96、エゴ
ワイバーンと双頭蛇からのサプライズプレゼントをアイテムボックスへ入れ、ずっとあたしにべったりの3匹とそれぞれ触れ合いながらキャンプへと戻ってくる。
デスマーチ明けのSEみたいな表情の『黒金の雷雨』の面々は丸太に腰を下ろしてぐにゃあ、と崩れるように肩の力を抜く。
「なんか……すいません」
哀愁漂うサラリーマンのような雰囲気のみんなに思わず謝ってしまった。
「いや、モカちゃんのせいじゃあ……ない、とは言い切れないけど、誰もこうなるなんて思わなかっただろ」
「グレイグの言う通りだな。ほら、前向きに考えれば良いのさ。これで明日には家に帰れるってな。なぁザフィーラ」
「……そうだな。あと、一生分の刺激をもう味わってしまったから、当分はゆっくりとしたいな」
「じゃあ、この仕事が終わったら、久しぶりに長期休暇でも取る?」
デュランさんの提案になんだかんだで盛り上がる『黒金の雷雨』たちを眺めながら、あたしはまだじゃれついてくるワイバーンたちにこの後の事で聞いておきたかったことを尋ねてみる。
「ねぇ、あたしたちは明日の朝には王都に戻っちゃうんだけど、君たちはどうするの? 山に残るんだよね?」
流石にワイバーン2体と双頭蛇を王都に連れて帰ったら大問題になるよね。
モンドギルマスに怒られるだろうし、良からぬ噂も広まりそうだし、1番最悪なのはこの子たちが害されたり、利用されたりすることだ。
となれば誰も幸せにはなれないから、連れて行くことは出来そうもない。
それに、懐いてくれているとはいえ、テイムもしていない魔獣を引き連れるのもどうかと思う。絶対に王都の人たち、びっくりするよね。
「やっぱ、サイズがなぁ……」
ポツリと呟けば、ワイバーンたちは互いに顔を見合わせて、悲しそうに鳴いた。
どうやら小さくはなれないようだ。
嬉しいような悲しいような……でもこればかりは仕方ない。人と魔獣、分かり合えないとまでは言わないけど、住む世界が違うのだ。
「残念だけど一緒には来れないよね。あたしさ、これから色んなところを旅するつもりでね? 流石に君たちを連れて旅が出来るほど偉くも無いし、それに……」
悲しそうな瞳にきちんと向き合って、あたしは言葉を続ける。
この子たちがあたしを好きになってくれた事は嬉しい。純粋な好意に甘えたくもなる。
だけど、それでもやっぱり一緒には行けないよね。
「あたしは君たちの仲間をたくさん殺す事になるんだ」
これは多分エゴなんだろうな。
あたしに好きを向けてくれている子たちの同胞の命を奪う瞬間を見せたくないし、見られたくもない。
そこに一切の感情も無く、仕事だと割り切って剣を振るう姿を見て、嫌いになられるくらいなら、今ここで突き放した方が良い。
「だから、君たちとはここでお別れ。君たちはここで、君たちの幸せを見つけてね」
真摯な瞳に見据えられると想いが揺らいでしまいそうになるから、後ろめたさに視線を逸らしてしまう。
「今までありがとうね。元気でね」
一方的にそう告げても、この子たちはそれを由としない。
いつもみたいに鼻先をあたしに押し付けてきて、それぞれが切なそうに鳴き声を交わす。
「短い間だったけど、とっても楽しかったよ。ごめんね」
心を鬼にして、この子たちを撫でようと無意識に動いた手を止めた。
自分勝手でごめんね。
思わせぶりな事をしちゃってごめんね。
こんなあたしを好きになってくれてありがとう。
君たちは強い子だから、ちゃんと幸せになるんだよ。
「さぁ、もう行って」
あたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、それとも何か他の考えがあるのか、あたしには分からないけど、この子たちの瞳からは決意というか覚悟というか、その類の熱を感じる。
そんな瞳がゆっくりと伏せられ、魔獣たちは去って行った。
音も立てず、まるで夜の闇と同化するように山の中へと消える。
その姿を最後まで目に焼き付けたあたしは、まるで自分に暗示を掛けるように「これで良かったんだ」と何度も何度も、心の中で反芻をしていた。
翌日のことだ。
あたしたちはようやく山を降りて、王都へと帰還した。
そのままギルドへ向かい、メルツェナさんと合流して受付窓口で報告を終わらせたのだが、報告を聞いていた一部の冒険者から「嘘を付くな」と騒がれてしまったのである。
「山の魔獣を大乱獲して、ワイバーン5体と戦って、双頭蛇を撃退しただと!? 証拠はあんのか! 証拠は!」
威勢の良い冒険者の男は、メルツェナさんや『黒金の雷雨』のみんながいるのが見えていないのか、あたしにばっかり突っかかって来る。
そんな態度で大丈夫なのかな? とは思うけど、昨日の今日であたしはかなり気が立っている。
「だから! 双頭蛇は倒していないから証拠はないの! ってかさぁ! そんなに言うならあんたが山に行って確認してくればいいじゃん! 信じるかどうかは任せるから、とりあえず行って確認しなよ! 必要なら、途中で倒してきた魔獣の死体を全部ここで出しても良いんだよ!? それに! オブザーバーとして参加したメルツェナさんの報告が信じられないわけ!? 『黒金の雷雨』のみんなも口を揃えて同じ事を言ってるよね!? 何が不満なわけ!? そんなに信じられないなら、奥の修練場で模擬戦でもする!? あんたみたいな雑魚、1秒も掛からずに切り捨ててあげるから!」
「ちょ、ちょっと小娘? もう少し落ち着きなさい」
「メルツェナさんは黙ってて! あたし、今すごい機嫌悪いんで!」
「はいはい、分かったから少し黙ってましょうねー」
怒り心頭のあたしをぐいっと引っ張ってグレイグさんに放り投げると、メルツェナさんが懐から1枚の羊皮紙を取り出して冒険者に見せる。
「ほら、これが依頼報告書よ。確かにあたしはオブザーバーとして参加しただけ。だけど、こいつらは確実に依頼をこなして、ワイバーンと双頭蛇を相手に戦って西の山の異変を解決したのよ? ま、こんな小娘にそんな事が出来るわけ無いって言いたいんでしょうけど、残念ながらこの私がそれを見届けたのよ。それでもまだ信じられないなら、一緒に確認しに行く?」
ガン詰めされた冒険者の男は顔を青くして、蚊の鳴くような声で「……すみませんでした」と呟いて、脱兎の如き勢いで逃げ出した。
「はぁ……王都にまだあんなバカがいたとはね。グレイグ、今のやつ見た事ある?」
メルツェナさんに聞かれたグレイグさんは数秒の思案を経て、首を横に振る。
「いえ、見たことないですね。最近王都に来た冒険者かも知れません」
「あっそ。じゃあ教育は他の奴らに任せようかしら。それで? 昨日のあたしの報告と合わせて、小娘たちが受けていた依頼は達成って事で良いのね?」
メルツェナさんが受付嬢にそう確認すると、受付嬢はしっかりと頷いてくれた。
「はい、その通りです。えーっと、モカさんと『黒金の雷雨』の皆さんが合同で受けたベルムッドさんからの依頼は達成となります。それと並行して、ユリシュさんへの指名だった依頼を回されたメルツェナさんの依頼も達成と言うことになります。報告で依頼達成に大きく貢献されたモカさんと『黒金の雷雨』のみなさんには、さらに追加で報告と、報奨金があります。モンドギルマスが来ますので、しばらくお待ちください」
やっぱり追加の報告が必要なんだ。それに、モンドギルマスに直接? なんか嫌な予感がしてきたな。
「じゃ、じゃあ、それまで魔獣の解体をお願いして来ても良いですか?」
「はい、構いませんよ」
にっこりと営業スマイルを浮かべる受付嬢にお礼を言って、あたしたちは地下の解体場へと向かった。
魔獣たちに好かれたモカですが、彼らを遠ざけてしまいました。
ペットを飼うのとは訳が違うので、こうなるのも当然かも知れませんね。




