第七話 敵か味方か
第七話 敵か味方か
翌朝。
涿郡の義勇兵募集所へ。
十数人の集団が向かっていた。
先頭を歩くのは劉備。
その左右には関羽と張飛。
後ろには、昨日集まった者たちが続いている。
馬が数頭。
荷。
あり合わせの武器。
風に揺れる、少し曲がった旗。
張世平と蘇双から譲り受けた鉄は、鍛冶屋の若者に預けてある。
「ようやくここまで来たのう」
劉備が募集所を見る。
「まだ入れてもらってねぇけどな」
張飛が言う。
「十数人も連れて来たんじゃぞ」
「だから?」
「少しくらい歓迎されてもよかろう」
関羽が前を見たまま答える。
「功を立ててから言え」
「お主は現実的じゃのう」
「兄者が楽観的すぎる」
三人はそのまま受付へ向かった。
◇
「義勇兵として加わりたい」
劉備が言った。
机の向こうにいた役人が顔を上げる。
劉備。
その後ろの関羽と張飛。
さらに十数人。
馬。
荷。
役人の目つきが少し変わった。
「代表者は」
「劉備」
「字は」
「玄徳」
役人が筆を走らせる。
「出身」
「涿郡涿県」
筆先が止まった。
「……劉備玄徳」
「うむ」
役人が、もう一度劉備を見る。
机の横に積まれた書簡へ手を伸ばした。
一枚。
二枚。
三枚。
劉備が首を傾げる。
「なんじゃ?」
「少し待て」
役人は一通の書簡を開く。
目を通す。
そして。
劉備を見る。
「…………」
「なんじゃ、その顔は」
「ここを動くな」
「なぜじゃ」
役人は答えず、奥へ入っていった。
張飛が劉備を見る。
「アニキ」
「なんじゃ」
「なんか心当たりある?」
「…………」
劉備は少しだけ視線を逸らした。
関羽がその横顔を見る。
「あるのだな」
「まあ」
「何をした」
「大したことではない」
ほどなく。
役人が戻ってくる。
今度は一人ではない。
武装した兵が八人。
さらに、少し離れたところにも数人が待機している。
十数人の義勇兵たちがざわついた。
関羽は動かない。
張飛も兵たちを見るだけだった。
「劉備玄徳」
「うむ」
「洛陽にて官吏に暴行を加え、その後逃走した男だな」
「…………」
劉備は兵たちを見る。
次に役人を見る。
「殴ったのは認める」
「兄者」
「事実じゃろ」
「否定はせぬのだな」
「したところで、書いてあるんじゃろ?」
「書いてある」
「なら仕方ない」
張飛が空を見上げた。
「ただ」
劉備が言う。
「あやつは話が通じんかった」
「だから殴ったのか」
「最後まで話はしたぞ」
「…………」
役人が一度目を閉じる。
「捕らえろ」
◇
兵たちが前へ出る。
「待て待て」
劉備が手を上げた。
「ワシらは黄巾と戦いに来たんじゃぞ」
「それと手配は別だ」
「融通が利かんのう」
「官吏を殴って逃げた男に言われたくない」
「むぅ」
兵がさらに近づく。
劉備は後ろを振り返った。
昨日、自分の旗の下へ集まった者たち。
鍛冶屋。
料理人。
農民。
腕自慢。
自分でここへ来ると決めた者たちだ。
「こやつらは関係ない」
劉備が言う。
張飛が眉を上げる。
「捕まえるならワシだけにせい」
「アニキ」
「お主らまで巻き込まれる必要はない」
張飛は何も言わなかった。
ただ。
劉備の隣に立ったまま動かない。
関羽も同じだった。
「雲長」
「何だ」
「お主も」
「断る」
「まだ最後まで言っとらんぞ」
「分かる」
関羽は兵たちを見る。
「兄者だけを渡すつもりはない」
「…………」
劉備は少し困ったように頭を掻いた。
兵たちも警戒を強める。
目の前にいるのは手配された男。
その横には腕の立ちそうな二人。
さらに後ろには十数人。
武器を持つ者もいる。
「武器に手をかけるな!」
一人の兵が声を上げる。
「分かっとる」
劉備が両手を見せる。
関羽も腰の刀から手を離したまま。
張飛も動かない。
緊張だけが、その場に残った。
◇
「何をしている」
低い声が響いた。
兵たちが振り返る。
一人の武官が歩いてくる。
鎧を身につけた男。
周囲の兵が道を開けた。
「鄒靖殿」
役人が頭を下げる。
鄒靖はまず劉備を見る。
次に関羽と張飛。
そして。
後ろの十数人。
「説明しろ」
「はっ」
役人が手短に状況を告げる。
義勇兵として現れた十数人。
代表者は劉備玄徳。
洛陽から手配が回っている。
罪状は官吏への暴行。
「書状を」
「こちらです」
鄒靖は渡された書簡を読む。
しばらくして。
劉備を見る。
「官吏を殴った?」
「うむ」
「理由は」
「民が苦しんどる話をしても、仕方がないの一点張りじゃった」
「それで?」
「殴った」
「…………」
鄒靖はしばらく劉備を見る。
「無茶をする男だな」
「それほどでも」
「褒めていない」
「そうか」
鄒靖は書簡へ視線を戻す。
「捕縛し、洛陽へ送れとの通達か」
「いえ」
役人が答える。
「所在を確認した場合、拘束のうえ報告せよ、と」
「なるほど」
鄒靖が劉備を見る。
「俺に、お前を赦す権限はない」
「そうか」
「当然だ」
「なら捕まるしかない?」
「拘束はする」
「結局捕まるんか!」
「最後まで聞け」
「うむ」
鄒靖は書状を畳んだ。
「書状にあるのは、拘束のうえ報告せよ、だ」
「そうじゃな」
「牢に入れておけ、とは書いていない」
劉備が目を瞬く。
「……ほう?」
鄒靖は劉備の後ろを見る。
「こいつらは何だ」
「黄巾と戦うために集まった者たちじゃ」
鄒靖は列を眺める。
「兵だけではないな」
「使える奴を集めた」
「使える?」
「戦える奴は戦えばよい。戦えん奴には別の仕事がある」
「…………」
「全員が剣を振る必要はないじゃろ」
鄒靖は一人一人を見る。
武器を持つ者。
馬を扱う者。
荷を運ぶ者。
明らかに兵士ではない者も混じっている。
「面白い集め方をする」
「じゃろ?」
「まだ褒めてはいない」
「さっきからそればっかじゃな」
◇
鄒靖は今度は、十数人へ向き直った。
「お前たち」
声が通る。
「この男が洛陽から手配されていることを知っていたか」
ざわめきが起こった。
「……知らねぇ」
「俺もだ」
「聞いてないぞ」
劉備はそっと視線を逸らす。
何人かが互いの顔を見る。
一人の男が半歩下がった。
別の男も不安そうに劉備を見る。
当然だった。
昨日出会ったばかりの男が。
実は朝廷から追われている。
誰でも迷う。
劉備は何も言わなかった。
残れとも。
信じろとも。
言わない。
しばらくして。
鍛冶屋の若者が口を開いた。
「俺は残る」
鄒靖が見る。
「なぜだ」
「俺は剣もろくに使えない」
「…………」
「それでも、こいつは俺にできることがあるって言った」
地理に詳しい男も続く。
「俺もだ」
「道を知ってるだけで役に立つって言われた」
料理人が腕を組む。
「手配されてるとは聞いてなかったけどな」
劉備が少し身を縮める。
「そこはすまん」
「まあ」
男は少し考える。
「今すぐ逃げるほどでもない」
「そこはもっと格好よく言えん?」
「知らん」
誰かが笑った。
さっき半歩下がった男は、まだ迷っている。
だが。
その場から離れはしなかった。
一人。
また一人。
結局。
誰も列を抜けなかった。
鄒靖は、その様子を黙って見ていた。
◇
「……人望はあるらしい」
鄒靖が言った。
「そうじゃろ?」
「自分で言うな」
「事実じゃ」
「だが」
鄒靖の表情が戻る。
「手配されていることと、使えるかどうかは別だ」
劉備が少し目を細める。
「ほう」
「黄巾はすでに各地で蜂起している」
周囲の兵たちを見る。
「こちらも人が足りん」
「では」
「勘違いするな」
鄒靖が遮った。
「お前を見逃すとは言っていない」
「…………」
「書状どおり、お前は拘束する」
「むぅ」
「ただし、俺の監視下に置く」
「監視?」
「俺の許可なく勝手に動くな」
「うむ」
「勝手に郡を離れるな」
「うむ」
「逃げるな」
「…………」
「なぜ黙る」
「いや」
劉備が少し考える。
「逃げるの得意じゃから」
「今だけは封印しろ」
「分かった」
鄒靖が続ける。
「その条件で、黄巾討伐には参加させる」
劉備の目が変わった。
「よいのか?」
「使える人手を、牢に放り込んで遊ばせておく余裕はない」
「なるほど」
「ただし」
鄒靖は劉備を指す。
「お前は形式上、俺の監視下で拘束中だ」
「自由ではない?」
「当たり前だ」
「むぅ」
「黄巾討伐で功を立てれば、その功績を添えて洛陽へ嘆願することはできる」
「罪が消える?」
「俺にそんな権限はない」
「やはりか」
「だが、ただの手配犯として報告するよりは話が違う」
劉備が頷く。
「つまり」
「功を立てろ」
「分かりやすい」
「だろう」
「最初からそう言えばよいのに」
鄒靖が無言で兵を見る。
「すまん」
劉備は即座に頭を下げた。
◇
その日のうちに。
劉備たち十数人は、鄒靖の指揮下へ入ることになった。
正式な兵ではない。
あくまで義勇兵。
劉備については。
鄒靖の監視下で拘束中という扱いになった。
ただし。
黄巾討伐への参加は認められる。
鄒靖の許可なく勝手に離れることもできない。
討伐での働きを見たうえで。
その功績とともに、洛陽へ報告する。
それが条件だった。
「結局、入れたな」
張飛が言う。
「当然じゃ」
劉備は胸を張る。
関羽が横を見る。
「拘束されたままだがな」
「細かいことを気にするでない」
「細かくない」
劉備は聞かなかったことにした。
振り返る。
十数人。
馬。
荷。
そして、旗。
まだ足りないものはいくらでもある。
劉備の目が、鍛冶屋の若者へ向く。
張世平と蘇双から譲り受けた鉄がある。
「雲長」
「何だ」
「翼徳も」
「おう」
二人が振り返る。
劉備は二人が今使っている得物を見る。
「お主ら」
「何だ」
「せっかく鉄があるんじゃ」
一度、鍛冶屋の方を見る。
「お主らに合った得物を作らんか」
関羽が腰の刀へ目を落とした。
張飛も自分の武器を見る。
「俺たちに?」
「うむ」
劉備は笑う。
「どうせ戦うなら、使いやすい方がよかろう」
関羽が鉄を見る。
「……悪くない」
「俺も賛成だ」
張飛が笑った。
「よし」
劉備が頷く。
「決まりじゃな」
風を受け。
旗が揺れた。
官軍の指揮下へ入った三人は。
迫る戦に備え。
まず、自分たちの新たな武器を整えることになった。
「ここまでお読みいただきありがとうございます!
評価(下の★★★★★)や一言感想、応援のブクマなど、少しでもいただけると執筆の大きな励みになります! ぜひよろしくお願いします!」




