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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第二十三話 都から来た者

第二十三話 都から来た者


 西の道から戻って半刻(はんとき)ほど。


 劉備たちは再び、盧植の幕舎を訪れていた。


 中央の卓には昨日と同じ地図が広げられている。


 違うのは、その上に置かれた木札の数だった。


 西にも、北にも、張角の陣へ続く道にも、昨日より木札が増えている。


「西の道で、黄巾の荷隊と接触しました」


 鄒靖が地図の一点を指した。


「荷車三台。護衛は十五ほど。その後、三十を超える兵が出ています」


 盧植はそこへ目を落とした。


「こちらの損害は」


「重傷はいません。歩けぬ者が二人、ほかに軽傷が数名」


「黄巾は」


「数人を倒しましたが、追ってはいません」


 盧植の指が、西の道をなぞった。


「増援が出るまで、どの程度だった」


「長くはありません」


 それだけ聞くと、地図の端に置かれていた木札を一つ動かした。


 西の道から少し離す。


「ここへ置いていた兵を戻す」


 側にいた兵が頷く。


「西は見るだけでよい。こちらから無理に押し込むな」


「はい」


 兵が幕舎を出ていく。


 劉備は動かされた木札を見る。


 西の道で見たものが、ここでは兵の配置に変わっていく。


 外ではまた馬の蹄が近づいてきた。


「伝令!」


 兵が幕舎へ入る。


 北東の黄巾が広宗方面へ戻ったという報せだった。


 盧植は追わず、動きだけを見るよう命じた。


 その後も、兵糧や南の見張りから報告が届く。


 入ってきた者が出ていくと、また別の者が入ってくる。


 兵の数も、荷の数も、道の様子も。


 負傷した者、戻った者、まだ戻らない者まで。


 そのたびに、地図の木札が動いた。


 鄒靖も黙って地図を見ている。


 関羽は腕を組み、張飛は入口近くへ立っていた。


 盧植は、次々と入ってくる報告を聞き続けていた。


 やがて一度、幕舎の中が静かになった。


 盧植が息を吐く。


「玄徳」


「なんじゃ」


「お前たちは今日は休め」


「まだ朝じゃぞ」


「次に動く時まで、身体を休めておけ」


 劉備は地図を見る。


「人手が足らんのではないか?」


「足りぬ。だからこそ、動ける者を無駄に減らせん」


 盧植はもう次の木札へ手を伸ばしている。


 劉備はしばらくその横顔を見てから、踵を返した。


「行くぞ、雲長、翼徳」


「おう」


 張飛が幕を上げる。


 外へ出た。


 日が高くなり始めていた。


 陣の中は、朝よりも騒がしい。


 西門から戻ってきた時にはなかった馬が何頭も繋がれている。


 負傷兵を運ぶ者。


 槍を束ねる者。


 矢を数える者。


 炊事場では、大きな釜から湯気が上がっていた。


 その間を伝令が走っていく。


 劉備は立ち止まった。


 ここにいるだけでも、戦は次々と人を動かしていた。


「アニキ」


 張飛が少し先から呼ぶ。


「休めって言われたぞ」


「聞いとる」


「ならどこ行くんだ?」


 劉備は周囲を見回した。


「飯じゃ」


 張飛がすぐに歩き出した。


 関羽も続く。


 劉備はその後ろを追った。


 その時だった。


 陣の入口の方から、馬の嘶(いなな)きが聞こえた。


 一頭ではない。


 兵の声も重なる。


 劉備が振り返る。


 門の外から、数騎の馬が入ってきていた。


 前を行く男の衣は、ここにいる兵たちのものとは違う。


 土にも血にも汚れていない。


 その後ろにも、同じような衣を着た者が続いている。


 道の脇にいた兵が、次々と場所を空けた。


 張飛も足を止める。


 関羽の目が細くなる。


 騎馬の一行は、そのまま陣の中央へ向かっていった。


 盧植の幕舎がある方角へ。


 劉備はしばらく、その背を見送った。


 炊事場へ着いた頃には、先ほどの一行の話がすでに広がっていた。


 張飛が受け取った椀を持ったまま、隣の兵を見る。


「誰なんだ、あれ」


「都から来た方らしい」


 兵は声を落とした。


「小黄門(しょうこうもん)の左豊(さほう)様だとよ」


 劉備の箸が止まった。


「宦官か」


 関羽がこちらを見る。


 張飛も椀から顔を上げた。


 洛陽で何があったかは、二人とも知っている。


 劉備はそのまま飯を口へ運んだ。


 炊事場の向こうを伝令が走っていく。


 その後から、槍を抱えた兵が数人通り過ぎた。


 左豊の一行が来ても、陣の動きは止まっていない。


 ただ、盧植の幕舎の周囲だけは違っていた。


 普段より兵が離れて立っている。


 入口には、見慣れない男が二人いた。


 都から来た従者だろう。


「飯を食ったら寝るぞ」


 張飛が言う。


「うむ」


 劉備が椀を置いた。


 関羽も立ち上がる。


 三人で食器を返し、歩き出した。


 その途中だった。


「劉玄徳殿」


 背後から声がした。


 振り返る。


 盧植の幕舎にいた兵の一人が、こちらへ走ってきていた。


「盧将軍がお呼びです」


 劉備は関羽と張飛を見る。


「休めと言ったばかりではなかったか?」


 兵は幕舎の方へ目を向けた。


「左豊様が、お会いになりたいと」


 劉備の足が止まった。


「ワシに?」


「はい」


 劉備はそのまま幕舎へ向かった。


 関羽と張飛も続いた。


 幕舎へ入ると、朝とは空気が違っていた。


 地図はそのまま卓に広げられている。


 だが、盧植はその前に座っていない。


 卓から少し離れたところで、一人の男と向かい合っていた。


 年は盧植より若い。


 整えられた衣には、土埃ひとつ見えない。


 その後ろには二人の従者が立っている。


 男が劉備を見る。


「その者が?」


「劉備玄徳です」


 盧植が答えた。


 左豊の視線が、劉備の頭から足元までゆっくり下がる。


 劉備も見返した。


「洛陽で名を聞きました」


「ほう」


「中山靖王(ちゅうざんせいおう)の後裔を称し――」


「称しとるのではない」


 左豊の目がわずかに細くなる。


 盧植が劉備を見る。


「玄徳」


 劉備は口を閉じた。


「そして、高祖を名乗ったとも」


 今度は何も言わなかった。


「洛陽では宦官に手を上げ、そのまま都を離れたとか」


 劉備の眉がわずかに動く。


 それでも黙っていた。


 左豊はその様子を見てから、盧植へ顔を戻した。


「そのような者を、軍中に置いておられる」


「鄒靖の預かりです」


 盧植の声は変わらない。


「罪を赦したわけでも、隠したわけでもありません。働きも含め、上へ報告することになっています」


「働き、ですか」


「黄巾とも交戦しています」


「なるほど」


 左豊はそこで初めて、卓の地図へ目を向けた。


「では、その話も含めて聞かせていただきましょう」


 盧植が劉備を見る。


「玄徳たちは外へ」


「分かった」


 三人で幕舎を出る。


 背後で幕が閉じた。


 張飛が一度だけ振り返る。


 関羽も足を止めない。


 劉備は前を向いたまま歩いた。


 閉じた幕の向こうから、左豊の声が聞こえた。


「では、戦況について伺いましょう」


 幕舎を離れても、劉備はすぐには寝床へ戻らなかった。


 陣の中央を行き交う兵の向こうに、盧植の幕舎が見える。


 張飛が隣で立ち止まった。


「飯も食ったし、寝るんじゃなかったのか」


「そのつもりじゃった」


 劉備は幕舎へ目を向けたまま答える。


 入口には、まだ左豊の従者が立っていた。


「気になるのか」


 関羽が言った。


「宦官がわざわざ戦場まで来たんじゃ。気にはなる」


 劉備は視線を外した。


「まあ、先生がおる。ワシらが覗いても仕方あるまい」


 今度こそ歩き出す。


 張飛が大きく欠伸をした。


 三人が兵の幕舎へ戻る頃にも、盧植のもとには伝令が出入りしていた。


     ◇


「張角の軍勢を広宗へ追い込んだ、と」


 左豊は卓の地図を見下ろしていた。


「はい」


 盧植が答える。


「ならば、なぜまだ討ち取れておられぬので?」


「広宗には多くの兵が集まっています。正面から攻めれば、こちらの損害も大きい」


 盧植は地図の一点を指した。


「周囲を固め、逃げ道と兵糧の流れを狭めています。焦って兵を失う必要はありません」


「しかし、都では早い鎮圧を望んでおります」


「承知しています」


 左豊は地図から顔を上げた。


「張角を広宗まで追い込みながら、それでもなお待つと?」


「勝つために必要ならば」


 言葉は短かった。


 左豊の視線が、並べられた木札から兵糧を記した木簡、端へ積まれた報告へ移っていく。


「随分と慎重でいらっしゃる」


「兵は減れば戻りません」


「朝廷から見れば、戦が長引くこともまた損失です」


「だからこそ、確実に終わらせます」


 左豊は何も言わなかった。


 幕の外から兵の声が聞こえる。


 また伝令が来たらしい。


 盧植が入口へ顔を向ける。


「入れ」


 兵が入り、北側の見張りからの報告を伝えた。


 盧植はその場で指示を返す。


 兵が出ていく。


 左豊はその様子を黙って見ていた。


「お忙しいようで」


「戦の最中ですから」


 左豊は袖を整えた。


「私も長居をするつもりはありません」


 盧植が見る。


「明日には、さらに陣を見せていただきましょう」


「構いません」


 左豊は立ち上がった。


 従者たちも動く。


 幕舎を出ようとして、足を止めた。


「それと、もう一つ」


 振り返る。


「都から遠く離れた地まで参りましたので、何かと物入りでしてな」


 盧植は黙っている。


 左豊は笑みを崩さなかった。


「もちろん、軍中が余裕のないことは承知しております」


「必要な物資があるのであれば、軍の規定に従って用意させましょう」


 一瞬だけ、左豊の目が止まった。


「……いえ」


 袖の中へ手を戻す。


「結構です」


 そのまま幕を上げた。


 外で待っていた従者たちが道を空ける。


 左豊は振り返らない。


 幕が閉じた。


 盧植はしばらく、その場に立っていた。


 やがて卓へ戻る。


 地図の上には、先ほどまでと同じ木札が並んでいる。


 一つを動かした。


「伝令を」


 外の兵が応じる。


「西の見張りを日暮れ前に交代させろ。北側はそのままでよい」


「はっ!」


 足音が遠ざかる。


 盧植は再び地図へ目を落とした。


「ここまでお読みいただきありがとうございます!

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