が、柔らかな笑顔で出迎えてくれた。
おっ。
かわいい。
……
……あれ?
なんだ?
急に言葉が出なくなったぞ。
いや、待て。
俺はただ登録しに来ただけだ。
別に、この人と何か特別なことをするわけじゃない。
落ち着け、潤也。
普通に話せばいいんだ。
「あ、あの……ぼ、冒険者として登録したいんですけど……」
クソッ!! なんでどもってんだ、俺は!?
たかが受付嬢と話すだけだろ!
別に告白してるわけでもないのに、何を緊張してるんだよ!
受付嬢は少し首を傾げたあと、再び丁寧な笑顔を浮かべた。
「かしこまりました! それでは、登録のお手伝いをさせていただきますね」
彼女はカウンターの下から一枚のカードを取り出し、続けて青く輝く水晶玉のようなものを置いた。
おおっ! これだよ、これ!
ファンタジーって感じがしてきたな!
……いや、さっきから十分すぎるほどファンタジーだったけど。
「まずは、こちらの水晶に手を置いてください。基本的な情報を読み取り、それをもとに冒険者証を作成します」
「わかりました」
俺は水晶の滑らかな表面に手を置いた。
待っている間、カウンターに置かれたカードを覗き込む。
名前、年齢、種族、性別。
いくつかの項目が空欄になっていた。
……まあ、その辺は普通だな。
だが、ほかにも気になる項目があった。
ランク。
クラス。
所属。
所属……? 住民票みたいなものか?
いや、さすがに異世界に住民票なんてないよな?
……ないよな?
わからないことだらけだ。
今の俺は、ゲームのチュートリアルを一切受けずに、いきなりオープンワールドに放り込まれたプレイヤーみたいなものだ。
しかも、攻略サイトもない。
……いや、あったところで、この世界の攻略情報なんて載ってるわけないか。
俺がそんなことを考えていると、水晶が淡い光を放ち始めた。
次の瞬間、カードに文字が浮かび上がり、空欄が一つずつ埋まっていく。
……おお。
すげえ。
これ、どういう仕組みなんだ?
魔法って便利だな。
スマホもパソコンもない世界なのに、こんなことができるなんて。
……いや、俺のガラケーも十分すごいけどな。
そんなことを考えているうちに、水晶の光が消えた。
受付嬢は冒険者証を手に取り、内容を確認し始めた。
……ん?
ちょっと待て。
それ、俺のカードだよな?
なんで勝手に持っていくんだ?
……いや、別に盗まれたわけじゃないか。
たぶん、確認するためだ。
うん。
きっとそうだ。
俺は余計なことを考えるのをやめた。
「ええと……久吾潤也さん。十八歳。まあ、お若いですね! 種族は人間。性別は男性……」
受付嬢は項目を読み上げながら、カードを確認していった。
そして、一度だけ小さく頷いた。
「ここまでは問題ありませんね。それでは、続きを……」
彼女の視線が、カードの下半分へと移った。
「ランク……Eランク……」
そこで、受付嬢の動きがぴたりと止まった。
「……あら?」
……あら?
……おい。
その反応、なんだ?
俺は少しだけ身を乗り出した。
「何か問題でも?」
受付嬢が顔を上げた。
先ほどまでの丁寧で柔らかな表情は消え、代わりに本物の驚きが浮かんでいた。
「あなたのクラスは……サヴァンです」
「……サヴァン?」
ん?
なんだか、すごそうな響きだな。
もしかして、珍しいクラスなのか?
受付嬢は少し興奮した様子で説明を続けた。
「サヴァンは、極めて希少なクラスなんです」
ビンゴ!!
やっぱりな!!
俺は思わず口元が緩みそうになった。
よし。
ようやく来たぞ。
異世界転生といえば、やっぱりこういう展開だよな!
最初は不遇でも、実はとんでもない才能を秘めていました、みたいなやつ!
……いや、まだ何もわかってないんだけど。
落ち着け、潤也。
期待するのは説明を聞いてからだ。
「具体的には、どんな能力があるんですか?」
「サヴァンは、ほかのすべてのクラスの能力を使用でき、好きなときに切り替えることもできるんです」
……
……は?
うおおおおおおお!?
マジかよ!! めちゃくちゃすげえじゃねえか!!
ちょっと待て。
**すべてのクラス!?**
それってつまり、状況に応じて好きな能力を使えるってことか?
攻撃系のクラスで敵を倒して、防御系のクラスで身を守って、必要なら回復までできるかもしれない。
……いや、実際にどこまでできるのかは知らないけど!
それでも、可能性はとんでもなく広い。
へへへ……。
俺、もしかして本当に特別な存在なんじゃねえの?
これだよ、これ!
俺が待ち望んでいた異世界転生特典!
……まあ、特典って言われたわけじゃないけど。
でも、実質そういうことだろ?
よし。
これから俺の快進撃が始まるんだな!
「ただし……」
……ん?
受付嬢の表情が、少しだけ曇った。
……おい。
その顔はやめろ。
さっきまでの期待を返してくれ。
その表情、どう見ても「ここからが悪い知らせです」って顔じゃねえか。
受付嬢は顎に手を当て、俺とカードを何度も見比べた。
……はいはい。
わかりましたよ。
どうせ何か問題があるんだろ。
もう驚かねえぞ。
「あなたのマナの保有量は、決して多くありません。むしろ……平均を下回っています」
……
……は?
「……すみません。今、なんと?」
俺は思わず聞き返した。
聞き間違いだよな?
だって、俺のクラスはサヴァンなんだぞ?
すべてのクラスの能力を使える、超希少なクラスなんだぞ?
それなのに、マナが少ない?
……いや、まさか。
「多くの冒険者は、訓練によってマナの保有量を増やすことができます。ただ、これほど少ない場合、伸びしろにも限界があると思われます。頑張っても、最終的には平均程度までしか増えないかもしれません」
……
ふざけんなあああああ!!
俺は受付嬢を見つめた。
受付嬢もまた、申し訳なさそうに俺を見つめ返してきた。
「本当に申し訳ありません。サヴァンは非常に優れたクラスですが、これほどマナが少ないとなると……冒険者として活動するのは危険かもしれません」
……そんなに少ないのかよ!?
嘘だろ!?
マジで!?
……。
……俺の異世界無双計画、開始から数分で終了のお知らせ。
いや、待て。
まだだ。
まだ諦めるには早い。
マナが少なくても、サヴァンの能力そのものが消えるわけじゃないだろ?
使い方次第で、どうにかなる可能性だってある。
……たぶん。
いや、そう思いたい。
そもそも、俺には金がない。
寝る場所もない。
この世界でどうやって生きていけばいいのかすら、まだわかっていない。
今さら「危険だからやめておきます」なんて言って、ほかに何ができるっていうんだ?
「すみません。それでも……冒険者になりたいです」
受付嬢は少しだけ躊躇した。
「……本当によろしいのですか?」
「はい」
……頼むから、これ以上追い打ちをかけないでくれ。
俺だって、できれば安全に暮らしたいんだよ。
でも、今はそんな贅沢を言っていられる状況じゃない。
受付嬢は小さくため息をつき、俺に冒険者証を差し出した。
「わかりました。それでは、登録を完了させますね。なお、必要であれば、あとから登録クラスを変更することもできます。通常は変更料がかかりますが、もし変更される場合は、今回に限り無料にさせていただきます」
「ありがとうございます」
……。
……この人、マジでいい人だな。
俺のことを心配してくれているのが伝わってくる。
それでも、無理に止めることはしない。
……なんだか、少しだけ救われた気がした。
「ジュンヤアアアアア!!」
……。
……はい?
聞き覚えのある声に振り向くと、愛子が全速力でこちらへ走ってきた。
手には何かを握りしめ、まるで宝くじにでも当選したかのような顔をしている。
「ダマルカを手に入れたわよおおお!!」
……ダマルカ?
……なんだ、それ。
……あっ。
もしかして、この世界の通貨か!?
愛子は俺の目の前で急停止すると、得意げに笑った。
「銀貨百枚! へへへっ!」
……
俺はゆっくりと愛子の方へ顔を向けた。
……こいつ、マジで勝ったのか?
……。
正直、感心すべきなのか、それとも本気で心配すべきなのか、判断がつかなかった。
だって、さっきまでギャンブルに突撃するのを止めていたんだぞ?
それなのに、本当に勝って帰ってくるなんて。
……いや、待て。
この女、もしかしてギャンブルの才能だけはあるのか?
いやいや。
そんなことを考えるのは危険だ。
こういうタイプは、勝った金を全部つぎ込んで、最終的にゼロにするまでやめないんだよ。
……頼むから、そういう展開だけは勘弁してくれ。
「……まあ、これで宿くらいは取れるな」
俺は小さく呟いた。
とりあえず、一つ問題は解決した。
あとは、愛子が俺たちの全財産をギャンブルで溶かす前に、安定して金を稼ぐ方法を見つけるだけだ。
できれば、夕飯までには。
「そうだ、愛子。お前も冒険者証を作ってこいよ。受付はあそこだ」
愛子は受付をちらりと見てから、俺の方へ振り返った。
「ん? アンタ、もう登録したの? ちょっと見せて!」
「おい、待っ――」
俺が止めるよりも早く、愛子は俺の手から冒険者証をひったくった。
「おい!! 返せ!!」
「久吾潤也……Eランク……サヴァン……」
愛子は小声で読み上げながら、冒険者証をじろじろと眺めた。
そして、目を細める。
「ふーん。あたしはアンタより上のランクになるから」
……は?
……出たよ。
この女、どこからその自信が湧いてくるんだ?
いや、確かにギャンブルでは勝ったけど!
だからって、何でもう勝ち誇ってるんだよ!
ちっ……。
まあ、どうせ大したことないだろ。
「俺より低いランクだったら、夕飯はお前のおごりな」
愛子はニヤリと笑った。
腕を組み、片手の人差し指をゆっくりと回す。
「見てなさいよ、坊や」
……はいはい。
俺は自信満々に受付へ向かう愛子を見送った。
あいつ、さっきからずっと楽しそうだな。
……まあ、少なくとも、俺よりはこの状況を楽しんでいるらしい。
数分後、受付嬢が愛子の冒険者証を手に取った。
「番堂愛子さん……。お二人とも、珍しいお名前ですね。十八歳……お若いですね! 種族は人間。性別は女性……」
受付嬢は一つずつ項目を確認していった。
「それでは、次に……」
俺はカウンターに寄りかかりながら、結果を待った。
さあ、愛子。俺を驚かせてみろ。
……まあ、無理だろうけど。
そう思っていた、そのときだった。
受付嬢の表情が変わった。
最初は、眉をひそめただけだった。
しかし、次の瞬間、目が大きく見開かれ、顔からみるみる血の気が引いていった。
「……何かの間違い、ですよね?」
……。
……え?
その言葉に、俺の背筋が少しだけ冷たくなった。
なんだ?
さっきの俺と同じように、珍しいクラスでも出たのか?
……いや、だったら、なんでそんな顔をしてるんだ?
愛子は身を乗り出した。
「ん? 何よ? あたし、特別だったりする? はっ! やっぱりね! タンポポ、ざまあみなさい!」
……おい。
まだ結果も聞いてないのに、何を勝ち誇ってるんだよ。
受付嬢は笑わなかった。
それどころか、何か見てはいけないものを見てしまったかのように、冒険者証を見つめ続けていた。
「……番堂さん」
声が小さくなった。
「あなたには……マナがありません」
……
……は?
一瞬、聞き間違いかと思った。
マナがない?
……どういう意味だ?
マナって、魔法を使うためのエネルギーじゃなかったのか?
確かに、俺のクラスを説明してくれたとき、かなり重要そうなものだとは思った。
でも、まさか生きていくために絶対必要なものだなんて、聞いてないぞ。
だって、愛子はここにいるじゃないか。
普通に呼吸して、喋って、そして……。
……人の話を聞かずに暴れ回っている。
……うん。
むしろ、あれだけ元気なら、生命力は有り余っているんじゃないか?
なのに、マナがない?
どういうことだよ。
「はあああああああああ!?」
愛子の叫び声が、ギルド全体に響き渡った。
受付嬢がびくりと肩を震わせる。
愛子は受付嬢から冒険者証をひったくり、まるで文字を睨みつければ結果が変わるとでも言いたげに、カードを凝視した。
「マナがないってどういうことよ!? もう一回確認しなさいよ!!」
「お、落ち着いてください、番堂さん! 水晶で確認した結果ですので……!」
「じゃあ、その水晶が壊れてるんでしょ!!」
受付嬢が思わず身を引いた。
……。
……ちょっとだけ同情する。
いや、ちょっとだけな。
だって、俺の隣には今にも爆発しそうな人間爆弾がいるんだぞ。
俺まで巻き込まれたら、たまったもんじゃない。
「なんであたしにマナがないのよ!? あたし、生きてるじゃない!!」
「そ、それは……はい、ですが……」
受付嬢は口を開きかけ、結局何も言えずに閉じた。
……うん。
その質問に答えるのは、さすがに難しいよな。
俺だって、何をどう考えればいいのかわからない。
しばらくの間、周囲の冒険者たちは何事もなかったかのように会話を続けていた。
しかし、一人がこちらを振り返った。
それに続いて、もう一人。
そして、気がつけば……。
ギルド中の視線が、俺たちに集まっていた。
「今、マナがないって言ったか?」
「嘘だろ? そんなのありえねえ……」
「じゃあ、あの女のクラスは何なんだ?」
「クラスどころじゃねえだろ! どうやって生きてるんだよ!?」
俺はゆっくりと周囲を見回した。
ひそひそと話し合っている冒険者もいれば、愛子を露骨に凝視している者もいる。
中には、本気で怯えているように見える奴までいた。
……おいおい。
マナがないだけで、ここまで騒ぎになるのか?
一人の男なんて、まるで愛子から何かうつされるとでも思っているかのように、椅子ごと距離を取っていた。
……
……何なんだよ、この反応。
愛子は歩く災害か何かか?
俺は再び愛子に目を向けた。
彼女はまだ受付嬢に食ってかかっていた。
冒険者証を振り回しながら、まるで裁判で証拠を突きつけているかのように叫んでいる。
「見なさいよ! ここに人間って書いてあるでしょ!? 人間よ、人間! あたしがゾンビにでも見えるっていうの!?」
「そ、そんなことは言っていません、番堂さん!」
「じゃあ、なんで全員こっちを見てんのよ!!」
愛子は周囲の冒険者たちに指を突きつけた。
「ちょっと、あんたたち! 何か言いたいことでもあるわけ!?」
何人かの冒険者が、慌てて目を逸らした。
そのうちの一人は、急に手元の酒に興味が湧いたらしい。
……
……ぷっ。
いや、笑っちゃダメだ。
ダメなんだけど……。
マナがないと告げられただけで、ギルド中の人間に喧嘩を売り始めるなんて、あまりにも愛子らしすぎる。
こいつ、視線を向けられるのが嫌なら、せめて少しは大人しくしていればいいのに。
……いや、愛子にそんなことを期待するだけ無駄か。
それにしても、マナがないというのは、そこまで異常なことなのか?
この世界では、誰もがマナを持っているのが当たり前なんだろうか。
もしそうなら、愛子の存在そのものが、常識から外れていることになる。
……だとしたら。
こいつは一体、何なんだ?
俺は額を押さえた。
この女、今週中に俺を心臓発作で殺すつもりじゃないだろうな。
……いや、マジでありえるから怖い。
それでも、どうしても気になることがあった。
なぜ、全員がここまで「ありえない」と言い切れるんだ?
マナは、この世界でそれほどまでに生命と結びついているものなのか?
そして、もし本当にそうなら……。
どうして愛子は、生きているんだ?
「そんなの、ありえねえ……」
「ゾンビか何かじゃないのか?」
……
「ちょっと!! 全部聞こえてんのよ、このクソ野郎ども!!」
愛子が声のした方へ勢いよく振り返ると、さっきまでひそひそ話していた二人の冒険者は、慌てて別の方向を向いた。
俺は長いため息をついた。
俺たちは、冒険者として登録して、金を稼いで、この世界で生きていく方法を見つけるためにここへ来た。
それなのに、俺の希少なクラスは低すぎるマナ保有量という問題を抱えていて、愛子は生物学的にありえない存在だと判明した。
そして今、俺たちはギルド中の注目の的になっている。
……
……なあ。
神様、もしかして俺たちで遊んでないか?
俺は、まだ愛子をなだめようとしている受付嬢を見た。
それから、まるで見世物でも見るように俺たちを眺めている冒険者たちへと視線を移した。
……最高だな。
この世界に来て、まだ一日も経ってないんだぞ?
それなのに、もうこんな騒ぎを起こしている。
俺は眉間を指で押さえた。
……本当に。
この世界において、マナってのはどれほど重要なものなんだ?
※※




