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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第六話 持つ者が出せばよい

第六話 持つ者が出せばよい

 夕暮れ。


 あり合わせの旗の下には、十数人が集まっていた。


 まだ軍ではない。


 隊ですらない。


 それでも。


 昼には三人しかいなかった場所に、今は人がいる。


 劉備がその様子を眺めていると。


「少し、お話をよろしいでしょうか」


 声をかけられた。


「ん?」


 振り返る。


 二人の男が立っていた。


 旅装(りょそう)ではあるが、身なりは整っている。


 その少し後ろには、荷を積んだ馬が何頭も繋がれていた。


 劉備の視線が、馬へ向く。


「……馬じゃ」


「兄者」


 関羽が低く呼ぶ。


「分かっとる」


 劉備は視線を戻した。


「何用じゃ?」


 一人の男が頭を下げる。


「中山(ちゅうざん)の商人、張世平(ちょうせいへい)と申します」


「蘇双(そそう)と申す」


 もう一人も続いた。


「商人か」


「はい」


 張世平が旗を見る。


「先ほどから、あなた方を拝見しておりました」


「ワシらを?」


「ええ」


 劉備が胸を張る。


「見る目があるのう」


「まだ何も申しておりませんが」


「…………」


 張飛が横を向いた。


「で」


 劉備が続ける。


「商人がワシらに何の用じゃ」


 張世平は旗の下にいる人々を見る。


「彼らは、あなたの兵ですか?」


「まだ違う」


「違う?」


「集まったばかりじゃ」


「では、なぜ集めたので?」


「黄巾と戦う」


「朝廷の命で?」


「いや」


「では、何のために」


 劉備は少し考えた。


「取られたくないものを守るためじゃ」


「…………」


「家でも、畑でも、家族でもよい」


 張世平と蘇双が顔を見合わせる。


「朝廷を守るため、とは仰らないのですな」


「朝廷は勝手に自分で守ればよい」


 関羽が劉備を見る。


「兄者」


「なんじゃ」


「これから、その朝廷の官軍へ加わるのではなかったか」


「それとこれとは別じゃ」


「…………」


 蘇双が小さく笑った。


 張世平は表情を崩さない。


     ◇


「実は」


 蘇双が口を開いた。


「我らも、この乱には困っております」


「商いか」


「はい」


 蘇双が頷く。


「道が塞がれれば荷は運べぬ。村や町が襲われれば、品を買う者もいなくなる」


「馬も奪われます」


 張世平が続ける。


「このまま黄巾の乱が広がれば、我らも商いどころではありません」


「なるほどのう」


 劉備が二人を見る。


「お主らも困っとる」


「ええ」


「ワシらも困っとる」


「……ええ」


「なら話は早い」


 劉備が一歩近づく。


「金を出せ」


「…………」


 張世平と蘇双が固まった。


 関羽は静かに目を閉じる。


 張飛は片手で顔を覆った。


 肩だけが小さく震えている。


「なんじゃ」


 劉備が三人を見る。


 関羽が目を開く。


「兄者」


「なんじゃ」


「黙ってくれ」


「なぜじゃ!」


 蘇双がとうとう吹き出した。


 張世平は額に手を当てる。


「……ここまで真っ直ぐ言われたのは初めてです」


「で、出す?」


「まだ決めておりません」


「しぶいのう」


「当然です」


 張世平は真顔のままだった。


     ◇


「では、改めて」


 張世平が言う。


「仮に我らが金や馬を出すとして」


「うむ」


「あなたは何を返せる?」


 張飛の肩の震えが止まる。


 関羽も黙った。


 商人として。


 当然の問いだった。


 劉備は、張世平と蘇双を見る。


「今は何もない」


「…………」


「兵も十数人」


「ええ」


「領地もない」


「はい」


「官職(かんしょく)もない」


「そのようですな」


「金もない」


「それも見れば分かります」


「そこまで言わんでもよかろう」


 蘇双が小さく笑う。


 だが。


 張世平は劉備から目を逸らさない。


「では」


「うむ」


「なぜ我らが、あなたに出すのです?」


 劉備は少し黙った。


 そして。


「ワシらを助けろ、とは言わん」


 張世平の眉が僅かに動く。


「では?」


「ワシらを使え」


「使う?」


「うむ」


 劉備は旗の下にいる者たちを示した。


「ワシらは黄巾と戦う」


「…………」


「お主らは商いを続けたい」


「ええ」


「なら、道や町が荒らされて困るのは同じじゃ」


 一歩、前へ出る。


「お主らの商いを守るために、ワシらを使え」


 張世平が黙る。


 劉備は続けた。


「金を抱えたまま道が潰れても、商いはできんじゃろ」


「……その通りです」


「なら、使える時に使えばよい」


 蘇双が張世平を見る。


「理屈は通っている」


「理屈はな」


 張世平はまだ慎重だった。


「しかし、あなた方は十数人しかいない」


「今はな」


「武器も足りない」


「足りん」


「馬も」


「足りん」


「それで黄巾と戦うと?」


「そのつもりじゃ」


「自信がおありで?」


「ある」


 即答だった。


 張世平が少し目を細める。


「根拠は?」


 劉備は旗の方を見る。


「昼には三人しかおらんかった」


「…………」


「今は十数人おる」


 鍛冶屋の若者が武器を見ている。


 地理に詳しい男が道を説明している。


 料理人は必要な人数を数えている。


「戦える奴だけを集めたわけでもない」


「それは見ておりました」


 蘇双が言った。


「鍛冶屋に武器を任せ、土地を知る者に道を任せ、飯を作れる者にも声をかけた」


「うむ」


「普通なら、戦える者だけを選ぶところでしょう」


 張世平が続ける。


「ですが、あなたは違った」


「戦える奴だけ集めても軍にはならん」


 劉備は言う。


「動かす奴も、直す奴も、食わせる奴も要る」


 張世平はしばらく黙っていた。


「……人数は少ない」


「うむ」


「武器も足りない」


「うむ」


「それでも」


 旗の下を見る。


「すでに、ただ集まっているだけではない」


 蘇双が笑った。


「だから、さっきから見ていた」


「なるほどのう」


 劉備が満足そうに頷く。


「やはり見る目がある」


「そこは最初から変わらぬのですな」


     ◇


 張世平と蘇双は少し離れた。


 二人で言葉を交わす。


「どう見る」


 張世平が聞く。


「危うい」


 蘇双は即答した。


「だろうな」


「だが、面白い」


「それだけで金は出せん」


「分かっている」


 蘇双は旗の下を見る。


「ただ、人を集めるだけなら珍しくない」


「ああ」


「だが、集めたその日から使い道を考えている」


「…………」


「それに」


 蘇双が劉備を見る。


「自分が何も持っていないことを、あの男は隠さない」


「そこは普通、隠すところだがな」


「だからこそ、嘘は少なそうだ」


 張世平は黙って考える。


「商いの道がさらに荒れれば、我らも損をする」


「ああ」


「官軍だけに任せておくより、動く者を一つ増やしておくのも悪くない」


「私もそう思う」


 しばらくして。


 二人は劉備たちのところへ戻った。


     ◇


「玄徳殿」


「玄徳でよい」


「では、玄徳」


「うむ」


 張世平はまだ少し言いにくそうだった。


「我らも商人です」


「知っとる」


「損をするために品を運んでいるわけではない」


「当然じゃ」


「ですから」


 張世平は劉備を見る。


「すべてを出すつもりはありません」


「…………」


「ですが」


 蘇双が続ける。


「少しばかり、あなた方に賭けてみようと思います」


 劉備の目が輝いた。


「おお!」


「馬を数頭」


「うむ!」


「それから、武器を整えるための鉄を」


「おお!」


 張世平が付け加える。


「そして、当面必要になる分だけの銭(ぜに)を」


「おお……!」


 劉備の顔が露骨に明るくなる。


「ただし」


 張世平の声が低くなる。


「無駄には使わないでいただきたい」


「もちろんじゃ」


「本当に?」


「…………」


 少し離れたところで。


 関羽が何も言わず、銭の入った袋へ手を伸ばした。


 張世平が関羽を見る。


「あなたが?」


「兄者に持たせるよりはよかろう」


「雲長?」


「異論は?」


「…………」


 劉備は少し考えた。


「ない」


 蘇双が笑った。


     ◇


 翌朝。


 旗の横には。


 昨日までなかったものが並んでいた。


 馬。


 鉄。


 そして。


 いくらかの銭。


 鍛冶屋の若者は、すでに鉄を確かめている。


「これなら、壊れた武器は直せる」


「新しく作るのは?」


「時間と道具があれば」


「よし」


 関羽は馬の脚や鞍(くら)を確認していた。


 張飛は一頭の馬の首を撫でている。


「悪くねぇな」


 劉備は旗の横に立った。


 昨日まで。


 人しかいなかった。


 今は。


 人を動かすためのものも、少しずつ揃い始めている。


「兄者」


 関羽が呼ぶ。


「なんじゃ」


「これで、官軍へ話を持っていける」


「うむ」


 張飛が馬から手を離す。


「向こうが俺たちを受け入れれば、だけどな」


「受け入れるじゃろ」


「自信あるな」


「十数人連れて、馬と鉄まで持ってくる義勇兵じゃぞ」


 劉備は胸を張る。


「断る理由がない」


 張飛が劉備を見る。


「……洛陽で何したか忘れてねぇよな」


「…………」


 劉備は黙った。


 関羽も黙った。


 風が吹く。


 旗が揺れる。


 義勇兵。


 十数人。


 馬。


 鉄。


 そして。


 朝廷に追われた男が一人。


 ようやく形になり始めた一行は。


 官軍の募集所へ向かうことになった。







「ここまでお読みいただきありがとうございます!

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