第十二話 集まる黄巾
第十二話 集まる黄巾
翌朝。
陣の入口が騒がしかった。
「東の村から来た!」
「鄒靖殿に会わせてくれ!」
声につられて外へ出る。
荷物を背負った男たちが、兵に囲まれていた。
一人は泥だらけで、もう一人は片方の草履を失っている。
「何があった」
鄒靖も幕舎から出てきた。
「黄巾です」
男が息を整える。
「昨日から、何組も村の近くを通ってます」
「村を襲ったのか?」
「……全部じゃありません」
鄒靖の眉が動いた。
「どういうことだ」
「食い物を寄越せと言った奴らもいました。何もせず通り過ぎた奴らもいた。村へ帰ると言って、仲間同士で揉めてる連中も……」
「数は?」
「分かりません。十人ほどのもいれば、もっと多いのも」
別の男が口を挟む。
「みんな北東へ向かってます」
「北東……」
昨日、官兵から聞いた話と同じだった。
◇
地図の上に印が増えていた。
昨日は三つ。
今は七つある。
「これだけ別々の場所で見られている」
鄒靖が印を順に指す。
「偶然ではない」
関羽が地図を覗き込んだ。
「この先に何がある」
「村が三つ。川沿いに倉が一つ」
「兵糧か?」
張飛が聞く。
「軍の物資も置いてある。ただ、それだけなら全員が同じ方向へ集まる理由としては弱い」
「飯なら十分じゃないか?」
「食料を求めている者だけならな」
地図を見る。
昨日の話。
今朝の村人。
どちらも、黄巾が一つの考えで動いているようには聞こえなかった。
「誰かに呼ばれとる可能性は?」
鄒靖が顔を上げる。
「根拠は?」
「ない」
「……ないのか」
「じゃが、考えの違う連中まで同じ方へ集まっとるんじゃろ」
地図の印を指す。
「なら、何か一つくらい共通する理由があるんじゃないか?」
鄒靖はしばらく何も言わなかった。
「調べる必要はあるな」
「ああ」
地図の東側を指す。
「街道の脇には古い道もある。今はほとんど使われていないが、人なら通れる」
「街道を避けて、そっちを使っとる奴もおるかもしれんな」
「可能性はある」
地図を畳む。
「ここで待っていても分からん。陣を北東へ移す」
張飛が目を瞬く。
「全員でか?」
「黄巾がまとまり始めているなら、こちらも散ったままではまずい」
幕舎の外では、すでに兵たちが動き始めていた。
◇
昼前。
官軍の列が街道を進んでいた。
先頭に斥候。
その後ろに兵。
中央には荷車が並び、最後尾にも護衛がついている。
義勇兵たちは荷車の脇を歩いていた。
「昨日は道を直して、今日はその道を歩くのか」
張飛が荷車を見た。
「無駄にならんかったじゃろ」
「アニキが頭ぶつけた甲斐はあったな」
「そこは忘れろ」
関羽が前方を見る。
「兄者」
「なんじゃ」
「人がいる」
街道から少し離れた丘。
何人かが立っている。
黄色い布。
こちらを見ていた。
「黄巾か」
兵たちにも緊張が走る。
だが、丘の上の者たちは降りてこない。
一人が何か叫ぶ。
聞き取れない。
そのまま二人が北へ歩き出した。
残った者たちも、少し遅れて後を追う。
「追わねぇのか?」
張飛が前方を見る。
「数人を追って列を崩すな!」
鄒靖の声が飛んだ。
「行き先は同じだ。先へ進む!」
「だそうじゃ」
「なら歩くか」
さらに進む。
今度は道端に三人いた。
一人は傷んだ槍を持ち、もう一人は荷物を背負っている。
官軍を見るなり藪へ逃げ込んだ。
兵たちは一瞬そちらを見る。
だが、誰も列から離れない。
「あちこちにおるな」
「ああ」
関羽が答える。
だが、軍勢と呼べるほどまとまってはいない。
十人。
五人。
その先には、一人で歩いている男もいた。
同じ方角へ向かっている。
それだけだった。
「何があるんじゃ」
答えは出なかった。
◇
しばらく進んだところで、列が止まった。
「何だ?」
前から声が伝わってくる。
大きな木が街道を塞いでいた。
先頭の兵たちが倒木へ集まり、枝を切り始める。
荷車はその場で足を止めた。
後ろから来た列も詰まり、隊列が長く伸びていく。
倒木の処理へ人が取られ、前方の兵と荷車の間に隙間ができていた。
「時間かかりそうだな」
張飛が幹を見る。
「押したらどかんか?」
「一人でやるなよ」
「やってねぇよ」
馬が鼻を鳴らす。
右手には林。
左手には緩い斜面。
その奥には、朝の地図にあった古い道が伸びているはずだった。
草の間に何かが動いた。
「雲長」
関羽も気づいた。
「人だ」
一人。
二人。
さらに奥にもいる。
黄色い布が見えた。
「来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
だが、黄巾たちはすぐには降りてこなかった。
林の中で立ち止まり、こちらを見ている。
その中の一人が後ろを振り返った。
「俺は行かねぇ!」
声が届く。
「ここまで来て何言ってやがる!」
「官軍だぞ!」
「だから何だ!」
別の男が斜面を下り始める。
その後ろに十人ほどが続いた。
さらに林の奥から、遅れて何人かが姿を見せる。
「……今なら取れると思ったか」
張飛が言った。
「かもしれんな」
先頭を走る男が叫ぶ。
「荷車だ! 食い物がある!」
荷車の周囲にいた兵が、一斉に武器を構えた。
「護衛につけ!」
号令が飛ぶ。
黄巾の一団が斜面を駆け下りてくる。
だが、林に残った者たちはまだ動かない。
一人は背を向け、そのまま奥へ消えた。
別の数人は迷った末に後を追う。
◇
黄巾が荷車へ迫る。
「止めろ!」
官兵が前へ出た。
槍と槍がぶつかる。
馬が驚き、荷車が揺れた。
「押すな!」
「荷を守れ!」
「後ろへ回らせるな!」
声が重なる。
義勇兵たちも武器を取った。
「兄者」
関羽がこちらを見る。
張飛も蛇矛を構えている。
目の前では、官兵が二人がかりで荷車を押さえていた。
黄巾の一人がその横を抜けようとする。
「……あれは放っとけんな」
剣を抜く。
「雲長、翼徳」
「おう」
「兄者」
「荷車へ近づけさせるな」
後ろの義勇兵を振り返る。
「追い回すなよ。来る奴だけ止めろ!」
「分かった!」
関羽が前へ出る。
張飛も続く。
その時、林の上から声がした。
「待て!」
黄巾の何人かが振り返る。
さっきまで動かなかった男たちが、斜面の上に立っていた。
「俺たちはこんなことをしに来たんじゃない!」
「今さら何言ってんだ!」
「聞いてた話と違うだろ!」
その言葉だけが引っかかった。
「兄者!」
「分かっとる!」
今は考えている場合ではない。
目の前では、もう槍が振り上げられている。
「まず目の前じゃ!」
関羽と張飛が同時に踏み出した。




