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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第二十五話 陣は止まらない

第二十五話 陣は止まらない


「北側、異常ありません」


「黄巾の動きは」


「夜明け前に十数人が出ました。杭の手前まで来ましたが、こちらを見て戻っています」


 鄒靖が木簡へ目を落とした。


「昨夜打った杭の位置は、そのまま保て。向こうから出てきても追うな」


「はっ」


 兵が幕舎を出る。


 入れ替わるように、別の兵が入ってきた。


「西の見張りより。荷車が一台、南へ道を変えました」


「護衛は」


「十人ほどです」


 鄒靖は地図へ目を落とした。


「西はそのまま見ろ。止めなくていい。道を変えた先だけ確かめてこい」


「はい」


 兵が走っていく。


 外では馬の嘶きが続いていた。


 幕舎を出ると、朝から人が行き交っている。


 北へ向かう兵。


 西から戻った伝令。


 水袋を荷車へ積む者。


 昨夜使った槌を肩へ掛けて歩く者もいる。


「杭の替えは」


 鄒靖が通りかかった兵へ声を掛けた。


「あと十本ほどです」


「今ある分を先に北へ回せ。足りない分は後で送る」


「はっ」


 兵が駆けていく。


 その先では、朝廷の兵たちが馬を整えていた。


 一台の車の周囲にも数人が集まり、車輪や手綱を確かめている。


 少し離れたところに盧植が立っていた。


 劉備は道の脇から、その姿を見ている。


 張飛は隣で腕を組んでいた。


 関羽は地面へ腰を下ろし、刀の手入れをしている。


 布を刃へ滑らせ、光へ翳す。


 小さな汚れを見つけると、そこだけをもう一度拭った。


「気に入らん」


 張飛が言った。


「そうじゃな」


「盧将軍が何したってんだ」


「真面目過ぎたんじゃ」


「何がだよ」


 劉備は車の周囲で動く兵を見る。


「……役人が腐っとるということじゃ」


 張飛は何も返さなかった。


 関羽の手も一度止まる。


 すぐに刃へ戻った。


「アニキ、腹立ってねぇのか?」


「立っとるぞ」


「だったら!」


「腹立つたびに暴れとったら、身体がもたん」


 張飛が劉備を見る。


 関羽が布を畳んだ。


「……以前のことは覚えているな」


 劉備は何も言わず、盧植へ視線を戻した。


 関羽もそれ以上は続けなかった。


 盧植の前へ、一人の兵が歩み寄る。


 何か言おうとして、結局頭を下げただけだった。


 盧植も黙っている。


 兵が離れる。


 今度は槍を抱えた二人が通りかかった。


 一人が気づき、足を止めかける。


「前を見ろ」


 盧植が言った。


 兵が姿勢を正した。


「はっ」


「槍を落とすぞ」


 慌てて抱え直し、そのまま歩いていく。


 その後ろから、矢筒を抱えた兵が来た。


 腕にはまだ布が巻かれている。


 盧植と目が合う。


 男は足を止めず、通り過ぎる間だけ頭を下げた。


 鄒靖が幕舎から出てくる。


 手には木簡が一枚あった。


「盧将軍」


「もう将軍ではない」


 鄒靖は呼び方を変えなかった。


「北は昨夜進めた戦線をそのまま維持します。西は見張りだけを残します」


「南は」


「今のところ動きはありません」


「兵を多く割く必要はない。だが、警戒は緩めるな」


「はい」


 鄒靖は木簡を握り直した。


 まだ何か聞こうとしている。


 盧植が先に口を開いた。


「私に聞くな」


 鄒靖の顔が上がる。


「これから決めるのはお前たちだ」


「……承知しました」


「後任が来るまで、陣は止まらん。地図と兵を見て、お前が決めろ」


 鄒靖は一礼した。


「はい」


 幕舎へ戻っていく。


 途中で兵に呼び止められ、差し出された木簡をその場で開いた。


「これは北へ回せ」


「はっ」


「西へ二人追加しろ。南へ回った荷車の行き先だけ見てこい」


 兵が走り出す。


 使者の兵が車のところから歩いてくる。


「出立いたします」


「分かった」


 盧植が歩き出した。


 劉備たちの前を通る。


「盧将軍」


 張飛が呼んだ。


 盧植が足を止める。


「なんだ、張飛」


「本当に行くのか」


「朝廷の命だ」


「でもよ――」


「張飛」


 短い声だった。


 張飛の口が閉じる。


 盧植は劉備を見る。


 しばらく何も言わない。


 劉備も見返した。


「……あとは任せた」


 それだけ言うと、張飛を見てから関羽へ顔を向ける。


「関羽」


「はい」


「頼むぞ」


 関羽が劉備と張飛を見る。


「承知しました」


「待て」


 劉備が眉を寄せた。


「今、ワシに任せたと言わんかったか……」


 盧植は劉備へ目を向ける。


「ではな」


「おい」


 そのまま歩いていった。


 張飛が劉備を見る。


 劉備は盧植の背を見ていた。


 関羽は手入れを終えた刀を腰へ戻した。


 盧植が車へ近づく。


 作業をしていた兵が一人、頭を下げた。


 少し先でも、別の兵が同じように頭を下げる。


 声を上げる者はいない。


 槍を持ったまま。


 荷を抱えたまま。


 伝令へ向かう途中で。


 盧植も足を止めなかった。


 車の前で扉が開く。


 一度、陣へ顔を向ける。


 幕舎へ伝令が走っていく。


 北へ向かう兵の列が門を抜ける。


 遠くから槌の音が聞こえた。


 盧植は車へ乗った。


 扉が閉まる。


 御者が手綱を引く。


 車輪が回り始めた。


 劉備は黙って見ていた。


 車は兵たちの間を抜け、門へ向かっていった。


 車が門を抜けた。


 朝廷の兵が前後を固め、そのまま街道へ出ていく。


 車輪が土を踏む音だけが、少しずつ遠ざかっていく。


 張飛は腕を組んだまま、その背を見ていた。


「……行っちまったな」


 劉備は答えない。


 関羽も街道へ目を向けている。


 車はまだ見える。


 門から離れ、道の先へ進んでいく。


 劉備はしばらく見ていた。


 やがて踵を返した。


「雲長、翼徳」


「うむ」


「おう」


 二人も動く。


 関羽は腰の刀を確かめ、張飛は置いていた槍を取った。


 三人が門へ向かう。


「おい」


 後ろから声が飛んだ。


 劉備が振り返る。


 鄒靖がこちらを見ていた。


「どこへ行く」


「すまぬ。ひと月ほどここを離れる」


 鄒靖が三人を見る。


 劉備の腰には剣。


 関羽は刀。


 張飛は槍を持っている。


「……お前、正気か」


「何も心配するな」


「心配しかない。お前は私の預かりだぞ」


 劉備は門へ向き直る。


「すぐ戻る」


「おい、やめろ。軍機を乱すな」


 張飛が足を止めた。


 関羽も続かない。


 劉備だけが一歩進み、二人が来ていないことに気づいて振り返る。


「兄者」


「ここを離れれば、鄒靖殿まで咎めを受けよう」


 劉備の目が鄒靖へ向いた。


 鄒靖は何も言わない。


 張飛も黙っている。


 もう一度、街道を見る。


 車は少しずつ小さくなっていた。


 劉備は腰の剣から手を離した。


「……それは困るのう」


 そのまま門の前に立つ。


 張飛が槍の石突きを地面へ下ろした。


 関羽も刀から手を離す。


 車輪の音は、もう聞こえない。


 門の外を行く兵の姿だけが遠くに残っている。


 やがて、それも道の向こうへ消えていった。


 劉備はしばらく動かなかった。


 朝の風が街道から入ってくる。


 門の脇では、見張りの兵が持ち場へ戻っていく。


 陣の中からは、槌の音が聞こえていた。


 張飛が劉備を見る。


「戻るのか」


 劉備は門の外を見たまま答えた。


「戻らんわけにもいかんじゃろ」


 踵を返す。


 関羽と張飛も続いた。


 鄒靖がその背を見ている。


 劉備は数歩進んだところで足を止めた。


「鄒靖」


「なんだ」


「ひと月は長かったか?」


「そこではない」


 劉備は少し考えた。


「そうか、うん、そうじゃな」


 三人は陣の中へ戻っていった。


 門を離れると、陣のざわめきが戻ってきた。


 木簡を抱えた兵が三人の横を走り抜け、その先では鄒靖が別の報告を受けている。


「荷車を見に出した者は?」


「まだ戻っていません」


「二人出せ。荷車には近づくな。どこへ向かうかだけ見てこい」


「はっ!」


 兵が駆けていく。


 劉備はその背を目で追い、幕舎の間へ戻った。


 少し進んだところで、前を行く荷車の車輪が道の窪みへ落ちた。


「押せ!」


 兵が後ろへ回る。


 張飛が槍を脇へ置き、荷台へ手を掛けた。関羽も反対側へ回り、劉備は二人に続く。


 兵の声に合わせて三人で押す。泥を噛んだ車輪が軋み、張飛と関羽が踏ん張る横で、劉備も荷台へ力を込めた。荷車は泥を跳ね上げながら窪みを越える。


「助かりました」


 兵が手綱を引き直した。


 劉備は荷台へ近づき、のぞき込んだ。木杭と水袋が積まれている。


「どこまで運ぶ」


「北です。昨夜、杭を打ったところまで運びます」


 兵は頭を下げ、そのまま荷車を進めた。


 その向こうから鄒靖の声が響く。


「北へ出す兵は増やすな! 交代を早めろ!」


 別の兵が木簡を持って駆け寄った。


「南は今のところ動きありません!」


「なら二人だけ残し、他は北へ回せ」


「はっ!」


 鄒靖は受け取った木簡へ目を落とし、そのまま次の指示を出した。


 劉備は鄒靖へ一度目を向け、そのまま歩き出した。


 道の脇では、腕に布を巻いた兵が座り込み、矢を一本ずつ数えていた。


「まだ傷むか」


 劉備が声を掛ける。


 兵が顔を上げた。


「少し。動かなければ問題ありません」


「なら、そのまま座っとれ」


「はい」


 兵は再び矢へ目を戻した。


 三人は矢を数える声を背に、幕舎の間を進んだ。


 しばらくすると、前から伝令が走ってくる。


「北より!」


 三人が道を空けると、伝令は泥の跳ねた足で鄒靖のもとへ駆けていった。


 劉備はその背を見送り、少しして口を開いた。


「雲長。先生の戦術、間違っとったと思うか」


 関羽はすぐに答えた。


「思わぬ」


「そうか」


 劉備は歩きながら、昨日、左豊が陣を見回っていた方へ目を向けた。


「……見た上で、あれか」


 それ以上は言わなかった。


 幕舎の間を抜けると、交代に出る兵たちが北の門へ向かっている。


「腐っとるのう」


 関羽が隣へ並ぶ。


「漢が、か」


「うむ」


 張飛もその横へ来た。


「役人が腐ってるのは、今に始まったことじゃねぇだろ」


 劉備が顔を向ける。


「……そうじゃな。秦の頃も大概じゃったし、こんなものかもしれん」


 関羽が足を止めた。


「まるで見てきたように言うな」


「……さてな」


 劉備はそのまま歩き続けた。


 関羽と張飛も追いつく。


 少し先では、鄒靖が兵から報告を受けている。


 劉備はその様子を見ながら歩いた。


「先生や鄒靖のような者もおれば、左豊のような者もおる」


 関羽が視線を向けた。


「皇帝が悪いのか、宦官が腐っとるのか。考えたところで分からぬ」


 そのまま何歩か進んだところで、劉備が顔を上げた。


「……よし。この戦が片付いたら、一度洛陽へ戻ろう」


「……面白れぇ。殴り込みか? 付き合うぜ」


 関羽の足が止まる。


「兄者、先生の言葉を――」


 劉備は張飛と関羽を見た。


「いや……皇帝と話してみる」


「やめろ」


 関羽が即座に返した。


「宦官を殴るどころの話ではなくなる」


 劉備は少し黙り、洛陽のある方角へ目を向けた。


「そうじゃな……いつか話す機会を得られるじゃろ」







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