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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第二話 もう一人の豪傑

第二話 もう一人の豪傑


 洛陽(らくよう)を抜けてから、二人はしばらく無言で走った。


 後ろから聞こえていた怒号が、少しずつ遠ざかっていく。


 やがて街道を外れ、林の奥まで入ったところで、劉備は足を止めた。


「……もう来んじゃろ」


 張飛は後ろを振り返る。


「たぶんな」


「たぶんか」


「来たらまた逃げればいい」


「気楽じゃのう」


 劉備は木にもたれ、息を整えた。


 しばらくして、張飛を見る。


「ところで」


「ん?」


「お主、なぜついてきた」


「言ったろ。面白そうだったからだ」


「それだけか」


「それだけだ」


「…………」


 劉備は張飛をじっと見る。


「何だよ」


「いや」


 大柄。


 腕も立つ。


 追手を前にしても怯まない。


 そして、見ず知らずの指名手配犯を、面白そうという理由だけで助けた。


 普通なら避ける人種だ。


 だが劉備は、嫌いではなかった。


「お主、怖いものないのか?」


「あるぞ」


「あるのか」


「腹減るのは嫌だ」


「そういう話ではない」


 張飛が笑う。


 劉備も少しだけ口元を緩めた。


「十常侍(じゅうじょうじ)は怖くないのか」


「気に入らねぇ奴を怖がってどうすんだ」


「……なるほど」


「お前は?」


「ワシ?」


「ああ」


 劉備は少し考える。


「昔は、怖いものも多かった」


「へぇ」


「負けるのも嫌じゃった。裏切られるのも嫌じゃった。国を失うのもな」


「ずいぶん大げさな話だな」


「実際、大げさな人生じゃったからのう」


 張飛は鼻で笑った。


「また高祖様の話か」


「またとはなんじゃ」


「誰も信じねぇぞ」


「そのうち信じる」


「自信あるな」


「本人じゃからな」


 張飛はまた笑った。


 だが、さっきまでのように腹を抱えるほどではない。


「で」


「ん?」


「これからどうする」


「まず人を集める」


「兵か?」


「兵もいる。じゃが、それより先に」


 劉備は張飛を見る。


「使える奴じゃ」


「……俺みたいな?」


「お主はまだ様子見じゃ」


「助けてやったのに?」


「それとこれとは別じゃ」


「薄情だな」


「人を見るのは慎重な方がよい」


 一瞬。


 前世の記憶がよぎる。


 信じすぎてもいけない。


 疑いすぎてもいけない。


 その間を取るのが、一番難しい。


「まあ、お主は悪くない」


「それ褒めてるのか?」


「かなりな」


「なら酒くらい奢れ」


「今は銭を持っとらん」


「高祖様なのに?」


「四百年前の財産をどうやって持ってくるんじゃ」


「役に立たねぇな」


「お主に言われたくない」


     ◇


 二人は涿郡(たくぐん)へ向かうことにした。


 今世の劉備にとっては、生まれ育った地でもある。


 そして張飛にも、涿郡に家があるという。


「なら戻れば酒くらいあるんじゃろ?」


「あるぞ」


「先に言え!」


「聞かれなかったからな」


「今すぐ戻るぞ」


「目的変わってねぇか?」


 とはいえ。


 そこまで腹が持つかは別の話だった。


 しばらく歩いたところで。


「腹が減った」


「俺もだ」


「手持ちは?」


「俺も今は持ってねぇ」


「ワシもない」


 二人は立ち止まった。


「…………」


「高祖様」


「なんじゃ」


「どうする」


「考え中じゃ」


 張飛は近くの石に腰を下ろした。


 劉備もその横に座る。


「昔はどうしてた」


「何がじゃ」


「銭がない時」


「誰かに出してもらった」


「……堂々と言うな」


「金のある奴が出せばよい。兵の強い奴が戦えばよい。策の立つ奴が考えればよい」


「お前は?」


「ワシは人を集める」


「一番楽してねぇか?」


 劉備は張飛を見る。


「それで天下を取った」


 張飛は少しだけ劉備を見る目を変えた。


「本当に高祖だったら、とんでもねぇな」


「だから本人じゃ」


「そこはまだ信じてねぇ」


「なんでじゃ」


 そのとき。


 前方から騒ぎ声が聞こえた。


「荷を置いていけ!」


「勘弁してください!」


 二人が顔を上げる。


 街道の先。


 数人の男が商人らしき一行を囲んでいた。


「賊か」


 張飛が立ち上がる。


「飯代が向こうから来たな」


「奪うなよ」


「助けた礼くらいはもらってもいいだろ」


「相手が自分から出すならな」


 張飛が拳を鳴らす。


「なら行くか」


「待て」


「なんだ」


 劉備が前を見る。


「もう一人おる」


     ◇


 一人の男が、賊と商人の間に立っていた。


 長身。


 立派な体格。


 そして長い髭。


 手には一振りの刀。


「そこまでにしておけ」


 低い声だった。


「なんだてめぇ!」


 賊が刀を抜く。


 男は動かない。


 賊が斬りかかる。


 次の瞬間。


 刀が跳ね上がった。


「なっ――」


 続けてもう一人。


 さらに一人。


 男は必要以上に踏み込まない。


 ただ、確実に武器を落とし、戦う力だけを奪っていく。


 張飛が目を細めた。


「強ぇな」


「うむ」


 劉備は男の動きをじっと見る。


 力だけではない。


 無駄がない。


 熱くなって追いかけもしない。


 逃げていく賊を見送り、商人の無事を確かめている。


「……よいな」


「何がだ」


「全部じゃ」


 張飛が劉備を見る。


 その横顔は、さっきまでとは少し違っていた。


 人を見ている顔だった。


 張飛には、なぜかそう見えた。


 劉備は男のもとへ歩いていく。


「お主」


 男が振り向く。


「何用か」


「名は?」


「人に尋ねるなら、自ら先に名乗るものだろう」


「む」


 劉備は一度咳払いする。


「劉備。字は玄徳(げんとく)」


 張飛が少し驚く。


「普通に名乗ったな」


「ワシだって時と場合は考える」


「さっきは考えなかったのか」


「黙っとれ」


 男は劉備を見る。


「劉備玄徳……」


「知っとるのか?」


「洛陽で騒ぎを起こした男と同じ名だ」


「…………」


 張飛が横を向く。


「何がおかしい」


「何も」


 男の視線が鋭くなる。


「十常侍の配下を殴ったとも聞いた」


「うむ」


「高祖劉邦を名乗ったとも」


「名乗ったのではない。本人じゃ」


 男は一度だけ目を閉じた。


「……想像以上だった」


「何がじゃ」


「噂が」


「お主までそういう反応するな」


 男は劉備をしばらく見たあと、口を開いた。


「関羽(かんう)」


「ん?」


「我が名は関羽(かんう)。字(あざな)は雲長(うんちょう)」


「関羽、雲長か」


 劉備は頷く。


「覚えた」


「それで、何の用だ」


「雲長」


「何だ」


「戦は得意か」


 関羽がわずかに眉を動かす。


「多少は」


「嘘つけ」


「何?」


「今のを見た」


 劉備は賊が逃げていった方を見る。


「かなり強いじゃろ」


「……それで?」


「ワシも戦える」


 劉備は関羽を見る。


「じゃが、お主ほどではない」


 張飛が少し意外そうに劉備を見る。


 関羽も黙っている。


「上手い奴がおるなら、そいつに任せた方がよい」


「何を言いたい」


「お主、ワシに力を貸さんか」


 関羽はすぐには答えなかった。


「何をするつもりだ」


「漢を立て直す」


「大きく出たな」


「小さく言う意味があるか?」


「兵は?」


「まだおらん」


「領地は」


「ない」


「金は」


「ない」


 関羽は劉備を見る。


 今度は少し長かった。


「では、何がある」


「ワシがおる」


「…………」


「それと」


 劉備は張飛を指した。


「一応、こやつがおる」


「一応ってなんだ」


「まだ様子見じゃからな」


「さっきから扱い雑じゃねぇか?」


「嫌か?」


 張飛は少し考える。


「いや」


「ならよい」


 関羽は二人を見る。


「それだけか」


「今はな」


「それで漢を立て直すと?」


「最初はいつもそんなものじゃ」


「いつも?」


「昔もそうじゃった」


 劉備は遠くを見る。


「最初から兵も金も領地も全部そろっとる奴など、そうはおらん」


「足りんものがあるなら、持っとる奴を探す」


「兵が足りなければ?」


「集める」


「金が足りなければ?」


「出せる奴を探す」


「策が足りなければ?」


「考えられる奴を探す」


「そして戦ができる者がいれば?」


 劉備は関羽を見る。


「任せる」


 関羽は黙った。


 張飛が口元を上げる。


「悪くねぇ」


「翼徳?」


「俺は嫌いじゃない」


 関羽は張飛を見る。


「お主はこの男についていくのか」


「まだ決めてねぇ」


「そうなのか?」


「面白いから一緒にいるだけだ」


 劉備が横から口を挟む。


「その割にはだいぶついてきとるぞ」


「嫌なら帰るぞ」


「それは困る」


「ほらな」


 関羽の口元が、ほんのわずかに緩んだ。


「……妙な二人だ」


「お主も来れば三人じゃ」


「なぜそうなる」


 劉備は笑った。


「強い奴は多い方がよい」


     ◇


 助けられた商人たちは。


 三人へ何度も頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「怪我はないか?」


「はい。おかげさまで」


 商人は荷を確かめると、劉備たちを見る。


「せめて、お礼をさせてください」


 張飛の目が動いた。


「飯」


「翼徳」


「腹減ってんだろ」


「まあ、それはそうじゃが」


 商人は笑った。


「それでしたら、食事くらい喜んで」


「よし」


「お主、遠慮というものを知らんのか」


「断る方が失礼だろ?」


「こういう時だけもっともらしいこと言いおって」


 関羽は二人を見ていた。


「……妙な二人だ」


「二回目じゃぞ」


 三人は商人から食事を振る舞われ。


 ようやく腹を満たした。


 その後。


 街道を涿郡へ向かう。


「雲長も涿郡へ?」


「ああ。しばらくあちらへ向かうつもりだった」


「なら途中まで一緒じゃな」


「勝手に決めるな」


「道は同じじゃろ?」


 関羽は何も答えなかった。


 ただ。


 歩みを止めることもなかった。


     ◇


 その夜。


 三人は涿郡へたどり着いた。


 張飛の家。


 三人で卓を囲むには十分な広さがある。


「ほれ」


 張飛が酒を置く。


 劉備が目を輝かせた。


「あるではないか!」


「家にはな」


「昼に出せ!」


「持ち歩いてねぇよ」


「役に立たんのう」


「お前にだけは言われたくねぇ」


 関羽は二人のやり取りを見ながら。


 静かに杯を受け取った。


 まだ。


 仲間になるとは言っていない。


 だが。


 ここまで来た。


 劉備は無理に問いたださなかった。


「雲長」


「何だ」


「明日はどうする」


「私は私の道を行く」


「そうか」


 劉備はあっさり頷いた。


 関羽が少し意外そうに見る。


「引き止めないのか」


「無理に引き止めても仕方あるまい」


「先ほどは随分熱心だったが」


「欲しいとは思っとる」


「……正直だな」


「じゃが、人は自分で決めねば続かん」


 張飛が酒を口にする。


「じゃあ俺が帰るって言ったら?」


「困る」


「止めるか?」


「酒を飲ませて考え直させる」


「やっぱ止めるんじゃねぇか」


「力ずくでは止めん」


「酒ならいいのかよ」


「酒は大事じゃ」


 関羽は杯を置いた。


「一つ聞きたい」


「なんじゃ」


「なぜ、それほど漢にこだわる」


 劉備の手が止まった。


「民を思う者なら他にもいる。だが貴方は、漢そのものに妙に執着している」


 張飛も劉備を見る。


 劉備は少しだけ考えた。


「ワシが作ったからじゃ」


 張飛が杯を口へ運ぶ。


「その話はまだ信じてねぇぞ」


「なんでじゃ!」


 関羽は静かに酒を飲んだ。


「雲長は?」


「判断する材料が足りぬ」


 関羽は劉備を見る。


「貴方を見ていれば、いずれ分かる」


 劉備は少し目を丸くした。


 それから。


 口元を緩める。


「そうか」


 ふと。


 昔を思い出した。


 沛(はい)。


 まだ天下など遠かった頃。


 まだ何者でもなかった頃。


 仲間と酒を飲み。


 くだらない話をしていた。


 あの頃も。


 最初は、こんなものだった。


「……悪くないのう」


「何がだ?」


 張飛が聞く。


「なんでもない」


 関羽も。


 それ以上は聞かなかった。


 その夜。


 三人とも。


 同じ卓から最後まで立たなかった。


 三人はまだ。


 同じ道を歩いてはいない。


 それでも。


 この夜だけは。


 同じ卓を囲んでいた。








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