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劉邦、転生したら劉備だった件  作者: レイン
第一章 黄巾の乱

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第二十二話 西の道

第二十二話 西の道


 夜が明けきる前から、陣の中では人が動いていた。


 劉備が幕舎を出ると、すでに荷を背負った兵が西門へ向かっている。


 陣の中にいるだけなら、どこか遠くで戦が続いているようにも思えた。


 今日は、その外へ出る。


「兄者」


 声の方を見る。


 関羽が馬の手綱を引いていた。


 その後ろから、張飛も自分の槍を肩に担いでくる。


「早いのう」


「アニキが遅いんだよ」


 劉備は空を見上げた。


 まだ東の端が白み始めたばかりだ。


「十分早いわ」


 張飛はもう何も言わず、馬へ跨がった。


 陣の中央から鄒靖が歩いてくる。


「揃っているな」


 後ろには二十ほどの兵がいた。


 昨日まで連れていた者より少ない。


 だが、全員が槍か弓を持ち、荷も軽い。


「今日は荷車を連れていかんのか」


「必要なのは足だ。何かあればすぐ戻れるようにする」


 鄒靖は西門へ顔を向けた。


 門では、昨夜見た兵たちが柵を開いていた。


 外へ出る。


 朝露を含んだ草を馬の蹄が踏んだ。


 振り返れば、盧植の陣はまだすぐ後ろにある。


 だが、柵を一枚隔てただけで辺りの音は急に減った。


 兵の怒鳴り声も、荷車の軋む音も遠くなる。


 代わりに聞こえるのは、蹄と草を踏む音だけだった。


 鄒靖が手を上げる。


 隊が細く伸びた。


「あの林まで行く。そこで兵を置く」


 劉備は西へ目を向けた。


 薄い霧の先に、道が伸びている。


 まだ黄色い旗は見えない。


     ◇


 林へ着く頃には、日が昇り始めていた。


 鄒靖は兵を止めると、周囲を見回した。


「弓兵は林の端へ。残りは道から少し下がれ」


 兵たちが散っていく。


 道の真ん中には誰も立たない。


 張飛が槍を肩から下ろした。


「隠れるのか?」


「見張るんだ」


 鄒靖は林の向こうを見たまま答えた。


 劉備も馬を降りる。


 関羽が続いた。


 道はその先で二つに分かれていた。


 北へ向かう道。


 黄巾の陣へ続く道。


 今のところ、どちらにも人影はない。


 張飛が林の奥へ入ろうとした。


「そこから先へ行くと、向こうからも見えるぞ」


 張飛は一度だけ木々の間を見て、戻ってきた。


 関羽が道端へしゃがみ込んだ。


「車輪の跡がある」


 土に何本もの筋が残っていた。


 古いものも、新しいものも混ざっている。


 劉備も近くへ寄る。


「昨日も荷車が通っとった道じゃ」


 関羽は土へ触れた。


「今朝のものもある」


 鄒靖が見る。


「何台だ」


「分からぬ。重なっている」


「それでいい」


 鄒靖は街道へ目を戻した。


「通っていることが分かれば十分だ」


 張飛が木へ背を預ける。


 劉備も近くの木へ寄りかかった。


 しばらくは誰も喋らなかった。


 風が枝を揺らす。


 遠くで鳥が鳴く。


 やがて。


 関羽が顔を上げた。


「来る」


 劉備も道を見る。


 まだ何も見えない。


 少し遅れて、微かな音が届いた。


 車輪。


 一台ではない。


 鄒靖が片手を上げる。


 林の中で兵たちが身を低くした。


 張飛も木から背を離す。


 音が近づく。


 道の曲がりから、最初の荷車が姿を現した。


 その後ろにもう一台。


 さらに三台目。


 荷台には袋と木箱が積まれている。


 前後を歩く男たちの頭には、黄色い布があった。


 十人。


 いや。


 林の影から、さらに数人が見える。


 劉備は黙って数えた。


 十五。


 その中に、武器を持たない者はいない。


 荷車の前後を固めるように歩いている。


 鄒靖はすぐには動かなかった。


 先頭から最後尾まで目を走らせる。


 荷車の後ろに、さらに人影が続いていないことを確かめた。


 そこで手を下げる。


「出るぞ」


 兵たちが一斉に立ち上がった。


 道の左右から姿を現す。


 先頭の黄巾兵が足を止めた。


 荷車も続いて止まる。


 黄巾側の男が剣へ手をかける。


 その後ろでは、別の者が荷車を道の端へ寄せ始めていた。


 劉備はその動きを見た。


 前の者が武器を構える間に、後ろは荷車を寄せ、すぐに武器を取る。


 誰も逃げない。


 黄巾の男が声を張った。


「道を開けろ!」


 鄒靖は槍を抜いた。


「ここから先は通さん」


 その声を合図に、両側の兵が武器を構えた。


 先に動いたのは黄巾側だった。


「押し通るぞ!」


 先頭の三人が駆け出す。


 鄒靖が槍を前へ出した。


「崩すな!」


 官兵も道へ踏み込む。


 穂先がぶつかった。


 乾いた音が重なる。


 張飛はその横を抜けた。


「おらぁ!」


 横薙ぎの一撃。


 黄巾兵が槍で受けたが、身体ごと後ろへ押される。


 その隙間へ張飛が踏み込もうとした。


 別の槍が横から伸びた。


「ちっ!」


 張飛が柄で弾く。


 押された男はそのまま後ろへ下がった。


 代わりに、すぐ別の一人が前へ出る。


「翼徳、右!」


 劉備の声が飛ぶ。


 張飛が振り向くより先に、関羽の刀が横から入った。


 張飛へ向いていた槍が跳ね上がる。


 関羽はそのまま一歩踏み込み、相手を後ろへ退かせた。


「助かった!」


 張飛は振り返らない。


 正面の男へ再び槍を振るう。


 劉備も剣を抜いた。


 道の中央では鄒靖の兵と黄巾兵がぶつかっている。


 数ではこちらが上だ。


 だが、黄巾側は荷車から離れない。


 一人が押されれば、後ろから一人。


 右が崩れれば、中央から一人。


 倒れた者を引く間にも、その前へ別の男が立つ。


 劉備の前へ一人が飛び込んできた。


 剣が振り下ろされる。


 半歩ずれる。


 刃が肩先を抜けた。


 劉備は剣を合わせ、そのまま外へ流す。


 相手の身体が開く。


 足を掛けた。


「ぐっ!」


 男が地面へ倒れる。


 追撃はしない。


 すぐ横を見る。


 荷車の後ろ。


 黄色い布が二つ、林側へ動いていた。


「雲長!」


 関羽が顔を向ける。


 劉備は剣先だけを動かした。


 関羽もそちらを見る。


 二人の黄巾兵が林へ回り込もうとしていた。


 その先には弓兵がいる。


 関羽が道を外れた。


 一人目の槍を刀で払い、二人目の前へ身体を入れる。


 足が止まった。


「そちらへは行かせん」


 低い声だけが聞こえた。


 劉備は正面へ戻る。


 張飛がまた一人を押し下げていた。


 今度は深く追わない。


 次に出てきた男の槍を打ち払い、その場に留まる。


 鄒靖の兵も少しずつ前へ出ていた。


 荷車まで、あと十歩ほど。


「押せ!」


 鄒靖の声が響いた。


 官兵の槍先が揃う。


 一歩。


 さらに一歩。


 黄巾側が下がる。


 張飛の息が荒くなる。


 口元は笑っていた。


「こいつら、やるな」


 返事はなかった。


 劉備は荷車の向こうを見ていた。


 一人の男が縄を切っている。


 荷台に積まれていた袋が地面へ落ちた。


 続けて木箱。


 道へ散らばる。


「何を――」


 張飛がそちらを見る。


 その間に、御者が馬の向きを変えた。


 荷を軽くした一台が来た道へ向き直る。


 続けて二台目も動く。


 三台目は、その場に残された。


「逃がすな!」


 官兵の一人が前へ出ようとした。


「列を崩すな!」


 鄒靖が止める。


 黄巾兵の数人が二台の荷車の後ろへ回った。


 残った者たちはまだ正面にいる。


 劉備は道へ落ちた袋を見る。


「面倒じゃのう」


 小さく漏らす。


 黄巾側から短い笛の音がした。


 一度。


 二度。


 前列の動きが変わった。


 攻めてこない。


 一人ずつ距離を取り始める。


「下がるぞ!」


 誰かが叫んだ。


 前の者が二歩退く。


 その間を後ろの者が守る。


 さらに次が退く。


 崩れないまま、少しずつ距離が開いていった。


「逃がすか!」


 張飛が前へ出る。


「翼徳!」


 劉備の声が飛んだ。


 張飛の足が止まる。


 黄色い布はまだ目の前にある。


 追えば届く。


 劉備はそこではなく、足元の道を見た。


「ここを空けるな」


 張飛は一度だけ劉備を見る。


 そのまま槍を構え直した。


 黄巾兵たちは距離を広げていく。


 最後尾の男が、倒れていた仲間の腕を肩へ回した。


 別の一人がその前へ立つ。


 やがて黄巾兵は、二台の荷車とともに道の曲がりへ消えていった。


 追う者はいなかった。


 林の前には、捨てられた荷と一台の荷車、それに数本の武器が残った。


 張飛が槍の石突きを地面へ下ろす。


「……逃げ切りやがった」


 劉備は道の先を見たまま答えなかった。


 遠くで、もう一度笛が鳴った。


 今度はさっきより遠い。


 鄒靖が兵たちへ声を飛ばす。


「負傷者を見ろ! 道はそのまま押さえろ!」


 兵が動き始める。


 劉備は剣を鞘へ戻した。


 道の向こうから、別の音が聞こえ始めていた。


 今度は車輪ではない。


 大勢の足音が、少しずつ近づいてくる。


 林の中にいた兵たちも道の先を見る。


 やがて、曲がりの向こうから黄色い旗が現れた。


 一つ。


 その後ろに、もう一つ。


 さらに人影が続く。


 先ほどの十五人どころではない。


 槍を持った者たちが、列を崩さずこちらへ進んでくる。


 鄒靖の表情が変わった。


「下がるぞ」


 張飛が槍を持ち直す。


 だが、前へは出なかった。


「負傷者を先に動かせ! 弓兵はそのまま道を見ろ!」


 兵たちが動く。


 道端では、一人が脚を押さえて座り込んでいた。


 別の兵が肩を貸す。


 もう一人も、腕から血を流している。


 劉備は残された荷車へ目を向けた。


 馬がまだ繋がれている。


「鄒靖、あれを使うぞ」


 返事を待たず、荷車へ向かった。


 関羽もすぐ横へ来る。


 荷台にはまだ木箱が残っている。


 劉備は一つを地面へ落とした。


 もう一つ。


 張飛も来る。


 何も言わず、残った袋をまとめて放り出した。


 負傷した兵を二人、荷台へ乗せる。


 御者をしていた官兵が手綱を取った。


「先に戻れ」


 鄒靖の声が飛ぶ。


 荷車が陣の方角へ動き始めた。


 その間にも、黄色い旗は近づいていた。


 人数が見えてくる。


 三十。


 その後ろにもいる。


 黄巾側もこちらを見つけていた。


 先頭の槍が上がる。


「来るぞ!」


 官兵の声。


「走るな!」


 鄒靖が叫んだ。


「列を保ったまま下がれ!」


 林にいた弓兵が先に後退する。


 道に残った兵も、互いの間隔を崩さず続いた。


 劉備は最後尾近くを歩く。


 張飛と関羽も残っていた。


 黄巾側との距離が縮まる。


 一人が駆け出した。


 続けて数人。


 関羽が振り返る。


 劉備も足を止めた。


「まだじゃ」


 追ってくる者を見る。


 近い。


 だが、後ろの本隊とは少し離れた。


「今じゃ」


 関羽が踏み出した。


 先頭の槍を刀で外へ払い、柄で胸元を打つ。


 男が地面へ転がった。


 張飛も横から槍を振るう。


 続いていた二人が足を止めた。


 それだけでいい。


「下がるぞ」


 劉備が踵を返す。


 三人とも追わない。


 再び官兵の後を追った。


 黄巾側も無理には飛び込んでこなかった。


 倒れた男を起こし、再び列を整えている。


 距離が開く。


 林を抜ける。


 分かれ道を過ぎる頃には、盧植の陣の柵が遠くに見え始めた。


 張飛が後ろを見る。


「追ってこねぇ」


 劉備も一度だけ振り返った。


 黄巾兵たちは分かれ道の辺りで止まっていた。


 その向こうでは、残した荷車の周囲に何人かが集まっている。


 鄒靖が前を向く。


「戻るぞ」


 誰も足を止めなかった。


 柵の上では、こちらに気づいた兵が動き始めている。


 門が開いた。


     ◇


 陣へ戻ると、負傷者が先に運ばれていった。


 荷車から下ろされ、そのまま治療を受ける場所へ向かう。


 張飛は槍を肩へ戻した。


「結局、道は取られたな」


 鄒靖は西門の外へ一度目を向けると、兵の一人を呼んだ。


「盧植将軍へ報告する。負傷者の数と、黄巾側のおおよその人数をまとめろ」


「はい」


 兵が走っていく。


 劉備はその背を見送った。


 張飛も関羽も何も言わない。


 西門の外。


 遠くには、まだ黄色い旗が見えていた。


 昨日まで、ただ遠くにあるだけだった旗。


 今はもう、遠いものには見えなかった。










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