第十七話 飯の出どころ
第十七話 飯の出どころ
翌朝。
鄒靖は村外れの地面へ、昨日までに分かった場所を書き出していた。
東の建物。
南へ向かった荷車。
街道脇の祠。
劉備はその横へしゃがむ。
「で、朝飯は?」
「……今、その話をしているか?」
「飯の話じゃろ」
「違う」
「昨日からずっと飯を追っとるではないか」
鄒靖が黙った。
少し離れたところでは、張飛がすでに乾飯を齧っている。
関羽が袋を一つ、劉備の前へ置いた。
「おお」
「食べながら聞け」
「雲長は話が早いのう」
袋を開ける。
鄒靖は地面へ視線を戻した。
「東は私が見る。南にも人を出す。祠には一人残す」
「ワシは?」
「東だ」
劉備は乾飯を口へ入れる。
「昨日は暗くて中まで見えなかった。今日は周囲を見るだけだ。勝手に入るな」
「分かっとる」
「本当に分かっている顔に見えん」
「昨日も入らんかったじゃろ」
「入ろうとして止められただろうが」
「結果として入っとらん」
鄒靖はしばらく劉備を見た。
「……もういい。行くぞ」
◇
東へ向かったのは、鄒靖、劉備、関羽、張飛、それに官兵八人。
人数は昨日より少ない。
近づきすぎれば気づかれる。
街道から外れ、木々の間を進んだ。
昨日は暗くて分からなかった建物の形も、昼ならよく見える。
大きな倉が三つ。
それより小さな建物が二つ。
囲いの中には荷車が四台あった。
そのうち二台は、昨日見たものだった。
男たちが倉と荷車の間を行き来している。
倉から出す。
荷台へ積む。
また倉へ戻る。
繰り返しだった。
やがて一台が門を出た。
東へ向かう。
少しして、別の一台が西へ出ていった。
「別々に行くぞ」
張飛が声を落とした。
劉備は返さず、門の中を見る。
一人の男が袋の数を確かめていた。
その横には板のようなものがあり、別の男が何かを書きつけている。
袋が運ばれるたび、手が動く。
数か。
行き先か。
そこまでは見えない。
劉備が少し身を乗り出した。
「見たいのう」
鄒靖の腕が前へ出る。
「行くな」
「まだ何もしてないぞ」
「その顔で言うな」
仕方なく身を戻す。
門の中では、さらに袋が運ばれていた。
粟。
豆。
ほかにも中身の分からない袋が混じっている。
昨日の群衆だけに配る量には見えなかった。
「買っとるんかのう」
返事はなかった。
その時、門の方から声が飛ぶ。
「次は西だ!」
「何袋だ!」
「二十!」
男たちが動き始めた。
倉から袋を運び、二十に揃えていく。
西。
昨日、人が集まっていた方角だった。
劉備は口元を緩める。
「飯の行き先は、向こうから喋ってくれるらしい」
鄒靖は何も答えず、さらに姿勢を低くした。
◇
門の中では、袋が二十まとめられていた。
運び出す者。
数を確認する者。
荷車へ積む者。
動きに迷いがない。
しばらくすると、西へ向かう荷車の準備が終わった。
御者が乗り込み、二人が横につく。
門が開いた。
荷車は街道へ出ると、そのまま西へ向かっていく。
鄒靖は追わなかった。
行き先なら昨日見ている。
今知りたいのは、この場所だった。
倉の前では、まだ作業が続いている。
空になった荷車が一台。
袋を積んだ荷車が一台。
男たちは休む間もなく行き来していた。
二人が細長い籠を運び、端の建物へ入っていく。
戻ってきた時には空だった。
別の男が井戸から水を運び、馬へ飲ませている。
御者が手綱を確かめる。
荷を積む者。
馬を見る者。
板へ書きつける者。
それぞれやることが決まっているようだった。
その時、門の外から新たな車輪の音が聞こえた。
二台の荷車が東から近づいてくる。
昨日のような護衛はいない。
御者のほかには、一台につき男が一人ついているだけだった。
荷台には袋が山積みになっている。
門番が荷車を止めた。
御者と言葉を交わす。
何かを差し出す。
門番が一度それを見て、中へ声を上げた。
「来たぞ!」
三人ほど走ってくる。
荷車はそのまま門をくぐった。
すぐに荷下ろしが始まる。
先ほど板へ書きつけていた男も倉から出てきた。
御者と話す。
袋を一つ開け、中を見る。
指先で中身を確かめる。
そのまま降ろさせる。
二台目では、一袋を調べたところで男が首を振った。
御者と二、三言交わす。
その袋だけが荷台へ戻された。
残りは倉へ運ばれていく。
劉備はその様子をじっと見ていた。
何でも受け取っているわけではない。
板の前に戻った男は、袋が降ろされるたびに印をつけていった。
数える。
中を確かめる。
書き残す。
荷を持ってきた者たちも、それが終わるまで帰ろうとはしなかった。
最後の袋が運ばれる。
御者が男の前へ立つ。
何かが渡った。
御者はそれを受け取り、懐へ入れる。
劉備は目を細めた。
荷を降ろした二台は、しばらくすると門を出た。
一台には、戻された袋がまだ載っている。
来た道を東へ戻っていった。
「追うか?」
劉備が聞く。
「まだだ」
鄒靖は門へ目を戻す。
「もう少し見る」
入ってきた荷を運び終えると、今度は倉の中から別の袋が出された。
先ほどまでのものより小さい。
十袋ほどが一か所へまとめられる。
その横へ木箱が二つ置かれた。
板を見ていた男が指を差す。
「南じゃない」
別の男が答える。
「東だ」
空いていた荷車が寄せられた。
袋。
木箱。
順番に載せていく。
積み終わると、縄を掛ける。
一人が荷台を押す。
別の一人が横から見て、縄を締め直した。
ようやく御者が乗り込む。
門が開く。
今度の荷車は東へ向かった。
出ていく荷を見送る間にも、倉の前では次の袋が積み上げられていた。
◇
昼近くまで見張った。
その間にも、荷車が出入りする。
西へ一台。
南へ一台。
さらに東へ一台。
逆に東からは二台入ってきた。
持ち込まれる荷も同じではない。
大きな麻袋。
小さく縛られた袋。
籠に入ったもの。
門へ入った荷がそのまま同じ場所へ積まれるわけでもなかった。
大きな倉へ運ばれるもの。
横の建物へ回されるもの。
外に積まれたままのもの。
中身によって場所を分けているらしい。
途中で作業する男たちも入れ替わった。
朝から動いていた者が水を飲み、代わりに別の者が荷台へ上がる。
人だけはいる。
だが、騒がしくはない。
誰かが大声で細かく命令しなくても、作業は止まらなかった。
荷を持たずに来る者もいる。
門番へ何かを見せ、中へ入る。
しばらくして出ていく。
長居する者は少なかった。
昼前。
一人の若い男が南から走ってきた。
荷車はない。
肩で息をしながら門をくぐる。
そのまま板の前にいた男のところへ向かった。
二人が話す。
男が一度、南の方角を見る。
すぐ近くの者を呼んだ。
しばらくして、倉の前から声が上がる。
「南は三十!」
「昨日より多いぞ!」
「分かった、先にそっちを出せ!」
空いていた者たちが動く。
十。
二十。
三十。
袋が一か所へ集められていった。
劉備の表情が変わる。
鄒靖も門の方を見た。
関羽が低い声で言う。
「南か」
昨夜、一台だけ分かれて向かった場所。
劉備は走ってきた男へ目を向ける。
「……飯だけじゃないのう」
それ以上は言わなかった。
やがて三十の袋が荷車へ積まれ始める。
走ってきた男は井戸の水を飲み、木陰へ座った。
息が落ち着くと立ち上がる。
荷車の横へ向かった。
御者と短く話し、荷台の端へ腰を掛ける。
門が開く。
荷車は南へ向かって走り出した。
来た時は一人だった男も、一緒に戻っていった。
その姿が見えなくなっても、倉の作業は止まらない。
一台出れば、空いた場所へ別の荷車が入る。
積み上がっていた袋が減る。
また別の荷が運び込まれる。
劉備は木の幹へ背を預けた。
「商いにしては変じゃな」
鄒靖が視線だけ向ける。
「何がだ」
「持ってきた奴には何か渡しとる」
門の中を見る。
「じゃが、持っていく方から銭を取っとるようには見えん」
少し間を置く。
「これを続けるなら、どこかで銭を出し続けんといかん」
劉備は肩を竦めた。
「ワシなら嫌じゃ」
誰も返さなかった。
門の中では、板の前にいる男がまた一つ印を書き足していた。
◇
村へ戻る頃には、昼をかなり回っていた。
南へ向かった隊も、少し遅れて戻ってくる。
鄒靖は全員が揃うのを待ち、村外れの木陰へ集めた。
南の様子を見てきた兵が口を開く。
「昨日の集落に、荷車が二台ありました」
鄒靖が顔を上げる。
「朝からか?」
「一台は最初から。もう一台は昼前に来ました」
兵は続ける。
「集落の家から袋を出して積んでいました。近くの畑から運んできたものもあります」
劉備が顔を上げる。
「畑から?」
「はい。村人らしい者も運んでいました」
「無理に取っとる様子は?」
「見た限りではありません」
兵は少し考える。
「荷車が一度出たあと、しばらくして戻ってきました。また別の家から荷を積んでいます」
鄒靖は地面を見る。
「どこへ運んだかは?」
「追っていません」
「それでいい」
これ以上近づけば、こちらを気づかれる。
別の兵が続けた。
「祠には動きがありません」
「誰も来なかったか」
「はい」
短い報告が終わる。
劉備は腕を組み、地面を見ていた。
東の倉。
南の集落。
東から入ってくる荷。
南では、家や畑から荷が集められている。
だが、銭だけが見えない。
「買っとるなら、その先がおる」
顔を上げる。
「誰が銭を出しとる」
今度は誰も返さなかった。
それだけは、まだ見えていない。
◇
しばらくして、鄒靖が地面へ一本線を引いた。
「明日は東から入ってくる荷を追う」
張飛が眉を上げる。
「倉じゃなくて?」
「あそこを見ても、出入りしか分からん」
鄒靖は線の先を指す。
「入ってくる方を辿る」
関羽が頷く。
「売り手か、その手前まで行けるかもしれん」
「そういうことだ」
劉備は少し考える。
「南は?」
「別に見る」
鄒靖は迷わなかった。
「だが、人数は減らす。あそこは急に動く様子じゃない」
「祠は」
「一人で十分だ」
劉備が頷く。
「飯の方を優先か」
「お前が言い出したんだろう」
「そうじゃった」
それだけ言って黙る。
◇
午後は大きな動きがなかった。
村を通る者も、前日より少ない。
東へ向かう者。
戻ってくる者。
黄色い布を巻いた者もいたが、固まって動いてはいない。
官兵も無理に止めなかった。
ただ、村へ入ろうとする者だけは見張る。
井戸のそばでは、昨日の老人が桶を並べていた。
黄巾の男も、今日は木の下ではなく少し離れた場所に座っている。
まだ村の中へ入ることは許されていない。
だが、昨日より顔色は良かった。
劉備が通りかかると、男がこちらを見る。
「まだ行かねぇのか」
「どこへじゃ」
「東」
「行っとる」
「違う。あっちだよ」
男は群衆のいる方角を顎で示した。
劉備もそちらを見る。
「お主は?」
男は黙る。
少しして、首を振った。
「今はいい」
「飯あるぞ」
「知ってる」
短く答える。
「でも、ここでも食わせてもらってる」
井戸の方を見る。
劉備もそちらへ目をやる。
「そうか」
それだけ言って歩き出した。
◇
夕方。
倉を見張っていた兵が戻ってきた。
「東から、また二台入りました」
鄒靖が振り返る。
「同じ道か」
「はい」
「戻る時も?」
「同じです」
兵は少し考えてから続けた。
「一台は空でした。もう一台は、荷を全部降ろしていません」
劉備が顔を上げる。
「残っとった?」
「少しだけ」
鄒靖も目を細める。
荷を全部置いていかない車もある。
理由までは分からない。
だが、追う価値はある。
「明日、その荷車を見る」
鄒靖が言った。
「東へ戻るところからだ」
劉備は腕を組む。
「ようやく飯の手前まで来たかのう」
鄒靖がこちらを見る。
「まだ飯から離れられんのか」
「最初から飯を追っとるじゃろ」
少し間が空く。
「……それはそうだ」
張飛が鼻を鳴らした。
関羽は何も言わず、東の街道を見る。
日が傾いていた。
その先へ向かって、細い道が夕暮れの中へ伸びていた。
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