第1章 (第11話)『罪なき者の疑い』
山小屋の居間は、暖炉の炎に照らされていた。揺らめく光が、木製の壁に不規則な影を落としている。
聞こえるのは、薪がパチパチとはぜる音だけだった。
俺の目の前には全員が座っていた。中央にいるルイスは、考え込むように顎をさすっている。
……
……気まずすぎて死にそうなんだが。
誰か、頼むから何か言ってくれよ!!
「そうか……」と、ルイスが呟いた。
……ルイスくん。
「そうか……」じゃねえんだよ。もうちょっと何か言ってくれよ。例えば――
「アエラル。君は、潤也が魔女だと疑っているのか?」
……
……は?
待て。アエラル?
「べ、別に決めつけたいわけじゃないの。ただ……彼が魔法を使ったときの様子が、あまりにも……。何もかも、見覚えがありすぎたの」
……
……は?
いや、そんなこと言われても、俺にどうしろってんだよ!?
「マナ操作だ」
ルイスの言葉に、部屋が静まり返った。
彼は顎から手を離し、そのまま説明を続けた。
「これは特殊な技能だ。いや……正確には、禁忌の技術と言った方がいい。魔女や悪魔と深く結びついていることで知られている」
彼は一度言葉を切り、再び口を開いた。
「闇魔法の一種だ。俺たちのような人間には、マナそのものを操作することなんてできない。マナを使って身体を強化したり、魔法を発動したりすることはできる。だが、あんなふうにマナそのものを直接操るなんて……俺たちには到底できない芸当だ」
……
ルイスが話し終えた瞬間、俺は凍りついた。
……う、嘘だろ。
どうして……俺がそんなことをできるんだ?
あり得ねえだろ……。
この世界の仕組み、完全にぶっ壊れてんじゃねえか!!
「それでな……」と、オルシクが重々しい表情で口を開いた。「アエラルの村は……故郷も、家族も……魔女たちに滅ぼされたんだ」
俺はゆっくりとアエラルの方を向いた。
「アエラルは復讐するために、魔女について調べていたんだ。いつか奴らを狩る方法を見つけるためにな。だが……」
オルシクの声が途切れた。
……最後まで言わなくても、わかった。
……
……くそっ。
そんなこと、知らなかった。
でも……これって、俺のせいなのか?
俺は別に――
「ごめん、もう黙って見てられない」
考えをまとめる前に、愛子が立ち上がり、俺の前へと歩み寄った。まるで俺を庇うように、正面に立ちはだかる。
……
……は?
後ろ姿だけ見ると、こいつ、意外とかっこいいじゃねえか。
……って、俺は何を考えてんだ!?
相手は愛子だぞ!?
「ここにいる誰よりも、あたしは潤也のことを長く知ってる。だから、これだけは断言できる」
彼女の声が、静かな部屋に響き渡った。
「こいつは魔女なんかじゃないし、悪魔でもない!! わかった!?」
全員が驚いた顔で愛子を見つめた。
……
……このバカ。
俺はルイスの方を向いた。彼は小さく笑っていた。
「誰も潤也が魔女や悪魔だと決めつけているわけじゃない。そこは安心してくれ」
アエラルは、不安そうな表情でルイスを見た。
「で、でも……どうしてそんなことが言い切れるの、ルイス!?」
ルイスは彼女の目を見つめ、軽く自分のこめかみを指で叩いた。
「魔女や悪魔は、瘴気をまとっているからだ」
……
……瘴気?
全員が困惑した表情を浮かべた。
もちろん、俺もだ。
「で、でも……どうしてそれがわかるの?」
ルイスはかすかに笑った。
「以前、魔女の教団と戦ったことがある。奴らの瘴気がどんな臭いなのか、俺は知っている。それに悪魔の方は……俺たちは魔将軍と戦っただろ?」
アエラルは少し迷ったあと、ゆっくりと視線を落とした。
「そ、そうね……」
……
……助かった。
ああ、ルイス……。
今日からお前は俺の師匠だあああ!!
「それで、」とルイスはアエラルに向き直って続けた。「潤也が魔女や悪魔でないことは、もうわかっているはずだ。どちらかと関係があるわけでもない」
アエラルは視線を落とし、スカートの裾をぎゅっと握りしめた。表情がこわばる。
「……ごめんなさい、ルイス」
彼女は木製のスツールから立ち上がると、そのまま二階の自室へと駆け上がっていった。
……
……はあ。
全部、俺のせいだよな。
いや……あんなことになるなんて、どうやって予想しろってんだよ。
それでも、やっぱり申し訳ない気持ちは残った。
アエラルが魔女を警戒するのは当然だ。あんな目に遭ったんだからな。それなのに、俺のせいで過去のつらい記憶まで思い出させてしまった。
……
俺は愛子の方を向いた。
「なあ、愛子。ちょっと話があるんだけど」
愛子が顔を上げる。
「ん? あたし、何かした?」
「さっきのことだよ。俺を庇おうとしてくれたのはわかるけど……」
俺は大きくため息をついた。
……
……いや、待てよ。
俺は一体、何を文句を言おうとしてたんだ?
周りの連中が俺の正体を疑っている中、愛子は一切ためらわずに俺を庇ってくれた。
確かに、もう少しやり方はあったかもしれない。
でも……。
あいつは、本気で俺を助けようとしてくれたんだ。
「……いや、何でもない。ありがとな。これで俺も、お前に借りができちまったな」
愛子はしばらく俺を見つめたあと、ニヤリと笑い、親指を立てた。
その笑顔の奥に、一瞬だけ何か企んでいるような光が見えた気がした。
「じゃあ、今度ジュース奢ってよ。へへっ」
……
……やっぱりな。タダで済むわけがないか。
―――――※―――――
朝が来た。
……と言っても、空気は相変わらず重苦しかった。
ルイスやオルシクとの関係は、特に変わっていなかった。二人とも、今までどおり俺に接してくれている。
一方、愛子はというと……ほかの二人に対して、明らかに態度が険しくなっていた。
……
……ん?
まあ、無理もないか。
あいつ、俺のことをあそこまで気にかけてくれてたんだな。
……
……って、何しみじみしてんだ、俺は!?
とにかく、問題はまだ残っていた。
アエラルだ。
正直、昨夜のことでは少し傷ついていた。俺を見るあの目……まるで、彼女が何年もかけて狩ろうとしてきた存在そのものを見るような目だった。
……正直、気分のいいものじゃなかった。
でも、彼女の家族に何が起きたのかを知ってしまった以上、何事もなかったかのように無視することもできなかった。
……
彼女がどんな経験をしてきたのか、俺にはわからない。
わかったような顔をするつもりもない。
それでも……。
俺から、何か言わなきゃな。
雪が降り続く中、俺はコンクリートの塊に腰掛けているアエラルのもとへ歩いていった。
不思議なことに、今日はこの寒さが心地よく感じられた。
「ア、アエラル……」
まずは、ちゃんと話をつけよう。
「その……俺――」
「潤也たん!」
俺が言いかけたところで、アエラルが先に口を開いた。
「この前はひどいことを言って、本当にごめんなさい! 私……勝手に決めつけて、それで潤也たんとの間に溝を作ってしまったの。ほんとうに、ごめんなさい……!」
……
……ふう。
先に謝ってくれるとは、助かった。
俺は、あまり謝るのが得意じゃない。特に、自分が全面的に悪いとは思えないときは、なおさらだ。
それでも……助かった。彼女が先に言ってくれて、本当によかった。
「いや、大丈夫だ。ああ考えたのも無理はない。今まで経験してきたことを考えれば、当然だと思う」
アエラルはゆっくりと視線を落とし、小さく頷いた。
「その……俺、君の村で何があったのか知らないし、わかったようなことを言うつもりもない。俺、謝るのも人を慰めるのも下手だから……ごめん」
……
……そうだよな。
俺だって謝るべきだ。
そもそも、こんなことになった原因は俺にある。
全部、俺のせいだ。
……
「私たちは、平和に暮らしていたの……。村も、とても綺麗な場所だった。何もかも、うまくいっていたのに……あの教団が現れて……あの使徒が……」
アエラルの声が途切れた。
彼女の手が胸元へと伸びる。服の下に手を差し入れ、慎重に小さなペンダントを取り出した。
それは、特別に豪華なものではなかった。淡い緑色の石を、繊細な銀の枠が囲んでいる。長年身につけていたせいか、表面には使い込まれた跡があり、細い鎖の付け根や金属の縁には、小さな傷がいくつも刻まれていた。
アエラルはそれを指先で挟み、静かに見つめていた。
「これ……両親からもらったものなの」
彼女の声が、少し柔らかくなった。
「私が小さい頃は、お母さんが身につけていたの。代々、家族の間で受け継がれてきたものだって教えてくれたわ。やがて、お母さんが私に譲ってくれたの」
彼女は親指で、ペンダントの表面をそっとなぞった。
「お父さんはよく言っていたわ。どれだけ遠くへ旅立っても、どれだけ世界が変わっても、これを大切に持っていれば、いつだって故郷の一部をそばに感じられるって……」
……
俺は、何も言えなかった。
アエラルは、少し照れくさそうに微笑んだ。
「ほかの人にとっては、何でもないものだと思う。魔法がかかっているわけでもないし、特別な価値があるわけでもない。でも……」
彼女の指が、ペンダントを包み込むように閉じた。
「今の私に残された、両親の数少ない形見なの」
彼女はうつむいた。緑色の髪が顔にかかる。
「時々ね……両親の声を忘れそうになると、これを握って、どんな声だったのか思い出そうとするの。お母さんが夕食の時間に私を呼ぶ声とか……お父さんがお母さんに叱られて、笑っていたときの声とか……」
彼女は震える息を吐いた。
「……何もかも、忘れたくないの」
……
……くそっ。
俺はそっとアエラルの肩に手を置いた。
「もう、それ以上話さなくていい。つらいのはわかるから……俺のために、無理して思い出さなくてもいいんだ」
アエラルは顔を上げた。
しばらくの間、彼女はただ俺を見つめていた。降り続く雪の下で、その瞳がかすかに潤んでいる。
やがて、彼女は小さく微笑み、ペンダントを服の下へと丁寧に戻した。
「ありがとう、潤也たん……」
彼女は少し迷ってから、再び口を開いた。
「たぶん……誰かに知ってほしかったんだと思うの。両親がどんな人だったのか。もう一緒にいられなくても、二人が確かに生きていたって……覚えていてくれる人がほしかったの」
……
……その気持ちは、嫌というほどわかった。
彼女が失った人たちを取り戻すことはできない。いつか記憶が薄れてしまわないと約束することもできない。
でも、話を聞くことならできる。
今は、それだけでも十分なのかもしれない。
「……覚えておくよ、アエラル」
俺は彼女の肩をそっと握った。
「全部の細かいことまで覚えていられるとは約束できない。でも、今話してくれたことは覚えておく。君にとって、両親がどれだけ大切な存在だったのか……それだけは、ちゃんと覚えておくから」
アエラルは、わずかに唇を開いた。
そして今度は、目に浮かぶ涙を隠そうともせず、もう一度微笑んだ。
「潤也たんって、変な人ね」
「まあ、よく言われるよ。でも……普通の人間でいるより、変な人間でいる方がいいだろ?」
俺は両手を素早く持ち上げ、指でピストルの形を作ると、できる限り自信満々な笑顔で彼女に向けた。
**キュピーン!**
アエラルは目尻の涙を拭いながら、静かに笑った。
しばらくの間、俺たちは何も言わなかった。
雪は降り続き、崩れたコンクリートや足元の地面を、白く覆っていく。
そして、このときだけは……。
二人の間に流れる沈黙が、不思議と気まずくなかった。
……
やがて、俺たちは一緒に山小屋へ戻った。
「おや? 二人とも、仲直りできたみたいだね」
ルイスが温かい笑顔を浮かべながら、俺たちを迎えた。
アエラルと俺は顔を見合わせ、ほぼ同時に答えた。
「うん」
「うん」
ふと、山小屋の中に座っている愛子が目に入った。
彼女は俺をちらりと見たあと、すぐに顔を背けた。
「ふんっ」
……
……まだ怒ってるのか。
まあ、あいつとも話をしなきゃな。
……また今度でいいか。




