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Fable ― 異世界に転生した俺の物語 ―  作者: ソガシリュー11
第一章:死から始まる物語
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第1章(第3話)『異世界で無一文』

しばらく、俺たちは街を歩き回った。


あちこちを見回しながら。


石畳の道。木骨造りの建物。見たこともない生き物に引かせた馬車。革鎧を身につけ、剣を腰にぶら下げて歩く人々。


尖った耳を持つ女性が商人と値段交渉をしている一方で、全身を重厚な鎧で覆った男たちが、金属のブーツを石畳に響かせながら通り過ぎていった。


信号機はない。


車もない。


コンビニもない。


電光看板すら、一つも見当たらなかった。


……マジかよ。


本当に、こんなことが起きてるのか。


まあ、俺はRPGを散々プレイしてきたから、この世界の雰囲気には覚えがあった。


中世風のファンタジー都市。見慣れない種族。何か大事な用事でもあるかのように歩き回る武装した冒険者たち。


もし今、


「近くの山にドラゴンが住んでるぞ」


と言われても、もう驚かないかもしれない。


……いや、ゲームの中で見慣れていることと、実際にその世界のど真ん中に立っていることは、まったくの別物だった。


ゲームなら、ドラゴンに遭遇したってリセットすればいい。強敵に負けたらレベルを上げて再挑戦すればいい。


でも、ここは現実だ。


少なくとも、俺の感覚ではそうだった。


もし本当に死んだら、コンティニューなんてできない。


……いや、そもそも一度死んだはずなんだけどな。


俺、いったい何回死ねば気が済むんだよ。


近くの店から、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。


通りの向こうでは、鍛冶屋のハンマーが金属を叩く音が響いている。


商人たちは人混みの中で商品の値段を叫び、馬車が俺たちのすぐそばを通り過ぎた。


「うわっ、危ねえ!」


俺は慌てて愛子の腕を引っ張り、馬車の進路から彼女を引き離した。


……本人は、まったく気づいてなかったけどな。


「ん? 何よ、急に」


「お前、今の馬車が見えなかったのか!?」


「見えてたわよ?」


「じゃあ、なんで避けねえんだよ!」


「アンタが引っ張ってくれたから、避ける必要なかったじゃん」


「そういう問題じゃねえ!!」


愛子はケラケラと笑った。


……こいつ、マジでいつか事故に遭うぞ。


しかも、そのときは俺まで巻き込まれる気がする。


「うわぁ……」


愛子はきょろきょろと辺りを見回した。


「潤也、見て! 見て見て! あの人、角が生えてる!」


「見りゃわかる」


「それに、あの女の子、尻尾がある!」


「はいはい」


「それと、あっちの人、腕が四本もあるんだけど!?」


「だから、いちいち大声で叫ぶなって!」


近くを歩いていた四本腕の男が、ちらりとこちらを振り返った。


俺は反射的に目を逸らした。


……おい、愛子。


お前のせいで、こっちまで変な奴だと思われてるじゃねえか。


「だから、聞いてんの!?」


「聞いてるわよ! だって、すごいじゃん!」


「何がだよ!」


「腕が四本よ!? 四本! アンタ、あれでどうやって服着てんだろうね!?」


「俺が知るか!!」


……こいつ、聞いてねえ。


愛子は俺の言葉を完全に無視して、つま先立ちになりながら、四本腕の男が人混みに消えていくのを眺めていた。


さっきまで精神崩壊寸前みたいな顔をしてたくせに、今じゃ世界最大の遊園地にでも来た子供みたいにはしゃいでいる。


……まあ、気持ちはわからなくもないけどさ。


俺だって、さっきから驚きっぱなしだ。


こんな光景、ゲームや漫画の中でしか見たことがない。


それなのに、今は目の前で人々が普通に歩き、商人が商売をし、馬車が行き交っている。


この世界の住人にとっては、これが日常なんだろう。


……なんか、すげえな。


俺は、さっき通り抜けた巨大な石造りの門を振り返った。


その向こうには、明るい午後の空の下、視界の果てまで街並みが広がっていた。


屋根が隙間なく並び、遠くには巨大な城がそびえ立っている。いくつもの塔が、周囲の建物よりも高く空へと伸びていた。


こんなの、映画撮影用の安っぽいファンタジーセットなんかじゃない。


ここには人が暮らしている。


働いている。


喧嘩して、笑って、買い物をして……きっと税金に文句を言ったりもするんだろう。


……いや、最後のは俺の勝手な想像だけど。


でも、そう考えると、少し不思議な気分になった。


この世界にも、俺たちの知らない誰かの日常がある。


俺たちが突然現れたところで、世界そのものが止まるわけじゃない。


誰も俺たちのことなんて知らないし、気にも留めていない。


……当たり前だよな。


俺はこの世界じゃ、ただのよそ者なんだから。


そんな世界のど真ん中に、俺たちはなぜか放り込まれていた。


「ねえ、潤也!」


「……ん?」


俺は振り返った。


愛子はすでに数歩先を歩いていて、店先のショーウィンドウに並べられた剣や短剣を指さしていた。


「ちょっと見に行ってもいい!?」


「買う金なんてあるのかよ?」


「見るだけだってば! 買うなんて言ってないじゃん!」


「じゃあ、見てこいよ」


「うわ、アンタって本当にノリ悪いよね」


「お前こそ、ほんっと――」


俺は言いかけて、口を閉じた。


愛子がゆっくりとこちらを振り向く。


「……最後まで言ってみな?」


……やべ。


この女、絶対に面倒なことになる。


ここで余計な一言を口にしたら、間違いなく殴られる。


しかも、今度はさっきの馬車みたいに引っ張って逃げることもできない。


……いや、待て。


俺は男だぞ?


十八歳の男が、同い年の女にビビってどうする。


「素晴らしい人だなって。素晴らしい人って言おうとしたんだよ」


「そう。それならいいのよ」


愛子は満足げにニヤリと笑うと、店へ向かって駆け出した。


……ちょろい。


いや、今のは俺のほうが助かっただけか。


俺はため息をつきながら、その後を追った。


……まあ、こいつがこうしてはしゃいでるのを見ると、少し安心する。


少なくとも、もうパニックにはなっていないらしい。


さっきまでの様子を思い返すと、あのまま泣き出してもおかしくなかった。


それなのに、今では剣を見て大騒ぎしている。


……切り替えが早いっていうか、なんていうか。


もっとも、ショーウィンドウに顔を押しつける勢いで剣を眺めているあたり、俺たちが置かれた状況なんて、すっかり忘れていそうだけどな。


「ねえ、これって本物かな!?」


「本物じゃなかったら、何なんだよ」


「飾りとか!」


「わざわざ剣の形をした飾りを売る意味あるか?」


「あるかもしれないじゃん!」


「どんな意味だよ……」


愛子は店のガラス越しに、短剣の柄をじっと見つめた。


……ああ、もう。


こいつを見てると、こっちまで頭がおかしくなりそうだ。


……いや、無理もないか。


建物も、服装も、武器も、市場でやり取りされている硬貨でさえ、何もかもが初めて見るものばかりだ。


俺だって、本当は一日中この街を歩き回って、ほかにどんなものがあるのか見てみたい。


ドラゴンを見つけて、魔法の仕組みについて質問してみたい気持ちだってある。


……できることなら、危険な目に遭わずに観光だけしていたいところだ。


だが。


俺の中の冷静な部分が、ある重大な事実を思い出させた。


俺たち、金がない。


完全に。


徹底的に。


笑えないくらい、金がない。


……いや、笑えないどころか、これからどうやって生きていくんだよ。


食費。宿代。服や道具だって、いずれ必要になるだろう。


この世界の物価もわからないし、そもそも俺たちが持っているものを売れるかどうかすら怪しい。


……待てよ。


俺、今のところ何も持ってないんじゃねえか?


俺は習慣でポケットを探った。


役に立ちそうなものは何もない。


財布も、現金もない。


あるのは今着ている服と……まあ、死んだときに身につけていたものくらいだ。


「あれ……俺のガラケーだ」


……変だな。


異世界に来たってのに、持ってきたのは携帯だけかよ。


どうしてこれだけ残ってるんだ?


何かのバグなのか?


……いや、ゲームじゃあるまいし、バグってなんだよ。


でも、俺が死んだときに持っていたものが、これだけ残っているってのは妙だ。


何か意味があるのか?


それとも、本当にただの偶然か?


……考えてもわからねえな。


今ここで悩んだところで、答えが出るわけでもない。


俺は深く考えず、携帯をポケットにしまった。


ほかの持ち物も見当たらなかった。


ワインの瓶も、買った食べ物が入っていたビニール袋もない。


……ま、いいか。


今は考えることが多すぎる。


携帯のことは、あとでゆっくり考えればいい。


……もし、あとで考える余裕があればの話だけどな。


「おい、愛子」


「ん?」


彼女は相変わらず、剣を眺めていた。


「俺たち、金が必要だ」


「そう?」


「それと、寝る場所も」


「うんうん」


「あと、食い物もな」


「潤也、今ちょっと剣を見てるんだけど」


「だから金がねえんだよ!!」


愛子はようやくこちらを振り向いた。


「……あ」


彼女は一瞬、俺の顔を見つめた。


そして、もう一度剣へと視線を戻した。


「それは残念ね」


「残念ね、じゃねえよ!?」


「じゃあ、どうしろっていうの? 泣けばいい?」


……こいつ、マジでクソビッチだな。


いや、クソビッチっていうか、単純に人の話を聞いてねえだけか。


俺は眉間を指で押さえた。


……あぐぶだばだぬいすぃあじ!!


そうだよな。


この女にまともな返事を期待した俺が間違ってた。


マジで使えねえ!!


とにかく、何か考えないと。


早急に。


この世界にも、普通の人間が金を稼ぐ方法くらいあるはずだ。


今まで見てきた限り、この街には商人や職人、衛兵、それに……モンスターと戦うことを生業にしているような連中もいた。


冒険者だ。


そうだ、それだ。


「本当に異世界なら、冒険者ギルドがあるはずだ……」


愛子はようやく武器から目を離した。


「ぼ、冒険者ギルド……?」


「ああ。冒険者が登録して、クエストボードから依頼を受けて、達成したら報酬をもらえる場所だ。そこで登録できれば、食費と宿代くらいは稼げるかもしれない」


俺は一度言葉を切った。


少なくとも、今までプレイしてきたゲームじゃ、そういう仕組みだった。


……頼むから、現実までいきなり計画をぶち壊してくれるなよ。


俺は心の中で、まだ見ぬ冒険者ギルドに向かって祈った。


登録に面倒な条件がありませんように。


身分証が必要とか、登録料が必要とか、そういう展開は勘弁してくれ。


……いや、待て。


そもそも、俺たちの身分を証明するものなんて何もないじゃねえか。


……ああ、もう!


考えれば考えるほど、不安になってくる。


俺は愛子を見た。


愛子は俺をじっと見つめた。


そして、ゆっくりと皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「へえ。見直したわ……オタクニートとして過ごしてきた時間も、無駄じゃなかったみたいね」


「俺はオタクでもニートでもねえ!!」


「はいはい、タンポポくん」


「たんぽ……何だって!?」


「タンポポくん。アンタにはぴったりじゃない?」


「どこがだよ!!」


愛子は笑いながら歩き出した。どうやら俺の尊厳を傷つけるだけ傷つけて、満足したらしい。


俺はぶつぶつ文句を言いながら、その後を追った。


それでも……認めたくはないが、愛子がいてくれてよかったと思う。


こんな世界で一人きりで目を覚ましていたら、どうなっていたか想像もつかない。


……たぶん、今ごろ泣きながら道端に座り込んでいたんじゃないか?


いや、そこまで情けなくはない……と思いたい。


少なくとも、今みたいに文句を言い合える相手がいるだけで、少しは気が楽だった。


……まあ、本人には絶対に言わないけどな。


そんなことを言えば、一生からかわれるに決まっている。


「ねえ、潤也!」


「今度は何だよ!?」


「この世界って、ドラゴンとかいると思う?」


俺は愛子をちらりと見た。


またニヤニヤしてやがる。目なんてキラキラ輝いていた。


……さっきまで不安そうにしてたくせに、もうドラゴンの話かよ。


本当に切り替えが早いな、このクソビッチ。


「……たぶんな」


「最高じゃん!!」


「いや、最高って……ドラゴンだぞ? 普通に考えて、めちゃくちゃ危険だろ」


「えー? でも、見てみたいじゃん!」


「見るだけで済めばいいけどな……」


「何よ、アンタ。怖いの?」


「怖いに決まってんだろ!!」


愛子は大笑いした。


……くそっ。


こいつ、絶対に俺をからかって楽しんでやがる。


そう叫ぶなり、愛子はまた走り出した。


俺がギルドを探すんだろ、と注意する間もなく、人混みの中をすいすいと進んでいく。


「おい! そっちはギルドと反対方向かもしれねえだろ!」


「だったら、アンタが道案内しなさいよ!」


「まだ場所も知らねえんだよ!!」


「じゃあ、早く探す!」


「人の話を聞けえええ!!」


俺は長いため息をつき、慌てて後を追った。


まずは冒険者ギルドを見つける。


それから登録して、金を稼ぐ。


簡単な話だ。


……そうだよな?


なんだか、これから先も愛子に振り回される未来しか見えない。


しかも、あいつは楽しそうで、俺はすでに疲れ切っている。


……不公平すぎるだろ。


どうにも、今日はとんでもなく長い一日になりそうな気がした。


※※

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