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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第一話 ワシの漢が腐っとる

第一話 ワシの漢が腐っとる

 劉邦――今は劉備と呼ばれている男は、考えていた。


 なぜ、こうなったのか。


 自分は確かに死んだ。


 長安の宮中。

 病床。

 昔を思い出しながら目を閉じた。


 そこまでは覚えている。


 なのに次に気がつけば、赤子になっていた。


 最初は夢かと思った。


 だが、一日経っても覚めない。


 一年経っても覚めない。


 仕方なく新しい人生を受け入れた頃、もっと妙なことに気づいた。


 この国の名が――漢だった。


「…………」


 初めてそれを聞いたとき、劉邦はしばらく言葉を失った。


 漢。


 自分が興した国。


 項羽と争い、多くの者と戦い、ようやく手に入れた天下。


 それがまだ残っている。


 しかも、自分が死んでから数百年。


「……やるではないか」


 幼い劉備は、少しだけ誇らしくなった。


 自分が死んだ後にも国は続いた。


 皇帝が代わり、時代が変わり、それでも漢という名は残った。


 四百年近く。


 それだけ続いたのなら、後を継いだ者たちも随分と頑張ったのだろう。


 そう思っていた。


 ――最初は。


     ◇


「税を納められぬ者は、土地を手放せ!」


 役人の怒声が響く。


 道端では、痩せた男が地面に額をつけていた。


「どうか、もう少しだけお待ちください。今年は実りが悪く――」


「知らぬ。決まりは決まりだ」


 劉備は足を止めた。


「…………」


 横を歩いていた母が、小声で言う。


「見てはいけません」


「なぜじゃ?」


「関わっても、どうにもなりません」


「…………」


 どうにもならない。


 その言葉が引っかかった。


 劉備は役人を見る。


 次に、男を見る。


 役人一人を殴ったところで何も変わらない。


 そんなことは知っていた。


 前の人生で、嫌というほど知った。


 問題は、この役人ではない。


 ならば――どこから腐っている。


 劉備はその日から、以前よりも周囲の話を聞くようになった。


 官職が銭で売られている。


 有力者に賄賂を渡せば裁きが変わる。


 地方官は中央への献金を集めるため、民からさらに搾り取る。


 そして、その中央では宦官たちが大きな権勢を握っているという。


「……なるほどのう」


 劉備は腕を組んだ。


 最初は、地方の役人が悪いのだと思った。


 違った。


 地方の役人にも、上がいる。


 その上にも、さらに上がいる。


 誰か一人を叩けば済む話ではない。


「面倒じゃな」


 だが。


 面倒だからこそ、直接見る必要がある。


 人から聞いた話だけで判断して失敗したことは、前世でもあった。


 ならば、自分の目で見る。


 使える者がいるのか。


 話の通じる者がいるのか。


 それとも――。


「よし」


 劉備は立ち上がった。


 母が振り返る。


「どこへ行くのです?」


「洛陽(らくよう)」


「…………なぜ?」


「朝廷を見てくる」


「やめなさい」


「まだ何も言っとらんぞ?」


「あなたがその顔をすると、大抵ろくなことになりません」


「母上!?」


「何をするつもりです?」


「話の分かる奴がおるか確かめるだけじゃ」


「本当に?」


「本当じゃ」


「…………」


「その目はなんじゃ」


「いえ」


「信用しとらんな?」


「しておりません」


「母上!?」


     ◇


 数日後。


 洛陽。


 漢帝国の都。


 劉備は大通りを歩きながら、周囲を眺めていた。


 人が多い。


 商いも盛んだ。


 地方とは比べものにならぬほど物が集まっている。


「さすがに都だけはある」


 思っていたより悪くない。


 少なくとも、都そのものが死んでいるわけではない。


 ならば、まだどうにかできる。


 そう思いながら歩いていると。


「道を開けろ!」


 怒声が響いた。


 人々が慌てて道の端へ寄る。


 豪奢な車と、その周囲を囲む役人たち。


 劉備は近くの男に尋ねた。


「あれは誰じゃ?」


「知らないのか?」


「地方から来たのでな」


 男は周囲を気にしてから声を落とした。


「宦官(かんがん)のお偉方だ」


「ほう」


「逆らわん方がいいぞ。今の朝廷じゃ、十常侍(じゅうじょうじ)に睨まれたら終わりだ」


「十常侍」


「ああ。官職だって、あいつらに銭を積めば――」


「買える」


 男が目を丸くする。


「知ってるじゃないか」


「確認じゃ」


 劉備は車を見送った。


 偉そうにしている。


 それ自体はどうでもよい。


 自分も皇帝だった頃は似たようなものだ。


 問題は、何をしているかだ。


「直接話してみるか」


「は?」


「その十常侍とやらに」


「やめろ」


 即答だった。


「なんでじゃ」


「地方者が会える相手じゃない」


「なら会える奴から辿ればよい」


「何する気だ?」


「話を聞く」


「……本当に?」


「なんで皆同じ顔をするんじゃ」


     ◇


 劉備はすぐには宮城へ突っ込まなかった。


 数日、洛陽に留まった。


 酒場で役人の愚痴を聞いた。


 商人から、誰にいくら渡せば話が通るのかを聞いた。


 地方から陳情に来た者にも話しかけた。


 役所の前にも立った。


 そして分かった。


 噂は、大げさではなかった。


 官位は売られている。


 賄賂は当たり前。


 民から集められた銭が、上へ上へと流れている。


 そして誰もが、


 仕方がない。


 逆らえない。


 そう口にする。


「…………」


 酒場の隅で、劉備は杯を置いた。


 前世でも腐った役人はいた。


 欲深い者もいた。


 だが、これは少し違う。


 腐敗そのものが仕組みになっている。


 誰か一人を斬れば終わる問題ではない。


「なら、上を見ねばならんか」


 劉備は立ち上がった。


     ◇


「止まれ」


 宮城近く。


 兵が槍を交差させた。


「何者だ」


「劉備。字は玄徳」


 今回は普通に名乗った。


「何用だ」


「朝廷に話がある」


「どこの官吏だ」


「違う」


「豪族か」


「いや」


「では帰れ」


「待て」


 劉備は袖から紙を出した。


 洛陽で集めた話を、自分なりにまとめたものだった。


「官位の売買、地方からの過剰な徴収、役人への賄賂。これを誰に話せばよい」


 兵の表情が変わった。


「……どこでそれを」


「聞いた」


「余計なことを嗅ぎ回ったな」


 劉備は目を細める。


「ほう」


「帰れ」


「話を通す気はない、と」


「聞こえなかったか」


「聞こえた」


 劉備は紙をしまった。


「なら別の奴に聞く」


 背を向けようとした、そのとき。


「待て」


 別の声がした。


 数人の役人を従えた男が歩いてくる。


「何の騒ぎだ」


「は。この者が朝廷の内情を嗅ぎ回っておりまして」


 男が劉備を見る。


「名は」


「劉備玄徳」


「……聞かぬ名だな」


「そりゃそうじゃろ」


「何?」


「いや、こっちの話じゃ」


 男は劉備の手元を見る。


「何を調べていた」


「官位を銭で売っとると聞いた」


「…………」


「本当か?」


「誰から聞いた」


「本当かと聞いとる」


 男の目が険しくなる。


「貴様には関係のない話だ」


「関係ある」


「何?」


「この国に住んどる」


 劉備は一歩前へ出た。


「民から集めた銭が、民のために使われず、役人の懐に入り、官位まで売り物になる」


「…………」


「それをおかしいと思わんのか」


「世の中とはそういうものだ」


 その一言で。


 劉備の表情から、わずかな期待が消えた。


「……そうか」


 男は鼻で笑う。


「分かったなら帰れ」


「いや」


 劉備は静かに答えた。


「分かったから聞いとる」


「何を」


「お主、使えんのう」


「…………何?」


「権力を持っとるから、話くらい通じるかと思ったが」


 周囲の兵がざわつく。


「貴様、自分が誰に口を利いているか分かっているのか!」


「知らん」


「この方は――」


「名を聞いたところで、使えん奴は使えん」


 男の顔が赤くなる。


「捕らえろ!」


 兵が動いた。


 劉備はため息をつく。


「やっぱりそうなるか」


「不敬者め!」


「不敬?」


 そこで劉備は、ふと思い出したように笑った。


「そうじゃ。まだ言ってなかったのう」


「何をだ」


「ワシの本当の名じゃ」


 兵が止まる。


 劉備は胸を張った。


「劉邦」


「…………」


「漢高祖(かんのこうそ)、劉邦じゃ」


 沈黙。


「…………」


「…………」


 男が口を開く。


「……狂人か?」


「なぜそうなる!」


「高祖陛下は四百年近く前の御方だ!」


「知っとるわ! 本人じゃ!」


「捕らえろ!」


「話を聞け!」


「高祖を騙る不届き者め!」


「騙っとらん!」


「不敬だ!」


「誰に対する不敬じゃ!」


「高祖陛下に決まっている!」


「ワシじゃ!!」


 兵が腕を掴む。


 劉備は振り払った。


「離せ」


「大人しくしろ!」


「大人しく話しとったじゃろうが!」


「連れていけ!」


 男が命じる。


 劉備はその男を見る。


「最後に一つ聞く」


「何だ」


「民が苦しんどる」


「…………」


「それでも、今のままでよいと思っとるのか」


「黙れ」


「そうか」


 劉備は頷いた。


 そして。


「なら、もうええわ」


 拳を振り抜いた。


「がっ――!」


 男が地面に転がる。


 周囲が静まり返った。


 劉備は拳を振る。


「話の通じん奴と話す時間が惜しい」


「…………」


「…………」


「捕らえろォォォォ!!」


「うむ。そうなると思った!」


 劉備は走った。


     ◇


「待てぇぇぇ!」


「待たん!」


 洛陽の大通りを駆ける。


 後方から兵たちが追ってくる。


「高祖を騙る不届き者だ!」


「だから本人じゃ!」


「宦官様に手を上げたぞ!」


「話が通じんかったんじゃ!」


 人々が慌てて道を開ける。


 その中で。


 一人の大柄な男だけが、道の真ん中に立ったままだった。


「…………」


 劉備が横を通り過ぎようとする。


 男が口を開く。


「お前」


「なんじゃ!」


「本当に殴ったのか」


「見れば分かるじゃろ!」


 男の口元が吊り上がる。


「そうか」


 追手が迫る。


「そこの男! そいつを止めろ!」


 大男は兵たちを見る。


 次に、劉備を見る。


「高祖劉邦なんだって?」


「そうじゃ」


「誰も信じてねぇぞ」


「知っとる!」


「十常侍の連中に喧嘩売った?」


「売るつもりはなかった!」


「結果は?」


「売った!」


 男はしばらく黙った。


 そして。


「……気に入った」


「何?」


 大男が追手の前へ出る。


「何してる! どけ!」


「嫌だね」


「貴様!」


 男は拳を鳴らした。


「こいつ、まだ捕まえるには惜しい」


 劉備が目を細める。


「お主、名は?」


「姓は張、名は飛。字は翼徳」


「張飛(ちょうひ)、翼徳(よくとく)か」


「お前は?」


「今聞いたじゃろ」


「いや」


 張飛は笑った。


「劉備と劉邦、どっちで呼べばいい」


 劉備は一瞬だけ黙った。


「好きにせい」


「じゃあ高祖様だな」


「その呼び方、絶対敬っとらんじゃろ」


 張飛は答えない。


 ただ笑った。


 追手が迫る。


「行くぞ、高祖様」


「どこへじゃ」


「捕まりたくねぇんだろ?」


「それはそうじゃ」


「なら走れ」


「お主も来るのか?」


「面白そうだからな」


 劉備は張飛を見た。


 腕は立ちそうだ。


 胆も据わっている。


 何より、追われている男を見て笑ってついてくる。


「…………」


「何だ?」


「いや」


 劉備は走り出した。


「悪くない」


「何がだ?」


「こっちの話じゃ」


 二人は洛陽を駆け抜けた。


 まだ、このときの劉備は知らない。


 この大男が。


 二度目の人生で得る、最初のかけがえのない仲間になることを。









「ここまでお読みいただきありがとうございます!

評価(下の★★★★★)や一言感想、応援のブクマなど、少しでもいただけると執筆の大きな励みになります! ぜひよろしくお願いします!」

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