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Fable ― 異世界に転生した俺の物語 ―  作者: ソガシリュー11
第一章:死から始まる物語
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第1章 (第9話) 『最弱の魔力しか持たない、情けない敗北者と一緒に転生した、美人で魔力ゼロのポンコツ女!』

※ ※ ※


薄暗い石畳の路地をしばらく歩き、俺たちは今夜泊まる宿へとたどり着いた。


『ドラコーノの宿』


入口に掲げられた看板には、ジョッキに巻きついた竜が描かれている。冷たい夜風が吹くたび、看板はギシギシと音を立てて揺れていた。


宿の中は意外にも居心地がよかった。古い木材や蜜蝋、それにラベンダーの香りがほのかに漂っている。


やがて俺たちは二階の廊下に集まり、それぞれの部屋へ向かう準備を始めた。


……正直、ここまで親切にされると、さすがに申し訳なくなってくる。


異世界に来てまだ一日目だというのに、俺はすっかり甘やかされていた。


「ルイスさん、さすがにここまでしてもらうわけには……」


差し出された重たい鉄製の鍵を受け取りながら、俺は首の後ろをかいた。


「気にしなくていいよ。君たちはもう俺たちの仲間なんだから。それに、こっちの通貨を持っていないんじゃ、まともな宿に泊まるのも大変だろう?」


ルイスはいつもの人懐っこい笑顔で答えた。


……まあ、厳密に言えば、俺たちにも金はあった。


いや、あるはずだった。


愛子がギルドのサイコロ賭博で、手持ちの金を一枚残らず賭けてしまったのだ。


そのことを思い出すと、ルイスの厚意がありがたい反面、罪悪感が一気に押し寄せてきた。


「ありがとうございます。本当に……」


俺は軽く頭を下げた。


礼を伝えていると、廊下の薄暗がりからアエラルが静かに歩み寄ってきた。


彼女は厚手のウールの服をきれいに畳んで抱えており、うつむきながら俺に差し出してきた。


「こ、これ……。潤也くんの体格に合うかどうか、ちょっと自信がないんだけど……」


「さっき、俺の身体測定でもしたのか?」


思わず口をついて出た言葉だった。


アエラルの顔が一瞬で真っ赤に染まった。


緑色の瞳を大きく見開き、長い耳をぴくぴくと震わせながら、彼女は慌てて床に視線を落とした。


「ちょっ、待ってくれ! 別に気にしてないから!」


自分の発言がどれだけ怪しく聞こえたかに気づき、俺は慌てて言い足した。


「むしろ、魔法使いならそれくらいできてもおかしくないよな! ありがとう。マジで助かる!」


アエラルは小さくうなずくと、両手をぎゅっと握りしめ、その場を離れようとした。


ところが、廊下を数歩進んだところで、突然ぴたりと立ち止まった。


「お、おやすみなさい……」


壁に向かって小さくつぶやくと、彼女は逃げるように自分の部屋へ駆け込んでしまった。


……この子、筋金入りの人見知りだな。


階段の下から、ルイスが手を振りながら声をかけてきた。


「おやすみ、潤也くん!」


「ゆっくり休めよ、坊主!」とオルシクも続いた。


……本当に、みんな親切な人たちばかりだ。


まあ、アエラルとは少し話しづらいところもあるが、別に悪気があるわけじゃない。


ただ、エルフの姿をした不安の塊みたいな子なだけだ。


廊下の奥へ目を向けると、愛子の部屋はアエラルの隣にあった。


愛子はすでに鍵を開けていたが、俺のことなど完全に無視している。


……いや、お前さ。


せめて「おやすみ」くらい言えないのか?


異世界に来てからというもの、こっちはお前に振り回されっぱなしなんだぞ。


自分の部屋に入ると、俺は何気なく室内を見回した。


豪華とは言い難いが、いかにもファンタジー世界の宿屋といった部屋だった。


木製のベッドに、藁を詰めた厚手のマットレス。小さな書き物机と椅子が一脚。それに、最低限くつろげるだけの空間。


特別なものは何もない。


それでも、雨風をしのげる屋根があって、ドアには鍵までかかる。


……十分すぎるだろ。


俺はベッドに身体を投げ出し、心底疲れたといった具合に長いため息をついた。


「ふぅ……」


……マジで疲れた。


今日は大した肉体労働をしたわけでもないのに、ここ十二時間ほどで起きた出来事のせいで、精神的にはすっかり消耗していた。


歩き回ったせいか、足も少し痛む。


まあ、無理もないか。


異世界に来て、冒険者として登録して、魔法学院の存在を知って、ベテラン冒険者のパーティーと知り合って……そのうえ、怪しいカルト教団に村を焼かれたなんて嘘までついた。


……そりゃ疲れるわ。


ポケットに手を入れると、指先にひんやりとした、見覚えのある感触が伝わってきた。


取り出してみる。


俺の古いガラケーだった。


……そもそも、なんでこいつが手元にあるんだ?


現実世界で死んだとき、一緒に置いてきたはずじゃないのか。


どう考えてもおかしい。


深く考えないようにしながら、俺はガラケーを開いた。


液晶画面が点灯し、青白い光が顔を照らす。


そこには、新しいメッセージが二件表示されていた。


[LOG #001] COMPLETED: Junya Kugo


[LOG #002] COMPLETED: Aiko Bando


……何だ、これ?


表示された文字をじっと見つめているうちに、ふと気づいた。


「待てよ……あのときは、こんな表示じゃなかったはずだ」


日本にいた頃、あの事件が起きる直前、画面には不気味なカウントダウンが表示されていた。


それが今は、どちらも COMPLETED になっている。


……まさか。


胃のあたりに、冷たい塊ができたような感覚が広がった。


いや、まだ決めつけるのは早い。


このガラケーは、俺たちの魂でも追跡しているのか?


そもそも、俺たちが異世界に転生したこと自体、最初から仕組まれていた出来事だったりするのか?


……いやいや、待て待て。


俺は顎に手を当て、頭に浮かんだ考えを振り払おうとした。


考えすぎだ、潤也。


ただの不具合かもしれないし、俺たちをここへ連れてきた何かが、こういう形で表示されているだけかもしれない。


ガラケーを閉じ、ベッド脇の小さなテーブルに置いた。


そして、重たい頭を枕に預ける。


……もういい。今は考えるのをやめよう。


そう思った直後、視界の端が急速にぼやけ始めた。


……そんなに疲れていたのか?


意識は、あっという間に闇へと沈んでいった。


※ ※ ※ ※ ※ ※


目を開けると、部屋は真っ暗だった。


小さな窓から差し込む銀色の月明かりだけが、室内をかすかに照らしている。


俺はうんざりしたようにうめいた。


……まったく。昔からの習慣ってのは、そう簡単には抜けないもんだな。


日本にいた頃、俺はひどい不眠に悩まされていた。


眠りにつくこと自体が一苦労で、ようやく眠れたと思っても、なぜか夜中に目が覚めてしまう。


しかも、一度目が覚めると妙に頭が冴えて、なかなか寝直せない。


今夜も例外ではなかった。


……どうせ、もう眠れそうにない。


俺はゆっくりと身体を起こして目をこすり、トイレに行くため廊下へ出ることにした。


軋む床板を避けながら静かに歩いていると、廊下の突き当たりにある大きな窓のそばに、人影が見えた。


銀色の月明かりに照らされながら、じっと座っている。


……あれ、愛子か?


俺は音を立てないように近づいた。


彼女は膝を抱え、見知らぬ街の暗い輪郭をぼんやりと眺めていた。


何か悩んでいるように見える。


……いや、悩んでいるというより、何かに腹を立てているような顔だった。


「眠れないのか?」


俺が静かに声をかけると、愛子は少しだけ顔を上げ、こちらを見た。


いつもなら鋭く睨みつけてくるような目つきが、ほんのわずかに和らいだ。


まるで、見知った顔を見て安心したとでもいうように。


「あ……アンタか。うん。昔からの癖」


普段の騒がしさはどこにもない。


「俺もだよ」


そう答え、俺は彼女の隣に腰を下ろした。背中を木の壁に預け、床に座る。


……それにしても、愛子が眠れないタイプだとは思わなかった。


あの図太さなら、どこでも熟睡できそうなものだ。


むしろ、寝ることそのものを趣味にしていてもおかしくない。


知り合ってからまだそれほど長くないとはいえ、俺の中での彼女の印象は、出会った頃からほとんど変わっていなかった。


だからこそ、こういう意外な一面を知ると、どうにも調子が狂う。


「なあ、愛――」


「ねえ、潤也」


俺が名前を呼びかけたところで、彼女が先に口を開いた。


その声は、いつもの彼女からは想像できないほど小さかった。


「ん?」


「……アンタ、元の世界が恋しくなったりする?」


……へえ。


ずいぶん意外な質問だ。


今日の愛子は、異世界で起こることすべてに興奮していたように見えた。


笑って、食べて、テーブルを叩いて、魔力ゼロでも戦士になれると大喜びしていたくらいだ。


そんな彼女が、こんなことを聞いてくるとは思わなかった。


「まあ、あの世界は大嫌いだったけど……でも、ここにいるのも怖いんだよね」


……ああ。


それは、わかる気がした。


死んだと思ったら、見たこともない世界で目を覚ます。


知っている人も、知っている場所もない。


頼れる学校もなければ、将来の計画もない。


明日まで生きていられる保証すらない。


これまでの人生で積み上げてきたものが、突然、何の意味も持たなくなってしまう。


……そりゃ怖いよな。


「向こうでは、なりたい自分だってあったのに……今は、もう何もない」


愛子は窓の外を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。


「それに、置いてきた人たちのこともさ……。あたしがいなくなったら、母さん、どうなっちゃうんだろう……」


その声は、廊下の静けさに溶けるように消えていった。


俺は自分の手を見下ろした。


……ああ。


俺の叔母さんだって、今頃ひどく悲しんでいるに違いない。


俺だって、あの世界が嫌いだった。


社会から距離を置いて、与えられた人生なんてどうせろくでもないものだと、自分に言い聞かせていた。


けど、それは大切な人が一人もいなかったという意味じゃない。


俺にだって、本当に大事な人たちがいた。


心から大切に思っていた人たちが。


何も言えないまま、別れすら告げられずに置いてきてしまった人たちが。


「……わかるよ。でも、いつまでも過去を振り返っていたら、前に進めないだろ。俺たちは、これからのことを考えなきゃいけない」


俺は壁に頭を預けたまま、静かに答えた。


少し間を置いてから、彼女の横顔に目を向ける。


「それに、自分にはもう誰もいない、なんて言うなよ」


愛子は不思議そうにこちらを向いた。


俺は、いつもの調子で大きく笑ってみせた。


「だって、アンタは一人じゃないだろ? この俺、久吾潤也がいるんだからな! 最弱の魔力 (マナ)しか持たない、情けない敗北者(ルーザー )だ! しかも、美人なのに魔力ゼロのポンコツ女と一緒に転生しちまった!」


……いや、我ながらひどい自己紹介だな。


「だから、忘れんなよ……いいな?」


愛子はしばらく、目を丸くしたまま俺を見つめていた。


やがて、張り詰めていた肩の力が抜け、表情がゆっくりと和らいでいく。


そして、心からの笑顔が浮かんだ。


「……少なくとも、美人って言ってくれたのはよかったわ」


彼女は小さく笑い、目元をぬぐった。


俺たちもつられて、声を抑えて笑った。


いつもの軽口のおかげで、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。


その後、俺たちはしばらく何も話さなかった。


ただ、見知らぬ世界の月明かりに照らされながら、隣同士で静かに座っていた。

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