93、本格シチュー
山の中を当てもなく歩き続けるのはそれなりにしんどいだろうけど、山の中を獲物を探して歩いているのに、何1つ見つからない時の方が何十倍もしんどい。
物欲センサーか? 物欲センサーなのか!?
かれこれ数時間。
ワイバーンと双頭蛇との連戦が終わったのは、確か14時頃だったはず。
そして、今は18時頃。
辺りは既に暗くなり始めていて、これ以上の活動は危険だろうと言うことで、あたしたちは野営の準備を行なっていた。
と言っても、あたしのテントは既に組み立てた状態でアイテムボックスに入っているから、それを取り出すだけで終わる。
もちろん、あたしがテントを取り出した瞬間は、みんな何も言わずに生暖かい視線であたしを見ていた。
「? なんです?」
「いや、何でもない。モカちゃんはそのままノビノビと育ってくれ」
「……変なの。あ、そうだ。皆さん、ご飯はどうしますか? 何か作るなら用意しますけど……」
「ん? そうだな……モカちゃんの作るご飯は美味しいが……頼り切りになるのもなぁ」
と真面目なグレイグさんは言うが、他の3人は違う意見のようで、ラルフさんもザフィーラさんもデュランさんも、嬉しそうにあたしに食材を押し付けてくる。
「お、おい、お前らなぁ……はぁ……悪い、モカちゃん。夕食は頼めるか?」
「良いですよ! メニューはこっちで勝手に決めますけど」
「モカちゃんが作る物なら何だって美味いからいいぜ!」
「確かにな。昨日のパンに肉を挟んだやつなんて、ものすごく美味しかった」
ラルフさんの声にザフィーラさんも力強く頷く。どうやら昨日のハンバーガーを思い出しているようだ。
あれも別にそんなに手の掛かるものじゃないし、みんなでもすぐに作れると思うんだけど……
そんな思いが視線に透けていたのだろうか、デュランさんが苦笑しながら肩を落とす。
「みんな、料理は点でダメなんだよ。いつだったか、スープを作ろうとしてスライムみたいになったことがあってな。他にも見た目は美味しそうなんだけど、味が最悪だったりしてなぁ……」
「はぁ? お前だって芋を蒸そうとして消し炭にしてただろ!」
「えぇ、そんな事あったっけ?」
やいのやいのと馬鹿話に興じるのも、パーティーの醍醐味だよね。楽しそうでいいなぁ。
「でも、本当に任せて大丈夫か?」
「リクエストとかあったりします?」
渡された食材は、冒険者らしく日持ちのする根菜類と魔獣の肉だけ。
調味料もあまり揃っていない現状では作れるレシピもそう多くないけど、頑張ってはみるつもりだ。
「いいや、全部モカちゃんに任せる。それが1番だ。なに、出てきたものに文句は言わないよ」
それが1番困るんだけどなぁ……あ、そうだ。だったらシチューにしよう!
「あたしの手持ちの食材も使って良いですか?」
「俺たちは構わないが……良いのか?」
「どうせ食べるなら美味しいのが良いじゃないですか!」
「そう言ってくれると助かるよ。あとで食材分の対価は払うからな」
「分かりました。それじゃあ始めてますね」
「あぁ、俺たちは薪集めと周辺の見回りに行ってくる。何かあったら大声で呼んでくれ」
そう言って『黒金の雷雨』のみんなは四方に散っていくのを見送り、あたしはアイテムボックスから色々と必要な食材やら調味料を取り出していく。
「あ、そう言えば……エプロンとか無いんだよね。どこかで買わないと……あ、このリボンを買ったおばあちゃんの所だったらあるかな?」
もしあるなら買いに行きたいな。きっと可愛らしい前掛けがあるに違いない。
そんな事を思いながら取り出すのは、あたしが王都で見つけて買いだめた食材たち。
みんながいなくなったのをちゃんと確認してから、あたしは久しぶりに配信者スイッチを入れて、なんちゃってお料理配信を始める。
「やっほー、モカだよー。さぁ、モカちゃんクッキングのお時間でーす。今日作るのは市販のルーを使わずに小麦粉から作る本格シチューでーす。必要な材料はこちら!」
使う材料は『黒金の雷雨』のみんなが置いていった小麦粉、ジャガイモ、人参、カボチャ、そして魔獣の肉だ。
そこにあたしのアイテムボックスから提供する材料が加わる。
王都で手に入れた玉ねぎ、バター、山羊のミルク、塩とこの世界の香草で作られたブーケガルニである。
これならひとまずはちゃんとしたシチューが作れそうだね。
「まぁ、異世界なのでコンソメキューブなんてものはないよ! あと、普通に胡椒も高価過ぎて買えなかったの」
この配信を見てくれているのがいつものリスナーたちだったら「コンソメが無い時点で本格とは言えなくて草!」とか、「コンソメなんて作るの簡単やろ定期」とか、「胡椒も買えないとか草」とか、「¥50,000 胡椒代」とか、好き放題にやってくれるんだろうなぁ。
「ま、気を取り直して、調理始めてくよー」
取り出したるはあたしの包丁とまな板。
まずは具材を切っていく。
肉はどの魔獣か分からないけど、何となく鳥っぽい気がする。それを一口大に切り分ける。
次に人参、ジャガイモを一口大の乱切り、カボチャも丸々1個使っちゃう。それから玉ねぎ。玉ねぎはあればあるだけ美味しいんだから、じゃんじゃん薄切りにしていく。
「うぅ、異世界の玉ねぎも切ったら涙でるぅ〜」
滂沱の涙を流しながら、あたしは玉ねぎを切り続ける。
気付けば玉ねぎだけで6個も切っていた。
「よぉし、食材は全部切れたから、あとは炒めて煮込むだけだね! あ、まだ火を起こしてなかったな」
そこで思い出す。
そういえば、レモーネの村をでたすぐの時に火起こしに四苦八苦していたな、と。そして、あの時と違うのは生活魔法が使えると言うこと。
だから人差し指の先っぽに小さな炎を灯し、それを焚き火用に組まれた木々にちょんと落とすだけで火起こしができてしまうのだ。
「ふふん、あの時とは違うんだよ! もう火打石でカンカンやらなくても火が起こせるようになったんだもんねぇ!」
火を育てるために風魔法で送風しながら、パチパチと炎が大きくなっていく。
その上にグレイグさんが置いていってくれた大きな深鍋を置いて、バターを入れる。
「バターが溶けたら魔獣の肉を入れて表面に焼き色を付けてあげまーす」
ジュウジュウとバターの香りを纏いながらお肉が焼ける匂いが上がってくると、それだけで唾液腺が壊れたのかと思うほど涎が溢れてきた。
「しっかりと焼き色が付いたら野菜を入れてくよ。玉ねぎ、人参、ジャガイモ、カボチャだね。玉ねぎは半分を先に入れてしんなりするまで炒めて、残りは食感が欲しいから後入れにするよー」
そのままじっくりと炒めるけど、決して焦がしてはいけないのだ。焦げがあるとそれだけでシチューの色合いがダメになるし、優しい味付けなのにエグ味が出ちゃうからね。
そうして野菜をじっくりと炒め終わったら、いよいよここで1番重要な工程に入る。
「はい、それじゃあここで鍋を火から外して、小麦粉を鍋全体に振り入れます! もちろん茶漉しとか無いからそのまま入れるよ」
バサバサと適当に小麦粉を鍋に振り入れては木べらで混ぜ続け、良い塩梅になったら小麦粉を入れるのを止めて、再び火にかける。
完全に粉っぽさが無くなるまで炒め合わせていくと、次第にそのテクスチャが変化してくる。
「ここまで来たら、あとは水を入れて煮込むよ!」
水を少しずつ加えて、しっかりとかき混ぜて小麦粉を伸ばしていき、そこにブーケガルニも入れて弱火でじっくりコトコト煮込む。
野菜に火が入って柔らかくなれば、仕上げに入る。
山羊のミルクを少しずつ加えて混ぜ合わせ、とろみがつくまで煮込んでいく。
「この時、鍋底の焦げつきに注意してね。あと、あんまり火が強いと分離しちゃうから気をつけてね」
ちゃんととろみがついたら、味見をして塩で整えてあげる。
そして最後に隠し味としてリナンのジャムをスプーン一杯だけ入れれば、本格シチューの完成だ。
時間にして1時間ほどだろうか?
グレイグさんが丁度戻ってきたみたいで、ソワソワしながらあたしの元に寄ってきた。
「いやぁ、はは、すっごく良い匂いがしてきてな……気になって戻ってきてしまったよ」
「いえ、丁度いいです。シチューも完成したので、後はパンを軽く炙ればもう食べられますよ」
「そうか。丁度みんな戻ってきたし、飯にするか」
どうやら匂いに釣られたのはグレイグさんだけじゃなかったようだ。
さて、あたしのシチューはどうかな?
美味しいって言ってくれると嬉しいな!
あれ、おかしいな?
もう一悶着あるはずなのに、どうしてモカは呑気にシチューなんて作ったんだ?
まぁ、腹が減っては何とやら、って言いますもんね。
次回こそ、一悶着あります。




